自己紹介
私たちは無言で森の中を歩く。黒髪の少年が転移で飛んだ先はすでに森の中だったんだけど、ここはこの国の王城すぐ裏手にある森なんだって。っていうか、やっぱり私たちがさっきまでいた場所は王城だったのね……どこの国だろ?
「もう少し頑張ってくれな。もっと先まで行けば俺にとっては庭みたいなもんだから」
そう言う黒髪の少年にうん、と軽く返事をする。あれから成長してそれなりに運動してるとはいえ私はまだまだ幼女。すでに息が上がっております。だってここは森の中だし色々不安だしで精神的にも疲労が重なってるんだもん! でもここは踏ん張るところである。
「よし、少し離れててくれ」
どれ程歩いただろうか。追っ手を気にしながらだったから結構長く感じたけど、1時間くらいかな。歩くのが遅い私にあわせてくれてたから、距離としてはそんなに進んでない気もする……
代わり映えのない景色が続く中、少年が立ち止まってそう告げた。遠くの方から、金属音が聞こえる気がして立ち止まるのが怖い。なんでこんな所で? って疑問符が浮かんだけど、今は彼に頼るしかないので黙って待つ。
すると、彼は徐に1本の木に向かって手をかざした。どうやら魔力を流してるらしい。
「わ、しゅごい」
「地下があるのか……」
少年が魔力を流した木の根元が、魔力に反応して割れ、今までなかったはずの大きな穴があいた。よく見れば簡易の階段が下に続いているようだ。
「さ、先に入ってくれ。俺が通るとこの穴も閉じちまうから」
こうして促されるまま穴に入り、3人ともが階段を数段下りたところで穴が閉まっていく気配を感じた。
一瞬真っ暗になったけど、すぐさま少年が明かりを灯す。ほわり、とオレンジ色の暖かな光が暗闇に浮かび、ほっと息をついた。どうやら明かりの魔道具のようだ。
少年を先頭にして階段を下りきったその先に道は続いていたけど、ここでくるりと振り返って少年はその場に座り込んだ。
「ここは俺の保護者にあたる人が作った抜け道でさ。珍しいだろ? 魔力がないと開かないし、場所もわかりにくいから大丈夫だ。だからひとまず休憩も兼ねて話そうぜ。色々聞きたいこともあるだろうしさ」
実は転移で魔力消耗して疲れたんだ、と笑う少年。きっとそれは事実だろうけど、私たちの事を考えてくれてるんだな、という事が伝わった。もちろん、否やはないので私は少年の向かいに座り込み、赤茶色の髪の少年も同じように座った。
「えーっと、まずは自己紹介といこうぜ。俺はリヒト。年は14だ。既に魔術を使ったしさっきも言ったから今更隠さないけど、俺は人間なのに魔力を持ってる。それも結構多いらしいんだ」
リヒトと名乗った少年は、最初から自分の秘密とも言うべき情報をあっさりと告げた。い、いくら相手が子どもだからってそんなに簡単に魔力持ちの人間って認めちゃって大丈夫……? 誰かに言いふらしたりはしないけどこっちが心配になっちゃう!
人間という種族はそもそも魔力を持たずに生まれてくる事がほとんどだ。だけど稀に魔力を持って生まれてくる人もいて、それはとても貴重な存在となる。しかも保有魔力が多いときた。転移魔術はとても難しいらしいのに、彼は確かに使ったし、その情報は間違いないだろう。少し着地に失敗したとはいえ、他に2人も連れていたのだから素直にすごいと思う。
私の内心をよそに、リヒト少年は赤茶色の髪の少年に目を向けている。
「あ、ぼ、僕はロナウド……」
「ロナウドな。あー……もしかして、ドワーフ、か?」
戸惑いながらも名乗ったロナウド少年に、遠慮なく質問を投げるリヒト。ロナウドはその質問に面食らったようで、目を泳がせて何やら慌てているみたいだ。
「あ、いや……」
「警戒しなくても良い。別に言いふらしたりしない。この大陸において人間以外がどんな立場なのか俺だって知ってるし、胸糞悪いと思ってるんだから。それに……俺だって狙われる立場。人間なのに多くの魔力を持ってるから」
……嫌な予感、当たってる気しかしない。ドワーフや魔力持ちの人間が狙われるなんて、魔大陸ではあまりないもん。つまり、やっぱりここは──
「にしてもこの大陸でドワーフだなんて珍しすぎる。もしかして、魔大陸から強制転移されたのか?」
──人間の、大陸だ。
私は、あの転移陣で人間の大陸に飛ばされてしまったんだ……!
「い、いや……確かに僕はドワーフだ。でも、僕はこの大陸の鉱山に住んでいるから。突然移動して、すごくビックリはしたけど」
飛ばされた時点で何となく違和感はあったのだ。どことなく身体が、というか体の奥の方が重い感じがして。たぶん、うまく魔力が循環出来てないんだと思う。ううん、循環は出来てるんだけど、流れが遅い感じ? サラサラ流れてたのがドロドロ流れてるような、そんな違和感。
そして、取り囲んだ人たちがみんな人型だった事。そりゃそうだよね、みんな人間なんだもん。
うう、でも当たってて欲しくなかったよ! ついこの前人間の大陸なんてまず行くことないしね、って思ってたのに! フラグ!? フラグだったの!?
「年は92で……」
「92!? あ、長命で成長が遅いんだっけか……うーん、慣れねぇなぁ。成人してるのか?」
「ううん、ドワーフの成人は100歳だから……」
「うへぇ、身体の作りが違うってのがよくわかった……」
脳内で地団駄踏みながらぼんやりと2人の会話に耳を傾ける。そういえばエルフの成人は何歳なんだろう? 私の身体の成長から言って200歳くらいかなぁ? はぁ、軽く現実逃避しなきゃやってらんないよ……ううっ。
「よし、じゃ次はお前だな。名前、言えるか?」
と油断していたら今度は私の番がやってきた。見た目が幼いから、リヒト少年は声色を少し柔らかくして聴いてくれた。気遣いの出来る少年である。レキとは大違いだ。あ、思い出したら泣きそう。
「め、メグ、でしゅ……」
「わ、わ、泣くな……! 大丈夫だ、俺たちは怖くないぞー。な? ロナウド?」
「う、うん、嫌なことしない。ゆっくりで、いい」
泣かないようにって思えば思うほど涙が溢れてきてしまう。そこはやはり幼女。まだまだ未熟だ。でもなく幼女をあやすのなんて少年には荷が重いだろう。早く泣きやまないと。とりあえずタオルを収納ブレスレットから出して顔を拭いた。
「あ、お前……それ、収納の魔道具か……!?」
「はじめて、見た……」
すると、少年2人は私が何もないところからタオルを出した事に仰天していた。あ、そっか。収納出来る魔道具って一般的には超高級品なんだった。いつもの感覚で使っちゃダメだったんだ、と今更ながらに気付いて慌てる。あ、余計に涙が……!
「あっ、ごめん! 声が大きかったよな? 大丈夫、大丈夫だぞー」
「う、ごめん。大丈夫。気にしないで」
結局私の涙は止まってくれず、しばらくの間2人の少年を困らせてしまうのだった。くすん、私は手のかかる幼女……ごめんよ、少年ズ。





