予想外の動き
「すごかったねぇ。まさかロニーがあんなにパワータイプだったなんて。ぼく知らなかったなぁ」
「ロニーは昔から力持ちだったよ。子どもの頃はもっと線が細かったんだけど、それでもリヒトより力があったと思う」
しかもロニーは丸1日くらいは平気で私を背負って山道を歩いてくれてたからね。力持ちな上に持久力もあるのだ。今よりもっと軽かったとはいえ、普通に考えて幼女をずーっと背負って歩くっていうのはなかなかきついものがあると思うんだよね。しかもあの頃のロニーはまだ子どもだったのに、息も乱さず、安定感抜群の背中だったし。種族柄っていうのもあっただろうけど、やっぱりすごいと思う。
「へぇ、やっぱりドワーフだからかな? ロニーはおっとりとしてていつも優しいから、イメージ変わったなー。あ、もちろんいい方向にね?」
「ふふ、そうだよね。優しい力持ちって素敵だよね!」
アスカの言葉にそう返すと、突然その動きを止めて口を尖らせた。それからブツブツと独り言を呟きつつ、チラッと私を見てくる。な、何?
「や、やっぱり、男は力があった方がいいもの、かな?」
恥ずかしそうにそういうアスカにキュンとした。お姉さんキュンとしましたよ! そっか、アスカも男の子だもんね。その辺りが気になるのかもしれない。でもこの美少年がマッチョになるのは想像出来ない。たくさん食べるから将来的にはその素養がある気がしなくもないけど。
「人によるんじゃないかな? でもアスカは今、成長期だから、無理に鍛えちゃダメだよ? 子どものうちから頑張り過ぎると背が伸びなくなったりするんだよ、たしか」
「うっ、背が伸びなくなるのは嫌だなぁ。うん、出来る範囲で鍛えようっと」
鍛えるのは決定事項らしい。そういうところが男の子だなぁって感じてなんだか微笑ましいな。
「あ、次はリヒトの試合だね! 相手の人はどんな魔術を使うんだろう」
「む。ああ、ステルラのビジットだな。あいつは光蝙蝠の亜人だ。超音波を使った魔術を展開するかもしれない。おそらく本部の方で観客席に害がないよう、薄い防音膜が張られるだろう」
「防音? あ、本当だ」
二人が試合会場に立った瞬間、ギルさんが言ったように会場が薄い膜で覆われたのがわかった。ジーっと見つめてその膜を観察してみる。
物理的なものは通すっぽい。んー、魔術も通すかな? 音、それも一定以上の周波数のものだけを防ぐ、そんな細やかな設定が組まれた膜だ。これを張った人の技術は相当なものだなぁ。
「メグも、だいぶ魔術の見極めが出来るようになったな」
「えへへ。合ってるかどうか、いつも近くで教えてくれる先生もいるからねっ!」
ことあるごとに、あれを見てみろこれを見てみろってギルさんが言ってくれたおかげで、注意して見る癖がついてるんだよね。結構スパルタなのだ。でも、習慣化させるのって実は一番難しいことだから、ギルさんには感謝である。
そうこうしている間に試合が始まるようだ。一時も目を離さないようにしっかり見ないと。審判であるクロンさんの始めの合図とともに、光蝙蝠さんがすぐに口を開き、超音波らしきものを発した。キーンとした軽い耳鳴りのようなものを感じる。防音の膜があるのにうっすら聞こえるんだから、きっと試合会場内部ではかなりの音なんだと思う。リヒトは大丈夫かな? そう心配した矢先。
「え? あ……」
ビジットさんの足元に真っ暗な穴が開いたのが見えた。その穴の中にビジットさんが吸い込まれていく!? ただ落ちるだけならビジットさんも逃れられただろうけど……どうやら穴に引き込まれているみたいなんだよね。まるでブラックホールみたいでちょっと背筋が冷たくなる。
そのまま、ビジットさんを飲み込んだ穴は次第に小さくなっていき、そして消えた。え、え? どこに行っちゃったの!?
「さすがだな。空間魔術の使いこなしは世界トップレベルなんじゃないか」
「え、空間? トップレベル!?」
ずっと黙って見ていたギルさんが感心したように呟く。リヒトったら、強くなったとは思ってたけど、そこまでだったなんて。
一般観客席がざわつき始めた頃、ついに消えたビジットさんが現れた。地面から数メートルほどの位置に突如開いた穴から、ポンッと吐き出されるように。場外へと。当の本人はなにが起きたのかわかっていないような顔をしている。
「俺たちからすると数十秒経過しているが、吸い込まれた本人はほんの瞬き程度の時間しか感じていないだろう」
なるほど。そりゃあ余計になにがなんだかわからないよね。
クロンさんが試合終了の合図を出すとともに、場内には大きなざわめきが広がった。確かにあれは反則級の技だよねぇ……あんなの、どうやって避ければいいの? 思わずギルさんにも聞いてみたけど、少し自分でも考えてみるといい、と穏やかに微笑まれてしまった。ぐっ、お勉強ですね、わかります。
「うーん、ぼくだったら穴に吸い込まれないようにするとか? 吐き出された時にすぐ対応するっていうのもありかなぁ」
「どこに吐き出されるかによるよね。今みたいに空中なら可能性あるけど、突然地面の上だったら負けちゃうよー」
「試合形式だと転移系の魔術って最強じゃなぁい? いいなぁ、ぼくも使えたらいいのにっ」
「出来ないことは言ってても仕方ないよ。やっぱりまずは、転移されないようにするのがポイントかもしれないね……」
アスカと2人であーでもない、こーでもないと話し合う。背後ではギルさんとシュリエさんが微笑ましげに私たちを見ていた。口を挟んでこないってことは、もう少し私たちに考えさせるつもりなのだろう。いいもん、次のロニーとの試合でまた観察するもん。うーむ、ロニーはどう戦うのかな? 心配なような楽しみなような、複雑な気持ちになった。
考えてたらお腹が空いてきた、とアスカがシュリエさんに食べ物をねだりに始めた。成人部門はノンストップだから、合間を縫って何か食べられるよう、軽食を用意してるんだったよね。もちろん、チオ姉のお手製ランチだ。観戦しながら見られるようにサンドイッチとかおにぎりとかのお手軽メニューだった気がする。私もちょっとお腹が減ってきたのでくるっと振り返ってギルさんを見た。
「何か食べるか」
「うん!」
それだけで言いたいことを察してくれたギルさんはすぐさま私の手を引き、軽食を取りに観客席の隅へと移動した。なに食べようかなー?
クリームチーズとジャムの挟まったものと野菜たっぷりのハムの挟まったサンドイッチを受け取り、私は再びギルさんと一緒に席に戻った。さすがに食事中にまで膝の上にいるのも申し訳ないので、知り合いが出る試合の時に教えてもらうということで私は隣の席に座った。モチッとしたベーグルの生地が大変美味しゅうございますっ。
「ジュマの2回戦目があと3試合後に始まるみたいだな」
「むぐっ、そうなの?」
「慌てるな。まだ時間はある。よく噛んで食べろ」
そうは言うけど私は食べるの遅いから……特にモチモチなベーグルは時間がかかるのだ。顎が疲れた。
「なにも始まる前に食べ切ろうとしなくてもいいんだが……」
はっ、盲点。そうだよね。一時食べるのを止めて、試合が終わったらまた食べればいいだけの話である。そうと決まれば焦るのはやめよう。せっかくの美味しいランチなんだから味わうのが大事っ!
あっさりと方向転換した私を見てクスッと笑ったギルさんは、アイスティーを差し出してくれた。いつもどうもすみません。いただきます!
ちょうど1つ目のベーグルサンドを食べ終えたところで、ギルさんに声をかけられる。もうすぐジュマ兄とラジエルドさんの試合が始まるようだ。
ゴクンと口の中の物を飲み込み、アイスティーを一口飲んだところでもはや定位置となったギルさんの膝の上によじ登る。ええ、もちろん自分で乗りますとも。アスカはシュリエさんの膝にえいっと飛び乗っているけど、ほら、さすがにそれをするのは申し訳なさが勝つのでやめておいた。
ちなみにサウラさんは1段上の席からストンと下りるようにワイアットさんの膝に座っている。あ、あれも私がやるにはハードルが高いです。でも、受取手は皆さん当然のような顔をしているのがさすがだと思った。慣れってすごい。
「会場に入ってきた! ジュマといけ好かない青鬼!」
ピッと指差して叫ぶアスカに苦笑を浮かべてしまう。本人を前にしてもそう呼ぶのだろうか……さすがにそれはないと思いたいけども。
そんなアスカの声を聞きつつ視線は会場に向ける。どこか余裕のある様子のラジエルドさんに、明らかに敵意を向けているジュマ兄。ラジエルドさんに勝つっていうのが1つの目標だったもんね。応援する私も思わず力が入る。……頑張れ!
『試合開始でぇす!』
実況の明るい声とともに、クロンさんの手が振り下ろされる。それとほぼ同時に両者が動き出した。うぅ、速いっ!
『速すぎて見えないですぅ! 解説さぁん、お願いしますよぉ!』
実況のカリーナさんも見えなかった模様。そりゃそうだよね。一般客もみんなぽかんとしていることだろう。これは解説がないと無理だ。
『よく目を凝らせば空中で何箇所も小さな空気の爆発みたいなものが起こっているでしょう? あれはオルトゥスのジュマが方向転換したから起きているのです』
『ラジエルドは地上で全ての攻撃を避けてるな。ひたすらジュマに攻撃させて、全部避けてみせることで心を折りにいってるんだろうな』
解説はシェザリオさんとお父さんだ。ふむ、ラジエルドさんの作戦はわかったけど……不屈の精神力を持つジュマ兄にはあまり効果がなさそうな心理攻撃だなって思った。ジュマ兄ならいくら避けられてもめげない気がするもん。でも、イライラはするかもしれないなぁ。そのせいで攻撃が荒くなってたりしないといいけど。
「苛ついているな」
「苛ついてますね」
そう思った矢先に、ギルさんとシュリエさんがほぼ同時に呟いた。あ、やっぱり?
『おっと、ようやく2人の姿が見えました! 一度距離を取ったみたいですねぇ。次はラジエルド選手の攻撃ターンでしょうかぁ!?』
地面に降り立って相変わらずラジエルドさんを睨み付けるジュマ兄に、余裕の笑みを浮かべるラジエルドさん。うーん。本当に強いんだぁ。かすりもしないなんて。
それから数瞬後、今度はラジエルドさんが全身に青い炎を纏い始めた。実況の言った通り、反撃が始まるのかな? 青い炎ってことは普通の炎より高温なんだっけ? なんにせよ当たったらかなりの高熱で大火傷になっちゃわないかな? 一度戦った時はあの攻撃を全部受けてたっていうけど、平気だとわかってても目の前で見ると心配になる。
『ラジエルド選手! たっくさんの青い火の玉を作り出しました! すごぉい、一体いくつ作ったんでしょう……しかも自由自在に動かしてますぅ!』
本当だ……数10個の火の玉がまるで意思を持っているかのようにラジエルドさんの周囲でクルクルと動き回っている。それから火の玉は四方へ飛んでいき、ジュマ兄を取り囲んだ。えっ!? あれ、全部受けたらさすがにやばいんじゃ……!
「ジュマは全部受け止めながら突っ込むのでしょうねぇ」
「それがあいつの戦闘スタイルだからな……」
シュリエさんとギルさんは呆れたようにそう話している。慌ててないから、ジュマ兄なら受けても平気だと判断してるのだろう。そ、そっか。本当に頑丈だな、ジュマ兄。
でも、今回は違うと思う。だって、ジュマ兄は決意してたから。
「……ううん。ジュマ兄は、戦い方を変えると思う!」
「……?」
確信を持って私がそう言うと、2人とも不思議そうな顔でこちらを見た。でも、今私は試合会場から目が離せない。ちゃんと見てなくちゃ!
『お、夥しい数の火の玉がジュマ選手に飛んでいきますぅ! だ、大丈夫でしょうかぁ!?』
『まぁ、ジュマなら全部受けても……って、う、嘘だろ?』
火の玉全てを受け止めながら反撃してくると思われたジュマ兄。だけど、今までとは違った動きを見せた。そう。ジュマ兄は、相手の攻撃を避け始めたのだ!
「ジュマが……攻撃を避けた……?」
シュリエさんが呆然と呟き、ギルさんも驚いたように目を見開いている。サウラさんなんか嘘でしょー!? と絶叫してるし。そんなにか、ジュマ兄。
「……そうか。ついにあいつ、1段階上ったんだな」
驚きはしていたけれど、ギルさんはどこかホッとしたように小さく告げた。どこか、こうなることを待っていたかのような言葉の響きに、なんだかんだでギルさんは、ジュマ兄を気にかけていたんだなって思った。





