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特級ギルドへようこそ!〜看板娘の愛されエルフはみんなの心を和ませる〜  作者: 阿井りいあ
未成年部門

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【4巻発売記念小話】医務室であいつとお茶を

6月10日、4巻発売記念として、収録されている書き下ろし短編の「その後」のストーリーとなっております。レキ視点です。


第一部の終わり〜第二部の始まりくらいの時期のお話なので、メグさんはまだ噛み噛みです。懐かしい。


お楽しみいただけますように。


「レキーっ!」


 午後の仕事がひと段落ついて、コーヒーでも飲もうかと立ち上がった時、医務室のドアが開くとともに僕を呼ぶあいつの声が聞こえてきた。ここに来て僕を呼ぶなんて珍しい。あいつがここに来る時っていうのは、定期検診の時くらいだからいつもルド医師の元に行くのに。


「おや、メグ。どうしたんだい? レキなら奥で休憩に入ってる頃だと思うよ」

「あ、ルドせんせー、こんにちは! 休憩かぁ、それならちょうどいいかも! 入ってもいーでしゅか?」

「もちろん。どうぞ」


 診療スペースで道具の片付けをしていたルド医師が迎え入れたようだ。僕に用だなんて一体なんなんだ? まったくもって想像がつかないから首を傾げると同時に警戒してしまう。


 だって、ついこの間、サウラさんに騙され……えーっと、うまいこと言いくるめられてあいつの子守りをする羽目になったんだからな。ったく、僕をなんだと思ってるんだよ。あの日は大変だった。午前中だけだったらまだよかったけど、まさか午後まで連れて行くことになるなんて思わなかったから。だから、またあんな感じの面倒ごとでも持ってきたんじゃないかって思ったんだ。


「レキいたー! 今、へーき?」

「平気じゃない」


 ヒョコッと僕のいる奥の部屋に顔を出してきたあいつの顔を見た瞬間、条件反射で断った僕は悪くない。コポコポと音を立てるサイフォンを見るのに忙しいんだ僕は。


「むー。休憩してるって、ルドせんせーが言ってたもん。あ、コーヒー淹れてるんだね。じゃあちょうどよかったかも」

「ちょうどいい?」


プクッと頰を膨らませて抗議をしてくるこいつを無視して、僕はひたすらサイフォンを眺めた。けど、気になることを言ってきたものだから、つい横目で見てしまう。するとこいつは、収納ブレスレットから小さなバスケットを取り出し、ズイッと僕の方に差し出して来た。思わず一歩後退る。なんだ、これ? ……いい匂いがする。


「今日ね、チオ姉といっしょにパンを焼いたの! ウインナーとかジャムとかショコルとか、いろんなパンがあるよ!」


 バスケットの蓋を開けると、フワリと焼きたてパンの香りが鼻腔をくすぐってきた。ホカホカとほんのり湯気が立っているから、本当に焼き立てをしまってあったんだってことが一目でわかる。


「……ふぅん。それはわかったけど。なんで、僕に渡すんだよ」


 ここに来るっていうならルド医師とかメアリーラに渡すような気がするのに。あっちでルド医師にも会ったっていうのに素通りしてなんでわざわざ僕のとこに来たのか、まったく意味がわからない。心当たりもないしな。

 だから聞いたのに、こいつはキョトンとして何を言ってんだって顔を向けてきた。なんだよその顔。


「だって、レキのために作ったんだよ?」

「……は?」


 僕のため? ますます意味がわかんないんだけど。


「この前、いろいろ教えてくれたでしょ? 訪問診療にも連れて行ってくれたし……なにかお礼がしたいなって思って……」


 なんだよ、それ。そんなことでわざわざ作ってきたっていうのかよ。……馬鹿じゃないの。なんか、顔が、熱い。


「べ、別に、あれは仕事だったし。お礼とか、なに考えてんの。僕は仕事をこなして、それでちゃんと報酬をもらってるんだぞ」


 こういう時、なんて返したらいいのかわからない。腕を組んでフイッと顔を逸らしてしまった。たぶん、この態度も言葉も正解じゃない。それは、わかってるんだけど。


「……パンは、嫌い?」

「……それは、好きだけど」


 そう、パンは好きだ。僕はご飯より麺よりパン派だし。そう、パンが好きなのは事実で、それを伝えただけなのに。


「良かった! チオ姉と作ったから、味は保証するよ! いっぱい食べてね?」


 なのに、なんでこんな嬉しそうに笑うんだよこいつは。ほんと、意味わかんない。っていうか、そんなにバスケットいっぱいのパン、食い切れないし。ティータイムに食べきれる量じゃないだろそれ。


「はぁ……わかった。ルド医師とメアリーラも呼んで来いよ」

「いいの?」

「僕がそんなに食い意地張ってるように見えるわけ?」


 食べきれない分は取っておけばいい、とも思うけど……なんか1人で全部もらうのは、その、違う気がした。ちょうどお茶の時間だし、急患もいない。どうせならみんなで食べた方がいい気がした、それだけだ。


「優しいね、レキ!」

「う、るさいな。さっさと呼んでこいよ! コーヒーが淹れ終わるだろっ」


 いちいち調子の狂うことを言うこいつが、僕は正直、苦手だ。パタパタと部屋を出て行くあいつの足音を聞きながら、僕はコーヒーカップを準備した。




「うわぁ、とっても美味しそうなのです! メグちゃん、すごいのです!」

「本当だね。でもいいのかい? 私たちまでご馳走になって」


 あいつに呼ばれたからか、ルド医師もメアリーラもすぐにこっちにやってきた。2人とも当たり前のようにこいつの作ったパンを褒めちぎっている。よくそういう褒め言葉がスルスル出てくるよな。素直に尊敬する。


「うん! レキが呼んできてって言ってたから」

「……僕1人じゃ、多いから」


 ニコニコと嬉しそうに簡易テーブルにお皿を並べていく様子に、半ば呆れたような気持ちになる。褒め言葉を素直に受け取れるこいつも相当、単純だよな。


「じゃあ、ありがたくいただくよ。レキ、コーヒーをありがとう」

「ふふ、嬉しいのです。レキもありがとうなのです!」

「いや、別に……」


 それぞれが席に座ったところで、2人にもお礼を言われた。僕にお礼を言う必要なんかないのに。だからこういうの、苦手なんだよな。


「あっ、でも一番最初は、レキが選んでね! レキに作ってきたから」

「……そうかよ」


 ちゃんと選ぶよ、選ぶからそんな期待のこもった眼差しでこっちを見てくるな! もうさっさと選ぼう。僕は左側から2番目にあるショコルのパンを取ってお皿にのせた。それを見て満足そうににんまりと笑ったこいつは、続いてルド医師とメアリーラにも勧めていく。ルド医師はチーズのパン、メアリーラはジャムのパンを選んだみたいだ。


「では、いただきます」

「いただきまーす! んっ、メグひゃん、とってもおいひーのでふ!」

「ん、本当だね。メグ、上手に出来たね」


 2人はすぐにパンを口に運んで感想を述べていく。やけに食べるの早いな? 僕もパクッと一口齧る。……うまい。


「ね、ね、レキは? おいし?」


 僕が無言で食べていると、こいつは身を乗り出して感想を求めてきた。え、僕も言わなきゃいけないの? チラッと視線を横にずらすと、ルド医師もメアリーラも揃って言え、と目で告げてくる。わ、わかったよ。


「……うまい」

「よかったー!」

「よかったですねぇ、メグちゃん!」


 というか、チオリスが一緒に作ったんならうまいにきまってるだろ。メアリーラと一緒に手を合わせて喜ぶほどのことか? ほんと、女ってわかんない。


「よし、それじゃあ私は先にあっちに戻るよ。カルテの整理をしなくてはいけないからね。コーヒーは、向こうでいただくよ」

「あ、私も、明日の訪問診療で準備しなきゃいけないことがあるのです! 2人はもう少しのんびりしてていいのですよ!」

「えっ、あ、おいっ」


 あっという間にパンを平らげたのはそのためか! 僕とこいつを2人にする気だな? この人たちはことあるごとに、僕を誰かと2人にさせたがるんだよな。人との付き合い方に慣れろって。特にこいつが相手であることが多い気がする。子ども相手なら僕があまり強く言えないことを知ってるんだ。


 どうせ僕は口が悪いよ。こいつが相手だと特に調子が狂うのは事実だ。そりゃあ、直せるものなら直したいとは思ってるし……でも、そんなに露骨に協力しようとしてこなくてもいいのに。本当、ルド医師もメアリーラもお節介なとこがある。はぁ。


「……ねー、レキ。その、あの」

「なんだよ。はっきり言えよ」


 2人がこの部屋を去ったところで、こいつがもじもじと声をかけてきた。言いたいことがあるならさっさと言ってほしいんだけど。


「……私も一個、食べてい?」

「……いいけど」


 というか、自分で作った時に食べなかったのかよ。どうぞ、って持ってきたヤツが自分も食べたいなんて、食い意地張ってるよな。ま、こいつの体型的に考えて、食べたいと思うなら出来るだけ食べてもらった方が健康的にもいいんだけど。


「やった! いただきまーしゅ!」


 僕が許可したことで、嬉しそうに目を輝かせてこいつもパンを選んだ。……あ、僕と同じショコルのパンだ。


「レキもショコルが好きなんだね。私と一緒だね!」

「っ!?」


 な、何が一緒だね、だよ! っていうかなんでそんなに嬉しそうに笑うんだっての! たまたま僕が選んだのとお前の好みが一緒だっただけだろっ。……ショコルは、好きだけど。

 幸せそうに頬張るこいつを見てたら、なんか1人でいちいち反応してるのが馬鹿らしくなってきた。黙って飲み物でも用意しよう。

 甘いパンだから、蜂蜜は入れなくてもいいな。新しいカップにミルクを入れて、少し温めたものをこいつの前に置いてやる。


「ありがとー。……はふぅ。レキが入れてくれる飲み物は、いつもちょうどいいあったかさだね。しゅっごくおいしー」

「そうかよ。そりゃどーも」


 そういうどうでもいいところも、こいつは見てるんだよな。なんか、胸のあたりがムズムズする感じ。苦手だ。


 パンを食べ終わる頃、こいつはわかりやすく舟を漕ぎ始めた。こういう姿を見てると、本当に子どもなんだなって思う。最近は体力がついてきたからー、とかなんとか言ってたけど、どうせお腹が満たされて温かい飲み物を飲んだら眠くなったんだろ。


「おい、眠いならベッドに行けよ」

「うぅー、ベッドに入ったら、夜まで寝ちゃうぅ。そしたら、夜寝れなくなっ、ふわぁ……」


 いや、それはそうかもしれないけど、このままうろつかせるのはどう見ても危険だろ。仕方ないな。世話の焼けるヤツだ。


「だったらそこの椅子で寝れば。ベッドと違ってすぐ起きられるだろ」

「んんー……じゃあ、そうしゅる……」


 半分以上閉じた目でこいつは立ち上がり、フラフラと僕の示した長椅子に向かった。とはいえ、さすがにクッションくらいはあった方がいいか? でも、持ってないし。


「おい、収納魔道具にクッションとかブランケットとか、入ってないか」

「ん……? あ、あるぅ。……これぇ」


 僕の質問にどうにかこうにか答えたあと、こいつはブレスレットからクッションをいくつかとブランケットを取り出した。淡い色合いだったりハート型だったり、どれもこれもやたら可愛らしいデザインのものばかりだ。貢物だな、たぶん。


「これ、よかったらレキも、ちゅかってね……おやしゅみ、なさ……」

「え、別にいらないんだけど」


 横になる直前、差し出された淡い黄色のシーパーのブランケットに、ただただ顔が引きつる。よく見れば、こいつがかけてるのは色違いなだけで同じブランケットだ。

 お揃いってなんの拷問だよ。返そうと思ったのに、影鷲のぬいぐるみまでしっかり抱いてスゥスゥ寝息を立て始めたからもはや手遅れ。盛大なため息を吐いた。


「……もう一杯、コーヒーでも飲も」


 椅子から転がり落ちるかもしれないから、ここから離れるわけにはいかなくなってしまったしな。どうせ午後はそんなにやることもないから、のんびりさせてもらう。


「…………」


 受け取ったブランケット……確かにあったかそうだな。貢物の一つだろうし、物の良さは間違いない。せっかくだから肩からかけてみることにした。なかなかあったかい。結構いいかも。デザインはちょっと、アレだけど。


「んー、んにゃ……シーパーの、雲ぉ……」

「……」


 寝言かよ。なんだ、シーパーの雲って。横目で見たこいつの寝顔は、なんとも間抜けだ。幸せそうに寝ちゃってさ。別にいいけど。

 一体、どんな夢を見てるんだか。ま、昔みたいに悪夢とか、怖い予知夢じゃないだけマシか。


 結局、夕方までこいつが起きることはなく、僕はそれまでその場から動けなかった。なんか、本当に僕、こいつの子守りばっかりしてない?


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