久しぶりの再会
さてさて、ようやく魔王城の中へと入りますよーっと。うん、だいぶ城下町で時間を使っちゃったよね。だってみなさん気さくに話しかけてくれるんだもんー! それはとても嬉しいことだし、私も楽しかったしでついつい本来の目的を忘れていたんだよね。反省。
「最初からこうなるってわかってたから大丈夫だ。だから近道して早めに到着したんだしな!」
なんと、お父さんの計算通りでしたか! でもそうならそうと言ってよー、と頰を膨らませて文句を言うと、人差し指で頰を突かれてプシュ、と間抜けな音が出てしまった。もー!
「まーまー。メグには時間を気にせず楽しんで欲しかったんだ。楽しめただろ?」
「うー、そんな言い方ずるい! でも、楽しかった。お父さん、ありがとーっ」
そして結局、カッコいいこと言っちゃうあたりお父さんは憎めないのだ。言い出すことは突然だし、大事なことはギリギリまで言わないしで色んな人を振り回すけど、基本的にお父さんのやることはみんなのためになるって知ってるんだ。そんなお父さんが私は大好きだし。でも文句は言うよ、そりゃ言うよっ! 振り回される方は大変なんだから。
ギュッと腕にしがみつきつつ魔王城の城門をくぐり抜ける。色んな人から生温い眼差しで見られているのを感じたけど、そんなものは慣れっこだ。お父さんもされるがままにしているし、歩きづらいだろうけど我慢してもらおう。いいの! 甘えられるうちにたくさん甘えるって決めてるんだから。もう二度と後悔しないように。
「ずるいぞユージン! 羨ましいっ!!」
と、ルンルン気分でいたわけだけど、バァンッと大きな音を立てて城の入り口から飛び出してきた魔王こと父様の声でびっくり、思わず手を離してしまった。半泣き、というかもはや泣いているのは何故なのか。見てなかったはずなのに状況を理解しているとは……力の無駄遣いだな、きっと。いや、すごいけど残念だ。
「うるせー! せっかくの親子水入らずだったのに邪魔しやがって。見ろ、メグが手を離しちまったじゃねぇか! 幸福タイムを返せ!」
「うるさいのは其方の方だぞユージン! それだけ堪能したのだ、十分であろう!?」
あ、お父さん、幸福タイムだって思ってくれたのね。それはそれで嬉しい。父様がそれに嫉妬して言ってくれているのも嬉しいけど、毎度のことながら恥ずかしいのでせめて城の中に入ってドアを閉めてからやってほしい。道行く人たちがクスクス笑いながら見てるよ……仲がいいのねぇって。本当にね……?
「よ!」
「ふあっ」
遠い目で父たちの様子を眺めていると、背後からポンと頭に手を置かれたので変な声が出てしまう。慌てて上を向きつつ手の主を仰ぎ見た。
「相変わらずちっこいなー、メグ」
「リヒト!」
そこには、もはや立派な大人へと成長したリヒトが立っていた。振り返って手を広げれば、リヒトもやれやれと言った様子で手を広げてくれたのでギューっと抱きついた。本当、私はスキンシップが好きな子どもである。
「リヒト久しぶり! 私だって、これでも成長してるんだよ?」
「まー、そりゃわかるけどさ、俺はもうおっさんなのにお前はまだまだ子どもで、なんつーか変な感じなんだよな」
おっさん、とリヒトは自分のことをいうけど、そんな風に言うほどおっさんには見えない。せいぜい20代後半だ。リヒトは元日本人だし、童顔だから余計に若く見えるしね! あれから20年経っているから、年齢的にはリヒトはもう34才。人間だし、たしかにおっさんと言える年齢なんだろうけど……魔力が多いリヒトは、普通の人間よりも少しだけ成長が遅いんだって前に聞いたことがある。そのせいもあるかもね。
「私も、変な感じだよ。なんだか、1人取り残されている気分で……」
「メグ……」
そして、その感覚はリヒトだけではないのだ。私だって流れる時の差を感じてなんとも言えない気持ちになる。この世界にハイエルフと魔王の子として生まれたことで、避けては通れない運命であることはわかっている。それを私は受け入れなければならないとはわかっていても、さみしいものはさみしい。
「……ねぇよ」
「え?」
そんなセンチメンタルな気分でしょぼくれていたからか、リヒトの言葉が聞き取れなかった。顔を上げて聞き返してみたけど、リヒトは優しく笑ってなんでもない、と頭を撫でてくれた。慰めてくれたのかな? 私ったら本当に子どもだな。中身も成長してないんじゃないかって思っちゃう。
リヒトは、人間だから遥かにはやくこの世を去ってしまうのに。私とは真逆。置いていってしまう者と、置いていかれてしまう者。どちらが辛いかなんて測れない。私たちはそれ以上、このことには触れずに微笑みあった。
「む、貴様リヒト! さりげなく抜け駆けするでないぞ!」
「してないっすよ! 人聞きの悪いっ」
そこへようやくお父さんとの喧嘩がひと段落したのであろう、父様がやってきてリヒトに詰め寄る。もう、忙しい人だなぁ。思わず苦笑を浮かべて私は父様の手をとった。
「む、メグ……!」
「お久しぶりです、父様! 会えて嬉しい!」
「ぐはっ、相変わらずの威力よ……メグ! 我も会えて嬉しいぞ! その、抱き上げても……?」
恐る恐る聞いてくる超絶イケメン……こんなに顔が整っているのに大型犬みたいな感じで大変親しみやすいです。当然、否やはないので頷きつつ両手を上げて待機してみると、父様は嬉しそうに、そして優しい手つきで私を抱き上げた。そんな壊れ物を扱うみたいにビクビクしなくても、と思うけど、私への思いやりが伝わってきてほっこりする。思わずにへっと笑ってしまった。
「ぐぅ、かわいい、我の娘は世界一かわいい」
「ったりめーだ! ほらアーシュ、さっさと執務室行くぞ」
「わ、わかっておる。メグもそこまでは一緒でよいであろう? クロン!」
「はい、ザハリアーシュ様」
父様が呼べばどこからともなく現れたクロンさんがスッと頭を下げる。え、ほんと、どこから現れたの、この人。
「執務室についたら、メグの相手を頼む」
「引き受けました。メグ様、お久しぶりです。お変わりないようですね」
父様からの指示に答えたクロンさんは、そのまま私に視線をずらし、相変わらずの不器用な微笑みで私に挨拶をしてくれる。シワも汚れも見当たらないメイド服を着こなし、涼しげな水色の髪に瞳。クールビューティさは健在である! ただし、微笑みは引きつっているけど。
「クロンさんも、元気そうでよかった! 今日はよろしくお願いしますね!」
「ええ、お会いできるのを楽しみにしていましたよ」
でも、私の言葉に返してくれた微笑みは自然体で、とっても綺麗だった。ふふ、クロンさんの自然な微笑みを引き出すのは、私の密かな目的だったりするから嬉しい。
「クロン……」
「……リヒト、様。貴方もザハリアーシュ様とともに執務室へ」
「……ああ、わかったよ」
……あれ? なんだろう、この2人の微妙な距離感。気のせい、かなぁ? 声をかけようと思ったところで父様が歩き始めてしまったので聞けなかったけど……喧嘩とか、してたりするのだろうか。なんだか心配である。
「ふぅん、進展なしか」
「ああ、まったく困ったものよ。だが、見守るしかなかろう」
「だな」
頭上でお父さんと父様がため息混じりに言葉を交わしあっている。たぶん、リヒトとクロンさんのことだよね? どうも訳ありで、この2人は事情を知っているようだ。うーん、色々と想像はできるけど、見守るしかない、とこの2人が言うのならそれしかないんだろう。私も首を突っ込まずに大人しくしてようと決めた。
それよりもメグ、と父様が私に話しかけてくるので、私はそちらに耳を傾ける。最近はどうだ? と近況報告を聞いてくるわけだけど、大体は手紙に書いて送っているはず。でも、手紙の内容と同じことを話したとしても、それを嬉しそうに聞いてくれる父様の顔は、まさしく父親のそれなので、私も気にせず話した。なかなか直接会えないもんね。私もさみしかったし、久しぶりに会えてこうして話せるのは楽しいので問題はない。
こうして、父様の抱っこで執務室へとたどり着くまで、ずっとお喋りを楽しんだ。えっ、昨日もこっそり城下町に行ったって? なるほど、街の人たちがやけに愉快そうだったのはそういうわけもあったのね……!
「さて、名残惜しいが今はここまでだ。メグ、食事は共に摂ろうぞ」
「うん! お仕事のお話、だよね? がんばってね」
「こ、これはすごいな。メグの応援があれば世界が敵に回っても負ける気がせぬ」
「規模がでけぇしシャレになんねぇからやめろ、アーシュ」
本当に、いちいち反応が大げさなんだから。でもこれ、本気なんだよね。それが逆に恐ろしさを増しているっ。
「さ、メグ様、参りましょう。少し、頼みたいことがあるのです」
「頼みたいこと?」
父様と、そしてお父さんにもまたあとでね、と挨拶をし終えると、クロンさんが私の手を引きながらそんなことを言う。なんだろう?
「あんま無理させんなよ? 何するかしんねぇけど」
そんなやり取りが聞こえたのか、リヒトが私たちと入れ違いに執務室に入りながらそんなことを言い出した。
「リヒト、様に言われなくてもわかっています」
「ちぇっ、かわいくねぇの」
「かわいさなど、わたしには必要のないものです。では、失礼いたします」
ちょ、リヒト、一言余計だよ! ヒヤヒヤしたけど、まったく動じていないかのように淡々とドアを閉めたクロンさん。うっ、逆に怖い!
「……クロンさんは、かわいいよ?」
いたたまれなくなった私が控えめにそういえば、クロンさんはフッと表情を柔らかくした。あ、笑った。
「ありがとうございます、メグ様。お優しいですね」
でも笑顔は一瞬で、一度切なそうに閉めたドアを見つめたように見えた。本当に一瞬だったから気のせいかもしれないけど。
「さ、行きましょう」
「……はい」
でも、きっと触れちゃいけないんだろうな、と思って、私もそれ以上は何も言えなかった。
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