sideユージン2 中編
こうして俺たちは5日間ほど走り続けた。友との約束を果たし、自ら殺されに行くために走るあの話を思い出すな……日本にいる時に親娘で幾度となく読んだっけなぁ。こういうのをメグと語り合いたいものだ。
というか、今はその物語より遥かに過酷な道中だが、この身体がもはや疲れ知らずなのが恐ろしい。いや、多少疲れはしてるけどな。ちゃんと休憩も1日1回は挟んでるし。
「明日には着きそうだな、中央の都」
「ふむ、ならばあと少しで元凶を消し炭に……」
『魔王様? すぐに実力行使に持っていこうとするのはいい加減やめましょう?』
その日の夕方、休憩中に俺が言うと、待ちきれないとでも言うようにアーシュが呟く。アドルのツッコミもそろそろ疲労が滲んでいる。ちなみにこの疲労は旅疲れでは決してない。
いやぁ、血の気の多い俺ら3人を、よく抑えてくれていると思うぜ実際。ギルはまぁそうでもないが、こいつは静かに怒りの炎を燃やすタイプだし。いつ爆発するかわかんねぇ厄介さもあってアドルの気疲れがヤバい。わかっちゃいるけど俺もなかなか自制が効かないんだから仕方ない。すまん、アドル。
「かなり情報も纏まってきたしなぁ。やっぱ大きな街は違うぜ。女共はアーシュが聞けばペラペラ喋ってくれるし」
「解せぬ。ギルでも良かったであろうに」
「断る」
情報を集めるのに色男ってのは得だよなぁ。どこ行っても目立つ、という欠点はあるが、大体聞いてもないことまで喋ってくれたり、食事の時なんかもサービスしてくれたりするんだから。その点、ギルももちろん適任だが……本人が人嫌い、主に女嫌いだもんなぁ。
美男美女な両親ではあったものの、父親が早くに亡くなり、魔大陸ではかなり珍しく、母親から虐待されて育ったギルにしてみれば無理もない。その後、引き取ってくれた親代わりの亜人たちがたくさんの愛情を注いでくれたらしいが……幼い頃に植え付けられたトラウマってのはそう簡単に消えないようだ。
「ようやく、敵が見えてきた」
マスクとフードを外し、軽く首を回したギルはそう呟く。目が据わってるな。相当メグを攫った奴らに対して頭にきてるようだ。俺も同じ気持ちだが。
『お気持ちはよくわかりますが……とにかく明日、皇帝と話をする間は大人しくしていてくださいね? そもそも、連絡もなしでこの国のトップである皇帝に会えるかもわかりませんし……』
アドルが魔物型のまま、黒い翼をバサバサさせて訴えてくる。それを俺はわかってる、わかってる、と手で制した。……たぶん。
「会える。いや、必ず会ってもらうから安心せよ、アドル。……我は、魔王であるぞ?」
ドス黒い威圧が僅かに放たれた。アドルはその場で硬直し、ギルは眉をピクリと動かす。俺はアーシュの対となる存在だから影響はないが、こんな近くで威圧を放たれた亜人が、この程度で耐えていられるのはさすがと言える。
アーシュも、普段はかなり残念な奴だが、こういう時にこいつは国の、そして魔大陸のトップに立つ人物なんだと実感するな。いつもは残念ぶりが際立ってる分、俺としては安心するけど。
「俺も人の事は言えねぇが、アーシュ。人間の前でその威圧は抑えろよ? 人間がそれを感じたら卒倒して話が出来なくなる」
「安心せよ。流石に心得ている」
この威圧は、魔力の放出とは少し違うからな。気みたいなもんで、血縁関係でもないと避けようがない。それでも、亜人に比べれば人間が受ける影響の方がマシだろうけど、そもそも脆弱な人間にしちゃあ、たまったもんじゃないだろうよ。
だからやるなら魔力の放出にしとけ、と俺は付け加えた。身体を巡る魔力が乱される事で、鍛えてない者はダメージをくらっちまうが、元々魔力を持たない者は、乱される魔力もほとんどないから影響が少なく、気付かない事がほとんどだ。
というか、この大陸で魔力を放出するなんて、単なる無駄遣いになる。魔素が少ないんだからあっという間に溶けて消えちまうし。アーシュは抑えきれない時はそうする、と素直に返事をした。
「うしっ。最後のひとっ走りと行きますかね。中央の都はすぐそこだ。この調子で走りゃ朝には着くだろ」
それぞれ軽く足や腕を回したり、屈伸をして身体の調子を確かめる。チラと見回すと頷きが返ってきた。うん、皆問題はなさそうだな。頷きを返したところで、俺たちは再び走り出した。
「ふむ、ここが中央の都か。なかなかに仰々しい佇まいであるな」
「魔大陸と違って、立ち入りを制限してるのは魔物じゃなく人だからな。魔道具がありゃこんなでっけぇ門なんか要らないのに、人間ってのは不便だよな」
「……お主も人間であろうに。いや、元か」
「やめろ。俺が1番疑問視してるデリケートな問題だそれは」
中央の都に近づくに連れて、やはり人通りも多くなってきた。そんな中を爆走するわけにも行かねぇから、俺たちは少し離れた木の陰で一度止まり、流れに合わせて歩くことにした。アドルも人型に戻っている。
「魔道具があれば、人2人分の高さがあれば十分ですもんね。あとは結界が張られますし、人が見張らなくても魔力の感知で自由に出入り出来ますし」
「かなり高い塀だ。人が10人分ほど、か……?」
街を取り囲むように巡らされた塀を見上げながら、アドルとギルがそれぞれの感想を口にしている。ここに来るのは2度目だが、相変わらずその圧迫感には驚かされるね。それだけ高くて重厚感のある壁が、都全体を囲むように建てられてるんだから。都自体も広すぎるから、壁はどこまでも続いてるように見えるし。にしても高さ、こんなに必要か?
「む、あの行列はなんだ、ユージンよ」
「あー……あれはな、都に入るための列だ」
「なっ、あんなに並ばねば入れぬのか!?」
「こればかりは仕方ありませんね。身分の高い者なら別の入り口からすぐに入れる、と何かの書物で読みましたけど」
「ならば、我らもそこから行こうぞ」
あー、まぁ確かにアーシュは身分高いっちゃ高いよな。ただ、魔大陸の者だけど。それを人間の、ただの門兵が受け入れてくれるのかが問題だが。
「でもまぁ、行ってみなけりゃわかんねぇか。時間も惜しいしな」
「大陸の代表者ですしね。期待は出来ると思いますよ? そこから城に連絡してもらえれば、皇帝にもすぐ会えるよう話が伝わるかもしれませんしね」
一理あるな。そうと決まれば早速、その別の門の方へと向かうとするか。……ただ気掛かりはある。
「……わかってもらえないからって、威圧を無闇に放つなよ?」
気絶されたら意味がねぇ。それどころか、不審者として捕まえられて、面倒なことになり兼ねない。まぁ、俺らが人間の兵に捕まるなんて事はないけど、メグの捜索に支障をきたすのは避けたい。
「もちろん、加減を間違える事はせぬ。わかってもらうためには、多少は致し方ないであろうが、な?」
「……使うつもりだな?」
「ならば、ユージンは人間達が我らの言葉だけでわかってくれると思うのか?」
残念ながらあまり思わない。人間のお貴族様と違って、身分証があるわけでもないからなぁ。俺はため息を吐くしかなかった。
「なんとかなるであろう。アドルが交渉してくれるのであろう?」
「……丸投げですか。構いませんけど、やり易さが変わりますから、威圧は放たないよう本当に気をつけてくださいね!?」
色々と不安しかないが、もう行くしかねぇ。俺たちは周囲の人間たちから好奇の目で見られながら、特別門の前まで移動した。はぁ……





