sideユージン2 前編
「つっても突然乗り込んで攻撃を仕掛けるってわけじゃねぇ。少し待て。じきに訪れる混乱に乗じるぞ」
アーシュが怒りで我を忘れる。つまりは200年前の悪夢再びって事だ。それはそれで厄介だが、使えるっちゃ使える。どうせ起きちまった事だし、アーシュを押さえ込めるのは俺くらい。暫くはこの状況を利用させてもらおう。……メグが心配だけどな。ギルに耐えてもらうしかないだろう。ニカもクロンもいるわけだし。だが。
「ハイエルフたちがどう出るか、ですね……どうも敵対はしてこないようですが」
「その辺りをメグに聞いてみてくれねぇか? 聞いて急げる訳でもねぇが、心構えが違うだろ」
わかりました、とシュリエは答えながら早速精霊に指示を出す。短文のやり取りしか出来ないのが難点だが、この世界においてすぐに伝言をやり取りできる手段は限られてるだけに貴重でもある。しかもシュリエは精霊の中では最速でやり取り出来るらしい風を最も得意とするエルフ。メグからは少し間が空くが、シュリエからの伝言はかなり速い。
こうして待つ事暫し。やり取りを終えたらしいシュリエはやや驚いたように報告をしてきた。
「どうやら、ハイエルフの郷の住民はこちらに協力的なようです。敵対し、今のハイエルフの悪いイメージを体現しているのはシェルメルホルンだけ、だそうです。これは良い誤算でしたね」
そいつぁ驚きの事実だな。ネーモの奴らとハイエルフ達とも戦争になると思ってたからかなり状況は楽になった。……いや。アーシュが暴れてるんだった。200年前のように魔物達が暴れ、敵味方関係なく襲いかかってくる事を考えりゃもっと状況は悪いか。
「それから……やはりイェンナリエアルは亡くなっていたそうです」
「……そうか」
一縷の望みは持ってたんだがな。その予想は高かった。まさかそれでアーシュがキレたってわけじゃねぇよなぁ?
「シェルメルホルンによってイェンナリエアルを侮辱され、墓を破壊された事により、魔王は怒りに我を忘れた、と」
なるほどな。死を知らされた直後の事なら仕方ないとは言える。アイツは元々すぐ感情的になるからな。良いところでもあり悪いとこでもあるんだが。
そうなると、一応怒りの矛先はシェルメルホルンに向かっていると考えて良さそうだ。敵味方関係なくなるまで自我が崩壊する前には駆けつけられればいいけどなぁ。そこまでになるとまさに悪夢の再来になっちまう。
「それにしても……限られた短文のやり取りでよくそこまで詳細にわかるねぇ」
ケイが感心したようにそうシュリエに声をかけた。確かにその通りだ。やり取りも3回程しかしてない気がするんだが。
「メグの伝え方が的確なんですよ。声の精霊の力によるところも大きいですね。メグの伝えたいことを声の精霊が精霊の言葉に変換して伝えることが出来るそうです」
「うわ、そいつぁ反則級だな。つまりその分自然魔術もうまく使いこなせるってわけだな」
「ふふっ、メグちゃんもうちの立派な即戦力だねぇ。すごいや」
精霊というのは扱いが難しいというのは昔イェンナに聞いた話だ。ハイエルフはエルフより高位の精霊を使役しやすいというだけで、扱いの部分は他の者と同じ苦労をする。長命だから扱いに慣れきっているという点も加わって、恐るべき力を保持しているに過ぎないらしい。どのみち恐るべき力を持ってる時点で脅威だがな。
しかし、メグはあの幼さでその誰もが躓く工程をいとも容易く突破してしまった。これは成長が楽しみでもあり、怖くもある。
「! 来たな」
っと、そうこうしている間にその「時」が来たようだ。
「……街を守る壁もあまり意味を為していませんね。セインスレイ国は特に治安が悪い国ですから」
「んー、金儲けばかり考えているからそういった方面にお金と手間をかけないんだよね。いざという時に甚大な被害が出るっていうのに。ご愁傷様だよ」
その通り。他の国は200年前の事を忘れず、そしていざという時のために街を取り囲む守護壁はなかなか強固な作りとなっている。そう簡単には突破されない。少なくとも、ギルドの者や冒険者が駆けつけるまで持ち堪えることが出来る。だがこの国はお飾り程度の守護壁しかない。まぁ、だからこそ簡単に悪事を働けるから治安も悪いんだが。
つまりどういうことかってぇと。
「街に魔物が入り込みましたね。まだ待ちますか?」
「そうだな。ギルド内が混乱するまで待たせてもらおう」
アーシュの影響で凶暴性を増した魔物が、普段は近寄りもしない街へ襲いかかってくるのだ。魔物は魔力を感じ取って生命反応を察知し、襲ってきやがる。戦闘本能を極限まで引き上げられた魔物たちは、我を忘れて本能に従うのだ。
「んー、街の中心の方からも悲鳴と戦闘音が聞こえてきたね」
いよいよ大混乱も間近だ。だが、この地に住む者たちを助けてやる義理はない。冷たいようだが俺たちの目的は他にあるからな。それに、この荒くれ者の多い国に住む者たちは、多少なりとも自衛の手段を持っている者だ。油断や己の力を過信して魔物に挑み、そこで死んでもそれは自己責任。力量を把握している者は最初から逃げ出しているし、そのくらいの時間と逃げ場はあるんだからな。
「動き出しました。特級ギルドの癖に、反応が遅いですね」
何より、ここには特級ギルドネーモがあるんだ。街の者たちの救助は奴らの仕事。救助にあたっている間に魔物か何かのせいで本拠地がめちゃくちゃにされても、救助を優先しなきゃならねぇ。おっと、思わず口元が緩んじまうぜ。
「頭領、完全に悪人顔になってるよ」
「失礼だな、世界を救った英雄に向かって」
クスクスと笑うケイも、やり取りを見て苦笑を浮かべるシュリエも、そして俺も。
久しぶりに感じる魔物の荒ぶる気配とこの空気に気持ちが昂ぶるのを感じている。
平和は好きだ。むしろダラダラしながら一生を終えたい。
だがやはり、こういった戦場に心を躍らせてしまうのは、亜人やエルフとしての本能なんだろうな。
俺? バカ言え、俺はただの人間だぞ? 同じように心が躍っちまうのは間違いなくアーシュと交換した魂半分のせいだ。
俺たちは引き続き物陰に隠れて特級ギルドネーモの観察をしながら、各々いつでも飛び出せるように軽く準備運動を始めていた。
「出てきました。きっと街の救助隊と魔物討伐隊でしょうね。今ならギルド内が手薄です」
「……今潜入した方が楽に情報集められたのになぁ」
「バカ、今だと魔物の襲撃にも気を回さなきゃなんねぇだろ?」
「んー、それもそうだね」
そんな軽口を叩きながら、視界の端に魔物の姿を捉える。ギルドを守る奴らが応戦しているようだ。だが、魔物は後から後からギルド目掛けてやってくる。そりゃあ強そうな魔力放ってるとこに纏めて来るだろうなぁ。自身から発する魔力を抑えもしてないって事はこれは作戦。街に向かわせない囮作戦ってとこか。いい考えではあるな。実力さえ伴ってりゃ、の話だが。
「頭領、まだですか?」
いよいよ魔物たちに押され始めてきた様子に、いい加減痺れを切らしたシュリエの声。おー珍しい。
「よし。哀れな押され気味のネーモを助けてやろうか。その際、建物が崩れたり人材が逃げ出したりする事故が起こるかもしんねぇが、それぞれ気をつけろよ」
「「了解」」
返事を聞くや否や、俺は飛び出した。誰よりも暴れたかったのは俺だったりしてな?





