メグの願い事
「……その後、族長に何か言われたりなどしなかったのだろうか」
「もちろん言われたわ。でも真実を軽く説明してあげただけよ? せっかくだからと思って私の魔術を発動させたら消えてしまった、と。私が祝福を与える事に問題など何もないもの」
「しかし、それではそなたが……」
相変わらず優雅に微笑みながら語るマルティネルシーラさん。もうマーラさんでいいかな……絶対上手に言えない自信があるもん。
そして魔王さんの危惧することもよくわかる。マーラさんが責められたのではないかって心配なんだよね?
「あら、私の心配をしてくれるのね? 平気よ。あの子は私の弟だもの。族長としてあの子を尊重はすれど、私の個人的な行動にそこまで強くは言われないわ。余計な事をって、くどくど嫌味を言われたくらいね」
そっか、姉弟だったよね。なるほど、シェルメルホルンにとってはマーラさんは保護者のような少し特別な存在なのかもしれない。
かといって、族長としての役割に文句を言う事は出来ないってところかな。小さな独裁社会が築かれているなぁ。
「……メグは、セントレイ国のダンジョンにいた。安全な場所とは言い難いのだが……」
会話が途切れたところで、ずっと黙り込んでいたギルさんがそう口を開いた。あ、確かに。魔物が蔓延るダンジョン内なんて危険だよね?
「ダンジョン? 冒険者が力試しに使う、魔物が湧きやすい空間の事ね? そんなところにいたの?」
ギルさんの言葉を聞いて、マーラさんは軽く目を見開いた。少し驚いたみたいだ。
「……いえ、案外ダンジョン内はメグ様にとって最も安全な場所かもしれませんよ」
そこへ顎に手を当てて考えていたらしいクロンさんのご意見が。え、ダンジョンが安全? 私の脳内は疑問符でいっぱいである。クロンさんは続けて考えを話してくれた。
「メグ様は特殊な身の上。そして、その時の状態から考えるに、保護者がいなければ生きていくことさえ出来なかったはずです。にも関わらず、イェンナ様はメグ様をお1人で旅立たせました。……恐らく、すぐに保護者が現れる事さえも安全に含まれていたのではないでしょうか。強力な守護結界があったなら尚更ダンジョンは好都合ですし」
その辺の街道だったり街中にいたとしたら、一般人に保護されかねない。でも特殊な状況にいた私をちゃんと守れる存在が望ましかった。だからこそダンジョンに転移する事で、イェンナさんの強力過ぎる守護魔術によりダンジョン内に異変を生じさせ、実力者を呼ばざるを得ない状況を作り出した。
な、なるほど……そこまで考えられた上での転移だったのね。マーラさん凄すぎじゃないですかねぇ!? 本人すら全く知りもしなかったみたいだけど万能すぎるでしょ!
「あらあら、凄いわねぇ。それで本当に安全な場所に保護されたのでしょう? 私ったら、やるわね?」
そりゃもう! マーラさん、お茶目なとこあるのね!
「……メグの、願い事は叶ったんだな?」
そんなお茶目なマーラさんに、ギルさんは真剣な眼差しでそう問いかけていた。私の、じゃなくてメグの願い事だよね。マーラさんの特殊な魔術効果の事かな?
「そうね。そう思うわ。貴方は魔術の痕跡を調べるのが得意そうね? 根拠は耳飾りに魔力が残されていなかったから、かしら?」
マーラさんがそう淀みなく答えると、ギルさんはそうだと首を縦に振った。……メグの願い事か。メグに意志が芽生えたって事? 私がこの身体に来る前に? 一体何を望んだんだろう。私は腕を組んで首を傾げた。
「メグ本人は何もわかっていないようね。私にも本当のところはわからないわ。実際目の前で魔術を行使したわけじゃないから、願いの内容までは、ね。ただ、今のメグを見ていると、何となく想像はつくわ」
えっ、今の私? どういう事だろう。
「……魂を望んだ、か」
「ええ、同じ意見よ。きっと、僅かに芽生えた意志が強く思ったのだわ。自分も考えたいと。望みたいと。いえ、望めたわよね。自らの力で。ハイエルフの呪いを跳ね返す程の意志の力で」
メグが望んだのは、魂。確かに、そうかもしれないと思った。それと同時に私の中のメグがそうだと肯定している気がしたから間違いない。そういえばさっきマーラさんに、願いが叶ったのねって言われたけど、この事だったんだ。
環は過労死で死んだ。そのタイミングで私はこの身体に宿ったんだと思ってたけど、違う気がした。だってあまりにも都合が良すぎるもの。メグが望んだから私が都合良く死んだっていうのも違うと思う。マーラさんのこの能力は、人の生き死には干渉出来ないっぽいからね。
そして何より、時差だ。環の世界では数年しか経ってなかったけど、お父さんがいなくなってから、つまりお父さんがこの世界に来てからは200年以上も経っている。
最初は2つの世界の時の流れが違うんだろうと思ってたし、そういう部分もあると思うけど。たぶん、マーラさんの魔術が時間を超えたんだ。時間と世界を超えて、私を呼び寄せた。そう考えるとしっくりくる。
私があの時過労死したのは、自業自得の運命で、その魂をメグが望んでくれたおかげで私は今こうしてここにいる事が出来ている。本当なら何もわからないまま終えていた一生。それがメグのおかげでこうして再び生きられて、お父さんにも会えた。
ああ……
メグ。ありがとう。望んでくれてありがとう。これからも、一緒に生きていこうね。
私は胸の前で両手を握り、心の中でメグに感謝を告げたのだった。
と、その時。この場に突風が吹き荒れた。
風が強すぎて息も出来ない。私は小さいから本当ならあっという間に天高く飛んでいただろう。けど、突風が来るより僅かに先にギルさんの腕と魔術に守られていた私は無事である。ただやはり少し息苦しいので脳内でショーちゃん伝いにフウちゃんを呼ぶ。みんなの呼吸を楽にしてあげたい、と。
『ごめんなのよ、ご主人様ー! 風の上位精霊による魔術だから、フウじゃ太刀打ち出来ないのよって言ってるの!』
見ればショーちゃんたちは私の側にはおらず、どうやらこの突風で吹き飛ばされてしまっているらしい。声が届くのはショーちゃんが私の契約精霊で、その上声の精霊だからか。上位精霊の使い手がわざわざこの突風を? 何のために……? その疑問はすぐに解消される。
「我らが神聖な郷に……なぜ虫ケラがいるっ!?」
人がここまで憤怒している様子を私は初めて見たかもしれない。目はギラつき、全身が怒りに震えている。美しい顔立ちが怒りの形相になるとこんなにも恐ろしいのか。
白銀の長くサラサラな髪がフワフワと逆立っているのはその感情による魔術が漏れ出ているからなのだろうか。
怖い……! 人を見てここまで恐怖を感じられるとは。私はギルさんにギュッとしがみついた。
「マルティネルシーラ! 貴様か! いくら姉とて許せぬ境界線を越えたな……!?」
「……申し訳ありません」
そんな! マーラさんが怒られるなんて……! マーラさんはイェンナさんの頼みを聞いてくれただけなのに!
「イェンナリエアルと子どもの時といい、今回といい……いい加減お前には罰を与えなければならないようだな!!」
そう言った白銀髪の男の人は目にも留まらぬ速さでマーラさんの目の前に来た。私には移動するところが見えなかったほどだ。
「去ね」
マーラさんは目を閉じてただ全てを受け入れているように見えた。え、え……!? 待って、なんで……お姉さんなんでしょ!?
「だめっ!!」
思わずそう叫んだ声は激しい轟音に掻き消され、と同時に男とマーラさんの間にはいつの間にか濃紺色の人物が立ちふさがっていた。
「我らが無理矢理押し入ったのだ。彼女は脅されていたに過ぎぬ」
「はっ、脅された? ハイエルフである我が姉が虫ケラごときに後れを取るわけないだろう。そんな事もわからないとは、やはり脳まで虫ケラ並みだな?」
マーラさんを背に庇うように立ち、白銀髪の男の人と相対するのは魔王さん。男の人のマーラさんへの攻撃を余所の方向に弾いたみたいだ。何が起こったのかわかんなかったけど、たぶんね!
「ならばその虫ケラを倒す事など簡単であろう? 家に虫が入っただけで騒ぎ立てるなど狭量な男よ。ハイエルフの族長は、自分で虫も追い出す事が出来ぬのか?」
魔王さんが威圧を放ちながら挑発する。2人の間に火花が散った。





