セトの勇気
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「あの、あっちの棚を見て来てもいいですか?」
目を輝かせながらそう言ってきたマキちゃんを見てハッと我に返る。やっぱりなんか気になるんだよねぇ。誰に似てたか、マキちゃんの何がそう思わせるのか知りたくでウズウズしちゃう。
「……うん! じゃあ、一緒に行こうか」
「はい!」
でも今は、嬉しそうに商品を眺めるマキちゃんと一緒に私も楽しむことにしよう。嫌な予感がするわけでもないんだから後回し、後回し! ただ気になるというだけで。何かの拍子に思い出せたらいいな。
こうしてしばらく商品を眺めつつ、いくつかお土産に買いたいものを選んでいると、工房の方からリヒトたちが戻ってきた。背後にはアルベルトさんとセトくんの姿。
結果はどうなったのかな? ドキドキ。
「ほら、セト。自分で言うんだろ?」
「は、ははははい!」
リヒトに軽く背を押されて前に出てきたセトくんは、相変わらず私を見ると顔を真っ赤にしたけれど意識は保っている。良かった、鼻眼鏡は必要なさそう。アスカはかけたままだけど。
「あ、あああああの! 僕、決めました。その、ま、魔大陸で! 勉強させてくださいっ!」
「本当!?」
そうしてセトくんから聞かされた嬉しい報告に、思わずちょっと大きい声を出してしまう。おっと、ここはお店の中。静かにしないとね。
「は、はい。あの、技術を磨いて、いつかまたこの店に戻ってきます。恩返しを、するために……! それと」
「それと?」
セトくんは一度そこで言葉を切り、何度か深呼吸を繰り返してから顔を上げ、私を真っ直ぐ見つめた。
「天使様の素晴らしさを、この大陸中にもっともっと広めたいんですっ!」
いや、それはやめて!? なんで!? なんか妙な目標になってない!?
ちょ、リヒトもアスカもなんで笑ってるの。さては知っていたなー?
「ごめん、ごめん。でもさ、具体的な目標がある方が、セトも頑張れるからいいじゃん?」
「そーそー。本人の熱意を止めることなんて出来ねーしさ。な?」
「それはそうだけどぉ……」
チラッとセトくんを見ると、もはや恍惚とした表情をこちらに向けてくるのでなんとも微妙な心境になる。うぅ、そんなに曇りなき眼で見ないでぇ……。
「え、えっと。私のことはともかく。魔大陸に行くことを決めてくれたのは嬉しい! 困ったことがあったらサポートもするから、色んなことを吸収してきてくださいね」
「は、はひぃ……」
笑顔が引きつらないように気を付けながら声をかけると、セトくんは電池が切れたようにフラァッと後ろに倒れていく。え、今!?
慌てて手を伸ばしたけれど、セトくんの後ろにいたアルベルトさんが難なくセトくんを受け止めてくれていた。よ、よかった。
「ごめんなぁ、天使様。こいつ、ちゃんと自分で言うって覚悟決めててよぉ。でも結局このザマだ。こんなんでやっていけんのか心配になるぜ」
軽々とセトくんを抱き上げ、苦笑しながらアルベルトさんが言う。そっか、頑張ってくれたんだ。私はゆるりと首を横に振った。
「ちゃんと最後まで伝えてくれたじゃないですか。セトくんなら大丈夫です!」
「ははっ、そっか。良かったなぁ、セト。天使様が認めてくださったぞー」
意識を失ったセトくんだったけど、眠るその表情はどこか安心しきったようにも見える。よっぽど緊張していたんだな。
これからも、緊張しっぱなしかもしれない。だって、未知の土地に行くわけだし、魔大陸には美形さんがわんさかいる。きっと心臓も鍛えられるよね、うん。
ところでいい加減、天使様は止めてほしい。セトくんが起きたらちゃんと言わなきゃ。
「この子も、一緒に……? あの、私の仲間?」
ロニーの後ろから様子を見ていたマキちゃんが、そーっと顔を出してセトくんを観察している。そうだね、マキちゃんの仲間になったよ!
「んん? この子は?」
「ああ、この子はマキ。偶然、出会ったんだけどさ。色々あって、この子も魔大陸で勉強することになったんだ」
「なるほどなぁ。それならセトもいくらか心強いな。しかし、こんなに小さな子が1人で決めたってのに、セトはずっと悩んでいて情けねぇなぁ」
その辺りは性格にもよると思うからあんまり言わないであげて、アルベルトさん。それに、意外と女の子の方が度胸があるっていうし。
すると、話を聞いていたマキちゃんが少しだけムッとしたように抗議の声を上げた。
「ち、小さくないですよ! 私、これでも10歳ですからね!」
「そうなのか? にしては小さいなぁ。しっかり食べて大きくなれよ!」
マキちゃんは10歳だったんだ。栄養状態があんまりよくなかったし、見た目よりも年齢は上かも、とは思っていたけどね。だから、アルベルトさんの気持ちもちょっとわかる。
「……その様子だと、みなさんも私がもっと小さい子だって思ってました?」
マキちゃんがジトッとした目で私たちを見回す。ああ、ごめんね。そんなつもりはなかったの。っていうかその気持ちの方がもっともーっとわかるよ。悔しいよね……!
「僕たちは、人間の年齢については、よくわからない」
「だよねー? 魔大陸でいう10歳なんてまだ言葉も喋らない赤ちゃんだし」
ロニーとアスカはフイッと目線を逸らしてうまいこと逃げた。魔大陸の常識しか知りませんよー、という体ですね? いや、知っているでしょ? 2人とも? 目を逸らしてるしっ。
「へ、へぇ、そうなのか。魔族っていうのはやっぱり不思議なもんだなぁ、ははは……」
そしてアルベルトさんはその話に乗っかり、話題を変えようとしている。みんなズルい。
「まぁ、なんだ。マキ。あんまり気にすんな。メグだって年齢よりも成長がすげぇ遅いし。人それぞれだ」
リヒトは開き直った上に私のことまで引き合いに出している。酷い。私もマキちゃんと一緒になってプクッと頬を膨らませた。
「みんな酷いよね。私たち、ちゃんと年相応なレディーなのに」
「そうですよねっ! 失礼しちゃいます!」
私はマキちゃんの味方になることとなった。年齢よりも小さく見られがち同盟だ。ぐぬぬ。いつか絶対に見返してやるんだから。
私とマキちゃんは決意を込めて頷き合った。女子同士の結束ーっ!
なにはともあれ、これで魔大陸に行く人を2人もスカウトすることに成功した。人間の大陸に来たのはつい最近だから、なかなかの成果ではなかろうか。
「あとはアルベルトさんには、セトが魔大陸に勉強しに行ったってことを宣伝してもらいたいんすけど……」
「ああ、そのくらい構わねぇ。得意先や常連にも盛大に知らせておいてやる」
おぉ、それはかなり助かります! ここは街で一番のお店だっていうし、宣伝力は確かだ。この街だけでなく、他の街にも情報が行き渡りそうだね。
「あ、ついでにー、ぼくたち魔大陸からの人が悪いヤツじゃないってことも言っておいてよね! なーんか、魔族は何をするかわかんない、みたいに怖がられている気がするんだよねー」
「あー、そりゃ耳が痛ぇ話だな。恥ずかしながら、俺も少しその噂を聞いて身構えていたとこはあるからな。ま、実際には気のいいヤツらだってわかったわけだが!」
アスカが人差し指を立てて軽く頬を膨らませる。鼻眼鏡のせいで可愛さと真面目さが半減されているけれど、大事な主張ではある。
けど、こうしてアルベルトさんにはわかってもらえたみたいだし、それだけでも良かったよね。魔大陸行きの話とともに、認識が広がるとありがたいな。
「実際に話して、関わってみないとわからない、から。人間にも魔族にも、良い人と悪い人が、いる」
「そうだなぁ。俺たちだって、人間だから卑怯者、なんて一括りにされたら嫌だもんな。当たり前のことを忘れちゃなんねぇよな」
ロニーの言う通りだ。種族関係なく、良い人も悪い人もいるし、嫌なことをされたら怒る。文化の違いで失礼だと感じることは違うかもしれないけれど、対話が出来るのだからしっかり話し合いを重ねて関係を築いていきたいよね。
「うし、それじゃあ王様んとこに報告入れとくか。手紙でいいよな」
リヒトはそういうと、収納魔道具から特殊な紙を取り出して空中でサラサラと字を書いていく。ペン? これは特殊なものなので、指先に込めた魔力で文字を入れていくからいらないのです。
アルベルトさんとマキちゃんは目を真ん丸にしてその様子を眺めている。まぁ、不思議だよね。けどマキちゃん、魔大陸ではこんな風に当たり前のように魔術が飛び交うからね!
「あとは、出発する日、だけど。セトの準備が整ったら、すぐ次の場所に向かいたい」
そうだね。まだ最初の街だから、次々に移動していかないと何年もかかっちゃう。少なくとも、東の王様が教えてくれた人たちには声をかけにいきたいし。あまり何年もこの大陸にいるわけにもいかないし。
「準備はさほど時間はかからねぇが、こんな状態だからな。悪いが明日の朝まで待ってくれねぇか」
「え、そんなにすぐでいいんですか?」
「この5日間でしっかり話し合ったし、別れも済ませた。十分だよ、ありがとうな」
なんでも、散々悩みはしたけどセトくんも2日前には決断していたのだそう。だから今日までにあれこれ準備は進めていたんだって。
「わかりました。それじゃ、明日の朝一で迎えに来ます。セトには、明日は倒れたら引き摺って行くって言っといてよ」
「わはは! おう、しっかり伝えておくぜ!」
さすがに冗談だろうけど、旅の間中にもう少し私に慣れてもらえたらいいなぁ。倒れられると私もいちいち心臓に悪いもん。
それから、マキちゃんのことも紹介しないとね! よーし、それなら私たちも今日は明日からの旅の準備を始めましょー!





