噛みしめる幸せ
とりあえず、リヒトは身体が慣れるのを待つしかないらしいので、歩くのが辛かったらケイさんが背負うよ、という事で話がついた。リヒトは何やらプライドが邪魔するのか、なんとか耐えると断っていたけど。クスクス笑うケイさんには全てお見通しっぽい。
「魔大陸からのお客人ですね。話は聞いております。どうぞ、お通りください」
検問所へ着くと、そんな風に言われてあっさり通された。しかも一般の検問所ではなく、お偉い様方が使うような特別な窓口からである。なんだか恐縮してしまうけど、考えてみれば私は魔王の娘なわけだし、当然と言えば当然なのだ。うーん、慣れない。魔大陸の人たちは、敬う気持ちはあれどみんな気さくだからね。
「わぁ、賑やか!」
街に入った瞬間、栄えているのだという事がひと目でわかった。商人が声を張り、道行く人々はワイワイと楽しそうな雰囲気。活気がある街だな、というのが第一印象だ。
「結局、中央の都は来なかったもんな。俺も初めて来たけど、田舎とは大違いって感じ」
リヒトも興味深そうにキョロキョロ見回している。ロニーは特に何も言わないけど、目がキラキラしているからこれまたわかりやすい。私も人のこと言えないけどね!
「よろしかったら帰る際にでも、観光して行ってくださいね。美味しい料理のお店や珍しい工芸品の店など、楽しめると思いますよ」
検問所の人がにこやかにそう告げて手を振ってくれたので、私も笑みを浮かべて手を振り返す。ありゃ、顔が赤くなった。手を振り返したのが嬉しかったのかもしれない。自分の住む街を、こんな風に目を輝かせて見てくれたら嬉しいものだよね! 誇らしげに教えてくれたし!
「……メグ、あまり軽々しく笑顔で手を振るな」
「え? だって、親切に教えてくれたし……」
「あはは、無駄だよギルナンディオ。素直なのがメグちゃんの良いところだろう? ボクたちが気をつければいいじゃない」
なぜかギルさんにため息を吐かれた。も、もしかして私が原因で赤面させちゃったのかな? ごめん、外見の美幼女っぷりをすぐ忘れちゃうんだよ……こっちで生きて、もうそこそこ長いのに、未だにこれは慣れない。
日本にいた時は愛想笑いとか得意だったから、条件反射で営業スマイルを繰り出してしまう。何かあっても笑顔で誤魔化す、が染みついているのだ。えへ。
「人をそう簡単に信用するなよ、メグ。特に人間は、なんだろ? 懲りない奴」
「で、でも、優しくしてくれたら、疑えないよ」
リヒトにさえため息を吐かれてしまった。これも私に染みついたいわゆる人間性みたいな部分なので、なかなか変えられないのだ。騙されやすい自覚はある。
「例えばそれが偽善だったとしてもね? 親切にされて嬉しいっていう、その時の私の気持ちは本物なんだもん。騙されたってわかったら、その時に怒るよ?」
「……それがお前の良いところなんだろうけど、いろいろ危なっかしいやつだよ……保護者は心配が絶えねぇな」
同情する、とリヒトは保護者の顔を見上げた。ギルさんもケイさんも、苦笑を浮かべている。否定しないのね……なんかすみません。
「でも、だからメグは、人に好かれる。人から、助けてもらえる。僕も、助けるよ」
「うぅ、ロニー! ありがとう、大好きー!」
さすが私の心の兄だ。半分涙目でロニーに愛を告げた。他の3人がどことなく不服そうなのはなぜだろう。良いところをロニーに持っていかれたからだろうか。口数が少ない人ほど、美味しいところを持っていきがちだよね。ギルさんだっていつもはそうだ。
「……んー、メグちゃん。帰る時はボクとデートしようねー」
「……2人にはさせられない。護衛する」
「護衛対象は俺とロニーも含まれてんだろ!?」
「ん、僕も、行く」
やめて、私のために争わないで、状態? みんなの好意がくすぐったくて、とても幸せだ。私は思わず声を上げて笑ってしまう。それにつられて、みんなも一緒に笑った。
楽しい雰囲気もここまで。私たちは皇帝がいるという城の門の前まで辿り着いた。ここに、ラビィさんがいるんだね。ゴクリ、と喉を鳴らす。
「! そのまま入れ、と皇帝が言ってるようだ。頭領から伝言がきた」
「影鳥さんで? で、でもお城の中を私たちだけで歩いていいのかな?」
門の前で立ち止まっていると、ギルさんがそう言いだしたので、私も疑問を口にした。というか、お父さん、どんだけここでの発言権が強いの……
「案内がいようが、用心棒がいようが、ボクらには無意味だからだよ、メグちゃん。本気を出さなくてもこの国くらい落とせちゃうから」
軽い調子で言ったケイさんの発言に、門を開けてくれていた門兵さんがビクっと身体を強張らせた。か、かわいそうだからやめてあげて!
「どうせ頭領のことだから、道案内とかめんどくさいって断ったんだと思うよ。ボクらもその方が気楽だし、助かるけどね」
ああ、お父さん、言いそう。でも娘として、なんかすみませんと謝りたい気持ちでいっぱいです。そんな風に恐縮してるのは、私とリヒトくらいだ。やっぱ、魔に属する者は感覚が人間と違うんだろうなぁ。私もリヒトもすでに魔に属する者だし、お父さんも元々は人間だけどね?
というわけで、影鳥さんに着いていくような形で私たちはお城の中を進んだ。さすがに、自分で歩いてるよ! 城内でも抱っこはさすがに居た堪れないもん。時折、城とかやべぇ、というリヒトの呟きが聞こえてくる。大抵の人は一生来ることのない場所だもんね……東の王城には一度飛ばされた事があるけど、あれはノーカンだ!
こうして辿り着いたのは、数ある部屋の中の1つ。この中にお父さんと父様がいる、とギルさんが教えてくれた。どちらかの客室なのかな? 前は怪我をしてる時だったし、はやく元気な姿を見せてあげないとー。
「メグ!」
ギルさんが軽くノックをすると、その途中で中から扉が開き、お父さんが飛び出してきた。危ないからね!?
「ボクたちはスルーだね」
「……気持ちはわかる」
苦笑を浮かべるケイさんとギルさんを横目に、私はお父さんに、勢いもそのままに抱き上げられ、ひしっと抱きしめられました。でも、心配させちゃったもんね。私もギュッと抱きしめ返す。
「もうだいぶ良くなったよ。心配させて、ごめんなさい」
「いいんだ……俺の方こそ随分待たせてごめんな。辛かったろう? 苦しかっただろう? その苦しみは俺が変わってやれれば良かったのに!」
抱きしめる力が強くなる。もー、苦しいよ? でも、嬉しいから止めない。私もお父さんに会いたかったもん。
しばらくそうしていたんだけど、私は気付いた。
魔王が、自分もやりたそうにこちらを見ている……!
そうだよね! 父様だってたくさん心配してくれた! もちろん、父様にも会いたかったよ! なので私は、お父さんの腕を軽く叩いて一度下ろしてもらう。勘付いたお父さんは嫌そうだったけど。
それからトタトタと父様の元へ駆け寄り、抱っこを要求!
「父様も! 会いたかったよ!」
「──っ! め、メグーっ!!」
涙で目が潤む、を通り越してもはや号泣してる父様こと魔王。涙もろいなぁもう。でも、やっぱり嬉しくて抱き上げてもらった瞬間、自分から首元に抱きついた。ギルさんやお父さんと違って、恐る恐る私を抱きしめ返してくれる父様は、不器用で、愛おしく感じた。
「私、幸せ。大好きな人たちが、こんなに心配してくれるんだもん」
ポツリと本音をこぼす。だから余計に、ラビィさんの事もなんとかならないかなって、願ってしまうのだった。





