第二夜「朱い月と鬼哭の校舎」
フィヴェは化学実験室で目が覚めた。
フィヴェ「…!」
フィヴェは自分がここにいるという事態が理解できず困窮しながら辺りを見渡す。
フィヴェ「ここは…化学実験室?…何で、こんなところに…」
そう言って間もなく、フィヴェは猛烈な違和感に苛まれる。
フィヴェ「な…何よこれ…赤い…!?」
窓の外が異常に赤かった。
それに影響して、室内も猛烈に赤く見える。
フィヴェはカーテンをめくって窓の外を見たい好奇心に襲われたが、心中ではそれと恐怖心が衝突し、行動に移せないでいた。
一時悩んだが、余計なことはしないことにした。
フィヴェは窓の外を覗くのを諦め、化学実験室を逃げるように後にした。
ーーー
廊下もやはり窓外の影響で猛烈に赤かった。
フィヴェ「(何で…何でこんなに赤いんだ!?…そもそも何で私は化学実験室に…)」
とにかく、すぐに帰宅しなければと階段を降りる。
幸いにも、化学実験室で目が覚めた時から荷物は持っていた。
フィヴェ「(私は…あいつらとこうして階段を降りて…そのあと…目が覚めたら…)」
そこまで思考が行き着くと、フィヴェははっと気付いた。
フィヴェ「あ…あいつら…あいつらもどこかに居るの…!?」
ヤイトは職員室で目が覚めた。
ヤイト「…はっ…って、ここ職員室か!?何で!?てか、めっちゃ赤い…」
ヤイトも目が覚めてすぐ、フィヴェと同じ疑問を抱いた。
そしてフィヴェと同じく、荷物は持っている。
だが、ただひとつだけフィヴェと違う疑問を持った。
ヤイト「あれ…?まだ7時だよな…?何で先生方誰もいないんだ?」
職員室は、ヤイトを例外とすればもぬけの殻であった。
7時と言えば、生徒が完全下校する時刻で、教師達は余裕で勤務中の時間帯のはずだ。
現につい先程まで自分らは教師による補習を受けていたではないか。
百歩譲ってクラスや部活を持っている教師が全員教室や部室、各特別教室に居たとしても、非常勤や級外の教師が一人や二人居てもいいものだ。
ヤイト「総出で見回りでもやってんのかな~…まあ確かにこの学校結構広いけどよ~」
ぶつぶつ言いながら、ヤイトは居ても意味はないと判断した職員室を後にした。
ちなみに、職員室は一階。
職員室側から職員室の入り口を見ると、その外にはガラスが張ってあり、そこから外の景色が見える。
ヤイトは呟いた。
ヤイト「赤いなあ…」
シグスは卓球場で目が覚めた。
シグス「…うぅ~ん…」
シグスも二人のように辺りを見渡し、辺りが猛烈に赤いことに驚く。
シグス「ん、何でこんなに赤いんだ?それに何で卓球場に…まいーや。とっとと帰ろ」
二人と比べると恐ろしいほど冷静に(と言うか楽天的に)状況を飲み込むと、さっさと卓球場を後にしようと戸へ向かった。
しかし、ある違和感が気になり、シグスは立ち去る前に後ろを振り向いた。
卓球場は、体育館棟の一階にある。
戸の反対方向にはガラス戸があり、外の景色が見える。
いつもならそこから近隣住宅やら店舗やらが見えるところだが…
シグス「何もない…」
その通り何もない。
すぐ外の、校門から駐輪場へ直行するための通路と、そこと外界を隔てる塀があるだけで、その外は、ただただ赤々とした、不気味な虚無の世界が広がっていた。
実は、卓球場からは見る位置や角度を変えれば校門の様子を窺うことも出来たのだが、その時のシグスはそこまでしなかった。
オーネは図書室で目が覚めた。
図書室は結構広いが、プロジェクターやスクリーンが設置してある、授業用に用意されたスペースだった。
オーネ「はっ…何でこんなとこに私居るんだろ…」
置かれている椅子に座っている状態で目が覚めた彼女は、シグス以外の二人のように異常な赤々しさと自分がここにいる状況に困窮した。
オーネ「荷物はある…誰かが運んでくれたのかな?だとしたら何でこんなとこに…」
荷物を持って立ち上がった。
動かないことにはどうにもならない。
オーネ「はあ…早く帰らないと怒られちゃう…。あ、もう皆帰ったのかな」
図書室は、図書館棟二階にあるかなり大きめの部屋だ。
勉強するスペースや授業を行うスペース、もちろん本も様々なものを取り揃えており、なかなか文句のつけどころがない。パソコンもあり、調べものにはおあつらえ向きの場所だ。
ふと、オーネは誰かの気配と視線を感じた。
オーネ「あっ、あの…す、すみませんこんな時間まで居ちゃって…すぐ帰りますので…」
司書の先生かと思ってオーネは謝ってみたが、応答は無い。
余程怒っているのか、それとも…
オーネ「あ、あのっ」
オーネは再び声をかけてみる。
その直後。
???「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」
何とも文字で表現することの難い、おぞましく不気味な、叫び声に似た音をその「気配」は発した。
オーネ「ひっ…!」
オーネはここで、相手が司書の先生などではないことを確信した。
今の咆哮も勿論おかしかったが、何ともご親切なことに「気配」が自分から、本棚の影から姿を現してくれたのだ。
黒い、確実に人ではない人型の何か。
比喩するなら、少し懐かしい表現だがテレビの砂嵐のように姿が定まらない謎の生物。
オーネ「何なの…これ…」
オーネの声が震える。
異常に赤い部屋とはいえ、ある程度この部屋は暗い。
しかしオーネは、暗闇でも目が利くのだ。
その生物の特徴を、嫌と言うほど頭に叩き込んでしまった。
階段を降りていたと思ったのに、突然図書室に居たこと。
周りが異常に赤いこと。
そして、謎の生物。
オーネは、困窮し、そして恐怖した。
???「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!!!」
謎の生物が襲いかかってくる。
オーネ「きゃああああああ!!!」
オーネの悲鳴が、図書館棟に谺した。
ティンは高校18HRで目が覚めた。
ティン「ハッ…こっ、ここは一体どこだーっ!!!」
訳のわからない状況だというのに、シグスも然りコイツはコイツで全く動じない。
いきなり一人芸を始めるほどのおバカ、それがティンだ。
ティン「わーお!!!外が真っ赤っかでござる!!!やっべーよ超やべーよ!!!」
他の皆には周囲の状況確認をして自分が今どうなっているのか考え、これからどうするか行動に移しているものも居た。
しかし…。
ティン「ん?…うおおおおおおこいつやっべーよマジやっべーよ!!!机ン中にエロ本隠してやんのーーーーーー!!!はっはー!!!やべーよ貰ってこー!!!」
コイツが確認するのは他クラスの生徒の机の状況である。
ティン「あ、もうこんな時間か、帰るかー!はっははー!帰ったらこれ見よー!!!」
鼻高々にエロ本を掲げ、別に誰に見られているわけでもないのにしつこく周囲を確認すると、そーっとカバンにエロ本をしまいこみ、サーッと18HRから撤収していった。
セヴィンは高校29HRで目が覚めた。
セヴィン「うぅ…あ…あれ…?私、階段を降りてたはずじゃ…」
突っ伏していた机から顔を離し、辺りを見渡す。
セヴィン「な…!(なにこれ…あ、赤い!!)」
周囲の赤いのに驚き、荷物を持って立ち上がった。
教室はどこのHRも全く同じ構造のため、セヴィンはここがどのHRかわからなかったが、掲示物やら黒板の書き置きやらが微妙に違うので、自分のクラスではないとわかった。
入り口を見ると、「29HR」と書いてある。
セヴィン「(何か変…でも、とにかく帰らなくちゃ)」
セヴィンはそのまま29HRを出て、階段を降りていった。
その時、セヴィンのスマホが鳴った。
セヴィン「!!フィヴェ…!?」
オーネ達十人のグループLINEだ。
本来持ち込みはともかくとして校舎内での使用は禁止されているので少し迷ったが、こんな状況だ。致し方ない。
すぐにパスワードを打ち込んで開いた。
フィヴェ『皆、今どこに居るの?』
返信はまだなかった。
ニーネは音楽室で目が覚めた。
ニーネ「あれ…音楽室?…てか、なんかすっごい赤い…」
その時、ニーネは物凄い目線を感じて背筋が震え上がった。
ニーネ「ひいっ!?」
何者かと後ろを振り返ったが、毎度お馴染みベートーベン氏の威圧的な肖像画だった。
ニーネは心底ホッとして胸をなで下ろした。
何でベートーベンはこんな睨むんだろう。
一説には朝食がマズかったからとか言われてるけどそんなクッダラナイ理由で睨まないでほしい。
とか何とか心のなかでボヤきながら音楽室を後にした。
トゥオはバスの中で目が覚めた。
トゥオ「(…?何だここは…バス…?)」
彼は後ろの方の座席に座っていた。
荷物は足元に置いてある。
トゥオ「何で俺…バスなんか乗ってんだ?」
疑問符を頭上にいくつも浮かべながらバスを降りた。
途端に視界が真っ赤に染まる。
トゥオ「(うっ…赤い!?)」
まずその景色の赤さに驚いたが、自分が乗っていたバスをもう一度見ると、その姿に心当たりがあった。
バスのすぐ後ろに体育館棟がある。
ここは朱月高校だ。
そして、朱月高校のこんな場所に止まっているバスなんてひとつしかない。
寮生のための送迎バスだ。
何故それに寮生でもない自分が乗っていたのかは未だに疑問符沙汰だが。
トゥオ「何だってんだ一体…訳わかんねえよ…」
その時。
【きゃああああああ!!!】
すぐ近くの図書館棟から悲鳴が聞こえてきた。
聞き慣れた声だった。
トゥオ「この声…オーネか!?」
トゥオは考える間もなく図書館棟へ駆け出した。
フォールはバスケットボール部の部室で目が覚めた。
フォール「はわー………んん!?ここ…どこ!?バスケットボール…バスケ部の部室かなあ?」
目が覚めて早々持ち前のお喋りキャラが爆発するフォール。
感情の起伏が一番激しい彼女は、この状況に置かれたことに対して一番大袈裟に驚いた。
フォール「ええっと…ええっと…これ、どういうことかなあ…」
足元の荷物を拾い上げ、困惑しながら部室のドアをガラッとフォールは開けた。
赤い景色が一気に目に飛び込んでくる。
フォール「わわっ…そ、空が赤いよお!!夕焼けじゃないね?何なの?」
周囲に誰か居るわけでもないのに、他の皆以上に騒いでみせるフォール。
その時、フォールは教育棟の方に誰かが走っていくのを見た。
フォール「あ!あれトゥオじゃん!おーい!トゥオ~~~!!!見て見て!空が真っ赤っかだよ~~~!!!」
本人の事情も知らずに、わかりきったことを叫び散らしながらバカみたいな速さでトゥオの方へ駆け出していった。
チフレーは教育棟屋上で目が覚めた。
チフレー「はっ…ここは…屋上…?」
他の皆と同じく、まず気付くのは周囲が赤いこと。
そして、周囲が一番よく見渡せる屋上だからこそ気付けることも多々あった。
チフレー「周囲が異常なほど赤い…どこかで火事…いや、火事でここまで空が赤くはなりませんね」
周りを見渡す。
チフレー「それに…何故か学校以外の建物が見当たりませんね」
スマホを見る。
フィヴェ『皆、今どこに居るの?』
セヴィン『学校』
フィヴェ『私も…なんか気がついたら化学実験室にいて』
セヴィン『フィヴェも…!?私は気がついたら29HRに…』
チフレー「学校中に散り散りにされた仲間達…なるほど」
チフレーはスマホをしまうと、不気味なほどに赤く染まった午後七時の空を見上げた。
チフレー「この設問…どうやら、私には証明できない難問のようです」
長い夜が、始まった。
満月でも半月でもない中途半端な形の月が、禍々しい嘲笑を放っていた。