~アルマの悩み~
アーク村から少しだけ離れた場所に小さな丘がある。そこは村の全域を一望できる高台であり、なにかあった時などの緊急事態に備えて作られているのだが、今のところ緊急事態に陥ったことは一度もないため、平和といえば平和な村だと私は思う。
お父さんというより、私にとってはお兄ちゃんとずっと呼んでいたためにお父さんというのは少しだけ違和感があるためにあの人の事をお兄ちゃんと呼ぶが、あの人達がなぜここに根を下ろしたのかは何となく分かった気がする。
村自体が森に囲まれており、昔みんなで過ごした王宮の森林公園にそっくりだ。昔というよりは前世の頃の私の話だけど。
高台まで到着すると思っていた通り、キーアがそこに居た。
膝を抱えるように座り、村を眺めているのだろうか。しかし、今の時間帯は深夜なので何も見えるはずはないのだが。
私はキーアの隣に座る。特に話しかける訳でもなく、キーアから話しかけてくれるまでは何も聞こうとは思わない。
ぼうっとキーアの視線は村に注がれていると、ちらりとこちらに視線を向けてはまた村に視線を落とす。
「あぁもう、なによアルマ?」
「やっと口を開いたね」
観念したようにキーアは私に向き直る。
「まったく、貴方にはかなわないわね」
「アインと、喧嘩したんだって?」
私は早速話を切り出すと、キーアは口篭もる。ここに来た理由もアインがキーアと喧嘩をしたという話を聞いたからここに来たのだ。
自分の存在を否定されたとアインは言っていたのだが、キーアの様子を見ているとキーア自身も何かしら反省はしているようだ。
「怒らせるつもりは無かったんだけどね、私も前世のアインと比べたのが悪かったなぁ。あの子はもういない存在なのに、今のアインはどこか空っぽだし」
「あの子はまだ十歳なのに、あれこれ悩ませるような事を言ったからでしょう? 精神が不安定なのに前世や現世の話なんかをしても余計じゃない?」
「分かっているけど………さ。昔だったら寂しい顔なんかしないで、笑っていたのになぁ」
キーアの物言いに、これはアインも怒るに決まっていると思いながら話を聞くと、キーアの方が前世のアインに未練があるような気もしてきた。
昔の方が良かった、なんて言われればあの子も怒るに決まっている。
「昔に囚われているのはキーアの方じゃない」
「え?」
「キーアが、前世の頃のアインとどう過ごしたかは私には知らない出来事。キーアの反応から見れば、どういう風に過ごしてきたのかはなんとなく察しが付く。
貴女がどれだけアインを愛していたのかも分かる。けれど、私も、アインも、新しく生まれ変わったこの世界の皆は、昔と同じ存在ではない。私は記憶を共有したけれど、今を生きているのは今の私たち。昔の私たちではないわ」
「アルマ………」
「さっきからキーアが口走っている単語を教えてあげようか? 昔のアインなら笑っていた、昔のアインならこんな顔をしなかったって、言っているのよ? そんなことをアインの前で言えば、嫌でも喧嘩するに決まっている。それともキーアは、今のアインはアインじゃないっていうの?」
囚われていないと反発される前に釘をさした私はキーアの出方を伺う。しかし、キーアは私の言った事に目を丸くした。
「アルマには分からないから言わせてもらうけれど、この世界はお兄ちゃんが寄生竜によって崩壊した前の世界を、サンサーラを使って再生させた世界なの。けれど、私たちが本当に大事にしているのは、前の世界でソーマとスーリヤ君が産み落としたアインの訳であって、今のアインじゃない!」
「だから、あの子は愛せないって言うの?」
「………」
その沈黙は私にとってひどくショックだった。お兄ちゃんと慕っていたと思っていたあの光景は全て嘘で作られた光景だったのかと。
「知っているわよ、この考えが本当は酷い物だって。でも私は、今まで人間に受けてきた痛みを忘れたりはしていない。けれどね、それはアインと出会うまでの話だったの」
「………え?」
「私は王宮に捕まっていて、研究者たちの実験台となっていたの。そこの施設は全て壊したけどね。
でも、王宮の情報網は凄くてね、すぐに私を捕まえにやってきた王宮からの追手にアインがいた。その時はまだアインだとは分からなかったけれど、一緒に旅をしている間に確信に変わり、憎むべきはずの人類を少しだけ観察しようって思い始めた。
それからは人を見る目が変わってきて、そして成長していくアインを見ていきたかった。だから最後までアインに付いていったの。最後まで成長しきれなかったから私はああいう形でしかあの子を成長させることしか出来なかったけれどね」
ああいう形とはきっとキーアの最後の事だろう。私の記憶にはキーアの姿は一つも映ってはいない。
「だからかな? 知らないうちに昔のアインを今のアインに重ね合わせたかったんだと思う」
「キーア………」
「心配させて御免なさい。探させて悪かったわねアルマ」
「私はどうでも良いけど、でも」
でも、キーアはそれでいいのだろうか? このまま家に帰って良いのかと考えてみるものの、解決案は見つからないまま私たちは家に付いてしまう。
寝室には既にアインが寝付いており、私たちも布団の中に潜りこんで瞼を閉じる。キーアもアインもこのままではいけないけれど、一体私に何が出来るのだろうか?
解決しなければいけないのはアイン達だ、私が前に出てやれることは特にない。
――ねえ神様、どうかこの子たちに祝福を与えてください。また、バラバラになるのは嫌………だから、お願いします。




