父なのでしょう
「うんまーいっ! 魔王城の料理、すっごくおいしいねー!」
魔王城での食事は基本的に厳かな雰囲気だ。
まず、食事をするテーブルがすごく長くて、一番端に父様が座る。その斜め隣に私とリヒトが向かい合って座り、今日は私の隣にアスカが座っていた。
というわけなので、長いテーブルの端っこしか使っていない。部屋は広くテーブルは長いのに。
だからか妙に静かになっちゃって、室内の雰囲気も相まって厳かになりがちなのだ。
「特に肉がさー! 脂の乗った肉も好きだけど、ぼくはこういう肉! って感じのが好きー!」
しかし、今日はアスカのウキウキとした明るい声が場違いな勢いで響いている。広いからね、声も響くんだよね。
「今日は賑やかでとても良いな! 好きなだけ食べると良いぞ、アスカ」
「やったぁ! ぼく、たくさん食べちゃおーっと!」
「魔王様、こいつマジでめちゃくちゃ食いますよ? ビックリしますよ?」
「ほう、それは楽しみであるな!」
もちろん、それはとてもいいことだ。父様も嬉しそうだし、私も楽しい。いっぱい食べるアスカは見ていて気持ちがいいから父様にもぜひ見てもらいたいと思っていたんだよね。
いやはや、いつ見ても羨ましい。あれだけ食べても体型が変わらないってところもすごいよねぇ。その分、消費しているのかもしれないけどなかなかああはいかない。体質なんだろうなぁ。
アスカのおかげで、食事中は終始楽しい雰囲気が続いた。ムードメーカーは場所を選ばないのである。素晴らしい!
「ぼく、魔王様にも訓練を見てもらいたいなぁ」
「アスカは向上心に溢れておるな。構わぬが、我の修行は厳しいぞ?」
「えっ、いいんですか!? やった、望むところです!」
そしてちゃっかり父様直々の訓練の約束まで取り付けていた。さすがである。
というか、休暇のために来ているのに訓練ばっかりだなぁ。ウルバノとも約束していたし、たぶんリヒトにも頼むんだと思うし。
好きだからこそやるのだろうし止める気はないけど、ほどほどにしてもらいたいとは思う。
わ、私もダラダラ休んでいるばかりでいいのかな。ちょっと焦っちゃう。少しくらいは私も訓練しておかないと……!
こうして賑やかな夕食の時間は終わり、フリータイムとなった。リヒトはソワソワしていたのでクロンさんとの約束があるのだろう。いやぁ、わかりやすい。
アスカは食休みしてからお風呂に入るとのことで、それまでは執事さんと談笑して過ごすという。
私はこのまままっすぐお風呂に向かおうと思っている。
それから、父様の部屋に。話を聞いてもらう約束をしていたからね。緊張するけど、きっと大丈夫。だって父様だから!
すでに父様は部屋にいるはず。いや、いる気配があるからわかっているんだけど。今更ながらに緊張しちゃってなかなかドアをノック出来ずにいる私。
でもここで立ち尽くしていることくらい父様だって気付いているよね。私以上にヤキモキするだろうからサッサとノックしてしまおう。
「と、父様! メグです」
ドキドキしながら伝えると、中からはすぐに返事が来た。その声が少し緊張しているように聞こえたから、思わず肩の力が抜けちゃった。だって、父様も同じ気持ちなんだって思ったらつい。
「父様、こんばんは。……あれ?」
「む、どうしたのだ?」
部屋に入って父様を見た瞬間、わずかに違和感。だけどすぐにそれが何か気付いた。服装が違うんだ。
いつも黒を基調とした格式高そうな服を着ている父様だけど、今は少しだけラフな作りの服装になっていた。寝る前だからかな? ちょっと珍しいものを見た気分。
「ううん、父様のラフな格好を初めて見たから」
「そうであったか? ……そうかもしれぬな。最近は我も夜には少し眠るようにしているからな」
けど、続けられた言葉には少しビクッと反応してしまう。何日も寝なくても平気だったはずなのに、って。
それをちゃんと見ていた父様は少し心配そうに眉尻を下げると、こちらにおいでと手を伸ばしてくれた。
「おっと、すまぬ。つい幼い頃のように手を出してしまうな」
それからすぐにその手を引っ込めた。……気遣いはすごくありがたいし、申し訳ない気持ちになるけど、今は少しだけそれが寂しい。ワガママか、私は。
けど、今は周囲に誰もいない。父様と二人だけだ。それに、話の内容が不安なものだけに少しだけ寄り添っていたい気持ちになる。
私はおずおずと父様に近寄ると、思い切って父様の膝の上に座った。
「よ、よいのか? メグ。我は嬉しいが」
「うん。今日だけ。でもみんなには内緒にしてね……?」
チラッと父様を見上げながら言った私の顔は赤くなっていたと思う。だってもうすぐ成人になるというのにいまだに父親に甘えるなんて恥ずかしいじゃないか。
ちなみに、これはお父さんには出来ないことだ。でも父様には出来る。変な線引きだけどそういうのってあると思う。
「……どうしたのだ、メグ。このことも、これから話すことも、我は誰にも言わぬぞ?」
頭上からすごく優しい声が降ってきたのでパッと上を向くと、声と同じ優しい顔をした父様と目が合った。
なんか、その顔を見ただけで泣きそうになっちゃった。けど、目を逸らさずにそのまま口を開く。
「……最近、お父さんが仕事を休みがちだなって思っていて」
「ユージンが?」
「それでね? 今、父様も最近は夜に寝るようにしているって聞いて」
「……」
そこまで言っただけで、父様は何かを察したみたいだった。そのまま黙って私の言葉の続きを待ってくれている。
「二人とも、すごく魔力がたくさんあって強くて……疲れるってことを知らないんじゃないかって、みんなにも思われているよね。それはたぶん事実でもあったはず。けどね、最近二人とも、会う度に少しだけ疲れているように見えたの」
心拍数が速くなる。違っていてほしいという願望と、ちゃんと受け止めなければという思い。声が震えないようにするので精一杯だ。
「……ね、正直に教えて、ね? 違ったら違うって、笑ってくれていい。父様にこういうことを聞くのは違うのかもしれないけれど……」
不安で仕方なくて、今にも泣きそうだ。けど、目は逸らさない。ちゃんと聞くんだから。
「父様とお父さんは、寿命が近付いてきているんじゃない……?」
違うといってほしい。酷いなって笑ってほしい。そんな心配なんかしていたのか、って。
沈黙が落ちる。サラリと目の前で父様の綺麗で長い髪が揺れた。
その奥で、真剣な目をした父様が私の顔を覗き込んでいる。
「……ああ、そうだ。我らの命は、もう長くはない」
父様は静かにそう答えた。
ショックで、しばらく息を止めてしまう。さっきまで泣きそうだったのに、不思議なもので涙まで引っ込んでしまった。薄情なのかな、私。
自分が今どんな顔をしているのかわからないけど、父様がそんな私を見て慌てたように付け足してくれた。
「だ、だが、勘違いしてはダメだぞ! そうはいっても今すぐではない。メグが成人するまでは生きておるからな!!」
いつもの父様の様子に少しだけ安心した私は、止めていた息を吐きだす。
そ、そっか。すぐじゃないんだ。いや、でも私が成人するまでってことは。
「……それって、十年くらいってことだよね?」
「うっ……そ、そう、なるな」
予想以上に早い。二十年は持たないってことだ。人間の感覚ならまだ少し時間があるって思うかもしれないけれど、私たちにとってはあっという間だ。
だってそれは、成人したらすぐって言っているのと同じだもん。
何も言えなくなって俯いた私を、父様はそっと抱き寄せてくれた。そして、少しずつ今後のことを話さねばと思っていたのだと教えてくれた。
「それなのに、結局メグから話を切り出させてしまった。父親失格であるな……」
ギュッと父様の胸にしがみつくと、少しだけ私を抱き締める腕に力を入れてくれたのがわかった。だからこそ気付く。
父様の手も、少しだけ震えているということに。
「……我とユージンは魂を分けあった運命共同体。同時に命の火を消すだろう。そして我もヤツも、最後の瞬間はいつも自分がいる場所にいたいと望んでいる」
いつもいる場所……。つまり父様は魔王城で、お父さんはオルトゥスで最期を迎えたいって思ってるってことか。
それは、そう、だよね。選べるのなら、慣れ親しんだ場所で親しい人たちに囲まれて最期を迎えたいと誰もが思うはずだ。
なんだかその瞬間が現実味を帯びてきて余計に怖くなる。この温かさや優しい声が、永遠に失われるんだってことが耐えられない。想像だってしたくない。
でも、見ないフリをしていたらダメだってことくらいわかるよ。
混乱していると、さらにギュッと父様の手に力がこめられるのを感じた。
「メグ、その時はユージンの下に行ってやってくれ」
「え」
思ってもいなかった発言に、驚いて顔を上げる。
そ、そっか。同時に命が消えるのなら、私はどちらか一人しか最期を看取ることが出来ない。
それを、父様はお父さんに譲ると、そう言っているの?
なに、それ。
胸の奥が。痛い。
「……だ」
考えるまでもなかった。
「嫌、だ……っ!」
「め、メグ!?」
キッと父様を睨んで、両拳を握りしめる。それからポカポカと父様の胸を思いっきり叩き続けた。
なんでよ。
なんでよ!?
「馬鹿馬鹿っ!! 父様の馬鹿っ! 父様は、私の父様だもんっ! なんでそんなこと言うの!」
もっと迷うかと思った。でも、ビックリするくらい答えはすぐに出たんだ。
お父さんは環のお父さんだけど、メグの父親じゃない。今だってすごくお世話になっているのに、自分でも不思議なんだけど……。
「そりゃあ、お父さんだって大事だよ。どっちも一緒に居られるならそうしたい! でも、そうじゃないなら……」
だけど、メグの父親は父様だけなのだ。不器用で、残念で、情けないところが多くてさ、あんまり父親っぽいことはしてもらえてない。
でもそれはさ、それはね?
父様が、いつだって私のことを思ってその役割をお父さんに譲っていたからだ。
本当は私の側にいたかったはずなんだよ。こんなに愛されて、思われているんだもん、そのくらいわかる。
それでさぁ、最期の瞬間までそれをお父さんに譲ろうっていうの? 親孝行、出来ていないのに? そんなのずるい。嫌だ。
「私は……っ! さ、最期の、瞬間にはっ……! 父様のところに、いたいよ……」
「し、しかし……」
ごめんなさい。ごめんなさい、父様。こんな簡単なことを今になって気付くなんて。
ずっと甘えっぱなしだったんだ、私は。父様が譲ってくれていたから、お父さんの側でぬくぬくと、居たい場所でのびのびと過ごせていたんだ。
「馬鹿っ……! 父様は本当に馬鹿だよ! 私の気持ちをなんにもわかってない!」
違う。そんなことを言いたいんじゃない。こんな風に父様を責める権利なんか、私にはない。
でも、どうしても言葉が止まらなかった。
「大事なところで、『私の父親』を譲らないでよぉ……っ!」
「っ、メグっ!」
いつの間にか流れていた涙は、止まることなく溢れ続けて父様の服に吸い込まれていく。
怖くて、悲しくて、辛くて、腹が立って。
そんなぐちゃぐちゃな感情ごと、父様は私を思い切り抱き締め続けてくれた。





