六
「いやぁ・・・大量大量!」
私はウキウキとした気分で二メートル級の熊を担ぎ上げて小屋の帰路についていた。アインが起きていてくれたら嬉しいけど、あの調子だとまだ寝ているんだろうなぁ、と思いながらゆったりと歩いていると、なんだか胸騒ぎがした。
「・・・・?」
胸がざわざわと騒ぎ立てるように、何かが起きているという予兆を感じ取っているのだ。あまり考えたくなかったが、アインに何か起こったのかもしれない。
そう思ってからは早かった。
重さが五〇〇kgあろうが関係ない。私は人ではないのだ。五〇〇という数字は私にとっては石ころを持っているのと同じ感覚だ。だが、飯を捨てるわけにもいかないので、ただ単に持ち運んでいるだけ。
熊を家の外に置き、がちゃりとドアのノブを回して開ける。
一人でいて欲しい、アインだけであってほしいという願いを込めるも、現実というのは非情なもので、そう簡単には覆らないということがよく分かった。
「なっ!?だれだ!?」
急な訪問者に男はその行為を中断し、こちらに向き直る。
私の視線は最初から男なんて見向きもしていない。見るのはアインがどういう姿になっているかだけ、それだけで、この男をどうするかを算段しながら近づいていく。
顔は朱くて晴れ上がり、口からは涎と胃液、それに男が出したものであろう白濁としたモノが吐き出されていた。硬い布団には体液と赤い斑点が疎らに飛び散り、床を見渡せば何をされていたのかも予想がつく。
それに、仰向けとなっているアインの両手を片手で押さえつけ、挙句の果てには空いている手で首を締めて苦悶の表情を楽しみながら男はアインにしていたのだ。
アインは半ば意識が残っているのだろうか?
目は虚ろに男を見上げ、男の行為を受け入れるしかない事で、少しでもいいから親変わりの金を返済しようと頑張っていたのだと思うと、それは余りにも酷だとしか思えない。
「アインはよく頑張った。頑張ったよ・・・」
アインの頬に手を添えながら、ボソリと呟いていた私の姿を、近くまで来るのを律儀に待っていたのか、ただ呆然と私たちの間で停止していた男を私は見つめ、話しかけた。
「コンバンワ、キョウハイイヨルネ?」
「はっ?」
男の首を手の平で覆い、壁に容赦ない勢いで叩きつけると、もともと耐久性がなかった家に風穴が空く。外にまで飛び出した私たちは森の中で顔を見合わせる。男の下半身は今の瞬間で萎え、変わりに反抗心が芽生えていた。
「な・・・な・・・・んだ貴様!!?」
男の首が締め付けられていて、カエルのようなうめき声を上げて苦しそうに顔を歪めている。でも、こんな男の為に話を聞きたくもなかったが、どうゆう風に殺してやろうかという思考を貼り合わせると、色々な手段がありすぎて困ってしまう。
私はちらりと、萎えた男自身と呼べるものを冷めた目で見つめ、男に視線を合わせた。
「アンタ、コレまでに何回、何十回アインを慰み者として聞きたいわ?」
「はぁ!?・・・・女の・・貴様が・・・・聞くことでも・・・・・ねぇだろう・・・!」
私は男に宛てがっている手に力を込める。
「あがあぁぁ!!?知らねぇ!!数えてねえ!!何回犯ったかなんて知るわけねえだろう!?」
それはつまり、数えれないほどやったということなのではないのだろうか?
頭悪そうだなぁ、って思ったけど、本当に頭が悪いのか――――笑えない。
男は苦しみながら自分の腰に手を入れると、黒い凶器が姿を現した。ひと振りのナイフ。と言っても刃渡りは約三〇センチ以上もある長モノは、ただの人一人を殺せる武器だ。いや、そもそも、この狂気に満ちた世界で人そのものが武器では無いと、誰が保証してくれるのか?
「それで脅したりしてたの?」
男はふるふると小刻みに体を震わせながら、私の腕にそのナイフを突き刺した。自分の命を守るためだから、その行為自体は間違っていない。だから、一応賞賛にも値する行動だ。
肉が切れ、骨は寸断され、ナイフは女の細腕にも容赦なく突き立てるその心境は、よほど切羽詰まってるのか。
「なんでだ!?」
男はただただ驚愕と畏怖に飲まれ、何度も何度も腕にナイフを容赦なく突き立てる。
「ああもう!!痛いじゃないのよ!!」
私は男の首から腕を離し、その腹を殴った。
「ぐおっ!?」
びちゃびちゃと夕方に食べたものであろう物が、殆ど溶解している状態で出てくる。まぁ・・・ゲロだ。
「汚いなぁ・・・」
とだけ言って、男の顔面を横に蹴り倒す。ゴキリと足に骨が外れたか砕けたかのどっちかの感触を感じ、男は森の草むらに無様に転げまわっていく。その姿は軽く失笑ものだったが、男は苦痛の悲鳴を上げながら顔を抑え、ゲロゲロとまだ吐いていた。
「ひ・・・・ひゃんはんだへめえ!?」
多分、私のことを聞いているのだろうけど・・・・ああ、なんなんだてめぇ!?と言いたかったのかな?右半面がゆがんでいてよく話すことができないのかな?
「私は・・・あの子の保護者?」
自分で言っておいて疑問詞を付けるのもお笑い種だが、一応保護者の立ち位置でもあると思う。あの子は私たち姉妹の唯一の子供なんだから、自分の子供だと名乗っても間違いではないはずだ。
「ということで、私はあの子の親同然なの。だったら、自分の子供が目の前で犯されていたら発狂するでしょ?すごくすご~く、嫌な感じだったの・・・だから、死んで?」
「ふはへるなぁぁぁぁぁぁぁx!!!?」
男はカッと目を大きく見開き、大きく跳躍した。まだ手放していなかったナイフを小脇に抱え、私の腹部へとナイフを突き立て、鍵を掛けるように内部に捻りを加えてくる。これが普通の人だったら悶絶ものだろうが、残念なことに私は普通の人間じゃない。
だからといって、痛くないということではない。真面目に痛い。すごく痛い。痛いけど、死ぬほどではないということだけ。
「気は済んだ?」
脛骨を覆うように私の腕は大の男の太い首を締め上げるように徐々に手のひらに力を入れていく。
「がっ!!がはっ!!?」
「あなたから受けたアインの痛みってこれくらいだったのかな?まだまだ序の口だよこんなの。あの子がどれだけ耐え忍んできたのか、貴方にはわからないでしょうね?味わってみる?大人の貴方なら耐えられるでしょう?」
先ほどアインに接触した時に抜き取った、彼の痛み、苦痛、さまざまに蓄えられてきた思いを男の中へと注入してあげた。殴られてきた痛みも、すべて体に伝わるように男の脳を少し弄ってやったが。その地獄の片鱗を数秒だけ感じ取って欲しい。
「あ・・・・がはっ!?おごぉ!?」
みるみると男の顔や体が、青あざにまみれていく。三年間のうち、たったの一週間だけでこんなにもやっていたのかと、逆に男に賞賛を与えたいぐらいだ。
まぁ・・・・絶対に嫌だけど。
「痛い!痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!ヤメロ!!やめて!!タノム!助けてくれ!!?」
「嫌よ、助ける理由がないもの。ちなみにそれ、まだ貴方がおこなってきたはじめの一週間目よ?」
「ぐごぉぉぇ・・・」
カエルよりも悲惨な鳴き声だ。聞いていると、ただの雑音にしか成り果てていない不協和音。
「んま、私はこれ以上あなたのそんな姿を見たくもないので・・・っと!」
背中に背負っていた野太刀を抜く。ぎらりと月光に当てられた刀身が、血を求めているようにも見えた。
「それじゃあね、ばいばい」
涙や鼻水、泡を吹いていた男がこちらを見ていたので、その下種たらしい頭を切り飛ばした。ボールのように転がっていく頭に、切り離された首からは、噴水のように血しぶきを噴出していく。
足元には血の海。ビクンビクンと痙攣している男の胴体を切り刻む。私は転がっていった頭を探し出して肉塊の山の上に置いたあと、火を起こして燃やす。いくらこの森がアーク村の外れだとしても、人にこの死体が見つかると厄介なので、証拠隠滅だけはししておかないとアインに負担がかかると一応、私的に考慮したものだ。
「さてと・・・」
やがて炭化してきた男に背を向けて、私はアインの家に戻ることにした。
「あれ?」
部屋に入ると、ベッドにアインの姿がいなかったことに驚き、部屋を見渡していていたらわかり易いところにアインは隠れていた、というより、隠れることができない殺風景なこの部屋では、ただ隅でじっとしていることが楽なのだろう。
一歩踏み出すたびに、ぎしりと床が唸り、それに同調するようにアインの体がびくりと大きく跳ね上がる。
膝を抱え、顔をうずくめていた。例えるなら、自分の殻に閉じこもっているようにも見えた。
それは、昔の私と同じに見えた。
誰からも愛されない、誰からも手を伸ばしてくれなかったあの時間。ただ、鬼子として嫌悪されてきた私だったが、一人の男の子が私に手を差し伸べてくれるまでと同じように、自分で自分の体を抱きしめないと、存在が無いと考えてしまいそうになるのだ。
「来ないで・・・」
拒絶の色をだすアインの言葉を聞き入れず、私はもう一歩前に踏み出す。
「来ないで・・・」
誰が聞き入れるものかと、半ば反感を持ちながら私はアインへと近づくと。
「来ないで!来ないでよ!!」
顔を伏せたままで怒鳴り散らすアインに私は気圧されたが、それでも意地になって私は膝を屈め同じ目線で話しかける。
「嫌よ」
アインの顔を無理やり自分と視線を合わせてた。竜人には邪眼というものがあり、自分の魔力を相手に叩き込むという技の一つで眠らせた。
カクんと項垂れたアインを抱っこして家を出る。ここから少ししたところで体を流せそうな泉を帰ってくるときに発見したのでまずはそこに行こう。体は汚れてるし、これまでアインは洗うということができなかったのだろうし、それに全体的に浄化しないと私の気が気が収まらない。
さっきの反応でわかったけど、本当にアインは一人でずっと抱えてきたんだなって思った。一人ぼっちで、救いもなくて、ただただ、嘘の借金を懸命に働いてきたのだと。
そして、私はちらりとアインに視線を移して思う。
“幸せを願ってここに置いていった筈なのに、もし、アインのこの生活を知ったら、姉さんは何を思うのだろう・・・”