6周年記念番外編「精霊たちの見る世界」後編
本日3話目です。
精霊の姿が見える種族は限られている。
エルフやドワーフが多いかな。意外と少数種族なので町ではあまり見かけないけど、オルトゥスなら何人かいるからね。
シュリエさんやアスカがいれば……。
そこまで考えてハッとする。
「あの二人、今日から遠征に行ってる……!」
こういう時に限ってぇ!
っていうかこれは私が予定を組んだんだよぉ!
ぐぬぬぬ! ロニーは旅の途中だから当然いないし……どうしよう!?
『メグちゃんが行方不明ですって!?』
オルトゥスに着くと、サウラさんの大きな声がギルド中に響き渡っているところだった。ああ……遅かった、か。
いやいや遠い目になっている場合じゃない。このまま大捜索なんてことになったら、さらなるご迷惑をかけることになる!
すでに心配はさせちゃってるからどうにもならないとして、せめて仕事開始前には伝えたい、けど!
今の私は精霊としてオルトゥス内にいるからか、家では使えた自然魔術が使えない。
オルトゥスメンバーなら問題なく使えるはずなんだけど、精霊の姿であるばっかりにオルトゥスにかけられた保護魔術に弾かれるっぽいのだ。ぐぬぬぅ!!
当然、契約精霊たちの魔術も今は発動しなくなっている。私が使い手だから当たり前だね。
ま、まさか、詰んだ……?
「ね、ねぇ、ショーちゃん。私っていつ元の姿に戻れるかな?」
「わからないのよ……そんなに長い時間じゃないとは思うのよ? でも、たくさんの精霊たちが張り切って変化させたから……もしかすると今日の夜とかかも?」
「そ、そんなぁ」
たかがその程度、とはいえないのがオルトゥスのメンバーだ。有能すぎるみなさんの実力と顔の広さがあればあっという間に町全体の、いや他国も巻き込んだ大事件にされてしまう。
ダメダメ、そんなの絶対にダメーっ!!
『あっ』
そんな時、誰かの小さな声が耳に入ってきた。
大騒ぎになっているオルトゥス内で、なぜその声だけを拾えたのかはわからなかったけど、声の主を見てすぐ納得したよ。
『メッ、な、なんっ……』
「カーターさぁぁぁん!!」
我らがオルトゥス鍛冶師の古株、ドワーフのカーターさんじゃないか! 救世主ーっ!!
そっか、精霊と心を通わせる人の声は他の人の声より耳に届きやすいんだ!
私はビューンとカーターさんの下に飛ぶと、ぎゅむっと抱きついた。カーターさんは事情がわからず動揺している。すみません。
「おうおうおう、メグ嬢ちゃんじゃねぇの! なんだどうしたぁ!? 精霊の姿になんかなってよぉ! 似合うぜ、似合うぜ、ふぅぅぅぅ!!」
「ジグルくん! 助かったよぉ!! 聞いて! カーターさんもぉ!」
これでなんとかなりそう。私はなんとか冷静を保ちつつ、深呼吸を合間に挟みながら事情を説明した。
「なるほどなぁ。カーター、早くみんなに説明してやろうぜ! みんなを安心させてやらなきゃ大変なことになりそうだぜぇ!」
『わっ……い、今……!』
ジグルくんの要請の応えるようにグッと拳を作って見せたカーターさんは早速みんなの下へ歩み寄ると、口を開いては閉じ、開いては閉じを繰り返した。
……い、意気込みは、十分過ぎるほど伝わる。
そうだ、カーターさんは……。
『ぅ、あ』
人前で喋るのが苦手な人だった……!!
私がいなくなったということで大騒ぎのオルトゥス内において、カーターさんの小さすぎる主張は誰にも届かない。
あっ、カーターさんがしょんぼりしちゃった。も、も、もどかしいっ!
『ごっ……ち、ちか……』
「ごめん、力になれなくて、って言ってるんだぜ」
「そんな、カーターさんは悪くないよ! 謝らないでぇ!」
元はといえば私が精霊になって遊びまくっていたせいなんだから。それも、精霊たちが私のためを思って提案してくれたことで……つまり、誰も悪くはないのだ。
「うーん、どうしよう。これ以上、騒ぎが大きくなる前になんとかしたいけど……」
そうは言ってもいい案は浮かばない。
こんなことになるなら、精霊になるのを秘密になんかしないでメモを残しておけばよかった。
なんて、後悔してたってなんにもならないのに、どうしてもそんなことばっかり考えちゃう。
しょぼんとしていると、カーターさんが両手でそっと私を包み込んでくれた。
驚いて顔をあげると、何かを決意したかのような眼差しと目が合う。
カーターさんは神妙に頷いてから私を近くのテーブルに乗せると、意を決したように両手を上にあげた。
『まっ……!』
「よしきた、カーター! いっちょ、やってやるんだぜぇぇぇ!!!!」
その瞬間、ジグルくんの炎がボッと勢いよく燃え上がり、カーターさんの手からも炎の渦が出現する。
えっ、あっ、えーーーっ! カーターさんが火の自然魔術使ってるぅ!!
こんなに勢いのある、美しい炎の渦は初めて見た。はわぁ、綺麗……。
って感心しているのは私だけではなかった。オルトゥス内にいるみんなの目がカーターさんに集中している。
『みっ、メ……こっ』
カーターさんはこんなにも注目を集めるのは初めてなんじゃないかな? ぶるぶると全身が震えているのに、カッと目を見開いて一生懸命伝えようとしてくれている。
がんばれ、がんばれ……!
『メ、グは……っ、こ、ここにっ、い、いいいる……っ!!』
い、い、言えたーーーーーっ!!
みんなもカーターさんが伝わる単語を発したことに驚き、目を丸くして驚いている。わかる、わかるよその気持ち!
しかし、とても頑張ったカーターさんはそこで力尽きたようで、ふらりと後ろに倒れ始めた。
きゃーっ、カーターさぁん!!
『おっと、大丈夫かな? すごいよ、カーター! 素晴らしい勇気を見せてくれたね! んんん、惚れ直してしまいそうだ!』
そんなカーターさんを支えてくれたのは今日もキラキラエフェクトを撒き散らすマイユさんだった。
唯一、カーターさんの言葉を理解できる貴重な存在。これまた救世主である!
『ふんふん、なになに? ほほぅ、なるほどね! 面白いことになっているようだね、レディ・メグは!』
『マイユ、一人で納得していないで教えてちょうだい!』
『おやおや、レディ・サウラはせっかちさんだ。慌てずともこの私がスマートかつ完璧にみんなに教えてあげるよっ! ふふ、そんな素晴らしい私にみんな釘付けのようだね。見惚れてしまうのも無理は』
『いいから、は・や・く!』
『うーん、せっかく注目を集めて気持ちがいいというのに。仕方ないな』
どんな状況でもハイパーマイペースだね、マイユさん。知っていたけど。
とまぁ、いろいろとバタバタしてしまったけれど、カーターさんとマイユさんのおかげでようやくみんなに私の状況が伝わったのでした。はぁ、よかったぁ。
『つまり、今日の夜には戻る見込み、ってことね? よかったわね、ギル!』
『……姿が見えるまで安心はできない』
『まぁ、精霊のことは視認できないものね、私たち。もどかしい気持ちはわかるけれど、今の状態をメグちゃんは見ているってことよ? そーんな顔をしていたら、メグちゃんのほうが気にすると思うわ』
『む……』
全てが伝わってからははやかった。サウラさんが的確に指示を飛ばして騒ぎをおさめ、ついでにギルさんのケアまでしてくれて、もう、本当に頭が上がりません!
『それでメグちゃん! えーっと、どこにいるのかわからないけどとりあえず伝えるわね!』
と、そこで急にサウラさんが明後日のほうを向きながら私に話しかけ始めたので、私のほうがサウラさんの視線の先に移動した。
『きっと今の貴女は、オルトゥスのリーダーなのにふがいないとか、責任を感じているのでしょうね?』
ぎくーっ! 完全にお見通しだぁ……。はい、その通りですぅ。
がっくりと肩を落とす私の様子が目に浮かんでいるのか、サウラさんはクスクス笑いながら言葉を続ける。
『でもね、そんなことなんにも気にしなくていいのよ! だって私たち、リーダーの無茶ぶりには慣れ切っているもの!』
ウインクしながらそう言ったサウラさんは、ちょうど近くにいたギルさんやニカさん、ケイさんとルド医師に目配せをした。
『頭領に比べたらかわいいものだな』
『だっはっは! まったくだぁ! この程度、騒ぎの内にもはいらねぇぞぉ、メグ!』
『本当にね。あの人はもっと無茶なことばかり言ってきたもん。メグちゃんはもう少し、迷惑をかけてくれたっていいくらいだよ』
『ははは、トラブルに巻き込まれる体質ではあるけどね。心配はすれど迷惑と思ったことはないな』
み、みなさんが優しい……! そしてお父さんへの妙な信頼!
「ぷっ、あははっ! もしここにお父さんがいたら、きっとみんなのことをジトッとした目で見ているんだろうな」
ようやく肩の力が抜けて思わず笑ってしまう。そんな私を見て、ずっと心配して一緒に慌ててくれていた精霊たちもつられて笑ってくれた。
騒ぎが収まったところで、ギルさんも私も家へ戻ることに。
ギルさんはもともと休みの予定だったからいいけど、私は予定外の欠勤である。ほんと、本当にごめんなさい、サウラさん……!
まだ精霊の姿で見えないからか、ギルさんは少し不安そうだけど、カーターさんとマイユさんの通訳のおかげでどうにか納得してくれました!
これは明日、改めてお詫びとお礼を言いに行かないとね!
そして、私が元の姿に戻ったのは完全に陽が沈む少し前のことだった。
ベッドに腰かけて微動だにしないギルさんの目の前で、なんの前触れもなくあっさりポンッと戻った。
「え、えへへ。た、ただいま?」
「っ、メグ!」
「わぁっ!」
意図せずギルさんの膝の上に落ちた私が気まずい思いで挨拶すると、ギルさんは一も二もなく抱きしめてきた。ちょ、ちょっとだけ力が強いぃっ!
「寿命が、縮んだ……」
「ご、ごめんなさい。本当に、ごめんなさい」
でも、すごく心細かったんだよね。逆の立場だったら、私も取り乱している自信があるもん。
ギュッと抱き締め返しながら、背中をゆっくり撫でる。ギルさんの速かった心音が少しずつ落ち着いていくのがわかった。
「今度は絶対にメモを残すね」
「そうしてくれ」
本当に申し訳ないことをしちゃったよね。大反省。
それはそれとして、精霊になって遊ぶのは楽しかったのでまた機会があればやりたいなとは思っている。
今度はショーちゃんが本当にやりたかった遊びをしてあげたいしね!
その後、ギルさんはいつまでたっても私を離してくれなかったので、そのままの姿勢で精霊たちとどんなふうに過ごしたのかを話して聞かせてあげた。
ギルさんはところどころで相槌をうったり、クスッと笑ったりしてくれたけど、話し終えた後もしばらく離してくれませんでした。
「あの、オルトゥスのみなさんにも、戻ったって報告に行かなきゃ……あぅ」
私がそう言うと、ギルさんの抱き締める力がさらに強まった気がした。
あー……。これは、まだまだかかりそう!
「……影で報告した」
「仕事がおはやい……」
うーん、これは直接謝るのは明日になりそう。
結局、それから朝になるまでギルさんは私から片時も離れないのでした!
……実は私もちょっと嬉しかったけどね。えへへ!
お読みいただきありがとうございました!
7年目もどうぞよろしくお願いします!





