魔王のお言葉
大きく深呼吸して、覚悟を決める。
今回の調査隊は、それぞれが魔大陸に繋がる通信魔道具を持たされていた。距離が距離なので、それぞれの所属ギルドと魔王城にしか繋がらないけど、何かあった時にすぐ連絡するためのものなので十分だ。
この大陸には魔素が少ないので、こちらからの魔力は多めに必要になる。だから、私やリヒトみたいに馬鹿みたいな魔力持ちがいない場合は、使用回数も制限されているんだよね。
というか、そもそもこんな魔道具を開発出来るのがすごすぎるんだけど。これまたオルトゥス開発チームの功績である。素晴らしい仕事だ。
はい、現実逃避はおしまいです。嫌なことは早く終わらせよう。ロニーと顔を見合わせて頷き、私は魔王城の父様へと通信を繋いだ。
『メグたちか!? ど、どうしたのだ? 何か問題か? すぐに我が向かおうぞ!』
「待って落ち着いて父様! まずは話を聞こう?」
緊張していただけに、拍子抜けである。いや、わかってた。最初はこうなるってことくらい。
でもここからは真剣な話になる。頼むから真面目に聞いてね、父様。
「実は今日……」
ロニーが代表として話し始める。父様はその間、黙って話を聞いてくれた。途中で口を挟むこともなく、きちんと最後まで。
あまり仕事モードな父様と話すことはないから、なんだか新鮮だ。これから叱られるわけだけども。
『ふむ、なるほど。よくわかった。よく知らせてくれたな』
ロニーの説明を最後まで聞いた父様は、柔らかな声でそう言った。……あれ?
「あの。勝手なことをして、ごめんなさい。その人間には、期待を持たせるようなこと、軽率に言うべきじゃ、なかった、です」
「わ、私もです。約束も出来ないのに無責任なことを言っちゃったから……。ごめんなさい」
ロニーがしっかりと頭を下げたのに合わせて、私も隣で頭を下げる。通信魔道具は音声しか聞こえないけど、反省の気持ちを込めて。
しばらくの間、無言の時間が流れる。そして、魔道具からフッと小さく笑う声が聞こえてきたのでゆっくり顔を上げた。
『2人は反省しているのだな? ならばそれで良い。メグもロナウドも、我が叱らずとも理解して反省出来るのだ。十分であろう』
どこまでも優しい父様の声。ほんの僅かに困ったように微笑む父様の顔が脳裏に浮かんだ。
『それに、その決断は我を信用してくれたからこそ。交渉をうまく運んでくれると信じてくれたのだな。ならば我はその信用に応えるだけのこと。むしろ感謝したいぞ。信じてくれてありがとう』
と、と、父様ぁーっ! 感動してうっかり目が潤む。ロニーも父様の言葉に心打たれたのか言葉に詰まっているみたいだ。
『人間の大陸への遠征は、それぞれの自主性に任せている。各々が判断して最善と思うことをしたのであれば、そのフォローをするのが我らの仕事なのだ。もちろん報告はしてもらいたいが、気に病むことはない。我も、お前たちを信じておるのだから』
普段は残念さが際立つ父様だけど、上司としてはものすごく理想だよ……! この人のために、しっかり頑張らなきゃって思わせてくれる。頼もしいなぁ、もう!
それなら、相談してみてもいいよね? 今日の判断については、まだ思うところがあるのだ。父様はきっと聞いてくれる。私は思い切ってモヤモヤとした気持ちを打ち明けることにした。
「あ、あのね。私、今回のことは本当に反省しているの。実をいうと、今もちょっと迷っていて……」
聞かせてくれ、という父様の声を聞いてから、ドキドキしながら続きを話す。
「手を差し伸べたことで救えるのは、ほんの一握りでしょ……? 同じように困っている人は他にもきっといて、でもみんな救うことなんて出来ない。だから、困っている人がいるからって手を差し伸べるのは、中途半端なんじゃないかって。それなら、何もしない方が良かったんじゃないかなって……後悔しそうになるの」
それでも、私はたぶん目の前に困っている人がいたらきっと助けたくなる。自己満足だってわかってるよ。でも、放っておけないんだもん。
いつか、その行いが迷惑だと思われる時が来るかもしれない。余計なお世話だって、手を払い除けられることもあるかも。
だから、迷うんだ。手を差し伸べるのはいいこと? 悪いこと?
私と出会わなければ、あの人たちの人生はそのまま続いていた。助けを申し出ても、いい方向に向かうかどうかなんてわからないし、もしかしたら辛い思いをさせるだけになるかもしれない。
自分だけの問題じゃなくなるんだよね。相手の人生に影響を与えてしまうのが怖いんだ。だから判断しても迷いが残ってしまう。なんか、すごく無責任な思考だよね……。
『全てを救うことなど、我にも出来ぬ。きっと、誰にも出来ぬものだ。だが』
父様の声が聞こえてパッと顔を上げる。どうやら、話している内に下を向いていたらしい。
『目の前で困っている者がいて、救う手立てがあったのなら差し伸べたって良いと我は思うぞ。それによって成功も失敗もするであろうが……結果など、誰にもわからぬ。ならば1つだけを信じて行動すればよい』
「1つだけ……?」
そうだ、という低くて柔らかな声に、ほんの少し肩の力が抜ける。
『心に従うのだ。お前たちなら大丈夫であろう。よく考え、迷ったうえで、最後に心で決めるといい』
心に、従う。そうだ。自然魔術を使う時も、精霊と心を通わせる時も、いつだって私は心に従ってきた。それだけじゃない、他にも選択する時は最終的に心に従ってきた気がする。
それによって失敗も成功もしてきた。そうだよ、怖がっちゃダメだ。ちゃんと向き合わないといけないんだ。失敗しても責任を負わなきゃいけないし、受け止めなきゃ。たとえどんなに怖くても。
『我はお前たちの成功も失敗も、喜びも後悔も全てを受け入れようぞ』
「父様……。うん、ありがとう。私も、ちゃんと自分のしたことに責任を持つようにする!」
それに、いつだって後ろには父様がいるんだもん。お父さんもいるし、オルトゥスの皆さんもいる。近くにはロニーやリヒト、アスカだっているんだ。
『ただ、次に大事な決断をする時は、相手に決定的なことを伝える前に報告をしてもらいたい。責任をお前たちにだけ感じさせたくはないのだ。……ちゃんと頼ってくれ』
「は、はいっ! 本当にごめんなさい!」
「すみません、でした!」
最後にはしっかり謝る機会を与えてくれた。締めるところは締める父様、本当にかっこいいよ!
進展があったらまた報告をするということで、短いけれどドッキドキの通信はこうして終わった。ロニーとほぼ同時に大きなため息を吐いたので、リヒトとアスカに笑われちゃったけど。だ、だってぇ!
「魔王様、すっごく優しかったね。ほら、やっぱりあんまり怒られなかったじゃーん」
私とロニーの肩に片手ずつポンと置いてアスカがニコニコ笑う。そりゃあ私だってひたすら説教されるとか、怒鳴られるとは思ってなかったよ? ただ、もっと困らせてしまうかと思っていたから驚いた。
いや、実際はすごく困らせているし迷惑をかけたかもしれないけど、それを表に出さないどころか頼ってもらえて嬉しいと言ってくれたことには、器の大きさを思い知ったよ。
「それは2人が正直に話して、素直に謝ったからだ。態度が悪い相手だったら魔王様もめちゃくちゃ怖ぇぞ?」
リヒトが腕を組んで苦笑しつつ教えてくれる。え、そうなの? 父様も仕事関係で怖くなる時があるんだね。誰にでも優しく対応してばかりじゃなくてちょっと安心した。
やっぱり、すぐに連絡、報告、そして謝罪と反省は大事だね! 今後も気を付けようっと。
「魔王様の怖い姿ってやっぱり想像がつかないけど、きっと死ぬほど怖いんだろうなぁ……。見たいような、見たくないような」
「怒らせてみたらどうだ?」
「さすがにやだよー! リヒトが怒られてよ!」
アスカとリヒトの軽いやり取りを聞いていたらついクスッと笑ってしまう。隣を見ると、ロニーも表情が柔らかくなっていた。私たち、2人してかなり緊張していたんだね。
「魔王様が、魔王様で、良かった」
「うん。だからこそ、今後はもっと気を引き締めなきゃって思ったよ」
「ん、僕も。まだまだ未熟。頑張らなきゃ」
目を見合わせて互いに微笑む。今回のことは、勉強になったよね。
よし、反省はきちんとしたから、次はこの件についてみんなで話し合おう。ロニーと頷き合ってリヒトたちに声をかける。
「話を戻すね。3兄弟には、4日後にまた来るって言ったんだ」
「4日後か。つまり、セトのとこにいく前日だな?」
「二手に分かれた調査で気になったところを4日後にみんなで行くって決めてたよねー? そういうこと?」
リヒトとアスカの問いにロニーが頷くことで答える。
本当はもう少し考える時間をあげたかったんだけど……3兄弟にはあまり時間をとってあげられないからね。
なぜなら遅くなればなるほど、警備隊への印象が悪くなってしまうからだ。ルディさんとフィービーくんは、軽犯罪者だから。自首をするなら早いに越したことはない。
「兄2人は、きっと妹を頼みたいって言うと思う」
「問題は妹のマキちゃんだよね……。2人が犯罪を犯していたこと、聞いたかなぁ」
一番の問題は妹マキちゃんのメンタルだ。これまで普通に暮らしていたはずなのに、兄たちが自分のために犯罪を犯していたことを知らされ、その上1人で未知の世界である魔大陸に行くことになるのだから。
改めて考えたらかなりストレスがかかりそうだよね。マキちゃんのメンタルケアがとても大事になってくるなぁ。
「……ねー。それってさぁ。妹、家出とかしちゃわない? パニックになった子って何するかわかんないよ? 今、行方不明になっていたり暴れていたり、あとは発作だっけ? 起こしていたりしない? 大丈夫?」
アスカの言葉にハッとなる。そういえばアスカも幼い頃、癇癪を起こしてエルフの郷から森の方に逃げたことがあったっけ。あの時はもっと幼かったし、マキちゃんは子どもとはいえ10歳だし……。
いや、まだ10歳なんだ。親もいない、貧しい暮らしで身体も弱い。そんなところへ衝撃の事実を告げられたら?
「し、心配になってきた……!」
「そうだな。よし、俺とロニーで探してくる。メグとアスカは精霊に頼んで探してみてくれ。見付けたら俺らに連絡。いいか、お前たち2人は部屋から出るなよ!」
「何かわかったら、こっちからも、連絡する」
「りょーかい!」
「わ、わかった!」
リヒトとロニーは立ち上がり、私たちに簡単な指示を出してすぐさま部屋から出て行った。
うぅ、どうか何ごとも起きていませんように……!





