帰還
「……興をそがれた」
たった一言。この一言だけをポツリと呟き、シェルメルホルンはくるりと踵を返して立ち去ってしまった。……え?
「え? え?」
私が戸惑っていると、立ち去っていくシェルメルホルンの背中を見ながら軽くため息を吐いたマーラさんが近付いてきた。
「もう、貴女を狙う事はないって事よ。それどころかたぶん、もう何もする気は無いと思うわ。……人の世のギルドの運営からも手を引くでしょうね」
「それは……そう見せかけて策を練り直すという可能性は?」
マーラさんの言葉にクロンさんが疑問を投げかける。尤もな疑問だ。だって、あれだけギルドを大きくしたのに。かなりの時間がかかったはずだよ? 特級の称号まで得たんだから。それに、これまでずっと執着してきた神になるという夢をこんな事で諦めるというのだろうか。
「あの子は子どもなの。昔から何かに熱中しては、ちょっとしたキッカケで一瞬で冷めてしまって。それから再び同じことをしないのよ」
それはつまり……飽きてしまった、ということ? いくらなんでもあんまりだ。確かに子どもだけど、なんか釈然としない。
「キッカケはメグの言葉だわ。どう思ったのかはわからないけれど、確かにあの子の心に何かを残したのだと思うの。……だから、ありがとう。メグ」
「えっ、私は別に大したことは言ってないでしゅよ?」
お父さんの言葉の受け売りなわけだし。むしろ生意気言っちゃったなって思ったし! そう思ってアワアワしてたら頭を撫でられてしまった。て、照れる!
「それはそれで良かったのかもしんねぇが、ネーモはどうなる? たぶん頭領たちに壊滅間近まで追い込まれてると思うが……残されたギルド員への責任を放棄するつもりかぁ?」
「みんながみんなしょっぴかれて処罰されるわけではないでしょうしね。事情の聴取はされるでしょうけど」
確かにニカさんやクロンさんの言う通りだ。お父さんたちがギルドを壊滅寸前まで追いやったというなら、処罰されるにしろされないにしろ、残されたギルドメンバーは路頭に迷う事になってしまう。そうなれば、その人たちはどうやって生きていくのだろう。ちゃんと次の所属がすぐに決まればいいけど、この世界では転職ってうまくいくのかな?
「私たちが後を引き継ぎます」
頭を悩ませていると、マーラさんからそんな声がかかった。見れば、自分もと意欲を示すハイエルフが他にも数人見られる。
「私たちにも責任はありますから。私は特に、あの子の姉ですしね。いい加減、我関せずなのはよくないでしょう? それに……」
そこで1度言葉を切ったマーラさんは私を見て、ウインクをしながら続きを口にした。
「私たちはちょっとすごいエルフにすぎないんだもの。外の世界へ飛び出してもいいと思うのよ?」
「はわわっ……!」
しまったー! 私の言葉に気を悪くしちゃったかな!? と思ったけど、みなさん楽しそうにクスクス笑うのでそういうわけではなさそう? うう、それでもなんだかごめんなさい!
「ネーモの再建か……? だが、おそらく特級は剥奪されるぞ」
まぁそうだよね。こんな風に大事になっちゃったんだもん。これまでの悪事も色々と見つかっちゃうだろうし……だと言うのにマーラさんは全く気にした様子もなく嬉々として答えた。
「その方がいいわ! メンバーはそのまま引き抜かせてもらったりするけれど、また最初からやり直しした方が楽しいもの。名前も変えるわ」
声はかけるけど、希望者だけを引き抜こうかしら、とマーラさんは言う。放っておいたら碌な人生送らなそうな者は無理にでも引き抜くわ、とやる気を見せていた。た、頼もしい!
「それに、手伝ってくれそうな仲間もいるもの。きっと私たちは知らないことも多いし、苦労もするだろうけれど。力を合わせて残されたギルドメンバーの性根も叩き直してみせるわ」
マーラさんがハイエルフ仲間の方へ振り返ってそう言うと、何人かが力強く頷いている。うん。仲間がいるって本当に何よりも頼もしいよね!
「……シェルメルホルンは、本当にあのままで良いのだろうか」
ふと、これまで黙っていた魔王さんが控えめにそう尋ねる。気持ちはよくわかる。私だって未だに不安だもん。
「私たちにもう暗示は効かないわ。あの子は全てを放棄したの。族長の肩書きもね。郷に残る仲間と連絡を密に取り合って、あの子の様子を見守ろうと思うわ」
「族長の肩書きも? わかるのですか?」
「ええ。私たちを縛っていた心の枷が取れた感覚があるもの」
心の枷? 言われてみれば? うーん、わかるようなわからないような。
そう言えば私、途中から族長命令に逆らえてたよね? 無意識だったけど……
「メグにはわからないかしら? だとすると、貴女は自ら枷を外せたのでしょうね。……貴女だから出来たことよ」
「そう言えばメグは途中で自分の意思で動けてたなぁ?」
「なるほど、半分はザハリアーシュ様の血が混じっているからでしょうね。故に拘束力が他のハイエルフよりも弱かったのですね」
きっとそう言うことよ、とマーラさんがクロンさんの見解に同意したので、まぁ多分事実そうなのだろう。だって、そうでもないとマーラさんたちに出来なかった事が私に出来るとは思えないもん。そう思うとやっぱり。
「父しゃまが、父しゃまで良かったでしゅ」
うん。魔王さんの子で良かった。素直にそう思ったから口にしたんだけど……
「ぐはぁっ……! そんな嬉しい事を言ってくれるのか我が娘は……!!」
「お気持ちはわかります。今は特に害もないので思う存分悶えてくださいませ、ザハリアーシュ様」
1人の親馬鹿の心臓を射止めてしまったようでした。うぉぉ、と膝をついて胸を押さえ、反対の手で顔を覆い天を仰ぐ姿は相変わらず残念な魔王さんだ。ま、そこが魔王さんらしいんだけどね!
ひとまず一件落着、なのかな? どうも妙な解決にはなったし、思うところもあるけれど。じわじわと頰が緩む。
「……帰るか」
「そうだなぁ。ギルドも無事か心配だしなぁ!」
あ、そうだよね! サウラさんやジュマくん、ルド医師やレキ、メアリーラさん……みんな無事かな?
「あなた方の頭領にも解決した旨をお知らせしなければならないのでは?」
「しょーでちたっ!」
忘れるところだった! 早く知らせないとお父さんたちもこっちに来ちゃうもんね。無駄足になってしまう。せっかくだからカーターさんのジグルくんにも同じ伝言を送ろうっと。私は慌ててフウちゃんとホムラくんを呼び出した。そして暫く待つ事数分。シュリエさんからの返信が先に届く。
『向かっていた所ですが大丈夫という事ならこのままギルドへ帰還します。帰ったら色々聞かせてくださいね? 色々と! 、だそうでーすっ!』
「うわぁ、そりゃそうだよね」
伝言をみんなにも伝えると魔王さんが誰よりも顔を引きつらせていらっしゃる。
「わ、我は城に戻るとしようか……」
「ユージン様は魔王城にまで来て説教するでしょうね。勝手に城へ帰れば嫌味も増えるかと」
「オルトゥスへ戻るぞ」
「理解が早くて結構ですね、ザハリアーシュ様」
ガックリと肩を落として観念した様子の魔王さん。あー、まぁ、叱られるかもしれないよね。がんばれ。
「じゃ、今度こそ帰るかぁ!」
ニカさんがそう切り出したので、私は少しだけ待ったをかけてマーラさんの元へ駆け寄る。最後に1つだけ!
「マーラしゃんもすぐに行くでしゅか?」
「少しだけみんなと話し合ってからかしら。今は行けないわ」
わかってはいたけどちょっぴり寂しい。でも郷から出るならまた会えるよね!
私はマーラさんをはじめとしたハイエルフのみなさんの方へ身体を向けて、ペコリと頭を下げた。
「勝手なお願いだと思うんでしゅけど……母しゃまのお墓を直ちてくだしゃい! お願いしましゅ!」
「メグ……」
粉々になってしまったイェンナさんのお墓。そのままなんて、悲しいもん。本当は私が直したいけどそんなに時間はないし……ここは頼むしかないと思ったのだ。すると頭を上げてくれ、と1人のハイエルフの青年が声をかけてくれた。
「それはもちろんさ。私たちは仲間を大切にする」
「あ、ありがとうごじゃいましゅっ!」
「それに……またいつでも来るといい。むしろ手を合わせに来てくれ。我々は、君たちにはいつでも門を開けると約束しよう。流石に誰でも来られるように、は無理だが」
思わずパチクリ、と1つ瞬き。また、来てもいいの? そう思ってついギルさんの顔を見上げた。抱っこのままだったから顔が近い。至近距離で優しく微笑み、頷いてくれたギルさん。
「あいっ! また来るでしゅ!」
私が元気に答えると、待っているよとみんなも優しく微笑んでくれたのだった。





