確認手段
「でも私、メグちゃんみたいに覚えてませんよ? なんにも……」
マキちゃんは困惑しながら首を何度も傾げている。どうやら、すでにラーシュさんから私やお父さん、リヒトの境遇について聞いてはいるみたいだ。
「たぶんだけど、覚えていないのが普通なんだと思うの。私がちょっと特殊だっただけで……。そもそも、私は普通の転生でもなくて、この身体に魂が宿ったって感じだから」
魂は巡るって今ならわかるし、今生きている人たちも遠い昔の誰かの生まれ変わりだ。そうじゃない場合もあるかもだけど、転生はあるってわかっているからね。
それなのに、前世の記憶があるって言う人に私は自分以外で会ったことがないもん。だから、普通は全て忘れちゃうんじゃないかなって。
そう伝えると、マキちゃんは少しだけ納得したみたいだった。
「でも、実感がないなぁ……」
マキちゃんが胸に手を当てて小さく呟く。覚えていなければそうだよね。というか、まだそうと決まったわけでもないけど。
でも、私には少しだけ心当たりがあるのだ。
「実は、マキちゃんのことは会った時からどこか懐かしいって思うことがあって」
「えっ」
そう、やけにマキちゃんと一緒にいると、懐かしいような不思議な感覚になることが多い。気のせいかなって思ったり、単純に相性がいいのかも、とか思ったりもしたけれど。
「メグちゃんって呼ばれた時とか、ふとした時にどことなく懐かしいなぁって。会うのは初めてなのに不思議だな、なんとなく落ち着くなって思っていたの。魂が同郷なのだとしたら、それも納得かなって」
もちろん、これだってただの推測だ。確定じゃない。だからちょっと恥ずかしくなって誤魔化す様に笑う。
「じ、実は、私も……」
「え?」
そう思っていたら、マキちゃんも心当たりがあるとのこと。まさかの!
「メグちゃんほどハッキリとはわかりませんよ? ただなんとなく、初めて見た時からメグちゃんが大好きだなって無条件で思ったっていうか……。なんとなく、大切な人になる気がするっていうか」
気のせいかもって思ってたんですけど! とマキちゃんは慌てて両手を振る。その姿がなんだか可愛い。
でもそっか。マキちゃんもちょっと不思議な感覚を私に対して持っていたんだね。これはますます推測が当たっているような気がしてきた!
「これは信憑性が高まってきたね? その仮説で研究を続けてみようと思うんだけどどうだい? ここにきて研究が前進しそうでワクワクするよ!」
これまで黙っていたラーシュさんの早口が炸裂した。ラーシュさんが生き生きとしている……!
私は苦笑しながら、マキちゃんはとびっきりの笑顔でそれぞれ首を縦に振った。
とはいえ、問題なのは確かめる方法である。マキちゃんの前世が本当に異世界人のものなのかを、どうやって確かめればいいのかってことだ。ラーシュさんとマキちゃんは2人で頭を付き合わせて悩み始めている。
「あー、えっと。マキちゃんは嫌かもしれないんだけど」
しかし、私にはその手段もあったりするんだなー……。あまり気は進まないんだけど。でもたぶんこの2人は「構わん、やれ!」って勢いになる気がしている。
案の定、私が口を挟むとグルンッとものすごい勢いで2人が顔をこちらに向けた。頼む、落ち着いて……!
「え、えーっと。その。私の特殊体質を使えばわかると思うの。夢渡りっていうんだけど……。夢で、マキちゃんの魂の記憶に触れることは出来る、と思う」
でもプライバシーもへったくれもなくなるんだよね。夢渡りをしたら前世の記憶を探ることは出来ると思うけど、その取捨選択までは出来ない。勝手に流れてくるから。
だから、マキちゃん本人の思い出はおろか、彼女の知らない前世の記憶まで私が知ってしまうのはなんだか申し訳ない気がするのだ。
「大丈夫です。ぜひ調べてください」
けど、マキちゃんは即答だった。ちょ、もう少し悩んで! 私が心配になるからぁ!
慌ててそう伝えもしたんだけど、研究者の頭になっているマキちゃんは一切引かなかった。いつのまにこんなに逞しくなったの、この子……!
「あ、でももし恥ずかしい記憶があったら、内緒にしてください……!」
それでも、ふと我に返るのがちょっとかわいい。思わずキュンとしちゃったよ。くーっ、マキちゃんったら手強い!
「メグちゃんならきっと大丈夫って、そんな気がするんです」
極めつけにそんな口説き文句を言いながら私に近寄るマキちゃん。お、恐ろしい子っ!
本当は、記憶を探るのが怖いのは私なんだよね。マキちゃんはたぶん、あんまり実感がないからこそ、こうして言える部分もあるんだと思う。記憶にない前世のことなんて、大体の人は面白半分に聞き流せたりするもんね。
けど、私はもしかしたら前世での知り合いなのかもしれないって思うと怖いのだ。友達だったら? 会社の同僚だったら? 知っている人だったらどう受け止めていいのかわからなくなる。
この世界と日本とではどうも時の流れ方が違うっぽいし、転生や転移したタイミングによっても大幅に時代が前後していたりするから心配しすぎなのかもしれないよ?
でも、やっぱり身構えちゃうじゃないか。私の方に心の準備が必要になる。夢の中で動揺するのは夢渡りをする上で危険なのだ。その夢に捕らわれてしまう可能性があるからね。
「あ、でも。その、メグちゃんが難しいって思うなら、無理はしないでほしいです。研究よりもメグちゃんの方が大事だもん。ね、ラーシュさん!」
「そ、それはも、もちろんだよ! め、メグさん、む、無理はしないでく、くださいっ」
あまりにも私が悩むから、2人も慌ててフォローに回り始めた。その言葉は本心だってわかるけど、出来ればやってほしいって顔が言ってる。
うっ、そ、そうだよねぇ。長年、変化のなかった研究が進みそうなんだもん。うーん、どうしようかな。
「わ、わかりました。やってみます! けど、一つだけ」
熟考の末、私は夢渡りをやるという方向で返事をした。その瞬間、ものすごく喜んだ2人。でもすぐに心配そうな顔になる。
暴走しがちだけど、きちんとブレーキをかけられるのは素晴らしい。
「ちゃんと、リスクも説明するので聞いてください。その上で、一緒に考えてくれませんか?」
「そ、それはもちろん!」
「しっかり教えてください! 私たちも、リスクを背負えるところは背負いたいです!」
うん、やっぱりさすがだよね。私はホッとして説明を始めた。
どうしても知られたくないことまで見えてしまう可能性があること、私の知り合いだったら動揺してしまうかもしれないこと、そうなるともしかしたら夢の中に取り残される可能性があることなどだ。
「私と一緒に誰か夢の中に来てもらって、危ない時は引き戻してもらうって手もあるんだけど、それはそれでかなり精神的に負担がかかるから危険度合いは変わらないんです。危険な目に遭う人を減らすためにも私一人で渡るつもりだから、信じてもらうしかないんですけど……」
ほぼ、大丈夫だとは思う。よほどショックを受けない限り夢に捕らわれることはないから。けど、万が一のリスクがあるからね。そうなった場合、私よりも2人が気にすると思うのだ。
そりゃあ、私だって夢に捕らわれるのは嫌だし、怖い。でも、自分の能力だから絶対になんとかしてみせるっていう決意がある。術を受けるマキちゃんだけは絶対に守るという自信だってある。
けど、2人は待っていることしか出来ないんだもん。もどかしいと思うんだよね。
「……ど、頭領にそ、相談してみ、みましょう」
「お父さんに?」
「は、はい。そ、そこまでだ、大事な話なら、こ、ここで決めるのはよ、よくないので」
それもそうか。ラーシュさんはさすが大人である。よく考えたら私もマキちゃんもまだ子どもなんだよね。それなのに簡単に決めようとしている辺りが未熟なのだ。反省、反省。
「わかりました! じゃあ早速、私が……」
「い、いや、ま、待って」
お父さんに話してみます、と言おうとしたところでラーシュさんがストップをかけた。なんだろう?
「こ、これは、ぼ、僕が伝えるべきこ、ことだから。お、オルトゥス研究所の、所長として」
いつになく真剣な眼差しで私に告げるラーシュさんはかっこいいと思った。
そうか、そうだよね。研究を任されている代表として当然負うべき責任というやつなのだ。考えが足りていなかったのは私の方だったね。
「……わかりました。お願いします、ラーシュさん。私からの説明が必要かもしれないので、一緒に行ってもいいですか?」
「そ、それなら私も! 夢渡りをしてもらう当事者としてっ!」
そう伝え直すと、マキちゃんも慌てて挙手をした。そりゃあ心配だよね。待っているだけじゃ、嫌だよね。思わず目を合わせて微笑み合う。
「わ、わかったよ。ふ、2人がいるとこ、心強い、ね」
ラーシュさんは私たちの勢いに驚いたように目を丸くしていたけど、すぐにふにゃりと笑って受け入れてくれた。
この人が研究所の所長を務めているのは、ただ優秀なだけじゃないんだなぁって実感する出来事だった。
そうと決まれば、お父さんを捕まえるところから始めないとね。スケジュールを受付で確認しに行こう。しめしめ、この2人をお昼休憩に連れ出す口実が出来たぞ。
案の定ラーシュさんとマキちゃんの2人は午前中、時間いっぱいまで異世界からの落し物を一つ一つ研究し続けるという。わかってたけどさー、それにしたって思考の切り替えと集中力がすごすぎじゃない? すでに私の存在を忘れられている気がする。
まぁいいか。お昼の時間になったらまた乗り込もう。そう決めて、私は一度研究室を後にした。ふぅ、なかなかに濃い時間だったー!





