郷愁
さて、ギルドのある街の外へとやってきました! あの時以来だなぁ……エピンクに連れ去られそうになった時。しかもあの時はほとんどギルさんのマント内だったし、状況が状況だっただけに景色を楽しむどころじゃなかったけどね!
「この辺りで良いだろう。ギル、と言ったな。お主はメグを乗せて飛べるな?」
「ああ、問題ない」
そう言いながらギルさんが亜空間から取り出したるはいつぞやの籠と布……! コウノトリ再びだぁぁっ!!
「まさかその籠にメグが……?」
「ああ。自分でしがみつく力はないからな。風除けは出来ても落下防止だけは本人の騎乗技術が必要になる」
うん、そうだよね。騎乗技術なんか持ってるわけないもん。大人しくコウノトリされるよ? なんだかんだで快適だったし。寝ちゃうくらいにね!
「くっ、クロン! その光景はさぞや可愛らし」
「ザハリアーシュ様は私と、火輪獅子さんを乗せてくださるのですよね?」
「ぬぅ、遮るではないぞ、クロン! そうだがな!」
あぁ、魔王さんは安定の残念さだ。親バカ発動中だ。淡々と話を進めるクロンさんは一見冷たく見えるけど、やはりこの魔王さんの手綱を握る事を考えると適任者だなぁなんて思う。
「ガハハ、ニカでいいぞぉ、クロン殿よ」
「ではニカさんと。貴方は騎乗技術はお有りで?」
「普段乗せる方が多いけどなぁ。乗る方も問題はないぞぉ」
「だそうです、ザハリアーシュ様」
ニカさんはやっぱり魔物型になるとライオンさんなのかな? 見てみたいなぁ、なんて思ったり。そして当然ながら乗る方もオッケーなんだね。私も体力つけて脱コウノトリを目指そう。いつになるかわかんないけど。
「くっ、待て。今は心の乱れを整えているところだ」
「ああ、妄想で萌えているのですね。実際目にした時の耐性をつけてくださいね」
魔王さん、軽く変態になりかけてるから気をつけて欲しい。思わず1歩後退り、ギルさんにギュッと肩を掴まれたよ。
「仕方ないではないか! 我には幼子への耐性が皆無なのだ! こう、心が乱されると共に癒される感じがたまらないのだぞ」
魔王さんだし、魔族だらけの城の中にいたらそりゃその通りなんだろうけどね。どんだけ無意識に癒しを求めていたのかしら? わかったから、落ち着こうね?
こうして魔王さんの軽い発作が治ると、ようやく魔王さんとギルさんが魔物型へと姿を変えた。ギルさんは1度見たことがあるから驚かなかったけど相変わらずカッコいい! そしてモフモフである! そして魔王さんはというと————
「ほぁぁぁ!!」
龍だ。ドラゴン! 当然実物なんか見た事ないからその衝撃たるやすごいものだよ! いや、影鷲だって正確に言えば見たことないんだけどさ、似たような姿の動物は知ってたからね。
でも私の想像の中では、羽の生えた姿のドラゴンだったんだけどそれは違った。蛇に近い方の姿のドラゴンだ。限りなく黒に近い紺色の鱗は陽の光を反射してキラキラ輝いている。神々しくて、近寄る事すら恐れ多いと思わせるオーラを放っていた。これが王の風格というものなのかしら。さっきの残念ぶりは吹き飛んでしまったよ!
『メグ、籠に乗ってくれ』
「あい」
私がドラゴンに見惚れていると、ギルさんにそう声をかけられたので素直に従う。広げられた大きな布の中心に置かれた籠の中にちょこんと座る。するとクロンさんが布の4隅を束ねてしっかり結んでくれた。魔術で解けないようにもしてくれたようだ。
「クロンしゃん、ありがとーごじゃいましゅ」
「い、いえ。このくらい良いのですよ」
お礼を言うと、メイド服のお姉さんは恐らく笑顔であろう表情を私に向けてくれた。やはり不器用さんだがそこが良い。にへらっと籠から顔を出して笑みを返しておいた。
『ぐはぁっ……!』
「うぉっ、動かんでくれよ、魔王さんよぉ!」
おっと、思わぬ飛び火をしてしまったようだ。激しいロデオマシンと化してるのに落ちずにいるニカさんがさり気なくハイスペックである。
「騎乗技術は問題なさそうですね」
ほら、クロンさんも安心したようである。だから早く落ち着いてあげて! 魔王さん!!
ドラゴン姿でも残念さは変わりませんでしたとさ。
いざ、空の旅! 実に快適です。2回目だからね、怖がることもないよ。それに、あの時よりギルさんに対する信頼度がぐぐーんとアップしてるからね! 今回は籠の中で立ち上がって布に手を掛け、外を見る余裕まである。ちゃんとギルさんに聞いて許しをもらってるよ? 過保護だもん、心配すると思ったからね。
「綺麗でしゅー……」
改めて、ここが異世界なのだとこの光景を見て実感した。
空は青いし雲はフワフワ。月だって1つだし、木々は青々と生い茂ってる。
だけど、何かが違うのだ。時折聞こえる魔物の鳴き声だったり、時々見える魔術を行使した光。それからあらゆる精霊の小さな光。
地球とあまり変わらない景色だからこそ、そういう細々とした違いが強調されて、大きな違いとして認識させられているように感じた。
『ご主人様? 寂しいなの?』
私の心の声を感じ取ったのかもしれない。ショーちゃんがどこからともなく現れてそんな風に心配の声をかけてくれた。
寂しい、か。寂しいのかもしれない。でもたぶんそれは、郷愁。誰だって慣れ親しんだ地から離れたら故郷が恋しくなるでしょ? きっとそれだ。遠く離れた地に嫁いでもう帰ることはない、みたいなそんな感じだと思えばいいのだ。まぁ、私は身体も変わってしまったから、その思いが余計に強いだけなのだ。うん、きっとそう。
でもね?
「今はこの世界が私の居場所。たくさんの優しい人たちがいて、味方になってくれるショーちゃんたちもいる。寂しくないでしゅよ」
『良かったのよー! 私も、ご主人様と仲良くなれて、寂しくなくなったのよー!』
嬉しそうにそう言って飛び回るショーちゃんを優しく撫でる。
幸せだ。幸せだと思う。最初から無条件で受け入れてくれて、なんの苦労もなく、大きな怪我もなく過ごせていて。
お父さんはきっと苦労した。酷く落ち込んで、悩んで、苦しんだ。そうして自分の力で仲間を集めて、居場所を作り上げたんだ。長い年月をかけて。そして、その場所があるからこそ、私にもこうして居場所がある。
お父さんはずっと私のお父さんだ。離れていた間の溝を早く埋めたい。環が死んでしまったこと、悲しませるかもしれない、怒られるかもしれない。でも、早く伝えたいって、そんな気持ちが溢れてくる。
「ハイエルフのおじーちゃんは、私をどうしたいんだろう」
私がいたとしても、私に神になる意思はないから無駄だと思うんだけど。それとも、私はいればいい存在だったりするのかな? 何をさせられるんだろう? 上手いこと引き下がってくれないかなぁ。平和ボケした頭はそんな事ばかり考えてしまうけど。
少しでも早くこの問題を解決して、お父さんに伝えたいって思わずにはいられないのだった。





