近況報告
「どーいうとこが、好きなの?」
人に恋をする。それは私にとって未知の世界だ。
「んー、最初は一目惚れってくらいだし、単純に雰囲気だな。涼しげな目元も佇まいも気になるっていうか目が離せなくなって、電気が走ったみたいに感じたんだよな。今は中身も好きだぞ? どことなく冷たい態度だけど本当はめちゃくちゃ優しいとことか、案外不器用なとことか、魔王様に対する忠誠心も全部含めて愛おしい」
うっ、軽い気持ちで聞いてはみたけどなんだろう、私の方が恥ずかしくなってしまう。でも、クロンさんのことを語るリヒトはとても嬉しそうで幸せそうで、恥ずかしさなんて微塵もないように見える。あ、愛の力?
「だから、目が合ったらつい、気持ちを言っちゃうんだよな。どうしても止められない。っていうか気付いたら言ってたってのがほとんどだけど」
「思いが溢れちゃうのかな? そ、それで、クロンさんはいつもなんて?」
「そんなことは考えられません、だったかな最初は。でも、顔を赤くして動揺してるのはすげー可愛かった」
玉砕してるのにめげない精神。素直にすごいと思う。本当に好きなんだなぁ。
「でも、会う度に俺が言うもんだからだんだん慣れてきたみたいで、顔を赤くしてくれることも少なくなったんだよな。今じゃなんて言えばクロンを赤面させられるか考えるほどだな」
「趣旨、変わってない?」
いや、想いを伝える、という意味では合ってるのかな。っていうか、別に恋人になりたいって思ってるわけじゃないのかなぁ。
「俺は気持ちを伝えられればいーんだよ」
「そういうものなんだねぇ」
告白の意義は人によって違うのかもしれない。勉強になった。そう思って頷いていると、リヒトがでも、とやや難しい顔になる。どうしたんだろう?
「最近、態度が余所余所しくなってさ。今までみたいにはいはい、って軽くあしらってももらえなくなったというか、俺のこと様付けで呼んだりとか……」
「あ、リヒト様って呼んでたよね。どこか言いにくそうだったけど、最近なんだ」
普段の呼び慣れた呼び方じゃないからつっかえてたのか。でも、なんで突然? 普通に考えれば心情の変化だよね。距離を取りたくなるなにかがあるのかな。
「……好きなヤツでも、出来たのかなって……」
「えっ、クロンさんに?」
はぁぁ、とリヒトは大きなため息を吐き、頭を抱えて項垂れる。
「だって、それしか考えらんねーじゃん。でもさ、別にいいんだよそれは。クロンに好きなヤツが出来たなら応援したっていいんだ」
「え、そうなの?」
「好きなヤツが幸せならそれでいいって思う」
恋を通り越して愛だな、と思った。なんだか、そんな風に思える相手がいるのが羨ましくも感じる。
「たださ、前みたいに気軽に話せないのが辛いんだよ。俺は、ただクロンと話せたらそれでいいんだけどなぁ……」
そう言って、再び大きなため息を吐いたリヒトがなんだかかわいそうに見えてきた。どうにかしてあげられたらいいんだけど、私ほど頼りない恋愛相談相手もいないだろう。何をしたらいいのかもわからないし。
「クロンさんに、聞いてみようか? 気持ちを」
「……聞きたい気持ちはあるけど、いい。それは俺がいつか自分で聞く」
「そっか。なら、私は密かに応援してるね」
「おう、それで十分」
苦笑を浮かべながらポンポンと頭を撫でられる。そんなリヒトを見上げていると、本当に大人になっちゃんたんだなって実感する。時間って残酷だ。リヒトがもう立派なおじさんだもん。まだ若いけどね。
「恋、かぁ……どんな気持ちなんだろ」
今世では、恋することもあるのだろうか、なんて柄にもなく考える。長い長い人生なんだから、恋だってすることもあるかもしれないけど、今は全く想像もつかないからね。
「は? お前、好きな相手いないのかよ?」
「え? 大好きな人はいっぱいいるよ? でも、恋ってそういうことじゃないでしょ? さすがにそのくらいはわかるよ!」
「えっ、あー……もしかして、前世ってか日本にいた頃も誰かを好きになったことがない、とか?」
「うっ」
図星である。い、いや、彼氏がいたことはあるよ? けど、友達のノリで気付いたら振られてる、ってパターンで終わるんだよ。私も相手と同じ気持ちだったから、別れた後も普通に程よい距離感の友達に戻れてしまう。女友達にはあり得ない! ってよく言われたものだ。うーん、すごく懐かしい。
「……不憫だな」
「む、いいもん。別に恋を知らなくても生きていけるもん」
「いや、お前じゃなくて……」
私じゃない? どういうことだろう、と首を傾げていると、リヒトに呆れたような目で見られてしまった。
「お前さ、今の外見鏡で見たことくらいあんだろ。めちゃくちゃ整っててさ、それで基本的に人に優しいだろ? お前に惚れるヤツなんて大勢いるだろって話!」
「えー? それはないよ! 確かに整ってるのは自覚してるよ? でも、私まだ子どもだもん」
でもそうか。リヒトだって一目惚れってやつをするくらいだし、私ももっと成長したらワンチャンあるかも。誰かに愛を告げられたりしたりして。それで、恋心ってやつを初めて知ったりして!
でも残念なことに自分が誰かを好き好き言う未来が全く見えない。予知夢どころか想像さえ出来ない。美形集団に囲まれているから、一目惚れもたぶんしないだろう。ギルさんの顔を初めて見たときだって「わぉ、イッケメーン!」ってテンションが上がったくらいだもん。ほんと、枯れてるな私。
「……お前に恋は当分無理だってことがよぉぉぉくわかった」
「言わないで……私だってわかってるから……!」
思わずどんよりとしてしまったけど、ま、なるようになるさ! 人生何が起こるかなんてわかんないんだし。事実私はまだまだ子どもだしね。知れたらいいなー、くらいに思っておこうと思う。
「でも、さ。正直……ギルさんとかどうなんだ? って思うけど」
「ギルさん? 何が?」
「いや、だから……その、恋人に?」
「へっ!?」
予想外の言葉に思わず声が裏返った。え、だってそんなの……。
「ギルさんは……パパだよ?」
「いや、そうなんだろうけどさ……まぁいいや」
そうだよ、何言ってるの。ギルさんは、私の保護者で、パパなんだから。あービックリした。まだドキドキしてるよ!
そんなことより、気になることがあったんだった。話題も変わるし丁度いい。早速リヒトに聞いてみよう。
「ね、最近、ラビィさんに会った?」
時々、手紙では様子を教えてもらっていたから大体は知ってるんだけど、やっぱり直接聞きたいからね。
人間の大陸に飛ばされた事件の後、ラビィさんは人間の大陸で生涯をかけて国のために働きながら罪を償っている。前に手紙で読んだ時は、自分たちが攫って売り払った奴隷も半数以上は親元に返したって話だった。それでも、途中で亡くなっていたり、売られた先でさらに売られたりなんかで消息不明の子達も大勢いるみたい。
あの事件があった後、不認可の奴隷商は駆逐されたって聞いた。でも、ああいう裏稼業っていうのは、なかなかなくならないものなんだよね……潰しても潰しても、また新たにそういった組織が出来たりして。でも、あの頃に比べてかなり減ったのは事実みたいだから、傾向としては良くなってるんだと思う。人間大陸の国がそれぞれで対策をしているみたいだしね。
「ああ、実は1ヶ月前くらいに行ったばっかりなんだ。相変わらずだったよ。まぁ、病気にもならず、元気そうだった」
最初の頃は、会いに行くたびに痩せていて心配だったって聞いていたけど、最近ではもうそれ以上痩せることはなくなってて一安心だって聞いてる。ただ、被害者と顔を合わせている日々だからか、精神的にくるのだろう、年齢より老けて見える、と遠慮がちに書いてあったっけ。私はあの日から会っていないから、想像もつかないな。でも、会いに行こうとは思っていない。会いたくないんじゃないよ? 会いたい気持ちの方が強い。でもね、きっとラビィさんは変わった自分の姿を見られるのは嫌なんじゃないかなって思ったのだ。このことは、ロニーと2人で相談して決めたことでもある。
ラビィさんと会って話すのは、リヒトだけでいいって。その分、私たちはリヒトに手紙を託して、ラビィさんに渡してもらおうって、そう決めたのだ。
「溜まってた2人の手紙も嬉しそうに読んでたぞ。あと、俺を見てますますおっさんになったなって。ほんと、一言余計なんだよラビィは」
そっか、冗談も言い合えるくらいに元気なんだね。それを聞いて安心した。リヒトも嬉しそうだし。
「あ……でも」
「ん?」
唐突に、その表情を暗くさせて思い出したようにリヒトが言う。
「……ゴードンは、亡くなったそうだ。前から患ってた病気で」
「……そっか」
ゴードンがどうも病気らしいことは聞いてたんだけど……そっか。50代半ばだから私の感覚ではまだまだ若い。人間大陸的にも亡くなるには少し若い方かな。あの人には辛い思いをさせられた記憶しかないからなんとも言えない気分だけど、亡くなって良かっただとかはさすがに思えない。罪を償いながら亡くなったわけだしね。
なんとも重い空気に耐えかねて、私は立ち上がって手すりの方に向かう。ここからの眺めはとってもいいから、気分も変えられるかなって思って。手すりは私の背よりも高いから、間から覗く感じになっちゃうけど。緑豊かで下町っぽい雰囲気の魔王城城下町が一望できて気分が浮上する。
「ラビィさんには、精一杯生きてほしいな」
「……そうだな」
誰に言うでもなく呟いた独り言を、リヒトが拾う。ふわりと風が私たちの頰を撫で、自分たちも精一杯生きなさい、と励まされたような気がした。横に立つリヒトが、寿命の短い人間であることも、意識的に考えないようにした。





