黒幕
「だからー、エピンクの野郎が街の前でやべぇ奴と会ってて、なんかこの獣がーっとか言われてさ。獣じゃねぇってのによぉ、オレ鬼だしっ! で、イラッときたけどオレ耐えたんだよ! んで、戦う前にお前邪魔みたいに言われてさ、たぶん? だってんで吹っ飛ばされたんだよ! 竜巻で!」
「あぁもう、これだからジュマの報告聞きたくないのよ。ぜんっぜんダメ!!」
ジュマくんの報告は何というかこう、幼稚園児の様でした。サウラさんが半分キレています……でも当のジュマくんは、報告するのが嬉しいらしく終始にこやか。なんか可愛いぞ? 鬼、だよね? 今だけは大型ワンコに見えるよ!
「まあ、そう言うなサウラ。コイツはジュマだぞ?」
「そうだけどぉっ!」
コイツはジュマ、という単語だけで納得出来てしまう。私の中で、説明が下手な時に使える「ジュマる」という新たな単語が誕生した。
「わかったわ、報告はそれでいいから! 他に何か気付いた事ないの?」
「ああ、そうだ、忘れてた。そのやべぇヤツってのが例の戦争の時に会った事あるヤツだったんだよなー」
「それよ! そういうの! 大事なのはそういうのだからっ!!」
疲れるわ、とサウラさんが額に手を当てた。心中お察しします、とクロンさんが肩に手を置く。あぁ、苦労の質が似ているのだろうな、この2人。なんというか、頑張れ!
「あとドラゴン狩ってきた! 久しぶりにストレス発散出来てすげぇ楽しかった!」
「違う! そこじゃない! やばい奴の部分を詳しく話して!」
ジュマくん、マイペースすぎる。話を聞かないっていうのもジュマる活用に入れておこう。そしてサウラさん落ち着いて……血圧が上がるんじゃないかと心配である。
「わーったよ。えっとな、戦争の時に俺らが暴れてたら、ゴミの掃除をせねば、とか言われてよー。問答無用で竜巻放たれてぶっ飛ばされた覚えがあんだよ。後でじーちゃんに聞いたらすげぇ奴だって言うからさ。あの時と全く同じオーラをアイツからは感じたんだよ。間違いねぇ、あの時の奴だ」
ジュマくんの目が獰猛に光った。血気盛んな鬼のそれだ。ぶるっと思わず身震いしたら、ギルさんが背中をさすってくれた。ありがとう、パパ!
「っと、悪りぃ、血が騒いだ。あーえっと名前なんだっけ。すげぇ長い名前だったんだよなー。シェル、シェルンルン?」
ルンルン、て楽しそうな名前ですね……? 実に怪しい。
「お、鬼よ、それはまさか……シェルメルホルンではないか……?」
「おー、それだよそれ! シェルメル、なんとか! 知ってんのか?」
シェルンルンでよくわかったな、魔王さん。そんな風に感心してしまったけど、あまりにも真剣で驚きの表情だったからそんなツッコミを入れる雰囲気ではなかった。よく見るとお父さんやサウラさん、他にも数人が目を見開いている。……そ、そんなにすごい人なの?
「……ハイエルフの族長の名前だな。シェルメルホルン」
口を開いたのはお父さん。って、うぇっ!? 族長!? ハイエルフの中で最も偉い人って事だよね? それで、確かイェンナさんが長の1人娘って話だったから……メグのおじいちゃんでもあるって事!?
「ちょ、ちょっと待って。前にメグちゃんの精霊が調べてくれた時、こう言ってなかった……?」
お父さんの一言をきっかけに再起動したサウラさんが慌てたように口を挟んだ。ショーちゃんがジュマくんの行方を探してた時か。えっと、なんて言ってたっけ。あ……そうだ、確か。
「あれは、ネーモのボスだよ、って……」
会議室に沈黙が流れた。待って、待ってね? ハイエルフでしかも族長でしょ? 他種族をゴミのように扱う人がどうしてギルドのボスなんかやってるわけ? 理解不能だ。
「ネーモのボスが、ハイエルフ族長って事か。問題ないな」
誰もが口を開かずに黙っていると、お父さんが軽い調子でそう言い出した。えっ、何で!? 問題大有りじゃないの?
「ふっ、流石はユージン。お主はそうだろうな」
すると魔王さんまで何か納得したかのような反応。ついていけてないのはギルドメンバーだけである。クロンさんは、魔王さんの言うことが全て、といった様子なので無反応を貫いてる。内心まではわからないから実は驚いているのかもしれないけど。
「頭領、受け入れるのが早過ぎると思うの。大体言いたい事はわかったけど……」
「んんー? ボクはちょっと追い付かないよ。サウラディーテ、詳しく教えてくれないかい?」
またしても額に手を当てて顔を横に振るサウラさん。頭痛のタネが多いですね……! でも持ち前の切り替えの早さで立ち直ると、やれやれといったように笑った。あ、私? ケイさんの意見に完全同意だよ! わけがわからないよ!
「俺もわかんねぇなぁ。サウラよ、説明を頼むぞぉ」
「ケイ、ニカまで……何で、頭領本人に聞かないのよ」
「そんなの、頭領は説明面倒臭がって色々省きがちだからだよ。ちゃんと知りたいからね」
あー、わかる。お父さんは昔からそういうとこあったもん。子どもの頃はよくケンカしたものだ。子ども特有の「なんで、なんで」現象を発動した時、適当に答えられて後日学校で恥をかく、ということがよくあったのだ。それを何度も繰り返されたから、お父さんの言う事は8割嘘、という認識になったからね! でも時々事実を織り交ぜてるのがまた性質悪かったんだよ!! つまり、お父さんは適当なのだっ!
「……まぁそうね。いいわ。確かにネーモのボスがハイエルフの族長って事実には驚愕するし、何故? という疑問が浮かぶわ。けど、よく考えたらメグちゃんを狙う黒幕はそいつ1人って事なのよ」
「あ、そうか。ハイエルフと、ネーモと、どちらから攻めるかって考えるより、標的が1つだとわかりやすいしやりやすいって事だね」
なるほどー。確かにそうだ。あっちにもこっちにも違う黒幕がいるってなると、こちらの戦力も分散する事になるもんね。確かに問題ない、と言えなくもないかな? いや、でも。
「だけど、シェルメルホルンがハイエルフとネーモを牛耳ってるなら、それぞれに指示を出して動かす事が出来るからね。やはりどちらにも対策は必要って事になる」
そこへ、今まで黙って聞いていたルド医師がそんな意見を述べてきた。そうなのよ。黒幕は1人でも、敵はそれだけじゃないんだもんね。むむむ。
「早急な解決が望まれます。相手の目的はメグ、ただ1人でしょう。私たちはそれを許さない。そこまでは皆さん良いですか?」
シュリエさんが纏めるようにそう言うと、誰もがしっかり頷いた。う、嬉しくて泣きそう……!
「それを阻止するためにはやはり……戦わなければならないでしょうね。相手が目的を達成するか、こちらが相手を仕留めるかしない限り戦いは終わらない。結果……戦争が起きます」
戦争。その言葉の響きが重くのしかかる。やっぱり、予想通りの未来が訪れてしまうのかな。
「シェルメルホルンが引き下がるとは思えねぇ。ゴミみたいな存在のやつからなぜ己が引かなきゃならないのか、って思うだろうな」
「そして、攻めて来られるのを待っていたら遅いであろう。こちらが引き金になるのは少々痛いが、そうも言っていられまい」
お父さんと魔王さんがそう意見を出す。つまりそれは、こちらから戦争を仕掛けるって事? なんとも言えない気持ちになるなぁ。でも、たぶんみんな同じような気持ちなのだろう。
「情報がどこまで向こうにいってるのかもわからねぇ。なら、情報が渡る前に先手必勝だ。油断や同情する暇なんかは全て命取りだと思え。甘さは捨てろ。今から大まかな作戦を伝える。耳かっぽじってよく聞けよ」
戦争を経験したからこその、厳しい言葉。仲間を守るためにはそういう非情さも必要だよね。
こうして、お父さんの口から簡単な作戦が伝えられていくのだった。





