メグと環
「さて、それでは食堂にでも行きましょうか? ちょっと早い時間ですけど、今日はあまり食べていないのでしょう?」
「お腹空いたでしゅ!!」
モフモフ天国は名残惜しいけど、今は空腹も満たしたいところ! シュリエさんの提案にすぐさま賛同すると、クスリと笑われてしまった。いいもんっ!
「お、飯か。俺も一緒に行っていいか?」
「ならば我も是非」
シュリエさんと手を繋いで食堂に向かっていると背後からそんな声が。あぁ、この声は聞き間違えることもなくあの人だ。
「頭領に魔王ですか。また目立つメンバーになってしまいましたね」
振り返ると予想通りな2人の人物。お父さんと、魔王さんだ。
「メグ、いいか?」
ジッと2人を見つめていると、ギルさんがそう聞いてきたのでコクリと頷いた。確かに豪華なメンバーだけど、断る理由もないからね。
「ありがとうな」
そう言って笑いかけてくれたのはお父さん。懐かしいなぁ。何から何まで懐かしい。今はこうしてお父さんに出会えたことをひっそり喜ぼう。私の心は今穏やかだった。
ジッとお父さんを見つめながらハンバーグをパクリと食べる。美味しいなぁ、ハンバーグはデミグラスソースだよね! そして、お父さんがいるってだけで懐かしさに泣きそうになるよ。もう泣かないけどね!
「ふふ、頭領。熱い視線を注がれてますね」
「こんな可愛い子からの視線なら大歓迎だ」
そうそう、お父さんって小さい子どもが好きなんだよね。イケメンってわけじゃないけど、お父さんは笑うと子どもウケがいいのだ。なんか落ち着くというか。実際私もつられてにへっと笑ってしまった。
「……可愛いな」
「我とイェンナの血を引いているのだ、可愛いに決まっておろう」
「お前顔だけはいいもんな。ヘタレのくせに」
「なんて事を言うのだ。父親の、威厳が!」
漫才でもやってんのかしら、この2人。まぁ、それほど仲が良いってことだよね。
でも、仲が良くなきゃ魂を分け合うなんてしないか。仲が良いだけじゃなくて、心が通じ合ってる親友なのだろう。でも分け合うってどんな感じなんだろ。字面だけ見るとこう、運命の相手っていうか恋人っぽいよね。……ソッチの妄想はしないからね、流石に! どっちも私の父親なんだからっ!
それにしても、それほどの仲なのに戦わなきゃいけなかった状況だなんて、どれほど辛かっただろう。てっきり元々敵同士からの和解して仲良し、だと思ってたから。親友同士で本気で争いあうのは、いくら相手のためとはいえ心が痛んだだろうな。だからこそ、今この2人が仲良さそうに話しているのを見るのはなんだか嬉しいと感じた。
「2人の会話を聞いていると気が抜けますね……」
「ああ……すまないなシュリエ。配慮が足りなかった」
「いいえ。むしろその方が私としても気が楽ですから」
ん? もしかしてシュリエさんって、戦争の時に被害を受けた人なのかな。どことなく魔王さんから視線を外している雰囲気を感じてたんだよね。魔王さんに対して微妙な心境だったりするのかも。魔王さんが一緒に食べるってなった時、少し顔が強張ってたりもしたし。これでもちゃんと見てるのよ? 弟子ですから!
「その、なんだ……すまぬ」
「謝らないでください。本当に気にしていませんから。でも、多少の意地悪はするかもしれませんけど、ね?」
「……ふっ、それは怖いな」
冗談めかして告げたシュリエさんの言葉に、どこか気まずそうな顔をしていた魔王さんの表情が緩んだ。うん、良かった。溝が埋まるとは思わないけど、過去は過去と捉えているみたいだからね。んー、難しくてデリケートな問題だよね。私は大人しく見守ろう。
「多少きつめにしても死にさえしなければ好きにして良いぞ」
「おや、では遠慮なく」
「ま、待てお主ら! 少しは遠慮するのだ!」
魔王さんの威厳はどこへやら。でも、私はこうしていじられる魔王さんの方が好きだな。
そうやってぼんやり会話を聞いていてふと思い出す。そういえばショーちゃんと初めて出会った時、お父さんの声で話しかけてきたんだっけな、って事。私の気をひくために、その声を選んだらしいけど、聞いたことのない声までは確か再現出来なかったと思うんだよね。
だから不思議だった。ショーちゃんはいつどこでその声を聞いたのかなって。お父さんが、200年前にここにいたって聞いた時は、ショーちゃんも200年前に聞いたのを覚えてたのかなぁ、記憶力すごいなぁなんて納得したものだけど……普通にこのギルドにいれば聞く機会たくさんあったね! 今になって辻褄があったよ。和食ルーツや和服も然り、ね。
最初は緊張感漂う夕食の席だったけど、自然と和気藹々とした雰囲気になって安心した。私はその光景を心地良く思いながらハンバーグを頬張るのだった。うまー!
食後は主要メンバーを集めて話し合いをする為に、いつもの来客室ではなく、会議室へと向かった。そういえばあったよね、会議室。リラックスして話せるから、居心地が良いからと言う理由でいつも来客室を使ってしまうらしいけど、今回は頭領も魔王もいるから流石に会議室を使うという。ま、それもそうだよね。来客室の居心地の良さはとてもよくわかるけど。
「じゃ、あれだ。シュリエ、報告頼む」
「丸投げですか……別に構いませんけど」
こうしてまずはシュリエさんたちが調べてきた事の報告から始まったのだった。
その報告はまたしても衝撃の事実だった。ハイエルフは同族以外と子どもが出来ると魂を授からない? しかもそれがハイエルフによる呪いの類だなんて、頭おかしいんじゃないの、ハイエルフ。いや、母親もメグもこのハイエルフなんだけどさ。
だから夢の中のメグはあんな状態だったんだね。でも、なんていうか魂がないっていうのは違うような気もするんだよね。だって、メグにはわずかだけど意思があったように見えたもん。もしかすると、メグとして育った30年ほどの間に、ほんの少しだけ芽生えたのかもしれない。魂の基盤となるような何かが。んー、うまく言えないんだけど何かがあるんだと思う。
『メグ、ふつーと違うの。でも、カラダもココロも、メグのモノ。でもくわしーことは、契約でもしないと、わからないのよー!』
ふと、契約する前に初めてショーちゃんと話した時の言葉を思い出した。そういえば契約した後に聞こうと思ってて、ずっと聞きそびれていたっけ。身体も心も、メグのもの。身体も心も、環のもの……
メグには心がなくて、私には身体がない。
あぁ、そうか。
私はメグで、メグは私。私たちはいわば心と身体。だから、2人でようやく1人のメグになるんだ。
シュリエさんの話から考えると、ずっとメグの身体は心を求めていて、たまたまこの身体に合う魂が現れた。別の世界に存在した魂がこの世界にまで導かれて、メグの身体に宿った。色んな条件に見事合ったのが、私。……何という奇跡。ううん。魔王さんの子どもである身体に、魔王さんと魂を分け合ったお父さんの血を引く環だからこそ、私が選ばれたんだ。奇跡のようで、それは必然だったのかもしれない。
「ですからメグ。あなたは今、きっと魂の意思によって動いているのですよね? あなたがどこまで理解しているのかわかりませんが……もし、わかることがあって、伝えたい事があるなら、言ってくださいませんか?」
あなたがどんな人であれ、私たちは受け入れます。そんな一言をシュリエさんが残し、私はみんなからの注目を浴びるのだった。





