出発準備
こうして私たちは鉱山へと向かうべく、まずはルートの確認をし始めた。リヒトが引き出しから持ってきたこの大陸の地図をみんなで覗き込む。うーん、やっぱりわからない。魔大陸の地図とは大違いだ! 魔大陸は陸続きなのが多いけど、人間の大陸は海を挟んで他の陸地、というのがそこそこある。そんなに離れてはいなさそうに見えるけど、1番近くても船で半日はかかるんだって。
「さて、あたしたちがいるのはこの1番大きな国、トルティーガの北東にある……この森の中だよ」
どうやらトルティーガというのは国の名前だったみたい。地図のど真ん中にある事から、人間の大陸はこの国がメインなのかもしれない。南側には海しか記されてない事から、きっとこの先が魔大陸なのだろう。確認してみるとその通り、とのお答え。
「王城はこの森から出たところだからそんなに離れてないんだ」
「王城なのに、国の真ん中にあるわけじゃない……?」
「ああ、そっか。他では国に王様は1人しかいないんだっけ。これが当たり前すぎて忘れてたよ」
ロニーの質問にラビィさんはぽん、と手を打ってそんな事を言い出した。え? 王様が1人じゃないってこと……?
「トルティーガは本当に大きな国なんだよ。遥か昔に大陸統一を果たしたっていう歴史があって……詳しくは知らないんだけどね、その時からこの国は大きくなりすぎたんだ」
曰く、大陸統一を果たしたは良いものの、それを統治するのが厳しかったんだって。それぞれの地域ごとに管理する者を置きはしたけど、悪い事を考えたり、欲深い人は多く、クーデターがあちこちで起こったんだとか。だから国は考えた。
この大きすぎる国を4つに分けて考える事にしたそうな。東西南北に分けられた国王たちがそれぞれの範囲を統治し、さらに細かく地域ごとに貴族たちが管理する。ちなみに、4人の王の上に君臨するのが国の中央に拠点を構える皇帝。4人の王と皇帝が方針を決めて、それぞれ統治するという形が出来上がったんだって。ほへー。
私たちが転移したのは、4つのうちの東の王城って事になるね。えっ、じゃあ同じような考えの王城があと3つもあるってこと? 心配になって聞いてみると、それはわからないとラビィさんは首を振った。
「東の王城で勝手に判断した事、という可能性もあるからね……でも、この国の仕組み的に、転移陣を使ってリヒトたちを呼び寄せたのは遅かれ早かれどの王城にも伝わるはずさ。王城同士は隠し事が出来ない。どんな仕組みかはわからないけど、何かしらの魔術だろう」
国全体が味方か敵かはわからないらしい。う、敵だったら逃げ切るのがますます難しくなりそう……! なんか、人間の大陸の方がよっぽどこう、なんか、魔王っぽくない!? 四天王と、魔王、みたいな!
「国がそんな事を許すはずはないと思うけどね。でもどこで誰が繋がってるかわかりゃしない。それなら、誰も信じちゃいけないんだ。どれだけ信用出来そうな事を言われてもね」
その言葉を聞いて、レオ爺に何度も言われた言葉を思い出す。
『それがどんなに親切な人でも、人間というのは腹の中で何を考えているのか分からない種族なんじゃ』
それが本当のことなんだと改めて感じる。気を引き締めないと!
「で、だ。鉱山はトルティーガ最南端、ほぼ中央に位置する……ここだね。海に面している場所だよ。入り口は確か……」
「西側に、ある」
「あ、ロニーありがとうね」
西側か……ここから行くとなると、鉱山に着いたらぐるっと反対側まで行かなきゃいけないね。
「最短ルートは国を突っ切って行く方法。1番安全なルートだよ。普通ならね」
「普通なら、か。国に追われてるかもしれない俺たちにとっちゃ、危険かもしれないルートって事だな?」
「息子が賢く育ってくれてあたしは嬉しいよ……」
「いつラビィの息子になったんだよっ」
反発するリヒトだけど、きっとラビィさんにとっては息子みたいなものなんだと思うなぁ。リヒトだって、照れてるだけだよね? たぶん。
「話を戻すよ? 他のルートとしては、一度隣の国に出るルートだね。隣国に入って南下し、そこから船で一気に鉱山西側にある入り口まで行くんだ」
なるほど。そうすればこの国にほぼ滞在する事なく鉱山まで行けるんだね。海を含めなければ。
でも、ラビィさんの顔を見るに、あんまりおススメしてなさそう。何か問題はあるのかな?
「でもこのルートにも問題がある。それは大きく分けて2つ。1つは国境を越える時に国に連絡が行ってしまう事。そもそも、メグちゃんやロニーはこの地域に来た記録すらないからね。簡単に通しちゃくれないだろうし、怪しまれる事間違いなしだ」
う、そうか。ロニーは元々この国に所属してるからまだいいけど、私は言ってしまえば不法入国者だ! うぉぉ、この歳で犯罪者!?
「もう1つは同じ理由で船に乗れるかわからないって事だね。それ以外となると、細々と小さな村を辿っていくルートだ。時間はかかるし、いつ追っ手が来るとも限らないから危険なのは変わらないけど……」
「国内の、しかも小さな町や村なら記録される事なく通過できるよな」
「その通り。村や町はそれこそたくさんあるから、足取りを追うのは難しくなるしね。流石に大きな街ともなると記録を取られるけど……」
そこまで言って、ラビィさんは悪い笑みを浮かべた。え、何?
「はぁ。転移すりゃいいんだろ?」
「物分かりがいいね! そうら少し大きな街程度なら、こっそり転移で街の中へ入ってしまえばいいのさ! 出る時も、ね」
きゃー! それってきっと犯罪だよね! 仕方ないとはいえ、本当に罪を犯してしまうのね、私……!
「つまり、このルートで決定って事だな?」
ため息を吐きながらリヒトがそう告げると、ラビィは頷く。
「遠回りで時間は少しかかるけど、確実だとは思う。他のルートはいざという時のリスクが高いし、子ども3人連れての移動になるから流石に厳しいよ」
申し訳なさそうにラビィさんは眉尻を下げた。
「あたしに力がもっとあれば良かったんだけどね……悪いけど、それでいいかい? 2人とも」
「も、もちろんでしゅ! むしろ、お礼を言いたいくらいでしゅからね!?」
「うん、僕も……」
ここまで色々してくれて、あれこれ考えてくれて。私たちのために頭を悩ませて動いてくれるんだから、文句なんて絶対言えないよ!
「ふふ、ありがとうね。子どもを助けるのは大人の務めだよ。何かあったら遠慮なく言っておくれ」
そう言って笑いながら私とロニーの頭を撫でたラビィさんは、本当にカッコいい大人だと思うよ! う、涙出そう!
「よし、そうと決まればさっさと準備しよう。ここを出るのは夜だ。あたしは荷造りしておくから、子どもは今のうちに寝ておきな」
「お、俺も手伝う!」
ラビィさんの言葉にリヒトがそう名乗り出た。それなら私も、と思ったけどラビィさんは首を横に振った。
「あたしは仕事柄徹夜に慣れてる。でもお前たちは違うでしょ。今しっかり休まないで夜の移動中にダウンされる方が困るんだよ」
だからあたしのためにも今すぐ寝なさい、とラビィさんは言い捨てて、部屋の奥へと向かってしまった。な、なんて良い人なの……!
「……悔しいけど、事実だな。もっと力をつけなきゃ」
リヒトの言葉に私もロニーも揃って何度も頷いた。その為にも、言われた通り今は寝なきゃね! 早速収納ブレスレットから寝袋を3つ取り出した私。色んな人から貰ったから、あと2つくらいあるよ! 突然出したので目を丸くした2人に向かってえへへとはにかむ。
「俺は部屋にベッドがあるけど……ここで3人揃って寝るか。ありがたく借りるぜ、メグ」
「あい! どーぞ!」
こうして、私たちは3人寄り添うように寝袋に入る。不安でいっぱいだったから眠れるか心配だったけど……2人に挟まれたおかげで安心したのか、気付けば夢の世界へと旅立っていたのだった。私ったら、緊張感はどこ行った?





