勇者のごとく
お父さんとマーラさんの解説で気は抜けてしまったけど、まだ試合は終わってない。状況が動いたし、きっとそろそろ勝負もつくような気がして、私は一瞬も逃すまいとリヒトを凝視した。
光る剣を握ってスッと両手で握り直したリヒトは、そのまま上段で構えた。そして真っ直ぐ振り下ろすと、リヒトを中心に光の波紋が広がっていく。わ、綺麗……!
『こ、これは……! 毒の霧が浄化されていってる、のでしょうかぁ!? 光に触れた白い霧が綺麗に消えていきますぅっ』
『まじかよ、魔術無効!? 俺以外に出来るヤツ初めて見たぞ!』
『あの毒は魔術で作られているのだものね……。全てを無効化していくみたい。ほら、魔王の張った結界もよ』
驚いたような実況と解説の声に、会場内のお客さんたちからもざわめきが広がっていった。それもそのはず。だって、父さまの魔術も無効化したってことなんだから。ゆ、勇者かっ!
「……これはかなり仕上がってますね。ギル」
「そうみたいだな」
オルトゥスサイドの大人たちも揃って絶句する中、シュリエさんとギルさんは静かにそれだけを呟いた。それだけ、リヒトのしたことは規格外なんだ。イザークさんのだけではなく魔大陸最強である魔王の魔術を無効化したのだから。
基本的に魔術による攻撃は逸らすか、相殺するか、避けるくらいしか対応手段がない。中にはその威力を弱めるっていうのもあったと思うけど、弱らせることは出来ても無効化は一般的に出来なかったはず。お父さんの言うように、お父さん、つまりオルトゥスの頭領以外は誰も出来なかったことなのだ。
だからこそ、お父さんは魔大陸でも最強だと言われているし、父さまやギルさんとも互角以上に戦えるんだって思ってた。いや、もちろんその能力だけでは最強にはなれないし、他の要素もあるってわかってはいるけど。でも、魔術を無効化出来るっていうのは、魔に属する者としては脅威でしかないんだよ。
こ、これは……。ギルさんとの試合も、いい線いくんじゃないかな。会場内の白い霧が完全に晴れたその中心で、輝く剣を持って佇むリヒトを見て、そう思わずにはいられなかった。や、本当に勇者か。
『お、おやぁ? イザーク選手が片手を上げましたぁ! これはもしや……?』
自らの魔術を綺麗さっぱり浄化され、しばし呆然としたまま動かなかったイザークさんが動きを見せた。首を軽く横に振って片手を上げ、小さくため息を吐いたように見える。
『イザーク選手、敗北を宣言したようです! よってこの勝負はリヒト選手の勝利でぇぇす! 優勝は、リヒト選手に決まりましたぁぁぁぁ!!』
やっぱり降参したんだね。あんなのを見せられたらそりゃあ誰だって戦意喪失しちゃうよ。特に、イザークさんは魔術特化タイプっぽいもん。近接戦や体術では勝てないって判断したのだろうな。悔しそうには見えるけど、握手を交わす様子は穏やかだ。納得の試合結果だったんだと思う。ちゃんと出来る手は打ったってことかな。
「すごぉい! やっぱり優勝したね、リヒト!」
「まじかよアイツ! くっそー! オレも戦いたかったぁぁぁ! いつか試合してくんねーかな?」
純粋に驚くアスカと、まだ試合を諦めていないジュマ兄にクスッと笑いをこぼしてしまう。ジュマ兄はまぁ、怪我が完治したら話をするだけしてみたらいいと思う。というか、彼の中でリヒトと戦うのは決定事項みたいなとこがあるだろうから、試合をするまで諦めないっぽいし。厄介な赤鬼に目をつけられちゃったね、リヒト!
リヒトとイザークさんの試合が終わったことで、大会の試合が全て終了となった。あとは表彰をするらしいんだけど……。
「優勝者は会場の舞台に上がってマーラから優勝旗を受け取ることになってる。メグ、しっかりな!」
表彰式と閉会式の準備があるとのことで、一度観客席に戻ってきたお父さんからそう告げられた。というか、私を迎えにきたとも言う。
そうでした、私、優勝したんでした。うぅ、注目を浴びるのは恥ずかしいなぁ。でもすでにオルトゥスの皆さんはその優勝旗についての話で盛り上がっている。
「んー、記念すべき第一回の優勝旗だろう? ホールに飾るのはどうだい?」
「ケイ! それいいアイデアね! どうせなら目立つところに飾りましょ!」
ケイさんが人差し指を立てて提案すると、サウラさんがノリノリでどこの壁に飾ろうかしら、と真剣に悩み始めている。子どもが持って帰ってきた賞状を額縁に入れて家に飾るあのノリと同じだなぁ。まさしくそんな状況ではあるんだけど。
そういえば環の時、小学校の夏休みの宿題で火の用心ポスターを描いたら銀賞をとったことがあったっけ。前世含めても何かで表彰をされたのはそのくらいだから、素直に嬉しくはある。あるけどやっぱりちょっと恥ずかしい。
「けど、それだと、ますますメグが、モテる」
「余計な虫はみんなで蹴散らしゃいーんじゃね? メグも自衛出来るんだし」
一方で、ロニーの心配性が顔を出し、ジュマ兄が物騒な答えを返していた。いやいや。モテはしないだろうけど、変に目立つことはあり得るかも。うん、私もある程度は自分の身を守れるし、困った時はすぐに助けを呼ぼうと思ってるからそこは大丈夫かな。たぶん。
「そういえば、結局優勝旗にしたんだね」
「おう。賞状とかメダルとか色々考えたんだけどな。遠くにいる観客からもよくわかるようにって一番目立つ旗になったんだよ。見た目ほど重くもねーからしっかり持つんだぞ」
「そ、そんなに非力じゃないもん……! たぶん」
優勝者には何を渡そうかって言ってたもんね。確かに、メダルや賞状は地味に見えるかもしれないし、旗っていうのはいい案だったと思う。ちょっと運動会っぽい、とか思っちゃうけど。
でも見た目ほど重くない、か。そんなに大きいのだろうか。いや、優勝者がそんな物も持てないなんてことになったら締まらない。なんとしてもしっかり持たねば!
ちなみに、優勝商品はもちろん旗だけではない。閉会式後、今回大会に貢献した各ギルドのトップの方々からそれぞれちょっとした景品がもらえるんだって! それは初耳! 何がもらえるかはお楽しみに、だそう。
「その時は別室に集められる。それが終わって、会場内の人がいなくなったら……。全部、話す」
「! うん、わかった……」
それから、耳元で告げられたその内容に、いよいよか、と胸がドキリと鳴った。
「さ、行こうぜ」
「うん!」
差し出されたお父さんの手をとって、控え室に続くドアへと向かう。その際、みんなにおめでとうとか、しっかり受け取ってこいとかの温かい声をかけてもらった。よし、まずは表彰式で堂々と振る舞えるように頑張るぞ!
控え室に行くと、すでにリヒトが父様と一緒に待機していた。二人に声をかけながら駆け寄ると、微笑みながら迎えてくれた。だけど、リヒトはともかく父様のテンションが低いのがなんだか気になった。いつもはメグー! って言いながらむしろ抱きしめに駆け寄る勢いなのに。それをテンションが低いと捉えてしまうのもアレだけど。これが普通なんだよね。
ちょっとした違和感を覚えはしたけど、特に気にしないことに決めてリヒトに話しかけた。
「リヒト、試合見てたよ。すっごくかっこよかったね! あんなに強くなってるなんて知らなかったから、ビックリしちゃった」
見上げた先のリヒトはちょっと目を見開いてから、少し恥ずかしそうに笑った。あ……。その顔を見てるとなんだか懐かしい気持ちになるな。笑った顔は少年だった頃の面影が残ってるからかもしれない。
「んだよ、俺が魔王城でめちゃくちゃしごかれてるって手紙でも散々書いてただろ?」
「そうだけどさ、やっぱり目の前で戦ってるのを見ると実感しちゃうっていうか」
何度か会った時も、魔力の量や質なんかでかなり強くなってることはわかってたけど、戦う姿を見てないことにはわかんなかったりするもんね。
「そんなこと言ったら俺だってメグの試合見てすげー驚いたぞ? あんな戦い方、初めて見たし。ウルバノも目をキラッキラ輝かせてメグすごい、って言ってた」
「ウルバノも? なんだか照れちゃうな……」
「次に会った時は挙動不審になってるかもな。ありゃ、お前のこと神聖視してるんじゃないか」
「そ、そこは訂正しておいて! 普通に! 普通に接してくれないと泣くって!」
人を褒めるのは自然に出来るけど、褒められるのはやっぱり照れるな。そっか、ウルバノも見ててくれてたんだね。今度会うときは今日の試合のことで話が盛り上がるといいな。
「ははっ、泣くのかよっ! それじゃあウルバノも普通にしないわけにいかねーな」
それからリヒトは、ウルバノも戦えるようになりたいって言い始めたことや、今後は少しずつリヒトが戦い方を指導することになった、って教えてくれた。おぉ、リヒトが先生になるんだね!
ジッと蹲って動かなかったウルバノが、こうして外に出て、色んな人と関わったことでやりたいことを見つけてくれたのはすごく嬉しい。私も何か力になれることがあったらいいな。だって、友達だもん!
「お前たちは、本当に仲が良い。喜ばしいことであるな」
二人で話に花を咲かせていると、近くにいた父様がようやく口を開いた。……なんだろう? やっぱりいつもと様子が違うというか、大人しいというか。魔王っぽいというか? 父様が私の前で魔王っぽく振る舞うことはあまりないから、変な感じがする。
「二人には話さねばならないことがある。そして、やらねばならないことも」
続けて言われたその言葉に、ああそうか、とようやく私は理解した。いよいよ覚悟を決めなきゃいけないんだもんね。お父さんだってさっき言ってたじゃないか。終わったら話すって。父様も一緒に話してくれるってことなんだ。
でも、私とリヒト、二人に向かって話しかけているってことは……。
「……私の魔力暴走について、リヒトも何か関係があるの?」
そういうことになる、よね? っていうか、魔力暴走について話してくれるんだよね? そういう認識でいたけど実は違いました、だったらどうしよう。
「そうだ。そして、それをなんとかする対処法は一つだけある。我らは、将来メグが暴走を起こしかけた時のために、ずっと準備をしてきたのだ」
準備……? リヒトも? そう思ってリヒトの顔を見上げると、小さく頷かれた。……リヒトはずっと前から知っていた? なんか混乱してきたな。
「良いかメグ。我らは誰もがお前のことを大切に思っている。これは間違いのない事実である。それを、どうか忘れないでほしい」
そっと私の両肩に手を置いた父様が、真剣な目で真っ直ぐ私を見ながら言う。うん、わかってるよ。みんなが私を大事にしてくれていることくらい。私だって、同じくらいみんなのことが大好きだもん。
「大丈夫。疑うことだってないよ。私がみんなを信じる心だけは、何よりも自信があるもん」
だから、迷いなくそう答えた。たくさんの愛情を注いでもらって、たくさんの手を差し伸べてもらって、どうして疑うことが出来ようか。もしも、酷いことをされたり、言われたりしたとしても、何か理由があるに違いない、ってそっちを疑うと思うしね! フンッ、と胸を張って答えたら、ようやく父様がいつもの笑顔を見せてくれた。
「さすがは我が娘。芯がしっかり通っておる。これならば大丈夫そうだな」
「俺は最初から大丈夫だって言ってただろーが」
「わ、我だって信じておったとも! ただの確認であろう!?」
父様とお父さんが軽く小突き合いながらそんなことを話している。仲がいいんだから全く。
「よし。んじゃま、さっさと優勝旗もらってこい! マーラの隣に俺らもいるからよ」
「はい!」
「うん!」
お父さんの呼びかけに、リヒトと私は元気に返事をする。それからどちらからともなく手を繋ぎ、一緒に会場へと入っていった。





