地下牢
地下牢に通じる階段を下りて行く。何となく肌寒く感じるのは陽が当たらないからかな? でもそれだけじゃなくて重苦しい雰囲気もあるからだと思う。
階段を下りきると、地下牢の番をしている人が立ち上がり、通路の格子の鍵を開けてくれる。この奥にいくつも牢があって、組織の人たちやそれ以外の罪人が収監されてるそうだ。ラビィさんは最奥にいるという。
「ひっ……」
「大丈夫か、メグ」
地下牢の通路を歩いていると、両サイドに牢があるから、収監されている人たちがよく見えてしまう。見覚えのある顔がいっぱい。そうでない人もいるけど……みんな共通しているのは目に生気がないってこと。しかも組織の人たちは、ギルさんの殺気の影響で髪が白くなってたりするから、余計に雰囲気が怖いのだ。思わず小さく悲鳴をもらしてしまったので、ギルさんに心配されちゃった。
「へ、平気……」
「あまり、無理はするなよ」
そう言ってギルさんは、私の手を引く力を少し強めた。頼もしい。それだけで心が落ち着くんだから、ギルさんの手は魔法の手だ。
「う、うああああああっ!!?」
「バケモノ! バケモノがああああああっ!!」
と、落ち着いたのも束の間、牢の中からとんでもない絶叫が響く。組織の人たちがギルさんを見て、恐慌状態に陥っているのだ。
あれから1ヶ月くらい経って、忘れかけた頃にトラウマを刺激されたのだろう。せっかく地毛の色が戻ってきていたのに、また白くなりそう……にしてもの悲鳴はこっちが恐怖を刺激される。私は思わずぶるりと身体を震わせた。
「チッ、耳障りであるな。少し黙っていてくれぬか……?」
すると、ポツリと父様がそう呟いて、一瞬威圧を放った様子。その瞬間、地下牢内が一気に静まり返った。ドサドサと人が倒れる音を最後に。……何やってんの!?
「うむ、静かになったな。最奥までは届いておらぬだろう。先へ進もうぞ」
「加減してくれてありがとよ、って言うとでも思ったか馬鹿アーシュ! おかげで門番もリヒトもロニーも気を失っちまったじゃねぇか!」
私やお父さんは元々効かず、ギルさんやケイさんは実力者なので耐えられたけど、他の人はそうもいかない。お父さんがロニーを、ケイさんがリヒトを受け止めていた。
「…………すまぬ」
「はぁ、ったく。ま、メグが怖がってたからいいけどよ。もう少しコントロール出来るようになれよ」
「魔力と違って魔王の威圧はなかなか、な……」
見るからにしょんぼりしてしまった父様。でも、私が助かったのは事実だよ! 感謝はするけど、ちゃんと後でリヒトとロニーに謝ってね……! げ、元気出して!
リヒトとロニーをどうにか起こし、父様が謝り倒している。いや、そこまでしちゃうと逆に恐縮してるからね? 一生懸命で気持ちは伝わるんだけど、なぜ父様は空回りしてしまうのだろう。そういう星の下に生まれたとしか言いようがない。
こうしてやっと私たちは最奥へと到着する。3つほど牢が並んでいて、左側の牢の中で、ラビィさんが膝を抱えて蹲っているのが見えた。なんだか、やつれた、かな?
「ラビィ……?」
「! ……来たのかい」
静かな声でラビィさんを呼ぶリヒトの声に、ラビィさんはゆっくり顔を上げた。顔色が悪い。そうだ、ラビィさんは応急処置は出来たけど、オルトゥスの治療は受けてないから私たちより回復が遅いんだ。たぶん、傷跡とかもそのままなんだよね……そこから感染症とかにならないといいんだけど。心配だ。
「無事に帰れたみたいだね。話には聞いていたけど……ははっ、メグのその色、慣れないねぇ。あたしには……すごく眩しいよ」
ラビィさんはゆるりと私たちを見回し、どこかホッとしたようにそう言った。ギルさんを見てもあまり反応がないところを見ると、あの時ラビィさんは殺気にはあてられなかったのかな?
「ま、あたしが良かった、なんて言う権利なんかないだろうけど……それでも良かったと、言わせてもらうよ」
そう言いながら、ラビィさんは自嘲するような笑みを浮かべる。
「なぁ、ラビィはこれから……どうなるんだ?」
リヒトがポツリと呟いた。誰に聞けばいいのかよくわからない質問だよね。でも、それにはお父さんが答えてくれた。
「……一応、お前たちの意見をできる限り聞いてくれるって話だ。主にメグの。メグは魔王の娘だ。だからこそ、この交渉ができたと言っても過言じゃないからな」
「私?」
人間の大陸と魔大陸の間では、大昔に交わした約束があって、それがずっと守られてきたのに、今回、人間側が禁忌に触れたんだって。犯罪組織がやったことではあるけど、禁忌は禁忌。それを許してやる代わりに、被害者で、魔大陸の次期代表である私の意見をできる限り通す、という決定がなされたのだそう。
「に、荷が重いよ……」
「だろうな。だから決定を任せる、とはしなかったんだよ。あくまで、メグの意見を尊重した上で処遇を決定する、って話だ」
だからひとまず、あまり深く考えずに自分がどうしたいのか言ってみろ、とお父さんは頭を撫でてきた。それでも責任重大だよ……私の一言で、1人の人間の人生が大きく変わってしまうことに変わりはないんだもん。怖くて震えそうだ。でも、ここで私が何も言うことはない、って決めたら。やっぱり処刑されちゃうんだと思う。
それはどうしても避けたい。私が何か言うしかないんだ。
「少し、ラビィさんとお話ししてもいい……? リヒトも、ロニーも一緒に……」
「……ああ。鉄格子越しになるが。繋がれているし、鉄格子に触れないならいいぞ」
お父さんに許可をもらって、私はリヒトとロニーとともに、ラビィさんの牢に近付いた。それから、座り込むラビィさんに合わせてしゃがみ込む。
「ラビィさん。こんなこと、聞いていいのかわからないんだけど……ラビィさんは、どうしたい?」
結局、私は自分だけじゃ決められない。ラビィさんの気持ちを知りたかった。悲しいけどこのまま処刑されてしまいたいって思ってるのか、生きたいって思ってるのかを。
「ふっ、バカだねメグ。そんなこと、罪人に聞くことじゃないよ」
「それでも、知りたいの。私、後悔してるから!」
「後悔?」
私を諭すような目でラビィさんが言う。それはわかってる。でも、ずっと胸に引っかかってたことがあるんだよ?
「ラビィさんの気持ちを、一度も聞かなかったって。本当の気持ちを。だから、今後どうなるかはわからないけど……どうしても今、ラビィさんの本当の気持ちが知りたいの!」
もう、後悔したくないから。
「気持ち、か……」
ラビィさんは目線を下げて呟き、それから黙ってしまった。
「ラビィ、俺も知りたい。罪を償って、またやり直したいとか、思ってないか? それとも、もうこのまま……終わらせたい、とか、思ってるのか……?」
リヒトが辛そうにそんな事を口にする。そうだよね。やっぱり、そこは聞いておきたい。
すると、時間を置いて、ラビィさんはゆっくり話し始めた。
「正直、わからないんだ。……自分がどうしたいのかとか、どう思ってるのかとか……ただ」
ラビィさんは鎖に繋がれたまま、拳をギュッと握りしめる。
「酷いことをしてしまったって。決して許されない事をしてしまったって……思ってる。あたしが攫った人たちや、売り捌いた罪のない人たちを思うと……胸が張り裂けそうになるよ」
それは耳をすませないと聞き取れないくらい小さな叫びだったけど、私たち3人の心には、これ以上ないほど響き渡った。





