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空理ブランコ

作者:

深夜、一人でブランコを漕ぐ少女、愛美。数回漕いだところでふと、何を思ったかブランコの板の上に立ち上がろうとする。が、そこを偶然スーツ姿の女性、岬が通りかかる。動き停止。二人の視線が数秒間交わる。


岬 非行少女。さっさと家に帰りなさいよ。

愛美 (ブランコに座り直し)……こんばんは岬さん。岬さんはこんな時間まで何してたの?

岬 (駆け足で通り過ぎようとする)何だって良いでしょ。

愛美 合コン?婚活?


岬、足をピタリと止め、愛美を睨みつける。


岬 そのよく喋る口は縫い付けても?

愛美 否定しないってことは図星だという、

岬 (遮る)仕事です。残業よ残業。

愛美 なぁんだ。つまんない大人。

岬 つまらなくて結構。


愛美、ブランコを漕ぐ。


愛美 ていうか岬さんって社畜なんだぁ。

岬 それが何か。

愛美 いや、別に?岬さんらしいなって。

岬 はぁ?


愛美、地面に足をつく。


愛美 岬さんってさ、昔っからそうだよね。責任感が強くて、人の為になら面倒ごとでも何でも請け負っちゃうタイプ。そんで自分自身のキャパオーバーしてることにすら気付かない。なんていうか、要領のとことん悪いタイプ?

岬 ……よくまあ私のことを見てるわね。

愛美 まあね。女の子として、岬さんのようには死んでもなりたくないと思ってるから。

岬 あらそう。心配しなくても余程のことがない限り、あんたは私のようにはならないと思うけど。

愛美 うん、まあ、天地がひっくり返らない限りはならないだろうね。

岬 相変わらず一言も二言も多い。

愛美 正直なもので。


愛美、少し助走をつけてブランコを漕ぐ。


岬 ……何でもいいけど、あんた、明日も学校でしょ。本当にさっさと帰りなさいよ。

愛美 ……(やや遅れて)ん?なぁに。聞こえなかった。

岬 だから、学校あるんだから帰りなさいって。私はちゃんと忠告したからね。あんたのうちの親に何言われても知らないんだから。

愛美 ああ、いいの。明日もサボっちゃうし。

岬 ……は?

愛美 だから、サボるからいいの。

岬 も、ってことは?

愛美 (指折り数える仕草)最後に行ったのいつだっけ。

岬 ……呆れた。本物の非行少女に成り下がってたわけ。

愛美 ねえねえ、さっきから非行少女って言い方、古臭くない?

岬 生憎と今の若い子の言葉は知らないのよ。ってそうじゃなくて……。

愛美 二十五歳社会人三年目彼氏いない歴=年齢だものね。

岬 (小声で)彼氏から先は余計よ。余計。

愛美 うん。やっぱ岬さんみたいには死んでもなりたくないわ。女の子として。

岬 (苛立った勢いで)そういうあんたは男以前に女友達すらいなさそうよね。


愛美、地面にぴたりと足をつき、ブランコを漕ぐのをやめる。ぼんやりとした面持ちでふと物思いに耽る。


岬 ……なに?

愛美 そういや、いないね。いないけど別に、困ってないのよね。


間。愛美、あっけらかんとして。


愛美 ていうか、いないどころかあの子達には私のことなんて見えてないんだよね。

岬 は。

愛美 あれ、岬さん知らなかったの?まあ、知る機会もないだろうけど、でもてっきりどこかで知ったから当てられたのかと。

岬 さっきのは、特に何も考えてもなかったと言うか……。

愛美 イメージ?

岬 ……まあ。

愛美 ふぅん、なら意外と勘鋭かったんだね。


愛美、またブランコを漕ぎ始める。


岬 ……あの。愛美。

愛美 なぁに。別に怒ってないし責めたりもしないよ。否定も。事実だし。

岬 えっと、……意地悪、されてるの?

愛美 ……へ?(間の抜けた声)

岬 え?

愛美 え?はこっちの台詞。え、誰に?

岬 あ、いや。誰にっていうか。

愛美 (首を傾げる)

岬 私のことなんて見えてないって、どういうことかなと思って。

愛美 ……あー、もしかしていじめられてるとか思ったの?

岬 ……。

愛美 別に、そういうんじゃないよ。

岬 じゃあシカトされてるとか?

愛美 むしろ行けば積極的に話しかけてくれるかな。ノート見せてくれたりとか。

岬 (怪訝そうな顔をする)

愛美 前言撤回。岬さんってとことん鈍いのね。

岬 は、はぁ!?心配してあげたのに。

愛美 頼んでないし。


地面に足をつき、少しの沈黙。


愛美 心配されなくったって、別に。

岬 ……。

愛美 岬さんはさ、友達の条件って何だと思う?

岬 ……条件?

愛美 気兼ねなくなんでも話せる関係?放課後二人で出掛けたらそれは友達?それとも休日に遊園地に行くようになったらかな。お揃いのキーホルダーを買うようになったらニコイチの関係とか。まあ、色々あるでしょ?


岬、愛美の問いかけに真剣に考えこむ。愛美は黙って、返答を待っている。


岬 ……よく分からないけど条件はないんじゃないの。そういうのには。

愛美 ……と言うと?

岬 巡り合わせって言うの?自然と出会ってそのうちで自然に見つかるものなんじゃない一緒にいられるのはそれなりに苦にならない関係で、だからと言って遊びに行かなくても友達は友達だし、もしも嘘や秘密があったとしても別に、大した問題ではないと思う。

愛美 (乾いた笑いを浮かべる)さすが岬さん。嘘をついてようが隠し事をしていようが、どうだって良いなんて心が広い。

岬 どうでも良いとまでは言ってないわよ。度合いにもよりけり。……ただ、別にそういうのがあるからって距離を取ったり付き合いを改めようなんて馬鹿馬鹿しいじゃない。

愛美 馬鹿馬鹿しい…?

岬 そう。馬鹿馬鹿しい。(何かを思い起こすような)……好きなることに条件も何も理由だって曖昧で、ひょっとしたらそんなものは存在しないかもしれないのに。


間。愛美、考え込む。


愛美 ……そう、そっかぁ。条件なんてなかったのか。

岬 あくまで私の自論よ。


間。やがて愛美、静かに嗚咽を零しながら泣き出す。それを見た岬、ぎょっとする。


岬 え、何。何なのよ、情緒不安定……?

愛美 ほんっとうに腹が立つ。

岬 はぁ?


愛美、次から次へと嗚咽が止まらず零れだし、ついには声を上げて泣き出してしまう。呆気に取られる岬。


愛美 岬さんが言うほど簡単なことじゃなかったわよ。世の中そんなに甘くないのよ。

岬 ……。

愛美 待っていればいつかは自然と受け入れられるなんて、そんな夢物語、私には信じられない。

岬 ……夢物語か。そうね、あんたの言う通りかも。私ってこんなでも案外夢見がちだったのよね。

愛美 ……知ってる。いい歳してる癖に理想空想ばかりで、現実から目を背けてる痛い女。絶対、あなたみたいにはなりたくない。


愛美、言葉にならず泣きじゃくる。時折嗚咽の零しすぎか、咳も混じる。岬、たどたどしく愛美の背を摩る。


岬 ……確認の為聞くけど、あんた酒は?

愛美 (首を横に振る)

岬 さすがに法はおかしてないと。


岬、ブランコに乗ったまま泣きじゃくる愛美の目線より少し低くなるよう屈む。


岬 愛美。

愛美 ……(嗚咽混じりに)なに。


岬、ティッシュを一枚出し、無言で愛美の鼻に押し当てる。愛美、視線だけで岬を見上げる。


岬 ……いや、何じゃなくて自分で持てよ。

愛美 いらない、余計なお世話。

岬 見ているのも可哀想なくらい酷い顔してたのにそんなこと言うんだ?


愛美、渋々と自分の手でティッシュを押さえる。両手とティッシュでほとんど顔を隠した状態で暫くいる。


岬 あのさ。

愛美 何よ。

岬 ……何があったかは知らないし、聞くと面倒そうだから聞かないけどさ。

愛美 (ティッシュを押さえながら)一言余計。

岬 うるさい口挟まないで聞きなさいよ。

愛美 (目元を拭う)……なに?

岬 あんたはさ、昔から単純なことも難しく考える傾向にあるのよね。

愛美 ……。

岬 どうせ今泣いてる理由だって大したこともないんでしょ。

愛美 ……(顔を逸らす)大したこと、ある。

岬 はいはい。そういつまでもうじうじ考えてるのもあんただけだろうから。さっさと家帰って寝て、明日は学校行きなさい。

愛美 ちょっと……!私は今真剣に悩んでいて……

岬 (遮る)もう何時間真剣に悩んでるわけ。……もうとっくに、答えは出ているんじゃないの?


愛美、俯く。岬、大きな欠伸をする。


岬 ていうか、私もあんたの無駄話に付き合ってる暇はないんだった。あー……もう、あと七時間しないうちに出勤とか。いつ寝ろと。

愛美 ……岬さん。

岬 うん?

愛美 いつも帰りはこの道通るの?

岬 まあ、そうね。大体は。


愛美、ブランコから降りて鞄を背負う。


愛美 そう。ならもうここではサボれないわ。岬さんのお小言にはもううんざり。

岬 いやサボること前提にするなっての。

愛美 はいはいはい。新しい場所探さないとなぁ。あーあ……、この場所気に入ってたのに勿体ない。


愛美、そう言いながら去る。一人残る岬。愛美が座っていたブランコに腰掛ける。


岬 ……こんな場所にいたって見えるものも地面くらいしかないのに。ほんと馬鹿なやつ。


岬、ブランコを数回漕いでみる。


岬 (足をつき)でも、この風はちょっと気持良いかも。

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