鉱山まで空の旅
空の旅は相変わらず快適だった。ギルさんは速すぎず遅すぎない絶妙な速さで飛んでくれているし、私たちが外の風や気温の影響を受けないように、魔術での保護も完璧だ。
『空の旅っていうのも、いいものなんだね。またギルナンディオに頼んでみようかな』
私の首に巻きつくケイさんがそんなことを言いながら目を細めている。今は小さな華蛇の姿のケイさんは、やっぱり綺麗で可愛い。昔は蛇を怖がったものだけど、ケイさんだと思うと全く怖くない。むしろ首元がひんやりしていて気持ちいい。
「今更だけど、本当に魔大陸なんだな……魔物型に変身する2人を見てようやく実感したっていうか」
リヒトのその気持ちはすごくわかる。ギルドの中にいると、みんな人型だから人間と一緒にいる感覚で違和感がないんだよね。ま、髪と目の色とかは違うからパッと見はカラフルだし、魔術は普通に使われているけど。でもやっぱり、ファンタジーな魔物型を見ると、実感の度合いが全然違うのである。
「街に行くとまた不思議な感じがするかも。獣の耳だったり、尻尾があったり、鱗のある半魔型の人がほとんどだから」
「そうなのか! 行ってみたかったなー」
帰ってきてから行ってみたらいいじゃない、という言葉は飲み込んだ。私は勝手に、リヒトはこの先オルトゥスで一緒に過ごして行くんじゃないかなって思ってはいるんだけど……実はリヒトからは、まだはっきりと返事はもらっていないのだ。ただの私の希望ってだけ。
こういう言い方をしたのも、たぶんリヒト自身も決めかねているんじゃないかな。このまま魔大陸で暮らすのか、ラビィさんのいる人間の大陸に戻るのか、で。
だから、私も返事を焦らないことにしたんだ。それはリヒトが決めることだから。もちろん、一緒にいられなくなったら寂しいけど! だから、ここにいてもいいんだよ、っていう選択肢は広げておきたい。リヒトが選べるように。その為にも、必ずお父さんとは話してもらいたいのだ。
それに、ラビィさんの今後も、まだわからないもんね。このまま処刑されてしまうのか、罪を償っていくのか。償いの道なら、リヒトはラビィさんの近くで暮らして、時々会いに行くかもしれない。
だって、ラビィさんはリヒトの親代わりだから。私にとってのギルさんと同じだ。もし、ギルさんがラビィさんのようなことになったら……ちょっと想像してみたけど、私は耐えられない気がする。でも、リヒトはそれをグッと耐えてるのだ。これから先もずっと、耐え続けていかなきゃいけない。だから、そんなリヒトの支えになりたい。そう強く思った。
『もうすぐ、鉱山に着く。準備はいいか?』
ウトウトし始めたところで、ギルさんからそんな声がかかる。だ、だって空の旅ってつい気持ちよくて眠くなっちゃうんだもん!
『大丈夫だよ。メグちゃんも今起きたし』
「すげー気持ちよさそうにウトウトしてたよな」
「ん。まだ、眠そう?」
みんなしてそういうこと言うー! 言わなきゃギルさんにバレなかったのにっ。
『眠いのか? メグ。それなら着いたら俺が……』
「だっ、大丈夫ですぅ! もう起きたもん!」
それなら抱っこしてやる、とか寝てていい、とか言い出しそうな雰囲気だった。危ない。さすがに空気読むからね? だってこれからロニーの戦いが始まるのに呑気に寝てられないよ!
ロニーのお父さんとの戦いじゃなくて、自分の意思を伝える、自分との戦いなんだから。
何となく、でしかわからないけど、話で聞いたロニーのお父さんは、頑固で、ある意味過保護。大切な1人息子だけど、その息子は鉱山の族長の跡取りとしては少々変わり者のドワーフだった。
ハイエルフ元族長のシェルメルホルン、私のおじいちゃんほどじゃないけど、古い伝統とか、そういった類の規則みたいなものを守ろうという気持ちが強いんじゃないかな?
でも息子は可愛いから、族長としての仕事もさせてきたんだと思う。だけど、ロニーがそれを望んでいないことにも気付いてるよね、きっと。だって変わり者だって事はわかってるんだもん。
だからね、本当に推測でしかないんだけど……
ロニーのお父さんは、どう対応したらいいのかわからないんじゃないかな? 自分は族長としての、鉱山ドワーフの生き方しか知らないから。
外へ出て、好きなように暮らしていいとは思っていたとしても、何もわからないロニーを送り出すのは不安が大きいもんね。けど、今はオルトゥスという道もある。そこがどう影響するか、かなぁ。
こういうのを解決するのは、いつだって話し合いだ。ロニーに聞けば、自分の気持ちをちゃんと話した事はないって事だし。お父さんからも聞かれた事はないんだって言ってたから、この親子は圧倒的に会話が足りてないんだ。
「私より、ロニーだよ。ロニー、心の準備は大丈夫?」
私がそう声をかけると、ロニーはフッと微笑んだ。
「ん、平気。メグの寝顔見てたら、緊張ほぐれたから」
緊張感のない寝顔で良かったよ! くっ、ロニーも言うようになったよね! どちらかというと、弄られてる私を慰めてくれるのがロニーだったのにっ。
「ごめん、嫌、だった? メグのおかげって、言いたかったんだ」
でもこうして頭を撫でながらフォローしてくれるあたり、ロニーだ。優しいっ! 大好き! 思わず、嫌じゃないよ、と言いながらロニーに抱きついた。
『レキより、リヒトより……ロナウドが1番お兄ちゃんしてるなぁ』
「なんで俺が出てきたの!?」
ケイさんの呟きにすぐさま突っ込むリヒト。オルトゥスに来てから、ツッコミの腕前が上がっている気がする。
でもお兄ちゃん、かぁ。確かにすぐ上はレキだけど……お兄ちゃんというより友だちにしか思えないからなぁ。人間換算すればたぶんロニーより年上なのに。
日本のノリみたいなものが、どことなく親しみやすいからそんな風に思うのかもしれない。
そう考えると、ロニーは確かにお兄ちゃんだ。優しくて力持ち、まさに理想のお兄ちゃん。あ、ジュマくん? ジュマ兄と呼んではいるけど、彼はまたジュマくんという別カテゴリーである。
「えへへ、ロニー、お兄ちゃん!」
「ん、メグは、可愛い妹」
抱きついた私をちゃんと受け止めて、優しく頭を撫で続けてくれるロニー。嬉しそうにはにかんでくれるのが、なんだか可愛く見えた。
「お兄ちゃんだから、頑張るところ、妹に見せなきゃ、ね?」
「! うん! 応援してるよ!」
「俺も応援してる。頑張れよ、ロニー」
子ども3人でほっこり絆を深めているところで、ギルさんの着くぞ、という声がかかった。あれが鉱山……結局ちゃんと見るのは初めてなんだよね。向こうから帰る時は、意識がなかったし……あんなに目指してた鉱山が目の前に! 魔大陸側だけど!
「こっち側の入り口に来るのは、久しぶり……」
「あっ、ロナウド様! ご無事で……!」
入り口から少し離れた位置に降り立ち、ギルさんもケイさんも人型になってから歩き始めると、入り口に立っていた門番のようなドワーフが2人、ロニーの元へと駆け寄ってきた。ふぉぉ、ロナウド様だって。さすがは族長の息子。
「様はやめてって、言ってるのに……でも、うん、久しぶり……父さんは?」
どことなく居心地悪そうにロニーは答える。すると門番は私たちを一度確認し、軽く頷いてから口を開いた。
「話は聞いている。ロナウド様に、怪我はなさそうだ。どこか調子の悪いところはありますか、ロナウド様」
ロニーには敬語、他はそうではないらしい。なんともわかりやすい……!
「大丈夫。とても、良くしてもらった。だから、丁重に、案内して?」
「は、はい! で、では。ロナウド様のご無事が確認されましたので、ご案内いたします。族長は人間の大陸側で、お待ちです!」
ロニーに言われたことで、私たちにも敬語を使い始めた。いや、そこまでしなくてもいいんだけど……両極端だよね!?
こうして、門番ドワーフの1人に案内されながら、私たちは奥へと向かった。うわぁ、奥はどうなってるんだろ?





