~苦悩~
「いたたっ」
「男の子なんだから我慢する。まったく、あれほど喧嘩したら駄目だって言ったじゃない」
「喧嘩はしていない、一方的にやられていただけだよ」
「それでも喧嘩したことには変わりありません」
腕に絆創膏を張られた上から音が鳴るくらいの強さでお姉ちゃんは追い打ちをかける。ジーンと波紋のように広がっていく痛みに痺れながら家の中を見渡すとキーアの姿がどこにも見当たらない。あれからこの家に帰ってきていないのだろうか。
「キーアは帰ってきていないの?」
「ん? そうね、帰ってきていないわね。あの子どこに行ったのかしら」
なんとなくだけど、心当たりはあった。
「あの子と喧嘩した?」
心の中を探り当てるようにお姉ちゃんは勘が良いから困る。
「その顔は喧嘩したんだ」
「だって………」
自分という存在を否定されてしまえば誰だって怒るに決まっている。昔の方が良かったみたいにキーアが言うから、むっとしてしまって口喧嘩にまで発展してしまった訳だ。
「お姉ちゃんはさ、自分の存在を否定されたらどう思う?」
「それがキーアと喧嘩した内容なのね?」
僕は頷くと、お姉ちゃんは考えるように唸り声を上げる。
「分からないわね」
「へっ!?」
あまりにも思ってもみなかった答えに素っ頓狂な声を上げてしまう。
お姉ちゃんならいつも親身になって考えてくれるのに、この議題についてはお姉ちゃんもお手上げのようだった。
「じゃあ私から質問するけれど、アインは死ね殺すぞって言われたらどう思うの?」
ただの挨拶と同じくらいまで言われる様になってしまった言葉の一つだが、それは誰もが本気で言っている訳ではないからだ。
もしかしたら本気で相手に言っているのかもしれないけれど、その言葉を実行できるほど人間は上手くできていない。出来るのはほんの一部だけだろうが、理性という物が人をその行為まで行かせないようにしているのだと僕は考えている。
「ただの威嚇のようなものだと思う」
「じゃあ、アインじゃなくて、もう少し気の小さな子だったらどうなるかな?」
言葉を間に受け取ってしまい、一日中怯えて暮らしていくか、その恐怖から逃れるために自分から死を選んでしまうかのどちらかになる。と言ってもそれはあくまでも予想なので実際の所は分からないと言った方が良い。
「アインがキーアからどんなことを言われたかは分からないけれど、あまり本気になって思いつめなくてもいいんじゃないかな?」
「でも………さ、お姉ちゃんは、前世だった時のお姉ちゃんの方が良いって言われたらお姉ちゃんはどうするの?」
このままでは僕が欲しい答えに行き着かないと思った僕は、キーアが言った事をお姉ちゃんに置き換えて問いかける。
なるほどと短く呟きながらもう一度考え込む。きっと、お姉ちゃんの事だ、今の質問で僕とキーアの喧嘩をした理由を察したかもしれない。
「アインが求めている答えなのかは分からないけれど、少し前まで私もアインと同じ様な事を考えていたわ」
「僕と?」
「前世の頃の自分の考えと、生きている今の自分の考えが類似していたら、それは本当に自分の想いなのかって疑問に思ってしまったの。
だって、この想いは前世の自分の想いなだけで、私が考えていることとは違うのではないのかって」
前世の願いでもあり、今の自分の願いでもあるとお姉ちゃんは言った。類似していた想いだったが、その時の表情には迷いなど微塵にも感じなかった。
「最初は戸惑ったわ、ただ借り物の想いを自分の物であるかのように掲げて、いざ、考えて見れば何も持っていない空っぽの器だけ。そんな自分は一体何者なんだろうって」
お姉ちゃんの考えは僕と似ている。夢を見始め、それが自分の前世の時の自分だと理解してからはずっと自分の存在は何者なのだろうと考えていた。器である僕らに神様は何をやらせたいのだろうかと思えてくる程に。
「でもねアイン? あの夢を見る前から私は貴方を守ろうと思っていたから、逆に昔から同じことを考えていたんだなって、あの夢のおかげで私は私なんだって気付かされたの」
そう言ってお姉ちゃんは頭を撫でてくる。
「いつかアインにも分かる時が来るわよ。納得のいく答えがね。アインはもう寝なさい。キーアは私が探してくるから」
「うん、分かった」
外も寒くなってきて上着なしで出歩くのは厳しくなってきたからだろう、お姉ちゃんは上着を羽織って家から出ていった。
お姉ちゃんに相談して良かったのかと言われると少しだけ満足出来た。お姉ちゃんにはお姉ちゃんなりの解釈であの夢の事を受け入れていること、僕が少しだけ考えていたことはお姉ちゃんの答えで和らいだ気がする。
でも、やはり一つだけ自分の中で納得のできない事がある。アインの人生が、本当に幸せだったのだろうかという点だ。
これだけは、器である僕自身が本人に聞かない限りは納得のできない点だからだ。
「神様教えてよ、あの夢はなんなの? 僕に何を言いたいの?」
天井を見上げて問いかけてみるものの当たり前だが答えは返ってこない。夢を見せているのはきっと神様だ、そうでなければこんな出来事なんて起こるはずがない。
意地の悪そうな神様だな、なんだか今の僕の状況を見て笑っていそうだし。
「もういいや、寝よう」
若干ふて寝気味に布団の中に入り瞼を閉じる。意識の底へ沈むように深く、深く落ちていく。
眠るとき簡単に熟睡まで行くということは、今日も夢を見そうだ。前世の記憶と共有する時にはこうして眠るまでの時間が極端に早いのだ。
さて、今日はどんな夢を見させてくれるのだろう。




