~家族会議~
「ただいま~」
「おそ~い! 待ちくたびれたぞ~!」
家の玄関をくぐり、ドアを開けた先に仁王立ちするように立っていたのは妹のキーアだ。
「ごめん、みんなと話をしていたら遅くなった」
「まあいいけど」
靴を脱いで家の中に入ると丸机の上にはご飯が出来上がっていた。今日の当番はキーアだったから当然といえば当然なのだが。
「また奇抜なものを………」
キーアの独特的なセンスはきっと変わることはないだろう。お嫁に行っても愛想付かされそうだ。
「何言っているのよ、ちゃんと私の記憶の中にある物を作ったんだから喜びなさい」
エッヘンと胸を張るキーアだが、なぜ記憶を頼るのだろうか。本を見れば早いだろうに。
「それに料理の事に関してはお兄ちゃんにだけはあれこれ言われたくない」
「うっ………」
キーアの言うことは尤もだ。それは作っている自分でも分かっているのだが、なんていうかその、人が喜ぶようなものを作ることが出来ないのが僕の欠点だ。
お姉ちゃんとキーアの二人はしっかりと料理として食卓にこうして並ぶのだが、僕の場合は丸焼きのみだ。
得意料理は? と問いかけられれば僕が答えられる答えは丸焼きの一択だけだ。僕自身も花嫁修業に出も出た方が良いのではと思う瞬間もある。
「ただいまー」
「あ、帰ってきた」
お姉ちゃんの帰ってきた声にキーアは反応して玄関まで迎えに行く。二人一緒にリビングに入ってくると、机の上に並んでいた夕ご飯にお姉ちゃんは反応する。
「あら、ご馳走じゃない」
「そうでしょ、そうでしょ? 腕によりをかけて作ったもんね」
お姉ちゃんは仕事道具を隅に置いて、いつもの場所に座る。
三人で食卓を囲み、いただきますという三人の声が重なり、箸を持って食事を始める。
もじゃっとした細長いものが束になった料理。僕たちは食べ方を知らないのでキーアの食べている姿を見本として食べる。
キーアが作った時の料理はいつもそうだ。作った本人を参考にしないと食べられないのもなんだか変わった物だが。
「へえ、美味しいね」
お姉ちゃんの言ったことに悔しいが頷くことしかできない。
「名前はラーメンっていっていたかな。教えてもらっただけだから、あまりよく覚えていないけど」
ちらりと僕に目配せをしてくる。どや顔をしてくる辺りが妙に悔しいがここは素直な感想を言わないといけないようだ。
「うん、美味しいよ」
そういうとキーアは満面の笑みを浮かべて麺を啜る。
「それにしても、こんな美味しいもの誰から教えてもらったの?」
「えっとね、確か武神から教えてもらったかな」
武神? 武神というとあの人なのか? まだ竜がこの世界にいた時代。素手で竜を倒したという伝説を残したあの武神だろうか?
「ブシン? そんな人この村にいたかしら?」
「違う違う、武神だよ」
「えっと、確か竜を素手で倒したっていうあの人?」
「そうそう! あいつ意外と料理の腕も良くてね? 少しだけ習ったのよ」
「キーア、嘘はいけないよ。そんな昔の人に習ったなんて」
「べーっだ、嘘じゃないもーん。本当の事なんだもん」
「はいはい」
家族の食卓、当たり前の日常は凄く平和で、授業中に騒いでいたワルイの言うように、本当に世界は平和で、危険なことなんてなさそうに思える。
「あ、そういえば。お姉ちゃん」
「ん、なに?」
麺を啜り切ったお姉ちゃんは口の中にあった麺を飲み込んでこちらを向く。
「授業中にさ、ワルイに何を言ったの?」
少しだけ気になったので問いかけてみると、キーアはなにかあったのかとお姉ちゃんを見やる。
「あぁ、あれね? えっと、ただ本当の事を言っただけなんだけど、あの後からワルイ君私から離れるようになっちゃって………」
お姉ちゃんは少しだけしゅんとした表情になる。授業中の一時間から学校が終わっても顔が青ざめていたから気になったのだが、なんだか嫌なことを思い出させてしまったかもしれなかった。
お姉ちゃんは、こう見えてしっかりもので面倒見がいい。村の子供たちからすればみんなのお姉さんだ。だから、ワルイみたいにああいう連中の事はみんな大嫌いだ。
「なに、アルマったら、また子供を泣かせたの? 悪い子ね」
「こら、キーア!」
「いいのよアイン。私も少しだけ、ほんの少しだけ威圧しちゃったっていうのもあるからね」
「そうなの?」
威圧か、お姉ちゃんの容姿からは想像できないけれど、そういえば元竜騎士の総長だったからそういうことも出来るのか。
子供たちより、大人社会の方が大変だから、そういうことが出来るようになってしまったということにしておこう。
「それで? 結局何を言ったのよ、アルマは?」
「いや、私はちょっとね。平和なんてものは存在しないって言っただけよ?」
「へぇ、それはアルマが正論ね。ワルイっていうやつには悪いけど小便でも垂れ流してちょうだい」
口悪いな、僕の妹。
「でも、平和が存在しないって?」
「うん、今が平和に見えるのはまだ戦いを知らない場所だからよ。王都に行って、王宮の竜騎士なんてやってみなさい。嫌でも人の嫌な部分を見ることになるの」
竜騎士の総長だったからすごいという訳ではないのか。お姉ちゃんが竜騎士を務めていたのは確か二年間という話だ。
その二年の間に何を見てきたのだろうか。いや、きっと人の裏の面というのを見てきたに違いない。
「やめようか、この話」
「うん、ごめんねお姉ちゃん」
僕の知らないお姉ちゃんの二年間。総長としてこの人は何を見てきたのだろう。今までずっと笑顔を浮かべているお姉ちゃんの表情が急に作り物に見えてきてしまう。
嫌だなぁ、こんなことを思ってしまう自分が嫌になる。
夕ご飯も食べ終わって食器の洗い物をする。食器当番は次の日が食事当番の人がやるという我が家でのルールなので、明日は僕が料理番だ。
さて、何を作ろうかと考えている時に、あることを思い出した。
食器を片付け終わり、居間で寛いでいるお姉ちゃんとキーアに僕は話しかける。
「そういえば、お姉ちゃん。ミリの事なんだけど」
「ミリ君がどうかしたの?」
夕方あった出来事の一部始終をお姉ちゃんに喋る。
しかし、お姉ちゃんは僕らよりも先にその情報を知っていたようだ。教師という立場だったからなのか、相談できる大人がお姉ちゃんの他にいなかったからなのか、真意は明日聞くことにしよう。
「ミリ。王宮に行くの?」
横合いからキーアが反応し、僕は頷いて応答する。
「明後日には村を出るって」
「ふ~ん? でも、ミリってお兄ちゃんに勝ったことってあるっけ?」
「えっと、まだ無いよ。最近は少し危なくなってきているけれど」
「じゃあ、明日くらいに一戦するんじゃない?」
どういう理屈で言っているのだろうか。
男の子ならそういう物だ、と書物で見たのだろうか、なにかの言葉の引用にも聞こえる台詞はなんだか否定も出来なかった。
「ミリ君だけどね、アイン?」
「あ、うん。なに?」
「ミリ君が王宮に行きたいって言いだしたのは、村に王宮からの御触れが届いたことが原因なの」
話は遡ること数か月前だ。
王宮から地方に竜騎士採用試験という御触れが届きその試験が来週に開催する。元々は大人達を採用する試験だったが、お姉ちゃんの代があったおかげで、入試できる年齢が十五歳にまで下げられたのだ。
十五歳というと僕らは成人の扱いを受ける。そう思うとミリも大人の階段を先に進んでいるということになるのだろうか。
まだ子供なのかな、僕たちは。
「ミリ君にはミドさんがいたからね。きっと追いかけたかったのかもしれないね」
「そっか、お父さんは竜騎士なんだっけ?」
「うん。私が四代目総長なんだけど、三代目総長をミドさんがやっていたわ。一番時期的に長かったかもしれないわね。お兄ちゃんも、二代目の人も十年以上は続かなかったっていう話だし」
「そうなんだ」
まだ世界の情勢が悪かった時に任命された僕のお父さんは、どういう風に生きていたんだろう。
ちらりと、壁に立てかけてあるお父さんの小さな肖像画をみる。お姉ちゃんが言うには顔はお父さんそっくりらしい。
肖像画の前に近づいて僕はお父さんを見る。僕が生まれた時にこの村を離れて竜騎士として仕事を全うしたらしいが、僕は少しだけ寂しい気分になる。
竜騎士の仕事で家族をほったからしにして、勝手に死んでしまうのは不満しかない。
「お姉ちゃん、お父さんって、どんな人だったの?」
「お兄ちゃん? なんで?」
「あ、うん。なんか気になっちゃって」
「お兄ちゃんは優しい人だったかな。死にそうになっていた私を救ってくれた人だったし、なにより強かった」
「強かったの?」
「そうよ? 私のこの強さだって、殆どがお兄ちゃんの受け売りなんだからね」
「そうなんだ」
お姉ちゃんは剣術が得意だ。片手剣と両手剣の間に位置する剣を使うのだが、その強さは僕ら四人が束になっても勝利したことが一回もない。
師匠であるお父さんがどれほど強かったのかは、お姉ちゃんの動きを想像すると化け物じみている。
「でも、私もお兄ちゃんには一回も攻撃を与えられなかったから、すごく強いよお兄ちゃんは。歴代の中でもお兄ちゃんは規格外の強さだったみたい」
「それは、二大英雄の二人よりも?」
二大英雄というのは遥か昔、その名を現代まで残した二人の人間だ。竜斬りのライ、武神のワン。この二人がこの世界における二大英雄と言われる人間だ。
ライは竜が生息していた時代、武器を持っていた人間だが竜を素材としての武器を所持していなかった時代。
人が竜の堅牢な体に傷を付けることは容易ではなかった。竜の死体を何とか見つけては加工してという気が遠くなる程の工程がいる中で、ライは一振りの刀で竜を殺した初めての人間だった。
その何百年か後の時代に、ワンという武神が誕生する。
得物は自分のみ。生身の人間がその腕で竜を倒した人間といわれる人物だ。
この二人の英雄より勝るのかを聞いてみるがお姉ちゃんは難しい顔をする。
それもそうか、何百年前の人間とお父さんを比べてもあまり意味はないだろう。
「スーリヤ君は二人とは違う理由で英雄って呼ばれていたよ」
頬杖をついていたキーアが口を挟む。
強さの類ではなく、違う理由でとキーアは言う。一体どういう理由なのかということよりも一つ疑問に思う。
「なんで、君呼びなの?」
「ん? それはお母さんのお婿さんだからね。姉妹としては鼻が高いのよ」
一体、キーアは何を言っているのだろうか。お母さんのお婿さん? それで理由になっているのかも謎だ。
「痛っ!?」
不意に頭痛がした。一瞬だけの痛みだったから特に気にするほどでもなかったけれど、なんだろう、体の意識が違和感に気が付けと鳴っているようだった。
「大分話がそれてしまったけれど、アイン?」
「なに?」
「貴方には貴方の人生が、ミリ君にはミリ君の人生があるの。だから、自分のわがままで他人の道を外そうとしてはいけないよ?」
「………うん。分かった」




