レオ爺との思い出 前編
「あーダメだ! どうしてもあの味が出せないっ!!」
久しぶりのお昼寝が終わって何の気なしに食堂を通ると、そんなチオ姉の叫び声が聞こえてきたので思わず顔を向けた。見ればキッチンで頭を抱えて何やら唸っている。どうしたのかな?
「チオ姉?」
「あ、メグちゃん。こりゃ恥ずかしいところ見られちゃったな」
声をかけるとチロと舌を出して恥ずかしそうに笑うチオ姉。いつも元気で明るいチオ姉だから、確かにこういう姿は珍しいんだけど、誰だって悩むことはあるんだから恥ずかしがらなくてもいいのに。ま、相手が子どもならそんな気にもなるかな?
「お昼寝はいいのかい?」
「はい! さっき起きたところでしゅから。それに、最近はお仕事のない日しかお昼寝しないんでしゅよ?」
「ふふ、そうなんだ。体力が付いてきたんだねぇ。良い事だよ!」
そう言ってチオ姉のナデナデをありがたく受け取ってから、私は何か悩み事かと聞いてみた。すると少し困ったように眉尻を下げたチオ姉は、レオ爺がよく作っていたトマトのスープが思ったような味にならないのだと教えてくれた。
「分量なんかも同じはずなんだけど……どうしても味に深みが出ないんだよ」
ちょっと味を見てくれるかい? と差し出されたスープを飲ませてもらった私だけど……ご、ごめんなさい! 私にはレオ爺のスープとの違いがわからないみたい! 素直に謝るとチオ姉は明るく笑った。
「あははっ、いいんだよそれならそれで! ただ、私の自己満足なんだよねぇ、きっと。他の人にもメグちゃんと同じ事を言われたんだよ」
だから気にしないどくれ、と笑ったチオ姉は少し寂しそうに見えた。
「きっとあたしは、いまだにレオがいなくなった事を受け入れられないんだよ……とんだ甘ちゃんだね、あたしは」
ふぅ、とため息を吐いて遠い目をしたチオ姉は、レオ爺の事を思い出しているのだろう。それを見て私も、8年前に他界したレオ爺の事を思い出した。
「儂は昔人間の国にいた時、ウーラという大都市で1番有名な店でコックとして働いとったんじゃ。懐かしいのぅ、30年前じゃったか。あの時の料理長は怖かったもんだ」
私がオルトゥスで働き始めてから1年後くらいに、レオ爺は予定通り街で隠居生活を始めた。だから私はお休みの日に時々レオ爺の家に行き、約束通り料理を教わっていたのだ。
レオ爺は昔の話や人間の国での話なんかも色々話してくれたので、元人間としてはとてと興味深く聞かせてもらった。
「いいかい、メグちゃん。もしも人間に出会ったら、絶対にその力や正体を話してはいけないよ。それがどんなに親切な人でも、人間というのは腹の中で何を考えているのか分からない種族なんじゃ。約束しておくれ」
そしてオルトゥスのメンバーは必ずそうなのか、レオ爺も例に漏れずとても心配性だった。まず人間に会う機会なんて滅多にないと思うんだけど……そもそも人間とは住む大陸が違うし、私のような希少なエルフの子どもは売り物として速攻捕まってしまう危険な場所に、興味があるってだけでわざわざ行こうだなんて思わないもん。
でもまぁ、私はかなり長命なわけだし、そんな機会が絶対訪れないとも限らないか……そう思い直してレオ爺の忠告はひとまずきちんと聞いておこうと思った。
レオ爺いわく、魔に属する者、つまり魔力を持つ者は良くも悪くも真っ直ぐなんだそうだ。表裏があまりないんだって。親切にしてくれる人はその通り親切な人だし、悪事を働く人は隠しもせず堂々と行う。そりゃ、中には裏切りや人を騙す人もいるけど、人間のように上手く切り替えが出来ない種族なのだ。
その為、荒くれ者は荒くれ者で集まりやすく、だからこそ元ネーモのある地域はそういった人達が集まりやすい。元ギルド員たちはマーラさんがまとめ始めてから組織としてはまとまっているけど、ギルド員同士の争い事なんかは相変わらずだって聞いたことあるなぁ。前にマーラさんに聞いた時は、そういう性なんだから止めても無駄よって、個人責任にしてるって言ってたもん。というかマーラさん強い……!
「優しい人が突然裏切ったり、悪い人だと思っていた人物が本当は誰よりも色んな事を考える人だったり。人間はそんな複雑な者たちばかりじゃ。メグちゃんは素直だからの、すぐに騙されてしまいそうじゃなぁ」
う、騙されやすいのは事実なだけに何も言い返せない! これは環の時からそうなのだ。気を付けていてもなぜか騙されてしまう。主に騙してくるのはお父さんだったけどね!
「だが儂は、人間が嫌いにはなれん。儂が人間だから、というのもあるが、様々な者がおるからこそ洞察力が鋭い。そして集団で力を合わせて何かをする時に最も力を発揮する。短命ゆえに次代へと引き継ぐ事で、文明が目紛しく発展していくのも凄い力じゃ。長命な者は現状満足している者が多いから変化を求めてはおらんでな」
まぁ、私たちや亜人は個々で力が強いもんね。オルトゥスはチームワークが良いけど、みんなで揃って1つの事をやるのは上手くいかない気がするしねぇ。なるほど、種族特性みたいなものか。そう考えると人間って本当に侮れない種族だ。私なんかは特に気を付けなきゃいけない対象。まぁ、悪い人ばかりじゃないのはわかるけど……騙されないためには近付かないのが1番だよね。
「ただ1つ、魔の者と人間に共通点があるとするならそれは……」
こうしてレオ爺の授業は続いていく。話し出したら止まらないのだ。とても大事な話だし、私だってちゃんと聞くよ? けど、歳のせいか遊びに行くたびに同じ話を聞かされてしまうのが難点である! レオ爺の事は大好きだけど、こればっかりは少々へんにゃり案件だ。しかしいい子な私は頑張って最後まで毎回聞いていた。ふふふ、お陰で一語一句違わず話せる自信があるよ……! これで将来人間に会うことがあっても注意出来るだろう。くっ、でも疲れた……!
「おっと、つい話し過ぎてしまったのう。つまらない話だったじゃろ。すまないね、メグちゃん」
「ううん! 大事なお話でしゅもんね! レオじぃが心配してくれるの、わかりましゅから」
昔を懐かしんで、長々と話をしてしまうけれど、いつでも人を気遣ってくれる優しいレオ爺が私は大好きだ。だから今後、何度同じ話を繰り返されたとしても、私はいくらだって最後まで聞こうと思うのだ。
だって、普通の人間であるレオ爺とのお別れの日が、嫌でも近付いているのがわかってしまうから。だから少しでも長く、レオ爺との時間を作りたいと思ったんだ。そして私のその行動は大正解だったと、後になって噛み締めることとなる。
 





