頭領の報告
どう答えたらいい? どうしたら、伝わるかな。
言葉が、出てこない。
「すまないな……そんな事を急に言われても困惑するよな。それに、みんなが見ている。だけど、これだけは知ってて欲しい」
お父さんが、真剣な眼差しで私を見つめる。
「ここにいるみんな、君が何者であってもこれまでと態度は変わらないだろう。なぜなら、これまでだって、ずっと『君』と関わってきたんだからね」
それだけ言って、お父さんはふっと笑った。
「俺は、君を信じているからね」
————お父さんは、環を信じているからね————
いつだったか、環に向けられた言葉と重なった。
安易に信じて、私が悪い人だったらどうするのよ。ま、そこがお父さんだよね。いつもそうやって何となくで人を選んで、外す事はほとんどなくて。
どうにか声を出そうと口を開いた時。ルド医師が申し訳なさそうに声をあげた。
「話を遮ってしまって申し訳ないんだけど……頭領、ジュマ達が帰って来たようだ」
「なんつータイミングだ。まぁ、せっかくなら皆揃って話をした方がいいし、アイツらの報告も聞きたいしな」
思いっきり伝える機会を逃した気がする。私がしばらく黙りこくってしまったから、ルド医師もあえて話を遮ったのだろう。でも、おかげでホッとした。なんていうか、まだ心の準備ってやつがね。ふ、と息を小さく吐き出すと、それを見ていたらしいお父さんが屈んで私の頭に手を置いた。
「なんかそういう空気じゃなくなっちまったな。ゆっくり話を聞いてやりたかったんだが……」
すまない、と眉を下げて言うお父さんに、私は慌てて首を横に振った。
「いいんでしゅ。……でも今度また、聞いて、ほちーなって……」
「もちろんだ。約束しよう」
こうして私はお父さんとふふふと微笑みあったのだった。
うん、もう少しだけ、このままでいい。
「ただいま戻りました」
「おぉ、みんな勢揃いだなぁ。魔王さんも、久しいな!」
「むぐっ、むーっ! むーっ!」
しばらくして、会議室にケイさん、ニカさん、そしてなぜか大きな白蛇に口元を、無数の白蛇に全身を縛り上げられているジュマくんがやってきた。な、なぜ!? 驚愕しているとケイさんと目が合った。ふわりと微笑むケイさんの笑顔が少し恐ろしく見えた。
「メアリーラちゃんはそのまま医務室に向かったけど、良かったかな、ルド?」
「ああ、後で話を聞くからな」
口振りからするに、メアリーラさんも無事そうだ。見た感じ誰も怪我とかしてなさそうだし、安心したよ。ジュマくん? いや、うん。無事そうで良かったね!!
「おー、なんか久しぶりだな、こんな光景。離してやれ、ケイ。だがジュマ。……俺が話を振るまで黙ってろよ? 話が進まねぇからな。物事には順序ってもんがあるんだ」
お父さんがそう言うと、ジュマくんは思い切りブンブンと頭を上下に振った。
「了解だよ、頭領。はい、ジュマ。ごめんね荒っぽいことして。でもそうでもないと暴れる君を抑えられないし、落ち着いてもらわないと君、話を聞かないだろう?」
「いやぁ、いかに迅速に静かに暴れる鬼を捕獲するか。なかなかにやり甲斐のある仕事だったぞぉ? 見つけるのは薬草より簡単だったがなぁ!」
「気配を探る以前に戦闘音ですぐわかったしね」
あ、暴れるジュマくん。そ、それは怖そうだ……本当の姿になったりしてたのかな? それを押さえ込んだ2人もすごい。
「2人ともご苦労様。……気取られなかったかしら?」
「んー、それは無理かな。向こうも向こうでそれなりに包囲網張ってただろうし、全く気付かないって事はないと思う」
「見張られてたような感じはなかったが、気付いてただろうなぁ。ジュマが大人しくしてたとしても、あの辺はアイツらの庭みてぇなもんだ。気付いただろうよ」
サウラさんの問いに2人は思ったままに答えた様子。アイツらとか向こうとかってきっと、ハイエルフたちのことだよね、きっと。北の山はハイエルフの庭のようなもの、か。
「まあそれは仕方ないな。それに構わない。どうせそのうち乗り込む予定だしな」
お父さんの発言にみんなが息を飲んだ。イェンナさんを探すのならそれしかないのはわかるけど……でもそれって。
「戦争をするのですか」
鋭い眼差しでそう尋ねたのは魔王さんの自称右腕、クロンさんだった。その目つきと声色が、戦争は反対だと訴えている。
「俺は話し合いをしたいと思ってるんだがな……アイツらが虫ケラと話すとは思えないのが問題だ」
虫ケラ……ハイエルフたちが、ほかの種族をそう思ってるって事? これは私が思っていたよりもずっと
事態は深刻なようだ。
「まぁ、その辺も含めて最初から話そうぜ。まずは俺がここ20年ほどどんな動きをしてたか報告する」
まぁ座れ、とお父さんは帰ってきた3人に促し、自身も座り直してから語り始めた。
「俺はアーシュから依頼を受けた後、どうにかイェンナの居場所を突き止めようと……まずはハイエルフの郷に向かった。そこが1番可能性が高いからな。だが、俺の全力を持ってしても郷の入り口に触れることすら出来なかったんだ。ありゃ、同じハイエルフでもなければ無理だ。まず入り口を見付けられねぇ」
みんなの話や魔王さんからの話を聞いて、お父さんはかなり強くてなんでも出来る人っぽいわけなんだけど、そんな人であっても入り口も見つけられないって……相当強固な魔術で守られていたりするのかもしれない。というか、私にとってお父さんはお父さんだから、あんまり凄い人って実感がないんだけどね。いや、仕事が出来る有能サラリーマンではあったと思うけど、ここまでの完璧超人かって言われると、本当に? って思っちゃう。
さらにお父さんの話は続く。無理だと思いはしたものの、どうにか糸口くらいは掴みたいと色んな方向から調べを進めたりもしたそうだ。でも結果としてわかったのは、ハイエルフでないと無理である、という事実だった。どうやら血筋のようなものを感知する仕組みになっているのだそうだ。大量の魔力でハイエルフの魔術を破壊するという力業を使ったとしても、その魔力をエネルギーに変え、むしろより強固な結界となってしまうらしい。誰か試したのかしら?
それほど、ハイエルフの魔力を扱う術は高度なのだとか。自然魔術のワンランク上の魔術を使うらしいけど、その詳細は明らかにされてないんだって。そりゃそうだよね、ハイエルフがホイホイ教えるとも思えないし。
そういった調査を、ハイエルフを刺激しないように且つ、調べていることすら悟られないよう細心の注意を払ったために、かなりの時間を費やしたんだって。
「んで、ここ最近は半分ハイエルフの郷の攻略は諦めて、一欠片の望みにかけて世界中を探し回ってた。ま、それにも時間かかったけどな。結果は案の定、イェンナはどこにもいないって結論だった。裏の世界で生きる奴らを纏め上げて全国隈なく探させたからな。イェンナは色んな意味で目立つ人物だから見落としなんかはないと思ってる」
裏の奴らを纏め上げた!? サラっととんでもないことしてるよ、お父さん!
「そんな折に、サウラから連絡が入ったんだ。身元不明のエルフの子どもを保護した、と。しかもダンジョン内だろ? あり得ないとは思ったが、その時から可能性は頭の片隅にあったんだ。後にその子どもがハイエルフだったと知らされた俺は、バカみたいな推測が事実なんじゃないかと確認するためにギルドに戻ったんだよ。そしたら、まさかのビンゴ。驚いたね」
ええ、私もかなり驚きましたよ。最初の対面の時は寝てたけどね! むしろ寝てて良かったと改めて思うよ。あの時出会ってたら大混乱の末、おかしな事を口走ってた気がするもんね。グッジョブ、私。
「ま、そんなところだ。後はさっきシュリエが報告した通りだな。よし、じゃあ次はジュマ、お前の番な。よく我慢したぞ」
「そのくらい我慢出来るっつーの! ってかオレ、全然状況理解出来てねぇんだけど。まぁいいや。忘れないうちに報告するぜ!」
なかなかの仕打ちを受けているというのに全く気にした様子もなく、ニッと笑って口を開いたジュマくん。彼の強靭過ぎるメンタルにむしろ私が謎の罪悪感を感じるほどだよ! 妙な尊敬の念を抱きながらジュマくんの報告を聞く事になった。つ、つよぉい……!





