暗い山道
ユサユサと、軽く身体を揺すられて目を覚ます。あと5分……と呟きかけてガバッと起き上がった。そうだ、これから旅に出るんだ。
「よく眠れたか?」
「ふぁい、寝れましたぁ」
気の抜けた返事になってしまったのは許してほしい。クスリとみんなに笑われちゃったけどね!
寝ぼけ眼をぐしぐしと手で擦ってから起き上がる。それからググッと伸びをして、と。うん、起きた! そのまま立ち上がると、寝袋を畳んで収納した。リヒトとロニーの寝袋はすでに畳まれてたから、私が起きるの1番遅かったのだろう。
「メグは、まだ小さい。だから、ギリギリまで寝かせたかった」
遅くてごめんなさい、と素直に謝ると、ロニーがそんなことを言ってくれた。や、優しい!
「お前ちっこいのに気ぃつかいすぎだっ! だから、もっと頼った方がいいんだ!」
その言葉に続いてリヒトが笑ってそう言ってくれたのを見て、既視感を覚える。……あ、そうか。
昨日、転移する前に鏡の前で見た未来はこれだったんだ。あの少年はリヒトだったって事か。だとしたら、あの未来はこの新しい出会いを示してたんだね。そう思ったら少し落ち着いた。危険な未来を視たわけじゃないから、きっと大丈夫。だって、危険な目にあう時は大体先に予知できる事が多いもん。
これから先、そんな未来を視ることがあるかもしれないから、気をつけて覚えていなくちゃ。心の中で拳を握り、1人決意を固めたよ!
「さ、準備はいいかい? と言ってもこれといって持ち物はないね」
ふっ、と苦笑を浮かべるラビィさんはどこか呆れているような顔だ。というのも、荷物は半分以上私が預かっているからである。収納ブレスレットの事を伝えて荷物を持つと言うと、顎が外れんばかりに口を開けて驚かれたんだよ……
本当は全部持っても良かったんだけど、そうなると、もしもはぐれた時にどうにもならなくなるからと、必要最低限の持ち物は各自で持つ事になったのだ。備え、大事!
「いや、本当に助かるよ。荷物も少ないしこんなに身軽なら予定より早く進めるかもしれないからね」
ニコリと微笑むラビィさんに思わずにへっと笑い返す。たとえ荷物持ちでも役に立てるならそれで良いじゃないか! そもそも私自身が軽くお荷物なんだから。……自分で言ってて悲しくなってきた。自虐はよそう……
「さあ、行くよ。この小屋ともお別れだ」
「……そう思うとこんな狭い小屋でも寂しいもんだな」
ラビィさんとリヒトは一度小屋全体を目を細めて眺めると、すぐに前を向いた。2人ともすでに心残りはないようだ。気持ちの切り替えが早くてすごいなぁ。私も気合い入れなきゃ!
先頭がラビィさんで、次に私とロニー。最後尾にリヒトという配置で私たちは暗い山道を歩き始めた。
「ひゃうっ」
さて、これで何度目の小さな叫びでしょうか。ちゃんと声は抑えてるものの、どうしても声は出てしまう。なぜかって? 風でザワザワと木の葉が擦れる音や夜行性の動物たちが動いてガサッとなる音に一々ビビっているからです!
「……くくっ」
「あう、ごめんなさいぃ……」
ついに、私と手を繋いでいるロニーが笑い声を漏らした。恥ずかしい気持ちでいっぱいです!
「緊張感に欠ける逃走劇だねぇ。ふふっ、そのくらいがちょうど良いけどね」
「いや、メグ的には終始怯えてるんだから……楽しんでるのは周りだけだぞ?」
小声ながら明るい口調でラビィさんが笑い、リヒトが後ろからフォローを入れる。いや、それ、フォローになってないからね? つまりリヒトも楽しんでるってことだからね!?
「だって、暗い中歩くこと、ないもんー……ひょえっ」
軽く涙声で反論している途中でも、鳥が飛び立つ羽音に肩を震わせてしまう。これはね、幼女じゃなくても普通はビビるから! 夜の森ってこんなに暗いの? っていうくらい何にも見えないんだよ? 一応逃走中だから明かりは最小限だし。よくみんなそんなに迷いなく歩けるなぁって思うよ。私? ロニーに手を引かれてなければ座り込んでるとこだよ!
「まぁそれもそうかぁ。あたしたちは夜の森は歩き慣れてるからね。夜にしか狩れない獲物もいるし」
「僕は元々、鉱山暮らしで、暗いのに、慣れてるから。ドワーフは種族柄、夜目も、効くし」
なんだよう、つまり何も見えてないのって私だけじゃん! うー、何度も躓くし、足引っ張ってばっかりだよう。
「……メグ、背中に乗って。このままじゃ、いつか怪我する」
「え、でも……」
そしてついに、ロニーが立ち止まり、私の前に背中を向けて屈んだ。それはいくら何でも頼めないよ! いくら軽い子どもの身体とはいえ、背負って山道を歩くのなんて辛いに決まってるもん!
そう思って戸惑っていると、ロニーからは心強い言葉が返ってきた。
「ドワーフは、いつも鉱石をたくさん運ぶ。僕もいつも、たくさん背負って、一日中歩いたりしてる。メグは、比べてみなくても、鉱石より、ずっと軽いはず」
だから心配いらない、とロニーは言う。でも、いくらドワーフでもロニーはまだ成人前で、身体も成長しきってない。小柄なのは種族特性として、カーターさんみたいにガッチリとした体格というわけでもないからやっぱり心配になってしまう。
「甘えておけよメグ。男がこう言うんだ。恥かかすなよ!」
相変わらず迷っていた私を、リヒトが背後からヒョイと持ち上げ、ロニーの背に乗せた。ちょっと!?
「あはっ、リヒトが男がどうのと語る日が来るなんてねぇ」
「なんだよっ! なんか文句あんのかよ?」
「いーや? 成長したなぁって思っただけさ」
背中に私が乗ったのを確認したロニーはそのままひょいと立ち上がった。そして全く苦もなく歩き始める。ほ、本当に平気みたい。人は見かけによらないんだなぁ。確かに男としてのプライドを無下にするような事、しちゃダメだったね。お姉さん反省!
「ありがと、ロニー。力持ちなんだね」
「このくらい、何でもない。メグはもっと、太った方がいい」
ここは謝罪より感謝だよね、と思ってきちんとお礼を言うと、ロニーは恥ずかしそうにそんな事を言った。
私が人に頼る事で、頼られた側は喜ぶんだ、ってオルトゥスのみんなに言われてたっけ。わかっていたつもりでも、元日本人の性か遠慮の気持ちが先行してしまう。でも、遠慮のしすぎは逆に失礼になるって肝に命じておかないといけないなって思った。
日本人……チラと後ろを歩くリヒトを見る。やっぱり醤油顔なリヒトは日本人にしか見えない。せめてどこの出身なのか聞いてみたいなぁ、なんて考えながら、ロニーの背に揺られるのだった。





