ラビィ
どこの世界にも悪い人っていうのはいるものだ。つまり、そういうことなのだろう。
「そして、その悪ーい事を指示している者が、国の中心人物だったら?」
続くラビィさんの言葉に息を飲む。リヒトはムスッとした表情を崩さないので知っているのかもしれない。
「近頃はね、魔大陸からの人材があまりパッとしないって聞いたことがある。言葉は悪いけど、人間側は拐ってくれば調達出来るからね。でも魔大陸側はそうはいかない。なんてったって魔王が管理してるんだから」
魔王、と聞いて内心ドキッとする。そっか、そういえばそんな話もしてたよね。お父さんと一緒に頭を悩ませていたっけ。むむ、人間って怖い……
「で、今回、君たちが王城に強制転移させられたのは、つまりそういう事だと思うんだよね」
「……自力で能力の高い、魔力持ちの人材を確保しようとした?」
「おや、賢いじゃないかリヒト。よしよし」
「い、いつまでもガキ扱いすんなよな!」
そ、そんな事までするの? 欲深い……魔力の多い人材なんて、ただでさえ貴重な存在なのに己の欲で売り捌こうとするなんて。
「裏の裏は表だっていうけど。皮肉なことに文字通り表の人物が裏を握ってるんだから笑えないよ」
そう言ってラビィさんはため息を吐いた。人間だから醜い、ってわけじゃないんだよね。人間にだって良い人はたくさんいるんだもん。一部の悪い人がいけないんだっ! そして権力者の中にそういった人がいるのは本当に問題だよ! ううん、権力者だからこそ、欲が止まらなくてさらに上を目指してしまうのかも。その熱意を他に向けたら良いのに……
「それにしても、大陸を超えて魔大陸からも引き寄せてしまうなんてね。それなりに魔力を使って展開された転移陣なんだろうけど、そこまでってのは驚きだよ。……メグ、ひょっとして普通より潜在能力が高いんじゃないかい? 魔力が普通のエルフに比べて多いとか。だから引き寄せられたのかもしれないよ」
言われてドキッとする。魔力量は確かに多い方だと思う。同じ年頃の子どもと比較すれば間違いなく規格外だって言われたこともあるし。でもそれだけが原因かな? ハイエルフで次期魔王っていうのも影響してるかもしれないし……うーん、わからない。ひとまずここは幼女を前面に押し出してこてんと首を傾げてみせる。秘技、子どもだからわかりませーん、発動!
「あはは、わかんないか。そりゃそうだよね!」
見事成功! どうにか誤魔化せたようだ。さすがにその辺りまで明かしてこれ以上混乱させても良くないからね。
「ラビィ、さん」
「ん? ラビィでいいよ。なんだい? ロニー」
ここでずっと黙っていたロニーが口を開く。おずおずといった様子だけど、彼は大体そんな感じだ。性格なのかな? カーターさんも人と話すのは苦手だもんね……あの人と比べるとロニーはおしゃべりと言ってもいいほどだし。
「じゃあ、ラビィ。なぜ、そんなに詳しい?」
「ああ、そのことか」
言われてみればラビィさんはやけに裏の事情に詳しい。国の中心人物が絡んでいるならそれは秘匿されているような機密事項だったりするよね? それともここまで噂になるほど有名な話だったりするのかな。でもそうだとしたら、それで動かない国もおかしいって話だよね……この国自体が腐ってる事になる。
「あたしはこれでも冒険者やって長いんだよ。お貴族様相手の仕事も数多くこなしてる。意外と信頼されてるんだよ?」
ラビィさんは胸を張って自慢げにそう話す。自分の仕事に自信を持っている姿は素直にすごいと思えるよ!
「だからまあ、その伝手もあってね。裏の世界にも少しコネがあるんだよ。最近はそこで情報を仕入れる事も多いんだ。あ、お金払ったりとか脅してとかそんなんじゃないよ? 情報交換ってところだね」
つまり、やっぱりさっきの情報は世間的には明るみにされてないって事なんだね。
「冒険者ギルドでも、ごく一部の者しか知らされてないんじゃないかな。けど、そろそろ対策を打とうと動こうとしてるって話だよ。国が絡むからなかなか難しいと思うけどね」
腕を組んで難しい顔でそう告げるラビィさんは、この問題について大いに思うところがあるようだった。正義感の強い人なんだなぁ。
「さて、そうは言っても現状はまだまだだからね。メグちゃんやロニーを、助けが来るまでずっとここに置いとくわけにはいかない。ここだっていつ見つかるかわからないからね」
そこまで言うと、難しい顔をニッと笑顔に変えてこちらを見るラビィさん。その顔は、この後どうするかすでに決めてるのかな?
「食べ終わったらこれからの事を話そうか。1つ提案があるから、聞いてほしいんだ」
やっぱりなにか良い案があるみたい。私たちはこくりと頷き、再びお肉を頬張りはじめた。んー、おいしー!
「さて、これからの事だけどね」
食べるのが遅い私の事を特に焦らせるでもなくニコニコと待っていてくれた皆さん。そんな生温い眼差しを浴びていた私は、余計に慌てて口に放り込んでしまったわけなんだけど……いやぁ、急がなくていいと言われても、ねぇ?
まぁそんなわけで、どうにかこうにか食べ終わった私は、お待たせしました……と小さな声で告げたのでした。みんなには順番に頭を撫でられたけども。なぜぇ!?
「ひとまず、リヒトの提案通りみんなで鉱山に向かおうと思う。ロニーにとっては故郷だし、そこには魔大陸に繋がる転移陣もあるって話だし」
「うん、それは、僕も賛成」
「転移陣を使えるかどうかは、わからないけどねぇ……」
それはそうだよね……でも、そこまで連れていってもらえるだけ十分だ。そこからは私も自分でどうにか手段を考えようと思うし。結局頼むことしか出来ないわけだけども……勝算がないわけでもないし、ね。けど……
「ラビィさんも、ついてきてくれるんでしゅか? その、いいんでしゅか……?」
そこだ。私たちを連れて鉱山まで旅をする、となるとそれなりに危険が伴うんじゃないかなって思うのだ。追っ手が来る可能性だって高いわけだし、私のような幼児を連れて行かなきゃいけないわけだし。なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいなんだよ! 私がしょんぼりとそんな事を考えていたら、ふわりと身体が浮かんだ。およ?
「メグは、良い子だねぇ……自分がこんな目にあってるっていうのに、人のことを気にしてさ」
至近距離にラビィさんの顔がある。小麦色に焼けた肌は健康的で、少しそばかすがあるのがチャーミングだ。
「あたしは元々根無し草。世界中あちこち巡る冒険者なんだ。リヒトを拾ってからはここを拠点にこいつを育ててきたけど……そろそろ頃合いだと思ってたとこなんだよ。リヒトも世界を見る良い機会だろ」
「……おう。俺はもうガキじゃねぇ!」
「ふん、生意気だね」
なんだよ、と文句を言うリヒトはやはりまだ少し子供っぽい。そうか、リヒトは拾われたんだ、とここで複雑な事情を少し知ってしまったけど。でも2人の様子を見ていたら、あまり心配はいらなそう。だって、どう見ても仲良しだもんね、この2人!
「鉱山までは、あたしも一緒に行ってやる。けどそこからは……自分の道を行きな。リヒトはそのまま冒険を続けてもいいし、ロニーは家に帰った後になるしね! メグ、あんたは幼いから身の安全が確保されるまで面倒見るけどね」
「……ラビィは?」
言いにくそうにリヒトがそう呟く。どうやらラビィさんはリヒトの独り立ちを望んでるみたいだけど……
「ふぅん、寂しいのかい? リヒト坊やは」
「なっ……んなわけねぇだろ! 自惚れんなよっ」
顔を真っ赤にしたリヒトはすぐに後ろを向いてしまったけど、チラリと見えたその顔は少しだけ寂しそうだった。素直じゃないなぁ。





