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アルタ・ダーナ ~巡る運命~  作者: 元帥
第一章~竜人との出会い~
9/99

 朝、目をさますとそこには知らない人がいた。これまでの経験上、村にはこんな人はいなかったことだけはわかる。一応だけど、アーク村の住人の顔は全員を把握しているので、あの村の人ではないということになる。多分というよりは絶対、外から来た人なのだろう。

「やっと起きたね、寝坊助さん?」

 コツンと人差し指でお姉さんは僕の額をつつく。

 じんわりと広がってくる感触を確かめ、キョロキョロとあたりを見渡して見る。いつもと変わらない殺風景な室内なのに、なぜか温かみがあるのを感じた。いつもは冷たいこの部屋が、お姉さんといるだけでくるりと反転している。

 第一印象としては、“なんだか変わった人だな”と、率直に思う。

 銀色の髪の毛は見たこともなかったから、珍しく、倒壊した屋根からは朝日が差し込まれていて、風に靡く銀髪が綺麗さを際立たせている。

 見たこともない変な服を着こなしており、羽織っているだけのようなものに見える。腰に巻いている紐みたいなものが背中で結ばれているが、それを解けば脱ぎ捨てることができてしまいそうな構図で出来ている服だった。

「私の顔に何かついてる?」

 きょとんとした顔でお姉さんはそう言うと、僕は頭を横に振って返答する。

「それじゃ、改めてご挨拶。こんにちわアイン。私の名前はミーナ。よろしく」

「・・・よろ・・しく」

 ほとんど強制的に手を握られ、ぶんぶんと手を上下に振るお姉さん――ミーナは、にこやかに笑いながら力強い握手をしてくる。正直に言うと痛いくらいだったが、そこは我慢して場をやり過ごした。

 ふぅ、とお姉さんは軽く鼻で息を吐き、こちらを眺めてくる。その表情は、穏やかで、どことなく安心をしたような表情にも見え、これまでに僕が見た事無い表情だった。

 親が子供を心配するときの顔が、今、ミーナさんがしている表情と重なる。

「お姉さんは・・・なにを心配しているの?」

 なんで、ミーナは僕にこんな表情を浮かべるのか?今日初めてあったばかりの他人同士なのに何を僕に気遣ってくれているのか、それに――

「なんでお姉さんは僕の名前を知っているの?教えてもいないのに・・・なんで?」

「なんで知っているかって?」

 僕は質問で質問を返されてきてると思ったが、素直に頷くと、お姉さんは腕組みをして考え事をしてしまった。

「そんなこと知りたいの?」

 意地悪そうな笑みをこぼしてきたので、少しイラっとしたが、もう一度頷く。

「私はあなたを探しに来たからよアイン」

「・・・・はぁ」

 目の前にいる人は何を言っているのだろうか、少し理解に苦しむ点が出てきた。なんの接点もない人がなんで僕を探しに来る必要があるのか。生まれてこの十年間、僕はこの人とは一度たりとも会ったことはない。

 それなのに探しに来たと言う、この人の頭は何を考えているのだろう。

「人間違いなんじゃ?」

「そんなことあるわけないでしょ?ちゃんと道を辿ってきたんだから、間違える方向が一つもないもの?それに――」

 お姉さんが言葉を紡ごうとした時だった。

 “ダンダンダン”

 いつものようにお金を取立てに来る大人の人がやって来たのだ。

 もはや反射的に拒否反応を起こしてしまい、気持ち悪くなってきた。毎回このドアを叩く音で起こされて、殴られたり蹴られたりしての一日が始まるからだ。

「ア~イ~ン君、起きてるか~い?お金を徴収しにきましたよ~」

 ドアの向こうから猫なで声を上げるような声を上げる。

「なんか、めんどくさいの来たわね・・・追い出すか」

 ボソリとお姉さんは呟いて、未だに荒々しくドアの軋む音が部屋中に響きわたるなか、鬱陶しそうに玄関をみた時のお姉さんの表情はこの世の物とは思えないほどに殺気を帯びていた。

 一枚の壁を隔てられているので、叩きつけられている殺気を感じ取ることもできないだろうが、もし、この殺気が自分に向いているのなら、僕は、ただ涙を流して許しを請うことしかできないだろう。

 お姉さんはガチャりとドアを開くと、叩く音が消えた。

「うるさいな、なに?ここになんのよう?」

 苛立ちを含んだ声と、内側から開いたドアと見知らぬ女性が出てきたものだから、遠目から見る分には男は驚きを隠せていないようだった。

 いつも居留守を決め込んでいる僕の反応を楽しんでいた男は、今回初めて内側からドアが開いたことと、見知らぬ女性が出てきたことが不可解なことでしかない。

 男は一瞬だけあたふたと目を泳がせたが、すぐに反応を返した。

「誰だおめえ?知らない顔だな・・・外からきたやつか?」

 睨みを効かせる男だが、臆することなくお姉さんは男を眺めている。

「確かに私は外から来たけれど。もう一度聞くわ、ここになんのようかしら?」

「はあ、まぁ、俺はここにいるアインに用があるわけで、お前には要はないんだよ女。いいからどいてくれ?」

 お姉さんの肩越しから部屋の中を見渡した男と僕の視線が絡み合い、男は僕がいたことでにやりと口角を釣り上げた。

「なんだ、いるじゃねえか。おいアイン、集金の時間だぞ?」

 男はそう言って、お姉さんの脇を通り抜けようとするが、お姉さんは自然な流れで男の動線を遮る。舌打ちをここまで聞こえるくらいにすると男はお姉さんを上から見下ろすように睨みつけた。

「おう、なんだよ?さっきから鬱陶しいぞ女?てめえには要はねえんだが?」

「奇遇ね、私もあなたとは一つも用なんてないけど、今できたわ」

 クスリと邪気を含む笑みをこぼすと。

「村の人たちから聞いた話だけど、ここに住んでた人って、元から変わり者らしくて、ほとんど天涯孤独の身だったらしいじゃない。それなのに、なんであなたにお金を借りれるの?」

「なっ・・・!?」

 額に汗を滲ませながら男はお姉さんを見るが、先ほどの威勢のいい姿は消えており、恐怖という怯え上がっている気配を漂わせていた。

 僕はベッドから降りてゆっくりとお姉さんの言ったことを男の人に聞いてみることにした。

 足取りは悪く、たった数歩前に進むのがこんなにも時間がかかることだったのかと疑問に思ってしまう程。

 もし、これが本当なら、僕はこの三年間のずっと意味のないことをやらされ続けてきたということになる。ずっと世界と目を合わせたくなかった、ずっと世界が憎かった。僕以外の人が、なんでこんなにも暖かそうにいるのだろうって、なんで僕を見る目は冷たいのだろうって。

 それは、僕を七年間育ててくれた親代わりとなってくれた人が、お金を借りたまま他界してしまい、その請負人として僕が返さなければいけないのだという使命感を押し付けられたから。

 借りたものは返さないといけないという罪を、少しづつ無くしていこうと三年間頑張ってきたのに、ずっと痛い思いをしてきて、どんなにも我慢してきたのに、その三年間は無駄だったのだろうか?

「それは・・・本当なんですか?」

 僕の問いに男は顔を引きつらせながらがなり散らす。

「そんなもん、出鱈目に決まっているだろうが!だいたい、外から来た女に何の嘘を吹き込まれてんだよ馬鹿が!」

 男はそう言ってお姉さんの体を掻い潜り、僕へと近づくと拳を振り上げた。

 咄嗟のことで目を瞑って痛みをこらえようとしたが、頭を殴られるという衝撃はなく、数秒したあとに目を開くと、そこにはお姉さんが、男の振り上げた腕を掴んでいた。

 ぎりぎりと近くにいても聞こえてくる腕の悲鳴に共鳴するように男が痛みを訴える。

「い・・・・痛え、痛えって言ってるじゃねえか!離せ!!」

 男は振り上げていない手で、拘束を解こうとお姉さんに殴りかかるがいとも容易く受け止められていた。

「ダメよ、離したら、あなたはアインか私に暴力を振るうもん。離せと言って、離す人はいないよ?きっと。だから、その腕、今のうちにダメにしちゃいましょうか」

 キャハっと笑うような、少女のような無邪気な微笑にも似た笑いで、お姉さんは男の人の腕を力いっぱい握りしめていくと、男の人は段々と顔を蒼白にさせながら必死にお姉さんの手から逃れようとする。

 その必死さは、多分本物だと思う。

 バキンと、乾いていて、それでいて重そうなものが割れたような音と一緒に、男は悲鳴をあげた。

「うぎゃあああああああああああああ!!!?俺の・・・俺の腕がぁ!!?」

 ぶらりと男の両腕は垂れ下がり、くっきりとお姉さんの手のひらの跡が男の腕に痣となって浮かんでいた。痛々しいとはかけ離れていて、例えるなら、エグイと言ったほうが当てはまるか。

 糸が切れた人形のような腕をブラブラとさせながら、男は目の前にいるお姉さんを見て、顔を悲痛に歪めた。まるで尾を丸めて逃げ出す獣のような、負け犬という称号がふさわしい顔を浮かべ、男は森の中へと消えていった。


 


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