山小屋
「よく頑張ったね、みんな。もうじき鉱山の入り口に辿り着くよ! とは言ってもあと丸一日はかかるけどね」
夜、私の簡易テント内で夕食を終えた時に、ラビィさんがそう切り出した。本当によくぞ無事にここまで辿り着いたよね。しみじみと思うと共に、感慨深くて涙が出そうだよ!
あれから私たちは村や街には寄らず、ひたすら人里離れた森や崖なんかを超えて移動を続けた。時折聞こえてくる鎧のガチャガチャいう音や、人の気配を感じる度に例のスプレーを撒いて息を潜めたりしてさ……おかげでスプレーはもう空っぽ。次に見つかったらしっかり隠れるか逃げるかしなきゃいけないのだ。ふおぉ、スリル満点。
「本当にみんなよく弱音も吐かずに歩いたよ。あたしは途中で脱落すると思ったからね」
「俺らはともかく、メグはすげぇ頑張ったよな! 最後の方はロニーに背負われなくても自分で歩ききるようになったしさ!」
「うん、運動神経が、抜群。覚えも早いし、体力ついたら、もっと強くなる」
みんなが口々に褒めてくれる。そ、そうかなぁ? みんな褒めすぎじゃないかなぁ? それでも私は言葉をそのまま受け取り、えへへと照れ笑いを返す。まだまだみんなの方がずっとすごいけど、褒められるのは素直に嬉しいものだ。
「謙遜してるかもしれないけど、本当だよ? メグ。この短期間で1番伸びたのはメグで間違いないんだから、自信持ちな!」
「う、うん! ありがとー! これからも、がんばる!」
この短期間で私のことをよぉく理解したのはラビィさんだよね! いや、リヒトもロニーもだけど……そ、そんなにわかりやすいかな、私?
「さて、寝る前に1つ、大事な話があるんだけど……」
ラビィさんが一度座り直し、真面目な顔をしてそんな事を言うので、私たちも同じように座り直し、姿勢を正す。なんだろう……?
「もうすぐ鉱山に着くっていうのに……本当に申し訳ないんだけど……ちょっと立ち寄りたい場所があるんだよ」
「立ち寄りたい場所?」
リヒトが聞き返すと、ラビィさんはそうだよと頷いた。
「知り合いがね、そこにいるって旅の途中の噂で聞いてさ……最後に一度、会っておきたいと思って」
最後に一度。その言葉の意味は考えなくてもわかった。ラビィさんは今や、この大陸では犯罪者として追われる身だ。実際は犯罪者じゃないのに!
その誤解は何としてでも解きたいけど……そう簡単にはいかないもんね。一生戻れない、って事はないとは思うけど、場合によってはそれも考えなきゃいけない。一緒に魔大陸に行くんだもん。
「挨拶ぐらいは、ね。しておきたいって思ったんだけど……」
眉尻を下げてラビィさんはそう言うと、そこで言葉を切って一度俯いてしまった。ラビィさんの気持ちを完全に理解する事は出来ないけど、慣れ親しんだ地から離れなきゃいけない辛さは……何となくわかる。きっと、葛藤してるんだろうな。
「や、やっぱりいいや。一刻も早く行きたいもんね! ごめん、変な事言ってさ!」
そして再び顔を上げたラビィさんは笑顔でそう言ったのだ。やけに明るい声色で、無理に笑顔を作っちゃってさ。
「っ、変な事じゃないだろ!?」
そんな微妙な雰囲気を打ち破ったのはリヒトだった。そうだよね。ずっと一緒にいたんだもん。リヒトがラビィさんの無理した様子に気付かないわけがない。鈍いと言われる私でさえ気付くんだからっ!
「変なのはラビィだ! くだらねぇ遠慮すんなよ! 今更少し遅くなったって気にしない。俺は、だけど……」
「僕も、気にしない」
「私も! ラビィしゃん、挨拶しに行こう?」
リヒトの言葉に続いて、ロニーも私もすぐに声を上げる。ラビィさんが、あんたたち……って小さく呟いたのが聞こえた。
「本当に、いいのかい……?」
「もちろんだ!」
一瞬、ラビィさんの表情が曇った。そんなに気を使わなくていいのに。これまで散々助けてもらって、お世話になったのは私たちの方なんだから。
「そうと決まりゃ早く行こうぜ! どこにいんだよ、その知り合いは」
「……わかったよ。あたしも腹を括ろう。じゃあついて来な!」
「はーい!」
吹っ切れたような様子でラビィさんがそう言うので、私は元気に返事をした。みんなが生温い眼差しで微笑んでいたのはきっと気のせい!
ラビィさんの後に続いて、私たちは黙って進む。鉱山へ向かうならこのまま真っ直ぐだそうなんだけど、左の方へと逸れて行く。森の中を突っ切るように進む、獣道とすら呼べそうにない道だ。これまでの修行でこういった場所は慣れているので、歩くのに苦はないんだけど……ラビィさんの知り合いって人嫌いなの? と思ってしまう。
「あー……確かに、人とはあまり関わりたがらないね」
素朴な疑問を直接聞いてみると、なるほどな回答。もしかしたら変わり者なのかもしれない。ラビィさんと知り合いさんが話している間は、少し離れた場所で待ってた方が良いかもしれない。それもラビィさんに一応言ってみると。
「……うーん、そうだね。気難しいところはあるだろうけど……ま、私からも言っておくから」
顎に手を当てて、ラビィさんは少し考えてからそう言った。おおう、やっぱり気難しい人でしたか! お口チャックを意識しようと決意した。
しばらく行くと、生い茂っていた木々が少なくなり、所々に切株が見られるようになってきた。あ、もしかしてその知り合いさんって……そう考えている時、見えてきたよというラビィさんの声に意識を戻す。
「あの小屋? もしかして、木こりなのか?」
私が思った事をリヒトが口にした。小屋の周りは開けていて、伐採した木を切るであろう空間と、運ぶための立派な馬車が置いてあるのだ。奥の方には馬小屋らしき建物も見えるし、間違いないっぽい。
「そうだよ。この時期は大体この小屋にいるのさ。だからちょっと寄りたいと思ってね……」
なるほど。ちょうどいいタイミングだったってわけか。私が1人納得していると、ラビィさんが早速小屋の戸を叩いた。ノックなんて可愛らしいものではない。ドンドンと、まるで借金の取り立てのような叩き方である。わ、わいるど……!
「ゴードン! いるかい!? あたしだ、ラビィだよ!」
何度かそう呼びかけながら戸を叩いていると、小屋の中からうるせえっ! という怒鳴り声が聞こえてきた。かなりの大声だ。けど怒鳴りたくなる気持ちはよくわかるので、今私の顔は盛大に引きつっていることだろう。
「てめぇ、ラビィ……相っ変わらず乱暴な女だなぁ? ああっ!?」
「ふんっ、アンタも年だろ? 耳が遠くなってんじゃないかと思ってね?」
内側から乱暴に開けられた扉。それから間を置かずにドスの聞いた声でそう言う家主に、ラビィさんは飄々と腕を組んで答えた。ラビィさん、男前ぇ……!
「何しに来やがった」
「見てわからないかい? アンタに会いに来たのさ」
「ほう?」
軽口を叩き合う2人は、口調は荒いけど仲は良いみたいだ。旧知の仲、という雰囲気。
「逃げてきた、の間違いじゃねぇのか? 誘拐犯なんだろ?」
家主はニヤリと笑ってそう言った。凄みのある顔だけど、たぶんわかってて言ってるこの人。
「ここまで広まってんだねぇ。あたしも随分有名になったもんだ」
そんな彼に対して軽く肩をすくめて返事をしたラビィさんに、ふっと極悪な顔付きで笑った家主は、私たちをチラと見やり、入れ、と一言そう告げたのだった。……ほ、本当に悪い人とかじゃ、ない、よねぇ……?





