開放
ダメだ。このままじゃ自我を保てない。それが直感的にわかった。そうか、今までこんな感じで意識を飛ばしてたんだな。初めてそれが理解できて、余計に怖くなる。ハイエルフの郷にいるのに。しかもここは特に清浄な地なのにどうして制御出来ないんだろう? ああ、今はそんなことどうでもいい。なんとかしなきゃ、なんとか……。
「解き放て」
シェルさんの声が聞こえた。え、解き放つ? こ、これを? この荒れ狂う魔力を? さすがにそんなことしたらここら一帯が大変になるだろうことがわかるよ。そんなのダメ! 抑えなきゃ……!
「抑えるなと言っている。さっさと放て」
なのに、シェルさんはいいから魔力を解放しろと言う。なんで? どうしてそんなことを?
「何をっ……!?」
ギルさんの静止の声も聞こえてきた。やっぱりそうだよね。あまりにも危険だ。
「ふん、虫ケラが意見をしてくるな」
「……メグに、何をさせる気だ」
ギルさんの魔力が膨らむのがわかった。敵意を隠そうともせずにシェルさんに向けている。だというのに、シェルさんは余裕の表情でそんなギルさんを一瞥し、鼻で笑った。
「こんな子どもの魔力くらい、私が抑えられないと思っているのか。馬鹿馬鹿しい」
え、今、なんて……? つまり、シェルさんは私を……?
「余計なことを考えるな。貴様らの足りない脳はハナから当てになどしていない。さっさと解放せよ」
助けようと、してくれている?
力を抑え込もうと苦しい中、チラッとピピィさんを見る。すると、彼女は神妙な面持ちで力強く頷いてくれた。ギルさんは……苦虫を噛み潰したかのような顔になってはいるけど、意図を理解したみたいだ。軽く頷いてくれている。
……信じてみよう。シェルさんを。私は肩の力を抜いた。
魔力の解放は簡単なものだった。抑えようと我慢しなくていいっていうのはこんなにも楽なんだ。ギュウギュウに押し込めていた荷物が鞄の中から一気にどーんと飛び出す感覚っていうのかな。もういいやー、っていう諦めの気持ちが私の心を軽くしてくれたのだ。
もちろん、どーんと飛び出したのは私の膨大な魔力なので、そんな生温い状況ではない。身体からどんどん魔力が抜けていく。でも全く心配にはならない。それだけ、私の抱えていた魔力量は半端なかったってことである。こわっ。
そして飛び出した魔力はどうなっているかというと……。
「ここまでの竜巻を見るのは久しぶりねー。シェルが生み出した物より立派じゃなぁい?」
「……黙らせるぞピピィ」
「あらあら、ごめんなさーい」
シェルさんの自然魔術の補助によって見事な竜巻へと姿を変えておりました。大樹の倍くらいの大きさにまで膨らんでいるその竜巻は、周囲の木々を少し巻き込んではいるものの、それ以上の被害を出すことなく真っ直ぐ上空へと昇っていく。ひぇっ、災害ってレベルじゃないよこれ。これを作り出す素は私の魔力なわけだけどさ。ピピィさんの呑気なセリフに救われる思いだ。
そうこうしている間に身体が随分楽になってきたように思う。体感で10分くらいだったかな? 目の前で街が2つ3つ壊滅しそうな竜巻を見続けていた時間は。自分の魔力で作り出したものって考えると恐ろしいけど、それを抑えてくれる存在がいたっていうのが私を冷静にさせてくれていたと思う。なにより、最後まで自我を失うことがなかったっていうのが自信になったかも。まぁ、それはこの場所の環境が大きかったと思うけど。
「は、ふぅぅぅ……」
魔力の放出をプツンと切ると同時に、ヘナヘナとその場に座り込んだ。身体は楽になったけど、精神的には疲れたのだ。そのままぼんやりと徐々に勢いがなくなっていく竜巻を見つめていると、すぐさまギルさんが駆けつけてくれた。
「メグ、大丈夫か」
心配そうな顔でそう聞いてくるギルさんを安心させようと、笑顔を心がけた。でもたぶん、へんにゃりとした緊張感のない顔になっている気がする。
「大丈夫。すごく、楽になったよ。ちょっと気持ち的に疲れただけ」
「っ、そうか」
ギルさんは、少しだけ言葉を詰まらせた。もしかして、自分は何も出来なかった、とか思ってるんじゃないかな? わかるよ、私もよくそうやって自己嫌悪になるもん。
「だから、もう少しだけ抱っこしててもらってもいいかなぁ?」
だから私はギルさんに、頼りにしてるよ、ギルさんがいると安心できるよ、必要だよって、ちゃんと伝えるのだ。適材適所。この言葉は嫌というほど身に染みているからね!
「……お安い御用だ」
そう、ギルさんのその優しく微笑む顔の方が、私は好きだもんね。
さて、気持ちが少し落ち着いたところで私はギルさんから下りてとっとこシェルさんに駆け寄りましたよっと。そんなに時間はかけてないよ? 待たせるわけにはいかないからね!
「あの、ありがとうございました!」
目の前に辿り着いてすぐ、私はシュバッと頭を下げた。本当に助かったんだもん。長年の肩凝りが解消したかのようなスッキリ具合だし。そんな経験はないからわからないけど。
「10日後」
「えっ?」
頭を下げた私の頭上でそんな一言が聞こえたから慌てて身体を起こして聞き返したんだけど、シェルさんはそのままスタスタと小屋の方へと帰っていってしまった。え? え?
「本当に言葉が足りないんだから。ごめんね、メグちゃん。通訳するから」
戸惑っている私の元へ、苦笑を浮かべたピピィさんが助け舟を出してくれた。どうやら、また10日後にまたここへ来て、魔力の解放をしろってことらしい。わかりにくい!
「でも、そっか。また、溢れちゃうんだ……」
これだけ魔力を放出したのに、また10日後には戻ってしまうんだ。つまり、根本的な解決にはなっていないってことである。そりゃそうだよね。ガックリ。
「だが、これで大会には出られる。放出後、2、3日は安定するだろうからな」
「! そっか! やったぁ! 約束が守れるっ」
懸念事項が1つ解決したのは素直に嬉しい。それに、解決方法がないわけじゃないんだもんね。お父さんがそのうち教えてくれるはずだ。
夢渡りの能力も、魔力の暴走も、きっとなんとかなる。
あの時、夢の中で触れてしまった父様の肩だって。……普通に考えて、あの夢は父様の夢だったとみて間違いないはず。相手が父様なら、もし何か影響があったとしても大丈夫だ。うん、たぶん、きっと。
「ギルさん」
「む?」
でもやっぱり少し心配だからね。念には念を入れないと。
「魔王城とは、連絡とれるかな……? ちょっと、父様に確認したいことがあって……」
距離的には問題ないと思うんだけど、大会の準備以外で手を煩わせることにちょっぴり罪悪感がある。でも、頼っていいって言われたし! ネガティブにはならないぞっ!
「問題ない。魔王と繋げればいいんだな?」
くしゃりと私の頭を撫でながら快諾してくれるギルさんに、そう答えてくれるってわかってはいたけど嬉しかった。えへへ、ギルさんにダーイブ! はぁ、ギルさんテラピーは最高である。
「仲が良いのねー。なるほど、シェルが不機嫌になるわけだわ」
「? シェルさんは仲良しを見るのが好きじゃないのかな?」
あんまり人と仲良しこよしするタイプの人じゃなさそうだもんね。むしろ1人が好きそう。私みたいな甘ったれなお子さまは嫌なんだろうなぁ。ごめんね、でも甘ったれは社畜生活の反動と甘やかされる日々のおかげで治りそうもない。許して。
「うーん、そういうわけじゃないんだけど。ま、いいわ」
あれ? 違うの? シェルさんは謎の多いお人だわ。うむむ。
魔力の放出のお陰で精神的に疲れた、というのもあって、私たちは自分たちの部屋に戻ってきた。そして私は今、収納ブレスレットから出したソファに座り、ブランケットをかけ、影鷲ぬいぐるみを抱っこしながらギルさんの淹れてくれたお茶を飲んでいるところである。なんて贅沢な。
「俺の淹れた茶はそんなに美味くはないだろうが……」
いやいやいや! ここまであれこれしてくれて文句なんか1つもないからね!? それに、とっても美味しいし! ……味の違いがわからないだけかもしれないけど、そこは置いておく。
「昼食後に魔王と連絡をとろう。急ぎではないんだろう?」
「うん! それで平気だよ。ギルさんも、やること、あるんだよね?」
ハイエルフの郷からは出ないとはいえ、ギルさんだって大会準備でやらなきゃいけないことがあるのだ。私は今日、もうどこかに行く予定もないからぜひ仕事を進めていただきたい。
「ああ、すまない。部屋の近くにはいるから、何かあれば呼べ」
「うん! ギルさん、お仕事がんばってね」
まったりと寛ぎながら言うような言葉じゃないな。すみません。ギルさんはフッと目元を和らげて私の頭を一撫ですると、フードとマスクをしっかり着用して外へと出て行った。仕事スイッチの入ったギルさんはやはりかっこいい。出来る男は切り替えもうまい。さすがである。
「……お昼寝するには早いよね」
そして1人ポツンと取り残された私はどう暇を持て余そうか悩む。何もしないでぼんやりしてたら、ネガティブな思考にならないとも限らないからね。せっかくなので、ここに来る前にオルトゥスで借りてきた本を読むことにしようと決め、収納ブレスレットから本を出し、のんびりと読書の時間を楽しんだ。なんだかこうしてまったり過ごすの久しぶりーっ!





