~終焉~
こと切れたアインの体は力なく地面に横たわる。ダバクの腕にはアインの心臓が握りつぶされており即死だった。
貫かれた時点で死んでいなかったのが奇跡のような状態だったが、瞳に光がない所を見ると死んだのだろう。アインの体から腕を引き抜いて潰した肉片をアインに帰す。
荒い息遣いを立てながらダバクは目の前にいる脅威だけを警戒していた。
「子供相手に大分やられているじゃないかダバクよ?」
「黙れ、貴様もなぜ消えないのだ!」
「さあな、予想だが、お前がこいつの心臓を貫いた時か、こいつがお前の中に入り込んだ瞬間になにかが起きた。そうじゃないか?」
「っぎ!」
繋がったのはアインだけではなかった、中に精神として住まいにしていたシュクラが、半身であるダバクの中に入り込んだことでダバクとシュクラが共鳴したのだ。
魔素の源と同じ位置にあるダバクはシュクラにとって、利用できるものしかなかったのだ。濃い魔素の中で実体を作り出すことが出来たのならば同じ事が出来ると考えたシュクラはどこかの隙を狙って実体を顕現させようとしたが、アインの命と引き換えに実体として出てくることになるとは思っていなかったため、その点だけが誤算だった。
「さてと」
シュクラはアインの目に手を宛がって瞼を閉じさせてから抱きかかえる。ゆっくりとアルマの近くまで運び、隣に寝かせて上げた。
「姉には会えたか? しっかりと話は出来たか?」
死んでいながらもアインの口は笑みを浮かべていたので、つられてシュクラも失笑する。どうやら納得の行く答えを得たようだった。
シュクラは二人を見やってからダバクへと向き直る。
「お前の中にはまだ宿主の魂が宿っているんだろう?」
「だからどうした?」
「願いを叶えてやらんのか?」
シュクラの言葉にダバクは意表を突かれたようで声を大にして笑い始めた。
「はっ、貴様の口からそのような言葉が出るとは思わなかったぞ!」
「そうだな、昔の俺だったらこんな寒い台詞なんて言わなかっただろうな」
昔の自分の事を思い出しながら、自分が言った言葉を頭の中で反復させる。今だからこそ言える言葉なのだろうとシュクラは笑う。
いったい、いつから自分はこんなにも人間に甘くなっていたのだろうか? アインの体を通じてこの世界にもう一度人生を迎えるとは思ってもいなかったからだ。
ずっとアインの心が折れるまで待っていた。折れてしまえばアインの体を乗っ取り、自分の体にしようとも考えていた。
しかし、アインは折れなかった。挙句の果てには俺たちの事を同じ家族として見てくれていたのだ。
最初は戯言を喋るだけの詭弁だと捕えていた。だが、キーアと接触した時からいつしかアインの肩を持つようになっていた。
人間の事も少しだけ見方が変わってきたのも全てアインのせいだろう。
「一応この星の神様だったからな、少しぐらいは人間の願いを叶えてやろうかなと思っただけさ」
その人間というのはアインの事を指している。半人間、半竜人という稀の存在の生き方を共にしてきたことでシュクラにも情が湧いたのだろう。
「分かっているのか? 願いを叶える力を持っているのは俺自身だぞ」
「知っているさ、だからこそ―――」
体をピクリとも動かさず、予備動作も無しにシュクラは風のような速さでダバクの目の前に現れる。
ダバクは驚いた反動で後ろに逃げようと足に力を入れようとした時にはシュクラの攻撃が九回ダバクを捕えていた。その速さは殴ったというのも目で追える速さではなかった。拳を打ち込み終わっており、ただ立っているだけにしか見えないほどの速さ。
「元よりその力は俺の物だ。返してもらおうか混沌よ」
殴られた衝撃で後ずさりながら態勢を整えてダバクは構えをとる。
「馬鹿な!?」
「どうした? 何をそんなに驚いているんだ? お前、少しでも俺に勝てるとでも思っていたのか?」
対してシュクラは突っ立っているだけだ。構える訳でもなくただ無防備に立っているだけの状態なのになぜダバクはシュクラへと仕掛けないのか。
力の差を今の攻防で悟ったからだろう。たったの九回、アインとの戦闘で体力を消費していたものの、ダバクにとっては大事に至る攻撃の数々ではなかったのだ。
迫力のある技の数々でも受けた相手にダメージが通らなければ何をやった所でただの虫刺され程度だ。
だが、今は違う。
ただのパンチだけで、たったの九回だけで半分までダバクの体力を削ったシュクラの力にただただ驚かされたのだ。
「弟子って言うのもただの暇つぶし程度に教えてやったのだが、まだまだだからなアインは。まあ、許せ」
口元は笑っているものの目元は笑っていない。
「俺がいない間に色々とかってにやりやがって、覚悟はできているのだろうな?」
魔力というよりは気のようなものだろうか、魔力は目に見える程まで放出させるのも才能によってまちまちだが、気を視認するほどまでのものとなると、それこそ神様のレベルだろう。
ダバクは何重にも警戒をしながらシュクラの動きを観察すると、その行為を見てシュクラは薄ら笑う。
「良いのか? そこは俺の射程内だぞ?」
「はっ、知っているとも。元より逃げられる場所など何処にもないだろうが」
「違いないな」
シュクラは拳を軽く握り体を半身だけ前に出す。コイントスをする要領でのその構えは一見お遊びにも見えなくもない。
親指を弾き出した時、構えていたダバクの掌を弾き飛ばした。
「っが!? なんだ!?」
手のひらを確認しても何かが当たったという痕跡があるが、何が飛んできたのかは周りを見渡してもその獲物が無い。
「ほら、避けてみろ」
最初は軽い準備体操のようなものだったのだろう。次にシュクラは目にも止まらない速さで親指を弾き出した。
次々と弾丸のようにダバクの体を貫いていくそれは空気の塊だった。
羅漢銭という技があるが、本来はコインを面重ねたものを用意し、それを敵に弾いて攻撃する代物だが、シュクラの域だと空気だけでそれが可能だ。
「ぐがっ!!」
小さな小石を投げられているわけではない、棘の付いた小さな鉄球が体を貫く威力は、受けたものしか説明できないだろう。
後手に回っていては何も始まらないと思ったのだろう、ダバクは指弾の嵐の中を突っ切る形で迫ってきた。
アインと戦った時の姿とは打って変わり、まるで子供が大人を相手にしているように、その光景は酷く滑稽な物にシュクラは見えた。ダバクも分かっているだ、このような無様な醜態でしかシュクラへと近づけなかったこと。その選択肢しかなかったことにダバクは怒りを覚える。
「ほう?」
シュクラは指弾の構えを止めダバクを迎える。防御していたダバクは体を開き、全力の突きをシュクラへと繰り出した。
シュクラもこの戦いで初めて腰を屈める。
確実に急所を狙ってきたダバクの突きを綱引きの要領でシュクラはダバクの腕を取って引き寄せた。
引き寄せられたダバクの懐へと潜り込み、がら空きの腹部へと掌低を突き上げた。
悶絶するダバクを開放する。この瞬間でもシュクラの実力であればダバクを消すことは出来る。だが、なぜそうしないのかというとシュクラは待っているのだ。
そう、ダバクはまだ孵化はしているが混沌竜としての開花はしていないのだ。願いを叶えるための願望樹としての機能を果たすためには大樹と変わった時に出来る木の実が必要なのだ。
こればかりはシュクラの力が半身であるダバクに持っていかれているために容易に出現させることが出来ない。
「さっさと本当の姿になれ。つまらん」
「貴様ぁ!!」
飛びかかろうとダバクは体を起こして爪をシュクラへと伸ばすが、ダバクの手を優しく包み込むように片手で受け止める。
「つまらないと俺は言ったぞダバクよ。次はないぞ?」
シュクラの蹴りがダバクの腕を巻き込む。惨たらしく腕が引きちぎれたダバクは絶叫を上げると、その声が癇に障ったのかダバクの頭を地面へと叩き付けた。
「竜の姿になれと俺はお願いしているんじゃない。命令をしているんだ」
「………」
ダバクは体を抱きかかえるように突っ伏していると足元から地面へと黒い根が生えていき、背中からはバキバキと大木が伸びていく。
これがダバクの本来の姿。混沌竜カオスドラゴンとしての本質、無秩序の存在を秩序へと変革させることが出来る一つの実を生らす。
成長していくダバクにシュクラは冷めた目で見つめるだけだ。特に興味はないというように、興味というよりは、秩序の実を生らすまでは待ってくれているだけのようだ。
崩れ落ちる足場を転々としながら移動する最中、シュクラは二人を気に掛ける。
「ん?」
何かを見つけたようにシュクラはアインの元へと辿りつく。
「ほう、死んでいなかったか娘」
「………あ」
「喋ろうとしなくていい、俺の独り言を聞くだけでいい」
シュクラは自分の背後で成長し続けるダバクを他所にアインの隣に座った。
「久しぶりだな、俺と会話をしたのはムシュフシュ以来だな。どうだ、答えは見つかったか? 竜とは何なのかという疑問に向き合ってきたお前は、納得のできる答えを得たのか?」
アルマはシュクラの問いかけに頭を振る。
「ほう? 答えは無かったのか?」
アルマは頭を振る。答えはあったが、納得できなかったのだろうか。
「竜はセトの住民だということ、我々人は神が作り出した外来種という訳だが、それじゃあ駄目だったのか?」
ぼそぼそとアルマは答えていたのでシュクラは口元まで耳を傾けるとその発した言葉に鼻で笑った。
「なるほどな、それはしょうがない。なら、来世でその記憶が残っていたら二人でやればいい。それがお前の望みならな」
にっこりと笑いながらシュクラは思い出したかのようにアルマに問いかける。
「そういえば、お前の望みは何だ?」
虫の息に近いアルマだが、深く息を吸い込んだ。
「私は、昔に戻りたい、アインと一緒に平和に暮らしたい。お兄ちゃんとお姉ちゃんと一緒に笑って、一緒にご飯食べて、一緒に時を過ごしたい。
たとえ、馬鹿らしい願いかもしれないけれど、私は、平和だったあの時に戻りたい。生きていたい!!」
最後の力を振り絞るようにアルマは願いを言う。体もボロボロで精神もダバクに食われたり引き剥がされたりしていたものだから本来は崩壊していてもおかしくはない。
それが無いのは、彼女が強かったからだ。
だが、それも時間の問題だった。
「ごめんねアイン、ごめんね? 私、お姉ちゃんなのに、貴方を守れなくて」
アインの体へと寄り添って抱きしめる。
「ありがとうございますシュクラさん。私ももう行きます。アインと同じ場所に行くのかは分からないけれど、行けたら………同じ場所で………また………」
抱きしめていたアルマの腕に力が伝わらなくなっている。完全にこと切れたアルマとアインは崩壊していた床と一緒に落ちていった。
空中庭園までシュクラは辿り着き、草花が舞い上がる。先ほどまでいた塔は崩れ落ち、代わりにあるのは始まりの樹になり替わろうとする大樹の存在だ。
「ギ………ゴゴ」
大樹の中心には秩序の実が生り、それを守るかのように九つの竜の頭が出現する。
「いたよ、いたよ、アイツだよ。僕たちを傷つけている悪いやつ」
「あれだよ、あれだ。私たちを殺そうとする愚か者」
「貴様か、貴様が、俺達を食らおうというのか」
「愚者が、我々を殺そうなどとほざくか」
竜たちが自身たちと会話を広げる。その光景は異質なモノにしか見えないが、あの九頭竜には既にダバクの意思はない。
ダバクも初めから混沌竜の為の器に過ぎない。混沌竜こそがこの世界の秩序を作っている存在だ。
だからと言って、この程度の存在はシュクラにとっては鼠程の脅威だ。
秩序だからなんだというのだ、この世界のルール如きが、元神様だった者に盾突こうなどと肩腹が痛い。
「さっさと行かせてもらうぞ? 俺は頼まれごとをされているからな」
足に力を込めてシュクラは跳躍した。立っていた場所が跳躍する時の反動でめり込むほどの衝撃。シュクラの伸長を軽く超える九頭竜の一つが戦闘を切って迎え撃った。
「邪魔だ!」
一薙ぎ、足を横一文字にふり払っただけで一頭は粉々に粉砕された。
瞬間の出来事に九頭竜達は目を丸くしている間にもシュクラは素早い動きで秩序の実へと腕を伸ばす。
「っち!」
横合いから二頭がシュクラを挟み込むように頭突きをするものの片手で受け止められる。
「旋風!」
体を翻し、きりもみしながらシュクラの両足が一頭の頭蓋を貫き、次の頭に飛び乗るように跳躍。
剛速で飛んでくるシュクラの体を食らおうと大きく口を開けた竜の中へと食われるものの、竜の頭が縦に割れてシュクラの体が飛び出してくる。
遊ばれていることに九頭竜は気が付き、残っている頭たちは少しだけ身を引く。
「さてと、それじゃあ返してもらうぞ」
秩序の実をもぎ取ったシュクラは一口で頬張りその実を味わうように口の中を転がして飲み込んだ。
「………ああ、戻ったな」
確証を得たシュクラは力を入れると、何も書かれていなかったキャンバスのような体に赤い紋様が浮かび上がる。
これが本当の姿だと知らしめんばかりの気を放出すると、九頭竜は逃げようと首をじたばたとさせるもが、大樹に繋がられた身であるために、一定以上からは逃げることは出来ない。
柏手を行い、ゆっくりと手を開くと真っ白な光を帯びた白珠が出現する。手の平程度に収まってはいるものの、莫大なエネルギーを感じる。
「さてと、それでは終わらせようか。お前たちの存在も、今までの出来事も、全てを無に帰そう」
ゆっくりと落ちていく白珠は九頭竜の中へと入った瞬間、九頭竜達は光の粉へと姿を変えた。
秩序を作るためには、上書するように秩序を設定しなければならない。混沌竜はその力を使って部分的に秩序を書き加えていたのだろう。
世界の理を捻じ曲げて。人の意識なども全て書き加えたということ、それはやはり莫大的な労力と、エネルギーが必要となる。
今までさぼってきていた分を代替わりしていた混沌竜には悪い事をしたと思いつつもシュクラはこれから行うことに笑みを浮かべて始めようとしていた。
「アルマ………良い名前を与えてもらったな。どれ、お前の願いを叶えてやろう」
シュクラは笑う。
「ただ、死人は蘇らせられない。時間が経ち過ぎているからな。聞ける願いはお前たちを平和に暮らさせてやるくらいだ。それくらいの願いなら聞き入れてやるよ」
白珠が弾け、作られた魔力が全てを開放されていく。広がっていく白い光にシュクラの体も飲み込まれていく。
呟くように唱えられた呪文。全てをやり直させるその呪文の名は。
――――――輪廻転生。




