慣れ親しんだ色合い
今日も良い天気だなぁ。寝間着のままカーテンを開けて雲ひとつない空を見てのほほんとそんな事を考える。平和だ……
ふわぁ、と欠伸をしてから洗面所へ向かい、いつも通りの身支度を開始。今日はお休みの日で、しかも特に予定もないからのんびりしちゃう。でも美味しい朝ごはんは逃したくないからちゃんと起きるあたり、自分でも食い意地が張ってるなぁと思うよ。
洗面所から戻って姿見の鏡の前に立ち、今日の服装について少し悩む。収納ブレスレットの容量がちょっとおかしいくらい増えたので、服はクローゼットではなく全てこの中にしまってあるのだ。もうみんなが過保護過ぎるんだよ……ありがたいけどね!
そんなわけで、新たに付け加えられたディスプレイ機能を使い、クローゼットの項目から今日の服を選ぶ。黄色いタンクトップに紺色の襟口の広いトップス。それからベージュの短めガウチョパンツに茶色のスニーカーをチョイスしました! と言っても最初からコーディネートされてるから選ぶだけなんだけどね! 本当に助かるよ、バラバラだったら変な組み合わせになりそうだもん。
ふと、鏡に映る自分の首元にかかるネックレスに目がいった。シルバーの小さなお花モチーフで、控えめだからこそどんな服装にも似合う。この前マイユさんに貰ったオシャレ魔道具で、今や街中でも流行ってるみたいなんだよね。マイユさんの発信力すごい。
正直あんまり使い道がわからないんだけど……せっかくマイユさんがくれたのだ。これだって絶対安いものじゃないし、もう一度くらいは使ってマイユさんに見せに行くのが良いかもしれないな。
それに今日は暇なのだ。試してみるには悪くないタイミングである。でも色かぁ……どうしようかな。あ、そうだ! 久しぶりに黒髪黒眼になってみるのはどうだろう。懐かしの日本人スタイル!
「よち。やってみよー!」
早速鏡の前でチャレンジ。目を閉じて頭の中でイメージしながらネックレスに魔力を流して。すると、以前と同じように身体の中から暖かい何かが流れてくるのがわかった。それから目と頭にムズムズするような違和感。く、く、くすぐったぁい! この前も体験したけどやっぱり慣れない!
それが収まったところでそっと目を開ける。すると。
「ふぉぉ、日本人……! ではないけど懐かしい色合いっ」
鏡に映るのは黒髪黒眼の美幼女! 環の時の色彩を覚えてたから変化も思った通りに出来た。もうね、顔の造形が整いすぎて日本人には全く見えないんだけどね。
それにしても、今までの配色に見慣れたせいか、違和感がすごい。おかしいな、前は元のピンク髪と藍色の目の方がコスプレ感満載だったのに。慣れとは恐ろしい。思わず鏡に映る自分をマジマジと観察していると────
『……っ! だから、……だ!』
「え……?」
それは一瞬の出来事だった。でも確かに見たぞ。黒髪の少年が、何か叫んでた。顔まではハッキリわからなかったけど、あのくらいの年齢の知り合いはいないから、きっと知らない人。何となく笑顔だった気がするけど、あれは誰だろう。
あ、もしかすると今の未来予知かな。前触れもないからわかりにくいんだよねー。これまでも何回か経験してるけど、初めて視た時の重大なものから、次の日の夕飯のメニューまで、内容も事の大きさもいつ起こるかの時間もまちまちなのだ。もしかすると、あの少年も今後どこかで出会う予定の人物なのかもしれない。
あんまり考えすぎても無駄なのは、メアリーラちゃんが倒れた未来を視た時に実感してる。ただの萌え死にだったっていうあの事件……本当に心配したんだから! それで良かったけど!!
ひとまずあの少年の事は頭の片隅に置いておこう。そう決めて早速マイユさんの元へと向かった。
「うぉ、メグ? 巷で噂の魔道具使ったのかー」
「ふふ、似合うわよ!」
「良い色をチョイスしたわね!」
マイユさんの元へと向かう途中、案の定色んな人たちから声をかけられる私。その言葉にニコニコと笑顔で返事しながら地下の工房へと向かっております!
「おはようメグちゃん! どこへ行くのかしら?」
地下へ降りる階段の前で、これからお仕事開始なサウラさんに呼び止められた。
「おはよーございましゅ! マイユさんのところに行くんですよー!」
「あ、わかったわ! その魔道具のお礼ね?」
「そうです!」
ちゃんと魔道具を使ってから見せに行くなんて偉いわってサウラさんに褒められた。えへへ。
「それにしても、メグちゃんは本当にギルが好きなのね」
「う?」
「だって、今のその色合いってギルの色でしょ?」
そ、そ、そうだったー! 言われて初めて気付いたけど黒髪黒眼ってギルさんの色じゃん! 道行く人たちみんなが微笑んでたのって、ギルさんが大好きだからこの色合いにしたって思われてたって事なのかな? うわ、なんだか恥ずかしー! 違和感を感じないはずだわ……常に見てた色合いなんだもん。まぁギルさんの事は大好きだから良いんだけどね!
「影鷲のぬいぐるみを作ってもらうくらいだし、メグちゃんがギルを大好きなのはみんな知ってるから誰も驚かないのよね」
いや、でも追い打ちをかけるのはやめてくださいサウラさん……さすがに恥ずかしいです!
えへへ、と曖昧に笑ってから地下へと逃げるように足を進める私。気をつけていってらっしゃい、というサウラさんの言葉を背に、とっとこ階段をおりていきましたとさ。これ、後でギルさんと顔合わせるの気まずいな!?
「やぁ、レディ・メグ! いらっしゃい! 今日も美しい……だろう? この私は!!」
早速見つけたマイユさんに声をかけると相変わらずな反応が返ってきた。うん、確かに美しいけどさ。まぁ、いいや。これがマイユさんなんだから!
「貰った魔道具で色を変えてみたんでしゅ! 似合いますかー?」
その場でくるんと一回りしてみせると、マイユさんは大袈裟にブラボー! と拍手をしてくれる。それはそれで恥ずかしい!
「早速使ってくれたんだね。優しいね、レディは。もちろんとても似合っているよ! ギルさんとお揃いだね!」
あ、やっぱりそう思うのね。思わず頭を掻いて照れてしまう。
「今日はどこかへお出かけかい? その姿でラグランジェの元にでも行ってみたらどうかな。インスピレーションがわいた、と喜ぶと思うよ! 実際私も、レディのおかげでビビッと来るものがあったからね」
「そ、そうですか……? それなら、少し恥ずかしいけど、行ってみようかなぁ……」
街の皆さんにも同じように生温い視線を浴びるのかと思うと遠い目になってしまうけど、もはや今更な気もする。それに、こんな私で役に立つなら、いつもお世話になってるランちゃんにお礼も兼ねて行くべきかもしれない。
「よち。それじゃあ行ってみましゅね! マイユさん、本当にありがとうござい……え?」
この後の予定を決めたところでマイユさんにお礼を告げ、立ち去ろうとした瞬間、突然眩しい光に目をギュッと閉じる。な、何事!?
「なっ、魔法陣!? レディ・メグ! 手を!!」
焦ったようなマイユさんの声にハッとして目を開けると、なぜか私の足元に光り輝く魔法陣。な、な、なんなのー!? でも何となく良い予感はしない。反射的に伸ばされたマイユさんの手を掴もうと手を伸ばしたんだけど────
「痛っ!」
バチィッと電気が走ったような痛みとともに何かに弾かれ、その手を掴むことが出来ない。それはマイユさんも同じようだった。
「レディ! メグ! メグ──」
次第にマイユさんの姿や声が薄れていき、私の視界も真っ白で埋め尽くされてしまった。





