開会式前に
「大会会場ってこんなに大きかったんだねー……」
ついに当日がやってきました! オルトゥスのメンバーみんなで会場にやってきたんだけど、私は今、出場手続きのために並んでいる間、口を開けてその外観を見ています……立派すぎる。
「そういえばここには足を運んでいませんでしたね」
「うん。屋台巡りと街をちょっと見て回った他は、訓練場との行き来で終わってたしー」
シュリエさんの言葉にアスカが両手を頭の後ろに回して答える。どうせ当日に行くからと思って後回しにしてたら、結局当日になっちゃったんだよね。
「はい、次のヤツー……ってオルトゥスかよ」
「はぁ、シュトルの方々は礼儀がなってませんね……ちゃんと座って作業しているだけマシでしょうが」
おっと、いつの間にか受付の順番が来ていたようだ。どことなくガラの悪そうな男の人が頬杖をつきながら案内をしている。そっか、一応セイントレイで行われるイベントだから、当日の案内係はシュトルの人たちが担当するんだってお父さんが心配そうに言ってたっけ。接客態度に難はありそうだけど、ちゃんとチェックしてパンフレットを手渡してくれたので仕事はしてる、ってとこかな。
「開会式が終わったらすぐ未成年部門が始まるんでー、そこに書かれてる場所で待機しやがってくださーい」
決してこの人が不真面目なわけではない、と思う。慣れない丁寧語をよく使ってくれてるな、と思った方が良さそうだ。シュリエさんは溜息を吐いているけど。
まぁ、確かにうちに対する態度は若干、他のギルドの人たちに比べて悪い気はするけど、それもまぁ仕方ないことなのだ。なんせ、シュトルはネーモだった時にオルトゥスに攻め入ったことがあるんだから。結局は返り討ちに遭ったというか無駄足だったから大ごとにはならなかったけど……そう、何を隠そう私を狙ってのあの時のゴタゴタのことである。私はその時、オルトゥスにはいなかったから詳しくは知らないんだけどね。
まぁともかく、その頃からシュトルの人たちはどうもオルトゥスにライバル心というか敵対心のようなものを抱いているっぽいのだ。今はシュトルのリーダーがマーラさんだからギルド同士の争いとかにはならないんだけどね! なんとなく気に入らない、程度なんだと思う。オルトゥス側が特に相手にしてないから余計にムキになってるって感じだ。
「はー、開会式なんてめんどくせーな。なんで人前に出なきゃなんねぇんだよ」
受付を済ませた私たちはオルトゥスの観覧席へと向かい始めた。……お父さん以外。なぜなら、今ぼやいたようにお父さんは開会式に出なければいけないからだ。しかもその後は本部に缶詰なのだそうな。
「んー、オルトゥスの代表だからだね」
「わぁってるよ! わざわざ言わなくていいっ」
人差し指を口元に当ててケイさんが至極真っ当なことを言うと、お父さんは頭を乱暴に掻いた。裏方とか準備は難なくこなすけど、人前に出るのは好きじゃないんだもんね、お父さんは。
まぁこればっかりは仕方ない。大会を開くことを決めたギルドの代表者なんだから。当然、魔王である父さまも前に出るのだと思うけど……目立つだろうなぁと簡単に想像がついて苦笑してしまう。
「挨拶するのはマーラだけなのですから、いいではないですか。頭領はただ立ってればいいのですよ」
「その通りだけど言い方に悪意を感じるぞシュリエ」
ただ立ってればいい、というワードに思わず吹き出す。ジロッとお父さんに睨まれてしまった。ごめん、ごめん! その時、前方から美しいオーラを撒き散らす女性がこちらに向かってきていることに気付く。噂をすればなんとやら。あれは間違いなく、この大会の主催者さん!
「マーラさん!」
「メグ、久しぶりね」
ハイエルフのマーラさんだ。会議の時に声は聞いていたけど、直接会うのはすっごく久しぶりである! 以前会った時と変わらぬ美貌にうっとりしつつ、私はマーラさんに駆け寄った。
「お久しぶりです! 元気でしたか? 忙しかったでしょ?」
なんせ主催者なのだから、手続きやら準備の進行やらセインスレイのお偉いさん方との交渉やらで休む間もなかったのではなかろうか。心配だったのでまず無事を確認する。
「ふふ、心配してくれているのね。ありがとう。でも大丈夫よ。こんなに充実した日々は初めてで、むしろ楽しかったわ」
メグは優しいのね、とフワリと微笑んだマーラさんはそっと私の頭を撫でてくれた。えへへー。
「楽しかった、って……おっそろしい女」
心底信じられない、と言った様子でお父さんが呟く。あー、まぁ、鬼のような忙しさを知ってるんだろうな、お父さんは。それでいてこんな答えが返ってきたから恐れ慄いている、と。オーケーだいたい察した。
「メグの方こそ、調子はどう? ハイエルフの郷で療養出来たかしら。シェルは迷惑をかけなかった?」
お父さんに向かって一度にっこり笑ったマーラさんは、すぐにこちらに向き直って今度は私に質問してきた。笑顔を向けられたお父さんはげっ、と変な声を上げていたけど……思っていたことをそのまま声に出してしまったお父さんが悪いと思う。
一方、笑顔を向けただけで特に話には触れないマーラさんからは底知れぬ恐怖を感じます……! き、気にせず質問に答えよう!
「むしろ、お世話になっちゃいました! それに、ピピィさんが間に入ってくれたので」
「あら、それなら百人力ね。あの子、ピピィにはもう逆らえないだろうから」
私の報告を聞いてマーラさんはクスクスと笑う。何でも、ハイエルフの郷での例の一件の時、精神干渉を番である自分にもかけていた、ということにピピィさんが激怒したのだそうだ。
「あの時のシェルの反応……ふふっ、もう懲りたでしょうね。ピピィが監視しているのだから、おかしなことにはならないわ。そこは安心してちょうだい」
い、一体どんな風に怒られたんだろう? 想像がつかない。未知の世界だ。思わず周囲の大人たちに目を向けてみたけど、誰もが肩を竦めている。さしもの皆さんもわかりませんか、ですよね……!
「メグ、手を貸してちょうだい」
「? はい」
それよりも、とマーラさんが言うので、差し出された両手に右手を乗せる。もう片方もと言われたので左手も。マーラさんの両手で私の両手が包み込まれた。あったかい。でも、何だろう?
「少しだけしか手伝えないけれど……」
「え? あ……」
フワッと温かなマーラさんの魔力を一瞬感じた。かと思うと、スウッと私の身体の中から魔力が抜けていく感覚。あ、何をしてるのかわかったぞ。多すぎて自分で放出しようとすると暴走してしまいがちな私の魔力を、少しでも外に出して楽にしようとしてくれているんだ。
すごい、ドンドン魔力が減っていく。おかげで少しだけ身体も軽くなったように感じる。まだ平気だと思っていたけど、結構また魔力が溜まってきてたんだなぁ。でも、これだけ減ってるのにまだまだ底をつきそうにないや。プールの水を1本のホースでで吸い上げているような、そんな感覚。でもマーラさんのその気遣いがとても嬉しくて、されるがままになっていた。
だけど急にマーラさんの身体がグラッと傾く。えっ!?
「マーラ様!!」
倒れる! と思ったその時、どこからともなく青い影が現れてマーラさんを支えた。あ、えっとこの人はたしか鬼族の……!
「ラジー……ごめんなさいね。ありがとう」
「いえ。無理はしないでください、マーラ様」
ラジー、じゃなくてえーっと、そう! ラジエルドさん! 私はあまり接点がないからフワッとしか覚えてないんだけど、確かそんな名前だったと思う。癖のある青い髪を靡かせた蒼炎鬼ラジエルド。とっても強くて大きな鬼族の男性だ。
「……シェル様の孫は、やはり危険だな」
2人を茫然と眺めていたら、ラジエルドさんのオレンジの瞳が冷たい色を持って私を射抜く。か、完全に敵意を向けられているっ!? ひえっ。
「おい、ラジエルド。てめぇ、メグに何かしようったってそうはいかねーからな!」
そんな私の前にバッと入り込んでくれたのはジュマ兄だった。グイッと抱き寄せて私を下がらせてくれたのはギルさん。見れば、お父さんもサウラさんもシュリエさんもケイさんもロニーも、みんなが私を守るように立ってくれている。そしてみんな一様にラジエルドさんを睨み付けていた。こ、これはこれで怖いんですが!?
「ふん、最弱の天翔鬼か」
「こ、このやろー! お前、俺に負けたじゃねーかよ! いい加減、名前で呼べよっ」
「強さにムラのある者など、強者とは呼べん」
「んだと、こらぁっ!?」
なんか論点がズレてる気がするな? ジュマ兄の怒りの方向性がちょっと見えないぞ? 首を傾げていると溜息混じりにサウラさんが教えてくれる。
「はぁ……鬼族っていうのは、強者と認めない限り名前を呼ばないんですって」
「え? でも、ジュマ兄はみんなのこと……」
「ジュマにとって1番の強者は頭領よ。その頭領が、仲間なんだから名前で呼べって言ったのよ。自分が認めた強者の言うことは、鬼族にとっては絶対なの」
なるほどぉ。で、ラジエルドさんがジュマ兄を名前で呼ばないものだから、ジュマ兄は自分が認められてないって怒ってるのか。鬼族って不思議だなぁ。
「やめなさいラジー。皆さん、ごめんなさいね」
ラジエルドさんとジュマ兄の口論がヒートアップしそうだと思った時、マーラさんがストップをかけてくれた。ラジエルドさんはそれを受けてサッとマーラさんの後ろに立つ。そっか、彼にとっての強者はマーラさんなのね。わかりやすい。
「マーラが謝るこたぁねぇよ。ラジエルドがメグに何かしてたら個人的にぶちのめすだけだ。それより、大丈夫か? 吸いすぎたんだろ」
「ええ、思っていたより強い力だったから、油断していたわ。メグも驚いたでしょう。貴女は何も悪くないから気にしないでね?」
マーラさん、しんどそうだ……お父さんは吸いすぎだ、って言った。つまり、マーラさんは私の魔力を放出させたんじゃなくて自分の身体に吸収してくれてたってこと? 私の魔力をコントロールしながら外に流してたんじゃなくて? あ、でもこんなに人が多いところで魔力を放出したらどんな影響が出るかわからないよね……だから自分の身体に取り込んだんだ。
でも、そんなこと出来るの? と思うと同時にものすごい罪悪感が私を襲う。
「わ、私のせいで……」
「違うわメグ。私が勝手にやったことよ。それでこのざまなの。貴女の魔力は多いだけでなく、質も清らかだわ。私が取り込むのは不相応だったみたい」
魔力は、人によって量はもちろん質も違うって聞いたことがある。一度空気中に放出した魔力ならともかく、直接魔力の受け渡しをするのは難しいことだし、自分とは異なる魔力を取り込もうとしたら、気分が悪くなってもおかしくない。それなのに、やろうとしてくれたなんて。
「……魔力の質を変えながら取り込んでいたから、取り込んだことで不調を引き起こしたのではない。魔力の質を変える、これが高難度だから一気に疲労が押し寄せたんだろう」
ギルさんが腕を組んでジッとマーラさんを見つめながら説明してくれた。マーラさんもその通りよ、と言うので本当にただの疲労なのだろう。ちゃんと休めば問題はなさそうなのがわかってホッとはしたけど……。
「マーラさん、ありがとう。ちょっと楽になりました。でも、もう二度とやらないで? 自分のせいで誰かが苦しむのは嫌だよ……」
一歩前に出てそう伝えると、マーラさんは一瞬目を見開き、それからふんわりと笑って口を開く。
「……そうね。ごめんなさい。良かれと思ったことでも、説明もなくやるのはダメだったわね」
「そ、そうじゃなくてっ、気持ちはとっても嬉しいの! でも、マーラさんに負担がかかるのはダメ!」
そんなこといったら、みんなにここまで心配をかけてしまっている私がそもそもの原因じゃないか。人に頼ってばかりの私は、卒業するんだ!
「私、そんなに弱くないよ。自分でも、戦えるよ!」
自分の、力と。
だからもう少しだけ、私のことを信じてほしいんだ。頼りなく見えるかもしれないけど、これはマーラさんだけでなく、他のみんなにも言いたいことだ。真っ直ぐマーラさんの目を見つめていると、その明るい水色の瞳が少し潤んで揺れたように見えた。
「ああ……あなたはイェンナと同じ、芯を持つ子なのね」
信じるわ、そう言って微笑んだマーラさんの姿は、これまで見たどんな笑顔よりも美しいと思った。





