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アルタ・ダーナ ~巡る運命~  作者: 元帥
~エピローグ~
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~エピローグ~

………また、同じ夢を見た。

 ここまで来るまでに何度も同じ夢を見た。村を出る前も前世の記憶を見てきたけれど、お姉ちゃんたちと始まりの樹があった場所に行こうと決めた日、というよりは前世の自分と一時の別れの挨拶を交わした後からはアインの夢を見る頻度が少なくなっていた。

 しかし、始まりの樹へと近づくに連れて、とあるワンシーンの回想だけが何度も再生される様になっていた。

―――まるで何かを思いだせと暗示しているように。

 夢の内容はというと、実はあまり分かっていない。回想すら全体に靄が掛かっていて、視聴者である僕自身へと映像をしっかりと回していない所を思うと、そこのチャンネルは出来がよろしくないのか、はたまた思い出そうとしていないだけなのか。

それとも………第三者による妨害なのか?

 結局のところこの夢の詳細は一切分からないまま、僕たち三人は始まりの樹があった場所にやってきていた。

 巨大な大樹だった始まりの樹、その樹自体があの世界を支えていたのかもしれないと連想させる程の大樹は、今では物の影すら無くなってしまっていた。

 そこにあったであろう始まりの樹はおろか、その周囲一辺もろとも全てが変化していた。ここには初めから何もなかったと主張するような風景の変わりようには僕とお姉ちゃんはただ呆けるだけしか出来なかっただろう。

 長い旅をしてきた挙句、目的地だった場所には何もなかったという事となるとどっと疲れが噴出してきたその日は一日中寝込んでいた気がする。

 それでも何か無いかと探すため一週間滞在することとを決めて今日で最終日となった。

 結局分かったことと言えば、始まりの樹は無くなり、レーゲン湿原だった所も今ではただの平原となってしまっていた。

 始まりの樹を守っていた自然の守護者の立場だったレーゲンも、守るものが無くなってしまえば消えてしまうのも当たり前か。

 変わったといえばこの一帯もそうだ。

 剥き出しだった筈の岩肌も、綺麗な草原に変わっている。地平線の彼方まで見渡せそうな草原には一本も木が生えていないのもなんだか不思議な物だ。

 夜になってからは雑談も少々だけ交わした僕らは明日の為に早めに睡眠をとった。



 吹きさらしの天井からは太陽のように白光を照らしだす大きな月明かりを僕は毎日浴びていた。周りを輝いている星々よりも大きく輝いている月は眩しく、何となく羨ましいとも思っていた。

 まるで主役だと言い張るような強さを持っていそうな月だが、実は照屋さんなのかなと考えてもみたり、威張るような奴だったりと月の事を妄想してみる。

 きっと自分は月の脇にいるような、目立たない星だと言い聞かせていた。一人で生きていた僕には眠る間までの時間をそうやって過ごしていたのだろう。

 ふと、砂嵐のようにノイズの走った画像が流れる。

―――来る?

 ノイズに混じりながら聞こえてくるのは誰かの声だ。凛とした女性の声、その声は僕も知っている人物なのに、その人の名前を思い出せない。

 きっと、今日の夜が満月だったからだ。前世の事を思い出しているのだろうが、なんでこの場面だけ異様にノイズが走っているのだろう。

―――私と一緒に来る?

 今度はしっかりと聞こえた女性の声。

 ああ、そういえば、唐突に分かれることになってしまった人を思い出した。

アインがアインのままでいることが出来るようになった人、僕の原点となるアインを作り上げた人。

 名前を思い出した瞬間、そこで目を覚ました。

 

 服は軽く汗を吸っており、額には汗が滲んでいる。うなされていたのかと二人の方を見ると、ぐっすりと眠っていたので特にうるさくしていたわけではないようだった。

 寝付こうともう一度瞼を閉じるが、目が冴えているせいで寝付こうにも寝付くことが出来なかった。

 軽くため息を付いてから僕は外に出た。火照った体と服を冷やすためには寒すぎる風だが、今の僕にはちょうど良い。

 息を空に向かって吐き出せば白くなって消えてゆく。凍えるような寒さを運んできた季節、冬は僕も嫌いな時季だ。

 テントから離れ、始まりの樹の入口があった場所にやってきても、あるのは草原だけだ。

 前世のあの世界は一冊の本に出来てしまいそうな夢物語のよう。竜がいて、世界の敵がいて、神様がいて、そしてその主人公が前世の僕。

 長い旅路はこの場所で終わっていて、あの物語もこの場所が最後だ。あの物語を認知している人間なんてきっと、数える程しかいないのだろう。

 見渡す限りの草原に横たわり、朧げに空を見上げる。

 今日は満月だというのに、一点の厚い雲に覆われてしまって太陽のような光を照らしだすことが出来ないでいた。

 騒がしく音を奏でそうな虫たちも、荒々しく息遣いを上げそうな獣たちの音や気配が一切感じられない。もしくは、深夜帯の時間という理由もあるかもしれないけれど。

 世界は時間が止まったかのように静寂という無音に包まれていた。

 息苦しさを感じさせるほどの無音、風でも吹いてくれると助かると思うのはこの瞬間が最初で最後だろう。

 眠くない瞼を閉じて夢の内容を思い出す。

あの人と過ごした毎日が喧騒とした日常は面白い冗談の用みたいに思えて軽く笑ってしまう。

………いや、冗談と思うのは失礼か。

 世界を知ったアインの幸せは、僕には分かり合えないと思ったから。

 0からのスタートは、知ることの喜び、愛されることの喜びを、知らなかったアインは本当に、あの人のおかげで作り物だった笑顔も、本当の笑顔になったものだと思うと、今を生きている僕の幸せは、アインよりは弱々しく感じてしまう。

 世界を知るまでのアインを0と例えると、僕は知ることの喜びや、愛されることの喜び。お姉ちゃんやキーアがいる現世はきっと100くらいだ。それぐらい離れているとそう思えてしまう。

 それでも夢のようなひと時だったと、緩急がついたあの人との毎日だったけれど、過ごした時間は楽しかったと感じた。

 当たり前のような世界。

 当たり前じゃない世界。

 その二つが交わって0にもどると思えば、また1からできる事だってある。

 どんな些細な出来事だって、思い起こせば奇跡のようなもので成り立っている。

 毎日が呆れるほどの同じことの繰り返しだったのに、同じ出来事がある日なんて一日も無い。

 それが、もう戻ることの出来ない掛け替えのない時間なのではないのだろうか? これからの時間、楽しいような時間、不安に思える事柄は沢山ある。

 その時間を作ってくれたのは紛れもなく、アーク村から連れ出してくれたあの人だ。

 だから、アインはあの人に直接言いたかった筈の言葉を言えなかったことに後悔があるのではなかったのだろうか。

 瞼が日差しに当たったかのように白く染めあがる。

 急激な変化に吃驚してしまった僕は勢いよく体を起こして前を見ると、雲に遮られていた筈の月の光は、白昼を思わせるような輝きを持って地表を照らしていた。

 黒い海を連想させていた草原は月光によって目を覚ました光虫が舞い上がり、黄色と緑色の大地と空の黒色と僅かに照らされた青色が織り交ざったコントラストは即興で作り上げられた劇場のようにも思えた。

 ステージの外から眺めている僕自身はただの傍観者の位置付けだ。劇場というあの空間の中には団員も、それを見に来る観客はおろか、登場人物すら設定されていない空っぽの物語なのだろう。

 そこに素材があるだけで、その素材を使う人は名乗ることもなく、そのステージは消えていく運命にある。

 だから、今この一時の瞬間だけ舞台の幕が開くのだろう。

 背後に感じた人ならざる者の気配、ただその気配は恐ろしいもの者の類ではなく寧ろ、心地良い部類に入る。振り向きたくなる衝動は、餌を与えられた犬が主の命令を待っている間の物と酷似している。

「こんばんは、今日は良い月だね」

 昔と変わらない声音、鈴の音のように凛として通るような声に、静まり返っていた世界が再び息を吹き返すような感覚。

 息苦しかった空気が一変して動き出したことで、息を吸うのも楽になった。

 振り返った先にいるのはあの村から連れ出してくれた恩人。アインに感情という物を与えてくれた人物であり、一人で生きていけるための力を付けてくれたのもこの人だ。

 もはや他人事のように思えない。アインならきっとこの人に会うことが出来たのなら僕と同じ突飛な行動をするだろう。

何故なら、僕は彼女の顔を見た瞬間に涙が出てきてしまっていたから………。

「ちょっと、なに泣いているのよ?」

「ごめん、なんかミーナの顔を見たら嬉しくなっちゃって」

 少しだけ汚れた着物は、前世の時から何も変わっていない。図書館で調べ物をしないと出ない部類の着物という服は現世では存在していない服装だ。

 手元には愛用している太刀に、括りつけられた風呂敷。パンパンになっている風呂敷の中身はきっと昔と変わらないくらいの四次元空間になっているのだろう。

「変わらないね、ミーナは」

「そういうアインだって………」

 変わらないと言おうとしたのだろう、だが、ミーナは僕の姿をまじまじと見ながら短く頷きながら笑みを浮かべた。優しい手つきでミーナは僕の頭を撫でてくると途切れた言葉尻を繋ぐ。

「すごく変わったね。うん、すごくたくましくなっている」

 その笑みは子供の成長を嬉しく思う親のように母性に満ちている。産みの親ではないミーナだが、独り立ちまで育て上げてくれたのはミーナ自身だ。

 だから、ミーナの気持ちは何となく分かる気がする。

 隣に腰かけたミーナはこちらを向く。

「教えてよ、貴方が見てきた数々の物語を。感じてきた感情を」

 それはミーナに言われるまでもない事だ。この人に会ったらいっぱい話したいことがあり、それを教えたくてしょうがない自分がいる。

 他愛ない話から、今までの冒険の数々、王宮で竜騎士になってから、姉を追い続けたこと。信頼できる友達が出来たこと。

 自分が前世のアインではなく、今を生きている自分ということも。

「色々な物を見てきたんだね」

「いっぱい感じてきたしね」

「………私ね、少しだけ後悔していたんだ」

 ミーナの声は低目になり視線も外された。何か後ろめたいことがあるのだろう、というよりはミーナ自身が後悔していると公言している。

 僕は聞き返すとミーナは頷く。

 ミーナ自身はまだあの時のアインを独り立ちさせるのは早すぎると悩んでいたこと、だが、それ以上に悩んでいたこというのは自分が取った選択肢がアインを幸せにすることに出来たのかということだ。

 別れた当初は遠くから助けていこうとも考えていたらしいが、それではアインの為にならないという事、もう少しだけ待てばよかったのではないのかという不安があったらしい。

 だが、今の僕を見てミーナはなんだか満足してしまったらしい。

「さてと、朝日も近くなってきたし、そろそろ行こうかな?」

「………行っちゃうの?」

「うん、今のアインを見られたからね」

 もう、会えないのだろうか? そう思えてしまうとすごく寂しい気持ちに支配される。まだいっぱい話をしたい。もっと、一緒に過ごしたい。けれど、それはミーナが望まない事柄だ。

 奇跡のような時間も朝日が昇れば終わってしまうのだろう。本当にこれでミーナとは会えないのだろう。

 なら、前世のアインがミーナに言いたかった感謝の言葉を………世界の広さを教えてくれた人に、自分が存在するための理由を探すことが出来る切掛けを与えてくれた人に伝えなければいけない言葉を。

「ミーナ!」

 立ち去ろうと背を向けていたミーナを呼び止めながら体を抱きとめて、僕たちはミーナへと感謝の言葉を言い放つ。

「ありがとう! ミーナに会えて本当に良かった! 僕たちは幸せだよ!」

 二人のアインの感謝の言葉。淀みも無く、誠意をもった感謝の言葉にミーナは少しだけ俯いて、そしてやっぱりいつものような笑顔で振り向いた。

「じゃあねアイン、今度はお酒が飲めるくらいまで大きくなったら、また会いましょう? それと、今の貴方の目的ってなに?」

 そう言い放った瞬間、僕たち間を引き裂くようにつむじ風が吹き荒れる。その風はミーナが起こしているようにも思えて、きっと昔と同じように空の彼方へと消えてしまうのだろう。

 風がやむと、やはりそこにはミーナの姿は無かった。

 空には朝日が差し込み、暗かった青空を朱に染めていく。新しい朝がやってきたような感覚。

 お姉ちゃんもキーアも起きて寝床にいなかった僕を探しに来たのだろう、速足でやってきた二人の手を僕は握りしめて空を見上げた。

 そこには、赤い空を横切っていく白銀の竜を眺めていると二人もその正体に気が付いて、目が釘付けとなる。

 僕の今の目的を答えるために、ミーナの質問を答える為に声を張り上げた。

「僕は、皆を守っていく! この幸せな時間を守っていく!!」

 それが、アインの望んだ世界だから、それを守っていきたいと思った僕だから。

 だから、ミーナは安心して。僕は自分の未来を見つけることが出来たんだよ。それも全てミーナが世界を見せてくれたおかげなんだ!

 僕の言葉が届いてくれたのだろうか、白銀の竜の咆哮が辺りを木霊する。嬉々としたようにこちらも笑顔を浮かべたくなるような鳴き声。

 両手には守っていきたい家族がいる。それは長い旅路の果てに見つけたアインが自分の存在意義を見出した結晶だ。

 僕は二人に笑顔を浮かべてミーナが消えていく空を眺めて、再び言葉に出した願いを思い描く。

 もう失わないように、後悔しないように、この手を離さないで未来を生きていこう。僕らの時間が止まる時が来るまで。

 ずっと………ずっとずっと――――。


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