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特級ギルドへようこそ!〜看板娘の愛されエルフはみんなの心を和ませる〜  作者: 阿井りいあ
特級ギルド合同会議

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sideザハリアーシュ


「っ、夢、か……!」


 久しぶりに見た例の夢のせいで少々目覚めが悪かった。最近は見ることもほとんどなくなっていたため、油断していたのかもしれぬ。じっとりと、不快に感じるほどの汗をかいていた。


「我の罪は、消えることはない、ということか……」


 まだ、200年と少し前の話であったな。我の人生において最も強烈で、辛く苦しい時期であった。もっともその期間は今にして思えばほんのわずかなものではあるのだが。

 今更、後悔という言葉では片付けられぬ。すでに、生涯背負って生きていくと決めたのだからな。当時のことをこうして夢で見るのも慣れたものだ。頻度は少なくなったがいつものことである。


 だが、今しがた見た夢は、いつもとは僅かにだが違う点があった。本当に、意識しなければ気付かないだろう些細な変化だったのだが。


「あの手は、誰のものであったのだろうか……」


 そっと自身の肩に触れた、あの手。暴走する力に飲み込まれる寸前、人型から魔物型へと変化せんとした時、誰かが我の肩に手を置いた気がしたのだ。その感触を、夢から醒めた今でも覚えていることから、やはり気のせいではなかったのだろう。無意識に触れられた部分に手を当てる。

 励まされた気がした。この苦しみは長く続かないから大丈夫なのだと思えたのだ。それもまた一瞬のことだったのだが。


「……もう、心臓の音が落ち着いておる。いつもならもう暫くは落ち着かぬというのに」


 悪夢を見た翌日の朝は、当時の恐怖が蘇って動き出すのに時間がかかっていた。情けない話ではあるのだが、こればかりは仕方ない。ユージンの紹介で診てくれたルドヴィークという医師が言うには、それをトラウマといい、心の病気のようなものだから無理もないのだ、と。無理にどうにかしようとせず、落ち着くために時間が必要だというのならそれでいいのだ、と。


 だからこそ、時間をかけて気持ちを立て直すのが常であったのだが、今回は今すぐにでも動き出せそうなのだ。悪夢自体が久しぶりだから、あれからそれなりに時間が経っているからだと言われればそうなのかもしれぬが……。


「きっと、あの手に救われたのだろうな、我は……」


 とはいえ、これはただの夢だ。いつもと違う何かが現れたということは、我の心が変化したと言えるのかもしれぬな。ようやく当時を受け止め、乗り越えようとしているというのなら、良きことである。だが今はあの手の持ち主に感謝を捧げたい気分だ。軽く目を閉じ、我は誰ともわからぬその相手にそっと感謝の言葉を口にした。




 昨夜は合同会議の初日であった。会議は滞りなく進んだようだな。しかし、まだ終わりではない雰囲気なのは、大会に関する細かな打ち合わせをしようとしているからであろう。

 我は合同会議には参加していないが、こうして窓から外を眺め、会議の場所であるステルラの方角を、魔力を込めて見つめればそのくらいのことはわかる。ふむ、まだ早朝であるからか、皆はそれぞれ部屋におるな。奴らは強者の集まりで、しかもそれぞれが個性的。魔力の質で探すのは簡単であった。探すのにさして苦労しない分、彼らの感情などを察するために魔力を使えば大体のことは把握出来た。


 それに、我の半身たるユージンが会議にはいる。ヤツの気配は誰よりも感知しやすいからな。一瞬、やや焦ったような感情が伝わったが、それもすぐに治ったため問題はないのだろうと思われる。

 まぁ、後の詳しい話はクロンとリヒトが戻ってから聞けば良い。あの2人、少しは会話をしただろうか。年寄りのお節介だったかもしれぬが、少しくらいは背を押しても良いだろうと無理やり行かせたのだ。

 ……悪化していないことを祈る。こればかりは2人にしかどうしようも出来ぬからな。まったく、リヒトは真っ直ぐだから良いものの、クロンがもう少し素直になれば良いのだが。乙女心というものは難解である。


 だが、クロンの気持ちもわかる。一歩踏み切れないのは、後に傷付くことがわかっているからこその自衛なのだと。それも仕方あるまい。クロンは亜人だが、リヒトは人間。人間の時というものは恐ろしく短いものなのだ。現にリヒトはすでに、同じ種族として計算すればクロンよりも年上となってしまった。ほんの数回、瞬きをした程度にも思えるこのわずかな期間で、あっという間に年を取っていく。日に日に成長していくリヒトを間近で見ることで、クロンも恐ろしいと感じたのであろう。


 想いが強ければ余計に、だ。


 だからこそ、はやく想いを伝えてしまえば良いものを。クロンはこのまま、ずっと想いを胸に秘めておく気なのだろうか。……まぁ、感情というものは複雑であるからな。クロンのペースを見守るしかあるまい。どうするのが最善なのかは、クロンにしか決められぬことだからな。それはリヒトにも言えること。いつ告げるか、それもまた選択である。


「その時が来れば、また考えも変わろう」


 物事にはタイミングというものがある。手を出したくなるものであるが、ここは我慢である。我に出来ることは、ゆっくりと向き合う時間を与えてやることだけであるからな。二人で会議に向かえと告げた時のクロンの冷ややかな視線など、怖くないぞ。

 ……少々、本気で仕事を進めようか。これで遅れが出ていようものなら、今後さらに仕事を増やされてしまう。


「魔王様」

「む。トルシュか」


 執務机に向かおうとしたちょうどその時、現宰相のトルシュに声をかけられる。彼女は前宰相であるヒュードリヒの番である。ヒュードリヒが亡くなって10数年、彼女は立派にその職務を全うしていた。


「……ああ、今日は休暇を取りたいと言っておったな」

「ええ、申し訳ありません。クロン様やリヒト様もいらっしゃらない時に」


 彼女の右手の先には、まだ幼い子ども。ようやく言葉を覚えたであろう男の子がキョトンとした様子で我を見ていた。ヒュードリヒの、遅くして出来た子どもだ。父親として、もっと子どもの成長を見ていたかったであろうに。だが、子が出来たその時から覚悟を決めていたからな。産まれた後は悔いのないよう全力で可愛がっていたその様子も、つい昨日のことのように思い出せる。


「何を言う。休暇は以前から決めていたことであろう。良い。子と一緒に過ごしてやれ」

「ありがとうございます」


 子はまだ幼い。子ども園があるとはいえ、実の親子の交流はとても大切なものだ。心を育てるためにも、出来る限りこういった休暇は取らせるようにしている。


「ローデリヒ、だったな」

「! あい……」


 出て行こうとする2人の背を見つめ、そっと子の名を呼ぶ。ヒュードリヒと共通点のある名に思わず頰が綻ぶ。


「母上の言うことを聞き、楽しき時間を過ごすのだぞ」

「……あいっ!」

「魔王様……ありがとうございます」


 緊張していた顔が、花開いたようにパッと明るくなった。うむ、良き子だ。このまま素直に育ってくれることを祈ろう。

 そして願わくば、未来の宰相として成長してもらいたいものだ。




「失礼します」

「ただいま戻りました、ザハリアーシュ様」


 リヒトとクロンが戻ってきたのは、陽も完全に落ちた頃であった。む、いつのまにこんなにも時間が過ぎていたのであろうな。仕事に集中していたからか、全く気付かなかった。ふむ、我もやれば出来るな。


「こんなにも仕事を終わらせて……やれば出来るではありませんか」


 だがクロン、お前に言われるとどうも複雑な気持ちになるぞ。我は眉を顰めつつ、執務机から立ち上がると、2人に歩み寄る。


「早速、報告か? 少し休んでからでも良いぞ」

「そうですね……移動にもそれなりに時間がかかりましたし、先に休ませていただいても良いでしょうか」


 やはり思った通り、2人は会議が終わって真っ直ぐここに来たようだな。報告を、と我が言えばすぐにでもしてくれたであろうが、無理をさせる時ではないのだ。少し休憩を挟み、落ち着いた状態で報告を聞けば良い。


「では、失礼いたします」


 そう言って、クロンはさっさと退室していく。彼女はいつも行動が早い。戸惑うことをあまりしないのである。まぁ慣れているのだが。


「……じゃあ、今のうちに俺から。いいですか?」

「……何かあったのだな?」


 クロンが出て行ったのを見計らって、リヒトが静かにそう告げた。ということは、あまり知られたくない話があるのだろう。我はすぐに察してリヒトに先を促す。


「はい。……会議の内容を、どうもメグも聞いていたみたいなんですけど」

「メグが? ……ああ、オルトゥスの影鷲の能力であろうな。不思議ではない、か」


 遠距離で会議の様子を知れるオルトゥスはやはり並々ならぬ技術を有しておる。他の特級ギルドとは一線を画しているのはその部分であり、それこそがオルトゥスの強みでもある。


「シュトルのトップ、ハイエルフのマーラさんが、つい口を滑らしてしまったんですよ。……メグを療養させるべきだって」

「なんと……それを知っているマーラ殿もまた只者ではないな」


 だが、それをメグが聞いてしまったと言うのは誤算であっただろう。まさか聞いているとは思わぬだろうしな。これは事故である。致し方あるまい。


「だから多分、オルトゥスではメグに、何かしらの説明をしていると思います」

「なるほどな……」


 しかし療養か。なるほど、ハイエルフの郷に身を置くということであろう。たしかにあの地にいれば、メグの身体も負担が軽くなる。しっかり考えておるのだな。


「メグに会った時も思いましたけど……結構、漏れてましたよね。魔力」

「ああ、そうだな。ぼんやりすることもあった。あれは、魔力が漏れ出ているせいとみて間違いないであろう」


 メグの魔力の増え方は異常である。いつかはそうなると思い、それなりに準備はしてきたが……あまりにも早い。療養か、良い手ではあるな。


「せめて、大会が終わるまで持ってくれれば良いのだが」


 対策が間に合うかどうかは、まだわからない。だが、やるしかないであろうな。そう遠くないうちに。


 メグ。安心するがいい。我と同じ道は決して歩ませぬ。我は拳を握りしめ、遠くオルトゥスにいる我が娘のことを想った。


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