4人目の精霊
『では、妾に名を』
そうでした。名前考えなきゃなのでした。うおー、なんでいつもこんな突然なのぉ!? でもそんな事も言ってられない。唸れ、私のネーミングセンス!
「えと、雫。あなたの名前はシズクだよ!」
『シズク。……良き名をありがとう、新たな主殿』
嬉しそうにそう告げた水の精霊ことシズクちゃんは、みるみる姿を変えていく。マーラさんの精霊より濃いめの水色毛皮な立派な犬の姿。もしかしたら狼かもしれない。身体はとても大きくて、私なら2人は軽く乗せて走れそうなほど。
そんな凛々しい姿に見惚れてしまったものの、気になる発言に思わず反応してしまう。
「新たな、主?」
シズクちゃんは確かにそう言ったのだ。と言うことは、今までも誰かと契約した事があったのかもしれない。ハイエルフの郷にいたんだから、それもあり得る話ではあるけど気になったので直接尋ねてみた。
『妾が契約するのは主殿で2人目なのだ。以前の契約者は亡くなってしまったから』
「……そう、なんだ」
『そなたの母親なのだ。イェンナリエアル。前主殿の死後、魂が昇る直前に精神世界で頼まれたのだ。いつかくる娘と契約してほしい、と』
え、イェンナさんの? 死後もなお、娘を想って精霊に託そうとしてくれたんだね。そっか、契約者がなくなった後、精霊は取り残されてしまうんだ。精霊はいわゆる霊体というか、魂のみの存在に近いから、寿命がないんだもん。
そりゃそうだよなぁなんて思いつつもなんだか寂しい。長命であるハイエルフにとって、精霊という存在はとても貴重な共に永きを生きる者だ、と改めて思ったよ。
『そうは言われても妾が契約したいと思わなければしないと伝えたのだ。それでもいいと、前主殿は言ったのだ』
「……契約したいと、思ってくれたでしゅね。ありがと」
『……頼りなさすぎて心配になっただけなのだ。妾が見てないと危なっかしいのだ、主殿は』
なんたるツンデレ。実際そのとおりなんだけどさ! 思わずこれまで緊張で強張っていた表情が緩む。
「うん。私はまだまだ力がないから、手伝ってくれるとうれしいでしゅ。よろちくね? シズクちゃん」
『……仕方ないから力を貸すのだ』
顔はそっぽ向いてるのに尻尾がちぎれんばかりにブンブン振っているのがもう、尊い。おかげで肩の力が抜けたよ。
「じゃあ、早速なんだけど、頼んでいいかな? ショーちゃん、うまく伝えてほしーの」
『はいなのよー! シズク! 私がご主人様の指示をわかりやすく伝えてあげるのよ!』
私の呼びかけにすぐさま応えて踊るようにシズクちゃんの前に出てきたショーちゃん。張り切った様子がとっても可愛い! 親バカですけど何か?
『声の精霊か。……なるほど、これはわかりやすいのだ。まさかこんな能力があったとは驚いたのだ』
『エヘン、なのよ!』
私が説明する前にショーちゃんによって私の意図が正確に伝わったらしい。本当に助かるよ! 言葉にして説明するのもままならないからね! くすん。
「出来そうかな……? 水は生命の源で、癒しの力があるんじゃないかなって思ったからなんだけど……」
『問題ないのだ。要は水を変質すればよいのだろ? あまり魔力もいらないのだ。先にもらっても?』
「ありがと! もちろんだよ。持っていって」
良かった! うまくいきそうだ。私が手を差し出すと、シズクちゃんは鼻先を私の手に触れさせて魔力を吸い取っていった。うん、確かにあんまり使わないみたい。
『あの者に使うのだな? 共に行こうなのだ』
「うん! よろちくね!」
私はシズクちゃんを伴ってギルさんの元へと駆け寄った。マーラさんは一連の流れを見ていたらしく、それをギルさんにも教えていたみたいだ。
「水の精霊と契約したのか」
「あい! しょれで、早速ギルしゃんの傷を少し治せるでしゅ!」
「え? 水で? その子はイェンナリエアルの最初の契約精霊だった子よね。癒しの力だなんて、聞いたことないわよ?」
私が意気込んで報告すると、マーラさんが驚きの声をあげた。というか最初の契約精霊だったの!? 私の方が驚いたんだけども!? いや、でもだからこそ死後に、魂だけの状態で少しやり取りが出来たのかも。納得はするけどビックリだよ。と同時に、母の愛というものを感じて胸がほわりと暖かくなった。
おっと、今はそれよりも治療だ!
「簡単に出来るみたいでしゅよ? 水を変質しゃせて、お薬にしゅるんでしゅ」
とはいえ、いくらファンタジーな世界でも一瞬で治る、とまではいかないみたいだけどね。ルド医師とか、医療に携わる専門家ならまた話は違って来るのかもしれないけど。
私とシズクちゃんに出来るのはこれが限界。とはいえ自然治癒力も高めてくれるし、ギルさんだし、治りは早いはず。何より、今よりずっと楽になるのならやらない手はないもんね!
「ディロン、貴方も出来る?」
『おそらく出来る。だがあまり原理がわからぬ。この者は精霊にその部分を伝えることに長けているのだろう』
「そう。術者の技量って事ね。すごいわ、メグ」
ストレートに褒められて思わず照れてしまう。環の時のわずかな知識と魔力と精霊あっての物だけど、それも私の力の1つと捉えよう。褒め言葉はそのまま受け取っちゃうのだ!
「じゃあ、シズクちゃん、よろしくなの」
『御意、なのだ!』
褒められた事によりやる気がぐーんとアップした私は、拳を握りしめてシズクちゃんにお願いした。うん。魔力渡して伝えたい事が伝わったらあとはもうお願いするだけの簡単なお仕事です! ……何か?
シズクちゃんが宙返りを1つすると、まるで霧のように水が舞った。ただの水ではなく、お薬となる水だ。その霧は私のイメージ通りにギルさんの傷付いた背中に吹き付けられる。霧だから傷が痛む事もあんまりないだろうと思って。
「む……」
「ほわぁ……」
ギルさんと共に私も思わず声を漏らしてしまった。だって、パッと見ただけで深い傷口がうっすらと塞がっているのがわかったんだもん。え、本当にすごいね?
「シズクちゃん、しゅごいの!」
『なんてことはないのだ!』
小さな手でパチパチと拍手を送ると、シズクちゃんは照れたように顔を背けつつもそう言った。尻尾の揺れ方が可愛い。
「かなり楽になった。ありがとう、メグ」
「えへへ。でも、ギルドに帰ったらルドせんせに診てもらわなきゃめっ、でしゅよ?」
「……ああ。約束する」
痛いのを我慢するような顔はもうしていない事が何より私を安心させた。そして、私も力になれて、それがすごく嬉しい。もちろん、私だけの力じゃないけど……
でも、私はこれからも色んな人の力を借りて生きていく。1人じゃ何も出来ないもん。もう、1人で何でもする必要だってないんだ。誰かの力を借りる事で、私も色んな人の力になれる。
環の時に気付かなかった、そんな簡単な事を今になってようやく理解した。今回の事は、私が私の存在を認め、許せると思えたきっかけの出来事になったのだ。





