オルトゥスのメグ
『ふむ。亜空間収納魔術か。時間停止、容量も部屋1つ分と悪くない。盗難防止は当然として……簡易結界?』
『おおっ、流石はギルさんだね。そうなんだ、簡易結界を付けたから容量が少なくなってしまってね。でもまだ幼いレディだし、容量はそのくらいあれば十分かと思ってね! 安全には変えられないだろう?』
『ああ、良い判断だ。流石だな』
『いやぁ、それほどでも……あるね!!』
このブレスレットを貰った時、ギルさんとマイユさんがそんな会話をしていたのを思い出す。ふぅ、冷静にならないとダメだな、私。こんな大事なこと忘れるなんて。でもこれは姿を消してくれるわけでも、この場から逃げられるわけでもない、ただの時間稼ぎにしかならない。
そう、まさに今必要な力なのである! だからまさに今、思い出せた私は偉いのだ! えへん。というわけで早速起動!
「なぁに、ちょっと怪我させるだけだ……よっ!? な、なんだ!? どうなってる!?」
たしか危険を察知して勝手に結界を張ってくれるんだよね。ちょっとした爆発程度なら大丈夫って言葉に衝撃を受けたっけ。だから、ゴードンのサーベルごとき、なんてことないのである! ガイン、ガインという音を鳴らしながらサーベルを弾かれるゴードンを見て、ちょっぴり気持ちがスッとした。背後のリヒトは目を丸くして驚いている。すごいでしょ、このブレスレット!
けど、前に殴られた時は起動しなかったから、やっぱり魔力切れだったのかもしれない。旅の間も使う度、いちいち魔力を流してたもんなぁ。毎日ちょっとずつだけど、精霊たちの魔石にも補充が必要だった。それなのにすぐ補充した魔力はなくなっちゃうから、この大陸では魔術が本当に使いにくい。魔力の回復も遅いしさっ。
そんなわけで、この簡易結界も私の魔力が切れたらおしまいである。そうなる前に、少しでも時間を稼がなきゃ。私はブレスレットから残ってる魔力回復薬を全部出した。
「3本、かぁ」
旅の間にも、ちまちま飲んでたからなぁ。私だけじゃなくて、リヒトやロニーにもあげたし。とりあえず、フラフラになってからじゃ遅いので、1本自分で飲み、もう2本をリヒトに渡した。
「もうこれで終わりなの。1本はリヒトのだから、もう1本は、ロニーが目を覚ましたら飲ませてあげて?」
「わかった。でも俺はまだ魔力あるから予備として取っておく。辛くなった奴が飲むようにしよう」
さすがこの中の年長者。冷静な判断ありがたいですっ! リヒトは地面に倒れるロニーを自分に寄りかからせた。
「俺は、何をすればいい?」
そして静かにそう聞いてきた。この状態が長く続かない事をすぐ理解してくれたようだ。私は軽く頷いてから自分の考えを口にした。もちろん、ゴードンたちに聞こえないように、ヒソヒソと小声である。
「私の魔力が切れるまでは、このまま少しでも体力を回復させながら作戦会議したいって思うの。きっとしばらくしたら助けがくるから、それまで私たちでなんとか耐えたい……!」
「助けを呼んだのか。……すげぇな、メグは。こんなにちっさいのに。それに比べて俺は、ギャーギャー騒ぐだけしか出来てねぇ」
情けねぇ、と肩を落とすリヒト。それを見て、私は苦笑を浮かべた。
「でも、生きてる年数は私とロニーの方がずっと長いよ? 私はもう50才過ぎてるもん」
「違和感しかねぇが、それでもお前らの種族にしてみれば、まだまだ子どもなんだろ?」
リヒトがそう言ってまた落ち込みそうだったから、私は秘密をこっそり打ち明けることにした。
「ね、リヒトは日本から来たんでしょ?」
「! え、あ、えぇっ!? 俺、そんな事言った、っけ……うぇぇっ!?」
目を白黒させるリヒトが面白くて、つい吹き出してしまった。おかげで気が紛れたよ。
「これは、秘密なんだけどね?」
私はそう前置きをして、全てを打ち明けた。私が元々、日本に住む社畜女だったこと。向こうで一度死に、気付けばこの世界でこの身体に魂が転移していたこと。200年前には失踪していた父親が、この世界に転移していたこと。
そして……この世界で再び再会し、今は同じギルドで幸せに暮らしてること。
「だからね、リヒトの悩みとか、苦しみとか……少しはわかるつもり。でも、お父さんの方がリヒトの気持ちをわかってくれるかもって思って。だから、紹介したいなって思ってるんだよ」
一通り話し終えた私は、そっとリヒトの様子を伺う。
「そっか……そうだったんだ……」
リヒトはその事実をゆっくり噛み締めているようだった。驚いてはいるけど、ショックを受けているってわけではなさそうだよね。そして何か考えているのを見てとり、私は先に口を開く。
「リヒトの事は、色々と聞いてみたいっていうのは本音なんだけどね? こちらに来る直前の日本の様子とか、本当に同じ日本なのかとか確認もしてみたいし、たっくさんお話したいよ? けどね?」
私はそっとリヒトの手を両手で取り、リヒトの目を真っ直ぐに見つめた。
「今の話を、リヒトにしっかり受け入れてもらってからがいいな。それに、話したくない事は話さなくたっていいよ。ただ、リヒトの力になりたいんだよ」
「メグ……」
リヒトの瞳は少し潤んでいた。つられて私も込み上げてくるものがある。でも我慢、我慢。リヒトは一度目を伏せると、数秒後にはパッと顔をあげてニッと笑う。
「お前の考え方がやけに落ち着いてるのも、中身は立派なおばあちゃんだったからなんだな!」
「おばあ……! 失礼! リヒト失礼だよ! 50才はまだまだ若いよっ」
ぽかすかとリヒトにパンチを繰り出す私。実際そうだけどさぁ! もう生まれ変わってるからノーカンだもん! 普通の幼女とはさすがに言えないけどっ! くすん。
「ありがとな。ちょっと、元気でた」
でも突然、しおらしくそんなことを言うものだから、心の広い私は許してやった。
どのくらい時間が過ぎただろう。私は隙を見て簡易結界を解除したり、張ったりを繰り返していた。攻撃さえしてこなければ、魔力の節約になるしね! 相手が魔力を感知できない人間だからできることである。途中で気付いたから、それまでは律儀にずっと結界を張っていたけどね。でも確認のためか、時々攻撃してくるから気は抜けない。
その分、浮いた魔力は精霊たちに少しずつ与えている。さっきシズクちゃんとフウちゃんには助けてもらったし。きっとクタクタになってるから、少しでも回復できるようにね! ここには魔素がないから、もう魔術は使えなさそうだけど。魔力を使い果たしたら精霊は存在を維持できなくなる。精霊たちが消えたら立ち直れないもん! 絶対に無理はさせられない。
途中で目を覚ましたロニーは、リヒトが魔力回復薬を飲ませてくれたから少しだけ元気になったみたいだ。やっぱりロニーの精霊も、もう魔術は使えなさそう、とのこと。
それから、ロニーはまだ大地の精霊としか契約してないのだそう。というか、複数と契約してる方が珍しいよ、と言われてしまった。あれ? シュリエさんは複数いたのに。でもカーターさんは聞いたことない、かも?
さて、整理しよう。つまり、私たちが次に打てる手は限られている。ホムラくんの火の魔術と、リヒトの攻撃魔術が5回分くらい。威力によってはもっと増えたり減ったりはするって感じだそうだ。
さすがに3人そろっての転移まではできないって。そりゃそうだよね。短時間に何度も魔力を枯渇するまで使われたんだもん。本当なら私たちみんな倒れて動けないくらいには疲れ切っているのだ。訓練しておいて本当によかったと思う。そうじゃなきゃ、今頃私はただのお荷物になってたよ。
けど、今の私はただのお荷物じゃない。まだまだ弱っちいけど、ちゃんと戦える。
──オルトゥスの、メグとして。
怖くて震えそうになる身体を、気合いで押し込める。
私の魔力切れまで、あと少し。
 





