~さよならは言わず~
酔いつぶれた皆に布団を羽織らせて食器の片づけをする。ほんのりと頭に靄がかかったように視界は安定しないが、歩けないという程ではない。
「手伝うよアイン」
「あ、うん。ありがとう」
結構飲んでいたような気がしたけれど、ミリはそれほど酔っていなさそうだ。酒が強いのだろうか。
僕は三杯飲んだあたりで気持ち悪くなったので止めてからはずっと話をしていたが、三人は大丈夫なのだろうかと思うくらいに飲んでいたので、明日は大変だなって思う。
男子二人が並んで食器の片づけをする絵面はなんだかシュールだ。
「ミリ、お酒強かったんだね」
「俺も意外だったよ。そういうお前は逆だったな」
「あはは、僕もビックリだったよ。今でもくらくらするし」
洗い物も終わり部屋の片づけをしてソファーに腰かける。眠りこけているのは僕ら以外なので話し相手は誰もいない。
「なあ、アイン。最後に俺と勝負してくれないか?」
「………いいけど、大丈夫?」
「どちらも酔いは回っていないだろう? それに、アルマさんには負けちまったけど、やっぱり、どうしてもお前とは最後にやりたかったからな」
「分かった、それじゃあ外に行こう」
お互いの承諾を得て僕らは外に出る。深夜帯だと草木も他の家も静かだ。無音とまではいかないが、今日はやけに静かに感じる。
「今日でこの勝負も終わりなんだよな」
「うん、そうだね」
「………なあアイン?」
「なに?」
「お前は、俺が王宮に行くことをどう思っているんだ?」
答えは言うまでもない。行かないでほしいと思っているけれど、ここで僕が何かを言えば決心していたミリが、何かの拍子に行くことを止めてしまいそうだと思った。
「特に何も、行けばいいと思っているけど?」
僕の言葉にミリは少しだけ眉根を寄せる。
「なんだよ、俺がいなくなることなんてどうでも良いってことかよ?」
「………」
「そうかよ、なら俺はお前を倒して、世界の頂点になってやる」
「ふふ………」
「何が可笑しい?」
「いや、僕に一回も勝ったことないのに、よくそんなことが言えるよねって思っただけ」
僕は構えを取ると、ミリも同じように構えを取る。お互いに得物はない。素手同士の戦いは基本的に僕に分があるけれど、今宵の戦いはどちらも本気の勝負だ。
「御託を言っているかどうかは、次の一発で思い知れ」
動き出したのは二人とも同時だった。
「はぁっ!!!」
「うおぉぉっっ!!」
アインの掌打とミリの拳打、互いの豪打が衝突し、乾いた音が辺りを包みこむ。
五指を広げ、拳を握り込むように捕まえて関節を逆の方向へと反転させる。容赦なくアインは膝を巻き上げるようにミリの関節を圧し折ろうとしたが、読んでいたミリはアインが繰り出すよりも先にアインの脇腹に蹴りを放っていた。
表情を曇らせた隙をミリが見逃すわけもなく、アインの五指を振りほどいて懐へと潜り込む。
腰を捻り、遠心力を連動させて入れ込んだミリのパンチはアインの胴体の中心部、鳩尾を捕えていた。
「かはっ!?」
横隔膜を叩かれたことで瞬間的に呼吸をすることが困難となったアインは膝を付いてミリを睨む。
「言っただろう? 今夜、お前を倒して俺は世界一になるって」
「ふふ、そっか。そうこなくっちゃねっ!!」
鎌で刈り取るかのような鋭い足払いがミリを襲う。すかさず、両手で自分の体を回転させながら、態勢を崩したミリの横合いをアインの蹴りが二回三回と薙ぎ払う。しかし、アインの猛攻は止まらず、腕を屈伸させるように曲げ、ミリの胴部へと両足を叩き込んで宙へと上げた。
「旋風!!」
体を錐揉みさせながら螺旋あげられた杭のようにミリの腹筋を貫く。
「ぐおっ!?」
地面へと受け身も無しに倒れたミリの元へとゆっくりとアインは辿り着く。
「あれ、終わりなの?」
アインは目を細めてミリを見つめる。これがミリの本気ではないだろう。まだまだ立ち上がるだろうと警戒は解いていない。
反応がないミリの近くまで顔を近づけると、カッと見開いたミリの顔に驚いた時には、死界から飛んできたミリのパンチがアインを直撃する。転げたアインの体を馬乗りに覆いかぶさり殴打を浴びせかけようとする。
だが、蛇のようにアインの両手がミリの脇の下を通ると、ミリの顎を跳ね上げるように手のひらを組む。
ミリの背中を逸らせるようにアインは起き上ろうとするが強引に拘束を外したミリは一度アインから距離を取った。
「やっぱり、強いなぁお前」
「ミリも十分だと思うけど」
「ふん、村一番も名乗れないんじゃあ、世界一なんて夢のまた夢だよ」
腰を低く構えるその姿は、まるで槍を構える容姿そのものだ。
「やっぱり、どうしても一発逆転を狙わないとな」
「ふぅ、僕はお姉ちゃんみたいに手加減出来ないよ?」
「その方が良い、むしろ、お前と俺との差を感じさせろ」
対してアインは体をゆらゆらと陽炎のように揺らめかせる構えを取る。勝負は一瞬、ミリは一跳躍でアインの懐へと入り込み、槍のように束ねられたミリの手がアインを突き上げる。狙うのは心臓、人体急所であるその場所を狙ったのは、一つの手段だからだ。
むろん、この速さとミリの強さで行けば、常人の体は槍に突かれたように貫かれるだろう。
この危機的状況の最中でもアインは集中を欠かしていない。
ゆっくりと残像のように自分の心臓を貫こうとしているミリの腕を躱す。ミリの体の外側に逃げるのではなく、内側に潜り込むように歩を進めたアインは急所を掌打で打ち込んだ。
「毒竜」
心臓、肺、鳩尾、肝臓、腎臓の五か所を的確に打ち込まれたミリは攻撃を繰り出した格好のままで動かなくなっていた。
この勝負はアインの勝利で幕を下ろすことになる。試合も終わりアインは優しくミリの腕をおろし、草むらへ横に寝かせた。
毒竜、その名の通り、人体急所を掌打と寸勁によって莫大なダメージを負わせる技だ。それは全身を毒に侵されたかのようにじわじわと内部を破壊していくものだ。
目を開けて視線を泳がした後ミリは体を起こす。
「………気持ち悪いな。飯が出てきそうだ」
「ごめん、本気でやったからさ」
「いや、それで良いんだよ。ありがとよ」
色々と悩んでいた表情がすっきりと腫物が落ちたかのように澄んでいた。それはミリだけではなく、なぜか僕の方も同じだった。
僕もミリの隣に座り空を見上げる。月は出ていなかったけれど、満点の星空は、月と同等の輝きを放っていて綺麗だ。
「なあ、アイン?」
「なに?」
「最近さ、変な夢を見るんだよ」
「へえ? どんなの?」
夢の内容は僕と同じ物だ。ミリはミリ自身の前世の視点を夢で見ていて、最後にいたるまでの人生を見たようだった。
夢での僕らも仲が良くて、ライバルのような関係を過ごしていた。
「そっか、ミリも同じなんだ」
「お前もか?」
「うん、昔から僕たちはライバル関係だったって思うと、なんだか運命すら感じない?」
「そうだな」
なんか、そっけないな………まぁいいや。
「部分的にしか見ていないから分かるけどさ。前世の俺というか、親父か?」
「ミドおじさん?」
「ああ、親父は俺の目の前で殺されていたんだよ。しかも、アルマさんに」
「………うん」
知っている。そこに僕が居合わせたわけではないが、後々にその事を知った。国の犯罪者として指名手配犯になっていたお姉ちゃんは、自分の目標を成し遂げるために様々な物を捨ててきた。
その内にミドさんの死も含まれている。
ミリは、そこに居合わせたのだろう。自分の目の前で、最愛であったミドさんが目の前で殺されたショックは計り知れないほどの物だっただろう。
それから先、僕らは別れ離れになったのでその後のミリを僕は知らない。
「だからと言って、俺は別にアルマさんの事が嫌いって訳じゃないぜ? 昔は昔で、今は今なんだ。夢ごときでアルマさんを嫌いになったら、それこそ俺の器が小さいってもんだからな?」
「そうだね」
「竜騎士の総長たるもの、常に冷静で寛容で強くないといけないからな」
「ミリならなれるよ」
「なってやるさ」
その瞳には決意した力強さがある。僕もこれくらい物事を強く決められたらいいのにな。
「王宮にはいつ行くの?」
「朝だな。早い方が良いからな」
「そっか………ねえミリ?」
「なんだ?」
「ちょっとだけだからさ、僕の我が儘聞いてくれない?」
「我が儘? 別に構わないぞ。俺達は友達なんだからさ」
友達という言葉が若干照れくさい。
「えっと………さ?」
「早く言えよ、何言われても嫌がらないよ」
「本当に? じゃあさ」
僕は徐にミリの体に抱き着いた。
「………えっ!!?」
ぎゅっと離さないように腕に力を込める。次にいつ出会えるか分からない大切な友達だ。一生会えないなんてことは無いかもしれないけれど、それでも、長い時間会えなくなるのなら、僕はミリという僕の中でも大切な友達の事を忘れないように、思い出に残しておきたかった。
「やっぱ僕は寂しいよ。ずっと一緒にいたんだよ? それなのに、急に王宮に行くとか言ってさ? 会えなくなるかもしれないなんて思ったら嫌じゃないか。どうでもよくなんかないよ!」
「アイン………」
「分かっているよ、本当は嫌だよ! ずっとみんなとこの村で過ごして生きたかったよ。でも、それじゃあ駄目なんだよね?」
大切だからこそ、知らない間に涙が溢れだして止まらない。みっともないって思っている。けれど、自分の言葉や感情を押し殺してまでミリを見送るのは嫌だった。
「竜騎士の総長なんかにならなくてもいいじゃないかって、この村で平和に暮らしていけばいいって、この二日間ずっと思っていたんだ。どうすればミリは王宮に行かなくなるのかなんて考えていたよ………けどさ、僕の我が儘なんかで、皆の我が儘なんかで、ミリが決めた道を外したくなかったんだ」
僕は体を強く抱きしめられ、ミリの手が髪の毛をわさわさと触ってくる。
「ありがとよ………こんなにも思ってくれる友達をもって、俺は幸せなやつだよ」
ミリの頬に軽く唇を宛がうと、仰天したような表情で僕を見つめる。
「別れの言葉は言わないからね」
「ああ」
「ちゃんと、頑張ってよ?」
僕の言葉に、ミリはにやりと口角を吊り上げながら、余裕そうに大丈夫だと豪語した。
試合で疲れた僕らはそのまま朝までこの場所で眠ることになり、日が出はじめてくるころにみんなは目を覚ますと、家の中には僕らがいなかったので、探し回ったようだ。
一番初めに見つけだしたお姉ちゃんが言うには夫婦のように二人で仲良さげに寝ていたらしい。
仕度を終えたミリは僕らが渡したプレゼントを持ってアークの村から出ていった。ミリの姿が見えなくなるまで僕たちはずっと手を振りつづけて。




