【7巻発売記念小話】お一人様記念日
パンパカパーン! 今日は記念すべき日! なんの日かって? それはね、一人で街を歩いてもいいという許可が下りた日でーす!
やっとか、と思う? 私も思う。でもさ、普通に考えて小学校に子どもだけで通い始めるのも6、7歳くらいって考えたら、今の私の見た目年齢と同じくらいだからそんなものかな、とも思うんだよね。
なんにせよ記念日である。これまでは誰かの付き添いが必須だったし、1人でどこかにおつかいってことがあった時もギルさんの影鳥ちゃんがついてきたり、色んな人の監視の目が光っていた。だけどそれらもなく1人で出歩けるんだよ! これはすごい成長だ。私の。
それもこれも、私が人間の大陸に行ってきた経験があるからだと思う。あの事件は本当に恐ろしかったけど、あれがなかったら今もまだガチガチに周囲を固められていたんじゃないかなって思うんだよね。
良かったとは言い切れないけど、そのおかげで早めに認められた気がするのは事実。やっぱり嬉しいかも。
「暗くなる前には戻って来い」
「わかってるよー」
「一応、メグの影には魔術を仕込んでおく。そちらからの呼びかけがない限りは干渉しないから……」
「それも何度も聞いたよ、ギルさんー!」
認めてくれはしたけど、それはそれ、これはこれ、といった様子の過保護代表ギルさんである。今日、ここにいないだけでお父さんや父様も似たようなレベルだけどね。
他の皆さんもずっと心配そうにこっちを見ているし。ありがたいけど苦笑は浮かべてしまうよね。あ、あはは……。
「ちゃんと、困った時は助けを呼ぶよ! 誰かが来てくれるまでは自分で対処する! 出来るもん!」
「……そうだな。はぁ、すまない。口うるさかった」
ギルさんは額に手を当ててため息を吐いた。ちょっと自覚はあったんだね……。いや、言われるのが嫌だとか鬱陶しいだとかは私も思っていないよ? ただ、何度も言われると反応に困ってしまうのだ。気持ちはとても嬉しいしありがたいし、心強いからね!
「ううん、心配してくれるの、ありがたいもん。ギルさんたちがこうして見守ってくれてるって知っているから、私も安心して出かけられるんだよ。いつもありがとう!」
せっかく私のためを思ってくれているのだから、感謝は伝えないとね。私の言葉を聞いて、ギルさんはポンと私の頭に手を乗せ、軽く撫でてくれる。
「ああ。安心して出かけてこい。気を付けて」
「はい! いってきまーす!」
目元を緩めてそう言ってくれたギルさんに、元気よく挨拶! 私はウキウキとした気持ちでギルドの外へと飛び出した。
とはいっても、今日はどこに行くと決めているわけではない。自由に出歩いていいと言われているのは街の中だけだし、行先は大体決まっていたりする。
そうだなぁ、お小遣いも持っていることだし、まずはお買い物かな。荷物が嵩張る心配がないのはとても助かる。収納ブレスレット、万能!
最初に立ち寄ったのは雑貨屋さんである。可愛い小物がたくさん置いてあって、見ているだけで楽しい。メモ用の紙や可愛い包装紙、細々したものを収納できる可愛い箱やぬいぐるみにクッション、色々と扱っている。
あ、このリボン可愛いなぁ。贈り物を包む時に使えそうだ。あまり使う機会はないけども。
「あら、メグちゃん。今日は1人なのね」
「お姉さん、こんにちは。えへへ、そうなの。もうお姉ちゃんになったからねっ」
気に入ったものを3つほど持ってお会計をしてもらいつつ、お店の主人であるウサギの耳が可愛らしいお姉さんとお喋り。私が胸を張るとお姉さんはクスクスと笑いながら商品を紙袋に入れてくれた。
「じゃあ、これからは1人でここに来てくれることが増えるのね?」
「はい! 私、このお店大好きだから通っちゃう!」
「可愛いお得意様が増えて私も嬉しいわ。新商品が入ったら教えてあげるわね」
お得意様、という言葉の響きのなんとよいものか。お姉さんも優しいし、一生このお店を推します。
さて、きちんとお礼を言ってから、再び街へと繰り出しますよー!
今度はどこに行こう? とお店の並ぶ通りを歩く。初めてのお一人様記念に、お茶菓子を買っていこうかな。ケイさんやサウラさんがいつも用意してくれるお菓子は、お高いお店の高級品。なのでどれを食べても本当に美味しいんだよね。
でも、私のお小遣いではまだまだ高級品を買うことは出来ない。いや、正確にはお金はあるけど1人でそのお店に入る勇気がない。も、もう少し大人になってからにしようかなぁって思っています……!
キョロキョロしながら歩いていると、果物屋さんのおばさんに声をかけられた。とっても親切で穏やかなおばさんで、買い物についていくと必ずおまけをしてくれるのだ。
ケイさんは、メグちゃんがいるからだよ、って笑っていたっけ。子どもが好きなんだと思う。
「今日は1人で初めてのお買い物だから、みんなにお土産を買うの! でも何にしようか悩んでて……」
「だから他に人が見当たらなかったんだねぇ。お土産か。それなら、いいものがあるよ」
そう言って、おばさんはお店の奥の戸棚から瓶を持ってきた。差し出されたそれを見てみると、中には美味しそうなジャムが詰まっていた。うわぁ、キラキラで美味しそうー! イチゴのジャムだ!
「この間、大量のシュベリーを入荷してね。でも消費が追い付かないから一部をジャムにしたのさ。上質な砂糖を使って、あまり実を潰さずに作ったからね。ヤウルと一緒に食べたり、お茶に入れてもいい。何より長持ちだ! どうだい? 安くするよ?」
ヤウル、というのはヨーグルトのことだ。う、それは美味しそうだ。大量に作ったから品質が高いのに安く出せるという。んもう、おばさんったら商売上手っ!
それに、ジャムならお茶の時間に一緒に出しても、他の人が出してくれたお菓子とかぶることもなさそう。よし、決めちゃおう!
「じゃ、じゃあ2瓶ください!」
「おや、2つも買ってくれるのかい? 嬉しいねぇ。おまけにおばさん特製のスコーンを上げようね」
「えっ、果物屋さんでスコーンも売ってるの?」
「あはは! 違うよ。たまたまおやつに食べようと今朝焼いたのさ。メグちゃんにおすそ分け」
や、優しいっ! 誰かにあげるものだったりしないだろうかと不安になったけど、いつも多めに焼いて近所に配ってるからいいんだよ、と笑いながら渡されてしまった。それなら良かった!
んー、焼き立てのいい香りがする! こ、これはジャムに合いそうだ。帰ったらぜひ一緒にいただこうっと。
支払いを済ませ、おばさんからジャム2瓶とスコーンの入った紙袋を受け取ってすぐに収納ブレスレットにしまう。私の気分はウッキウキである!
だけど、そういう時こそ事件は起こる。いや、起こってなどほしくはないんだけど。
再び街を歩こうと果物屋さんに背を向けたその瞬間だ。突如、背後から誰かに抱き上げられた。
オルトゥスの誰かがそうやって驚かしてくることはなくもない。けど、触れられた瞬間にこれは違うって思った。だって、だって、なんとなく嫌な感じがする! 仲間の誰かだったらこんな感じはしないもん!
「うわ、本物……。かぁわいい。肌とかすべすべじゃん」
「ひっ……」
私を抱き上げた男の人が、空いている方の手で私の頬を撫でた。あまりの気持ち悪さに変な声が出る。こ、こ、これは緊急事態なのでは!?
「おい、遊ぶのは後だ! 逃げるぞ!!」
「わかってるって」
どうやら複数人数での犯行のようだ。これって、これって、ギルティだよね! 果物屋のおばさんが誰か!! と大声を上げているし、やっぱり事件だぁぁぁ!
私は影に魔力を送り、脳内でギルさんに助けを呼んだ。これですぐに気付いてくれるはずだ。あとは助けが来るまで時間を稼がないと。
お、おおおお落ち着けメグ。こういう時こそ冷静にならなくては。すぐさま周囲の気配を探る。犯人は全部で3人、かな。他の場所に隠れていたとしたらわからない。私にはまだそこまでの技量はないので! とにもかくにも、この手から逃れないと!
「大人しくしててねぇ?」
耳元で囁かれ、フッと息を吹きかけられた。魔術を発動させようと思っていたところにこれをされたものだから、全身に鳥肌がたって精霊たちへの指示が鬼気迫るものになってしまう。き、気持ち悪いいいい!!
『ご主人様に!』
『何をっ』
『してるんだぞーっ!?』
『不届き者めが! 成敗してくれるっ』
その結果、何が起きたかと言いますとですね……。精霊たちが張り切っちゃいました。あ、まずい。
いつもより多めに与えてしまった魔力をいっぱい使ってそれぞれが魔術を発動させていく。
フウちゃんの風が犯人の1人を天高く連れ去り、遥か遠くの建物の壁に思い切り激突させた。その威力たるや、ここからでも壁にヒビが入ったのが確認出来るほどだ。ひえっ、ごめんなさい!!
そして目の前ではホムラくんの炎が犯人の1人を包み込んでいる。かろうじて私の「人をあまり傷つけたくない」という思いのおかげで本人は少しの火傷で済んでいるみたいだけど、服が全て燃え尽き、地面にも焦げ跡が残ってしまった。
熱は感じる魔術なので、そんなに外傷がなくても熱い熱いと転げまわる全裸の犯人。……私はソッと目を逸らした。
現実逃避をしたくなったけど、その視線の先で見た光景に私は大いに慌てた。だって! シズクちゃんが犯人の1人を竜巻の中に閉じ込めているではありませんか! し、死んじゃう! そのままじゃ息できなくて死んじゃうよー!
慌てて止めさせると、シズクちゃんは不服そうにしながらも言うことを聞いてくれた。ただ、最後に上空まで竜巻を移動させ、そこで解除したものだから犯人は大量の水とともに地面に落下したけど。い、生きているなら、まぁ……。私は再び目を逸らす。
「いやいや、良くない! 街をめちゃくちゃにしちゃったよぉ!」
しかし時すでに遅し。私の周囲は見るも無残な有様になってしまった。ほんの数秒ほどの出来ごとだったけど、現場はぐっちゃぐちゃである。ど、ど、どうしようー!?
「メグっ!」
「ぎ、ギルさぁん……」
途方に暮れて涙目になっているところで、私の影からギルさんが現れた。本当にごめんなさい、こんなに街を荒らして。私の胸中はそういった反省でいっぱいだった。
だけど、ギルさんは視線だけでサッと周囲を確認すると、すぐに私を抱き上げてくれた。それからギュッと抱き締めて悪かったと謝罪してくる。え、え? なんで私が謝られているんだ?
「怪我は、なさそうだな……。嫌なことはされなかったか? もっと瞬時に駆け付けるべきだったな。仕事の途中だったから数秒遅れた」
「え、いや、あの」
仕事の途中だったというのに事件が起きて数秒ほどでここに来てくれたのは十分早いと思うのですが?
というか、あれ? おかしいな。今は私が怒られる場面では?
「メグ!」
「メグちゃん!」
「メグよぉ! 無事か!?」
「犯人はどこだぁ!?」
混乱した状態でぽかんとしていると、今度はオルトゥスの方からシュリエさん、ケイさん、ニカさん、ジュマ兄が駆け付けて来た。え、オルトゥスの最高戦力たるメンバーじゃないですか。みんなそれぞれ殺気立っていて少し怖い。
『ショーちゃん、頑張ったの! ご主人様、無事だった!?』
どうやら、たくさん魔力を受け取ったショーちゃんは別行動でオルトゥスに向かい、ギルド中に響き渡る声で私の危機を知らせたという。
……さ、さすがは最初の契約精霊だなぁ、ははっ。ショーちゃんが張り切らないわけはなかった! ひえぇ!!
「ほらよ。これが残党だ。ルドの糸で拘束されてたぜ。メグ、大丈夫か? 酷ぇ目に遭ったな」
「お、お父さんまで!?」
蒼褪めていた私の前にトドメとばかりに現れたのは、糸でぐるぐる巻きにされた犯人と思しき男たちが5人。ガタガタと震えながら地面に転がされている……。酷い目に遭ったのはむしろ犯人グループなんだけど。
あー……これ。どう説明したらいいんだろうか。
「頭領、こいつらは好きにしても?」
「いいぞ」
「ダメダメダメ! 待って! 説明させて!?」
シュリエさんのにこやかながら底冷えのする声での質問に即答したお父さんに不穏な気配を察知した私は慌てて口を挟んだ。
「えっと、買い物してたら突然誰かに抱き上げられて……」
「メグちゃん、抱き上げられたの!?」
とにかく一つ一つ説明するべきだろうと、記憶を掘り起こしながら口にすると、ケイさんが驚愕したように叫んだ。あ、いえ、そうだけど、落ち着いて……!
「連れ去られそうになって、顔を触られたり耳に息を吹きかけられたりしたから思わずゾワッとしちゃって、それで」
「はい、ギルティだね」
「有罪だなぁ」
「げぇ、気持ち悪いヤツらぁ!」
あれ、これ説明すればするほど逆効果なのでは。保護者たちの怒りのボルテージが上がっていくのが手に取るようにわかるよ! ギルさん、目が据わってるから! みんなが爆発する前に、私は肝心な部分を叫ぶように言い放った。
「だから! 魔術でやっつけちゃったの! そのせいで! 壁とか、道とか、ぐちゃぐちゃにしちゃって……その、うぅぅぅごめんなさいぃぃ」
色んな感情がごちゃ混ぜになってしまった私は、ついに堪え切れずに泣いてしまった。もうお姉ちゃんになったのだから、こんなところで泣きたくはなかったんだけど! でもわぁわぁと大声では泣かないよ! ギルさんの胸はお借りしているけども。
「怖かったな。よく頑張った」
「ギルさ……」
「さすがはオルトゥスのメンバーだ。ちゃんと自分で対処出来たのだろう? もう大丈夫だ。後は任せておけ」
ぽんぽんと背中を撫でられながらの言葉に、再びじんわりと目に涙が浮かぶ。もうお姉ちゃんなのにな……。でも、どうやら私も興奮していたみたいだ。撫でられることで少しずつ落ち着いてきたのが自分でもわかる。
「メグちゃんは悪くないよ! 悪いのは犯人たちだ! 私も見ていたからね。だから、メグちゃんはなんにも気にしなくていいんだよ」
「お、おばさぁん……!」
さらに、果物屋のおばさんが証言してくれたことで、またしても涙腺が崩壊してしまう。それをきっかけに、周囲にいた人たちも次々に証言の声をあげてくれる。どれもこれも、私は悪くないというものばかりだ。街の人たちがみんな優しい!!
「ってぇことは、お前ら。……覚悟はいいな?」
「ひぅ……!?」
それを全て聞き届けた後、お父さんが黒い笑みを浮かべて犯人の1人の胸倉を掴み、片腕で軽々と持ち上げた。犯人はもはや声が声にならなくなっている。
「ギルナンディオはどうする? 参加する?」
「……やってやりたい気持ちはあるが、今はメグとギルドに戻る」
「ん、それがいいよ。メグちゃん、帰ったら一緒にお茶しよう。準備して待っていてくれる? すぐ戻るからさ」
ケイさんとギルさんの会話にはツッコミどころが多々あったけど、ひとまず私は首を縦にブンブン振った。
参加って、何に? とか、やりたい気持ちはあるんだ? とか、お茶の準備している間に全て片付くんだ? とかそういうアレです。
それから、足早にギルドへと向かうギルさんに抱き上げられた私はその後、犯人がどうなったのかを知らない。けど、宣言通りお茶の準備を終えた頃に戻ってきたお父さんの、いいところで警備隊が来ちまった、という言葉で大体のことを察した。深くは聞かない方が良さそうだ……。
「んっ、このジャム、すっごく美味しいわ!」
「本当だ。甘すぎず、果肉が大きめに残っていてすごくいいね」
どうやら、お土産のジャムはみなさんに好評みたい。サウラさんとケイさんが美味しそうに食べてくれている姿に、嬉しくって頬が緩む。
今日の1人お出かけは、街をめちゃくちゃにしてしまったけど、自分の力だけで撃退出来た。それに精霊たちの愛も伝わったし、今後の課題も見えてきた。
反省はもちろんする。それを次にいかせるように、これからの行動を考えたいと思う。
「お、それならギルも食えるんじゃねーか? 食ってみろよ」
「頭領の言う通り。それにせっかくのメグの土産だぞぉ。食わなきゃもったいねぇぞ、ギルよ」
「ニカまで言うのか。それなら少し、もらう」
「あ! オレにもくれよ! メグのジャムー!」
「ジュマ、順番よっ!」
なんだか賑やかだな。そうだよ、今はせっかくみんなが集まってくれているんだから、幸せなティータイムを楽しんじゃいます!
んんーっ! スコーンとジャムの相性は最高ーっ!





