sideリヒト
俺は、地球という星の日本という国で生まれ育った。住んでいた街は海が近くて、学校帰りとか休みの日はよく海に行って遊んでいたんだ。
だけどあの日。
台風が来るから海には行っちゃダメだって言われてたのに、俺は行ってしまった。だって前日に遊んだ時、うっかり水筒を忘れてしまったから。サッと行って取ってこれば大丈夫だと思ったんだ。けど……俺は、そのまま波に攫われてしまった。
ゴボゴボという水の音が聞こえて、苦しかったのを覚えてる。でも、それだけ。思考する暇もなかった。でも、俺はこのまま死ぬんだなっていうのだけはわかった。必死すぎて死にたくないだとか、走馬灯を見るだとか、そんな事さえなかったな。何も出来ず、ただ流されるだけで、いつ気を失ったのかも覚えてない。
そうして気付いた時には、浜辺に打ち上げられてた。疲労感は酷かったし、全身びしょ濡れだったけど、驚くほど服も汚れてなければ怪我もなかったから、あれは夢だったんだ、と思って家に帰ろうとしたんだ。でも、何か様子が違う。
浜辺だと思ってたこの場所は、川岸だったし、周囲は見たことのない森の風景。俺の家の近くに森なんかあったっけ? あ、遠くの方に見えてた山かもしれない、なんて最初は思った。
きっと歩いていれば知ってる場所に着くと思って歩き続けた。だけど、進んでも進んでも木ばかりだし、ずぶ濡れで寒いし疲れたしで散々だ。しかもやっと開けた場所に着いたと思ったら……あんまり綺麗とは言えない小さな小屋があるだけで。物凄くガッカリした。
だけど人がいるかもしれないんだから、気にしちゃいけない。まずは助けを求めなきゃ。そう思って小屋の戸を叩いた。
そこで小屋から出てきた1人の女の人を見たとき、俺はもの凄く安心してしまって。だから、説明をするのも全部忘れて、俺は大声で泣いた。
それが外国人のような外見だったことも、女の人が怪訝そうな顔をしてた事も、気づいてたけど関係なかった。かなり困らせたと思う。だって誰か来たと思ったら、見知らぬガキがずぶ濡れで大泣きしたんだから。でも、仕方ないだろ? 俺はその時、まだ6歳だったんだから。
その女の人ってのが、ラビィだった。
ラビィは面倒臭そうな顔をしながらも、俺を小屋に連れて行って風呂を沸かしてくれた。着替えはなかったけど、俺が着てた服を洗濯し、飯も食わせてくれた。言葉は不思議と理解できた。日本語じゃないっていうのもわかったのに、なぜか聞き取れたし、俺も日本語を話してるつもりなのに、ラビィと同じ言葉で話せた。
今思えば、この時点でここが別の世界なんだってわかったはずだけどな。当時はちょっと不思議に思うだけで、特に気にもとめなかったんだよ。
こうして俺はされるがままに世話をしてもらった。ラビィの俺への扱いは雑だったけど、迷子になった俺を見捨てる事はなかったんだ。
数日後、家に出た変な虫を見つけて驚いた俺が、その変な虫を凍らせてしまう、という変な事件が起きた。ラビィはものすごく驚いた顔をしてたっけ。でもたぶん、俺の方が驚いた顔してたと思う。だって、うわぁ!? 変な虫! って言いながら指差したらそこから変なビームが出てくるなんて、誰も思わないだろ? 2人してかなり大騒ぎしたよ。なんだ今のは!? お互いにそう問い詰めあったっけ。くくっ、今思い出すとほんと、バカみたいなやり取りだったな。
どうにか落ち着いて、俺たちはお茶を飲みながらゆっくり、お互いに知ってる情報を伝えあった。って言っても俺はまだ小さかったから、聞かれたことに答えていっただけだったけど。
ラビィが言うにはこうだ。俺には魔力があって、虫を凍らせたのは俺の魔術だって事。魔術を使える人間は貴重で、人攫いに狙われやすいって事。とても貴重な存在ではあるけど、いてもおかしい存在ではないって事。
それを聞いた俺は……絶望した。
だって、ここが日本じゃないって、嫌でも思い知らされたから。
それどころか、別の世界だって。いくらまだ6歳のガキだったとはいえ、さすがに日本で魔法が使えるわけがないって事くらいわかる。大人であるラビィが、本気でこれが魔術だと教えてくれた事も、ここが地球だったらあり得ない。いや、変な宗教だったらあるかもしれない、なんて思うけど……
とにかく、もう元の世界には、俺の家には帰れないんだって事がわかってしまったのだ。ずっと、気付かないフリをしてたのに。
で、どうなったかっていうと。まぁ、俺は荒れた。泣いて喚いて、ラビィに八つ当たりして。
『お前っ、だれだよっ! 俺を帰せよ……家に帰せーっ!!』
『はいはい、じゃあ勝手に帰んな。達者で暮らせよー』
こんなやり取りが毎日のようにあったっけ。その度に俺は小屋を出て行き、どこかで迷子になってまた泣いて。それで……
『……はい、お疲れ。帰ってご飯でも食べて寝ちまいな』
どうやって見つけるのか、ラビィは必ず俺を見つけだした。呆れたようにそう言って、ラビィが手を差し出すから、俺はいつもその手を取って小屋に帰って行ったんだ。
いつしか、ラビィが唯一の家族で、あの廃れた小屋が俺の家だと自然に思えるようになっていったんだよな。
それでも毎日寂しくて悲しくて、夜ベッドの中でこっそり泣いたし、家に帰りたかった。だけど、成長するにつれて諦めがついたし、何より俺には居場所があったから耐えられた。ラビィという、唯一の居場所が。
なのに。
「冗談なんかじゃない。あたしは、最初からアンタたちをここに連れてくるために行動してたんだよ」
何、言ってるんだ……? 最初から? それって、いつのことだよ……
「ふふ、まだ信じてるのかい? 心配は確かにしたよ? でもそれは商品の心配さ。当然だろ?」
商品……? 何が? 俺のこと、か?
「ガキの世話なんか、あたしはごめんだったんだよ。任務でなきゃ、誰が身元不明のガキの面倒なんかみるっての? それも、信頼させろって命令を受けてさ。報酬は弾んだから良いものの、なかなか大変だったよ」
違う、嘘だ……! だって喧嘩した後、いつも言ってくれたじゃねーか。リヒトはあたしの弟なんだからって。見捨てるわけないでしょって。最後まで面倒見てやるって!
「あたしの言うことを、これっぽっちも疑わないなんて。ほんと、バカだね……バカだよ、リヒト」
だって、お前が教えてくれたんだろ。
国の上層部に悪い奴がいるって。魔力持ちの人間は珍しいから、城の者にバレたら捕まるって。人身売買の恐ろしさを教えてくれたのは、ラビィじゃねーか。
「騙される方が悪いのさ。……騙す方が何倍も悪いけどね!」
なんだよ、その高笑い。そんな笑い声、初めて聞いた。気持ち悪ぃぞ、ラビィ。
扉が閉められ、鍵のかかる音が響く。室内に沈黙が落ちた。
待てよ。待てって。早く鎖を外してくれよ。みんなで鉱山に行く約束しただろ? ……ふざけるのも、いい加減に──
「……っ行くな! 行くなよラビィ! 俺を……俺を置いて行くなよおおおっ!!」
──俺を、1人にすんなよ。
信じられない。信じたくない。俺は固く拳を握りしめて、手が痛くなるまで地面に拳を打ちつけ続けた。
ジンジンと痛む手の感覚に、これが夢じゃないんだと、嫌でも気付かされる事となった。
 





