精神安定剤
「げっ、すげぇ大名行列だな、おい」
カオスな団体を引き連れてオルトゥスの本拠地に戻ってくると、すでに帰ってきていたお父さんが呆れたように私たちについて口にした。大名行列……守られるべきである立場の魔王が私に手を引かれて先頭にいるけど、まぁ似たようなものかもしれない。
「メグと手を繋いでここまで来たぞ。メグと! 手を! 繋いでな!!」
「うぜぇ、アーシュ」
キラキラと表情を輝かせながら嬉しそうに報告する父さまをバッサリと言葉の刃で切り落とすお父さん。カオス継続である。
「え、えっと! 父さまたちは一度、拠点に行った方がいいと思う! 皆さん疲れてるでしょ?」
どうにかこの場を乗り切ろうと頑張る私。えらくない? ここまで連れてきたのは、魔王国の拠点が近いからっていう理由なわけだし、いつまでもここに皆で集まってたら邪魔になっちゃうもん。ここに到着したばかりの皆が疲れてるのももちろんあると思うしっ! ……すみません、はやくこの注目の的状態から抜け出したいっていうのが本音ではあります、はい。
「それもそうであるな。夜も遅くなってはいけない、また明日会おうぞ」
「おい、アーシュ。お前は明日、大会の打ち合わせがあるからな?」
「む、で、では、我はいつメグと過ごせるのだ!?」
ここにいる間はみんな忙しいもんね。特に父さまはこれでも魔王なわけだし、大会準備の最終チェックとか他にも私にはよくわからない仕事があるはずだ。
「明日は早朝から会議ですね。それから試合会場の下見と魔道具の動作確認、それから……」
「ま、待て、クロン! それでは明日は1日忙しいではないか!」
「1日? おかしなことをおっしゃいますね。大会が終わるまでずっと忙しいに決まってるじゃないですか。王城でこなすはずだった書類もちゃんと持ってきていますから夜も忙しいですよ」
「鬼畜であるぞ!?」
ひえっ、たしかに鬼畜っ! でもたぶん、本当に仕事が詰まってるんだろうなぁ……そう思ってつい憐みの目を向けてしまう。
「これまでなにかと理由をつけてサボっていたツケが回ってきただけですよ。ザハリアーシュ様が毎日きちんと決められた量の仕事をこなしていれば持ち込みの仕事はここになかったはずです」
「うっ」
あ、自業自得のやつでした。それは仕方ないのでは? あ、でも……私がちゃんと休むようにって言ったからかな。出来るだけしっかり休む時間を作ってほしいって言った覚えがあるもん。罪悪感がー!
「あ、あの! それなら、夜ご飯、一緒に食べられないかな? そのくらいならそんなに時間も取られないし、その……!」
ちょっとでも親孝行を、と思っての提案だったんだけど、そんな時間すら惜しかったりするかな? そう思ってチラッとクロンさんを見つめると、父さまも同じようにクロンさんを見つめているのが目に入った。期待の込められた眼差しだ……! それを受けてうっ、と言葉を詰まらせたクロンさんはコホンと一度咳払いをして口を開く。
「わかりました。明日の夕食はメグ様を招待いたしましょう。ユージン様、よろしいでしょうか?」
「そりゃメグがいいなら構わねぇが、いいのか?」
「ええ、その方がザハリアーシュ様の仕事の効率も上がりますから」
はっ、それはつまり、私との食事は父さまにとっての餌だね! 餌をぶら下げておけばたぶん父さまは。
「感謝するぞクロン! 必ずや仕事を全て終わらせてみせよう! さ、そうと決まれば今すぐ拠点へ向かうぞ皆の者!」
すごいな、娘効果。私だけど。クロンさんもリヒトも呆れたように額に手を当てている。まだこの場に残っていたルーンとグート、それからアシュリーさんまでポカンと父さまを眺めているし。
「すっごい、親馬鹿ぁ」
そして感心したようにそう呟いたのはアスカ。あ、うん、その通りだよ。ごめんね、魔王様がこんなんで。でもちゃんとやる時はやる人なの、たぶん。
その後、ルーンやグートとも別れ、私はアスカとケイさんとともにそれぞれのテントへ戻った。夕飯は屋台で済ませたし、あとは寝るだけだ。同じテントを使うギルさんはまだ戻ってきてないけど……先にお風呂を済ませちゃおう。出来れば、戻ってくるまでは起きていたいところだ。睡魔さん、自重してね。
しかーし。お風呂上がりのホカホカした状態って本当に眠くなるよね。うん、知ってた。でもギルさんが帰ってきてから入ると余計に寝るのが遅くなっちゃうんだもん。うぅっ、絶対に起きて待ってるんだから。
ウサ耳フード付きのふわふわな寝巻きがあったかくて肌触りもよくて本当に心地良いんだよねぇ。ランちゃんはいい仕事をする……はっ! 危ない! 寝てしまうところだったよ! こ、これはさっさとベッドに行った方がいいかもなぁ。でも、昨日も一人で寝たし、なんとなく寂しいのだ。……一人で寝るのが当たり前だったのに、昔より甘ったれになってない? 私?
シーンと静まり返った室内が、妙に気になってしまう。私は今、1人なんだなぁって実感するっていうか。いや、外に出ればまだ起きてる大人がいるだろうし、隣の簡易テントにはアスカもいるから1人ではないんだけど。
ザワリ、と魔力が揺れた。私の身体の奥の方だ。それはとても小さな動きだったけど、確かに感じた暴走の兆候。あぁ、ダメダメ。弱気はいけない。でも、でも。
「……ギルさぁん」
心細い。こんなにも感情がコントロール出来ないものなのか。この膨大な魔力は本当にいいことないなぁ。物語の主人公みたいに魔力を自由に使って世界を救うだとか、みんなの役に立つとか、特別な役目をこなすとか、そんなこともない。
私にとって魔力はただ、暴走してみんなに迷惑をかけるだけの、邪魔なものだ────
「っメグ!!」
大きな声で私を呼ぶギルさんの声でハッとする。それによって今、自分が悪い思考に傾きかけていたことに気付いた。
「あ……ギル、さん」
少しぼんやりする頭をどうにか稼働させてギルさんの方に顔を向けると、ギルさんがギュッと抱きしめてくれた。いつもの匂いと温かさにほぅっ、と息を吐く。ものすごい安心感だ。
「私、魔力が漏れてた?」
少し落ち着いたところで気になっていたことを聞いてみると、ギルさんは首を横に振った。そっか、魔力は漏れてなかったか。それを知って安心した。ここにはみんなが近くにいる。もし漏れていたらものすごく迷惑と心配をかけちゃっていたと思うので。
……あれ? でも、それならなんでギルさんはこんなに焦ったように駆けつけてくれたんだろう。
「ギルさんはなんで、来てくれたの? 魔力が漏れてなかったのに」
スッと少しだけギルさんから身体を離して見上げながらそう聞くと、それは……と少し口籠るギルさん。なんだろう?
「……呼んだだろう。俺を」
「えっ、呼んだ、けど……聞こえていたの!?」
ポツリとした小さな呟きだったよね、あれ!? それがギルさんに聞こえたってこと? あ、もしかしてすでに帰ってきていたところだったのかな。さすがにテント内にいれば聞こえたよね。私が気付いてないだけで、いたのかも。でもそうじゃない、とギルさんは言う。あれぇ?
「呼ばれたから、仕事を切り上げてすぐにここに来た」
「えっ、じゃあまだ仕事が終わってないんじゃ……! っていうか、なんで聞こえたのかますますわからないよ!?」
大混乱である。盗聴器でも仕掛けてあるのかしら? そう言いながらキョロキョロ辺りを見回していると、ついにギルさんが吹き出して笑った。え、おかしなこと言ったかな。
「いや、俺にはメグが助けを求めていると、わかるんだ。なんとなく、な」
「え、そうなの? え、なんで? あと、お仕事は?」
ギルさんの答えはぜんっぜん答えになってないぞーっ! 首を傾げてあれこれ聞くと、ギルさんはひょいっと私を抱き上げて立ち上がった。わ、びっくりした。
「質問が多いな?」
そう言ってクスッと微笑みかけるのはずるいと思いまーす! イケメンめーっ! かっこいいっ!!
「もうっ、からかわないで教えてよーっ」
「悪い悪い。仕事、だったな。もう終わるところだったから問題ない」
「ほんと?」
「本当だ」
ゆっくりと寝室まで歩きながらギルさんと会話を続ける。ドアを開けてそっと私をベッドに寝かせたギルさんは、そのまま優しく布団をかけてくれた。それからふわりと、自分に洗浄の魔術をかけて隣に横になってくれる。添い寝だー! わーい!
「メグは、なぜ俺に助けを求めたんだ?」
「えっ、とぉ……それは……」
寝てしまう前にどうして私の声が届いたのかもう一度聞こうと思ったんだけど、逆に私が質問されてしまった。なんで助けを、か。いや、その、助けってほどではなかったんだよね。だって、あの時ギルさんを呼んだのはただ……。
「……ちょっと、1人で心細くなっちゃっただけ、なの。ご、ごめんなさい」
口に出してみると余計に恥ずかしいな!? 何これ、私こんなキャラだったっけ? 甘ったれでワガママでどうしようもない! うわー、急いで帰ってきてくれたのに理由がこれじゃあ、ギルさんも呆れるよね。きっと今は残念なものを見るような目で私を見ているに違いない。そう思って恐る恐るギルさんの顔を見てみた。
「……そうか」
「……っ」
だけど、思っていたのとは違った。呆れるでもなく、どこまでも優しい目で、むしろ嬉しそうに私を見つめていたから思わず声に詰まってしまった。え、喜んで、る?
「謝ることなどない。俺は、頼りにされて嬉しいと思っている」
「そ、そう、ですか……」
なんだろう、妙に恥ずかしいんだけど。いつになくギルさんの表情が甘いからかな? イケメンのそんな顔を至近距離で見てるからかもしれない。うん、これだ、間違いない。
でも、そっか。頼りにされて嬉しいって思ってくれてるんだ。よかった……いや、ワガママはほどほどにするけどっ!
「起きて待っていてくれたんだろう? もう休め。明日以降は、もっと早くに戻ると約束しよう」
「ほんと……? でも、お仕事……」
ギルさんが優しく頭を撫でてくれるから、目蓋が重くなってきて、トロンとしてくる。
「いつも以上にさっさと終わらせる。心配いらない。それに明後日なら俺が子どもたちの付き添い係だからな」
「そっかぁ……えへへ、あり、がと」
ギルさんは本当に私の精神安定剤だなぁ。ただ側にいるだけで安心出来るのに、優しい言葉や手を与えてくれるから、今はもう身体の奥で燻っていた魔力の動きをカケラも感じない。
心も身体もポカポカになった私は、そのままなんの不安も抱かずに静かに睡魔に身を委ねた。





