~苦痛と望み~
―――始まりの樹の頂上にて。
雲の上に位置する所には生物というものが存在していなかった。枯れた木の枝が石のように固まり、それは一つの地形と成り果てていた。
殺風景な遺跡のようにも見える始まりの樹の頂上は、一種の祭壇のようにも見える。いや、これから起こることが儀式に成り替わるのだ。
「あ、がはっ!! はぁ、はぁ、ぁぁああっっぁぁああ!!?」
吐血を何回も繰り返しているために紺色の服は自分で吐き出した血で真っ赤に染めあがっていた。
祭壇の上で一人の人間が自分の体を抱きしめながらも、その痛みに耐えきれず他の痛みで体内の痛覚を鈍らせようと何度も岩に頭を叩き付けたのだろうか。額から流れた血で顔中は真っ赤だった。
「アル……マ……クルシイ?」
近づいてアルマの様子を悲痛な目で見つめているのはパートナーであるルナだ。
寄生竜に浸食されたアルマには一つだけ開花した能力があった。それは竜の言葉が聞くことが出来るようになったのだ。
寄生竜の力なのか、それともアルマの本来の出身地であったレイヴの特性から来たものなのだろうか。
だが、そんなことは今更アルマにとってはどうでもよかった。
アルマの周りにはルナが探してきてくれた食事が置いてあるのだが、どれ一つとして手を付けた痕跡が無い。いつから食事を摂ることがなくなってどれほどの時間が経過したのだろうか。
主の悲痛な悲鳴を毎日聞いているだけの日々に、ルナも精神が参っていた。
「痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいぃぃぃぃ!!!」
内部から突き破ってきそうな寄生竜を、アルマはまだ止めているのだ。寄生竜を産み落とせば、この苦痛から逃れるのにアルマはまだそれをしようとしない。
そう、アルマは待っているのだ。この場所にアインがやってくることを。そして、自分のやろうとしていることを止めに来てくれる筈という望みを持っているから、体が引き裂かれるような痛みをずっと堪えているのだ。
痛みの周期が終わったのか、アルマの悲鳴は途絶えて荒々しい息遣いだけがこの場の音として奏でている。
ルナはそっとアルマに近づいて顔を優しく舐めて血をぬぐう。既にアルマの精神も限界が近い。こうしてルナが近づいてきても何も反応することが出来ないほどに衰弱しきっているのだ。
焦点さえ合わずに虚空を仰ぎ見ているアルマの姿をこれ以上は見ていたくなかった。
「アルマ………モウ、ガマンシナクテモ……」
嗚咽を堪えながらルナはアルマの傍に座ると、アルマの手が久しぶりに動き、ルナの鼻頭を触った。
「ねえ、ルナ? 感じた?」
「ナニガ…デスカ?」
「この下に、アイン達がやって来たの………ちゃんと来たんだよ?」
その笑顔はずっと待ち望んでいた夢を見るような屈託のない笑顔だった。しかし、ルナにはその笑顔すら痛々しくて見ていられない。
「よかったぁ………アイン、ちゃんと来てくれたんだぁ……」
この場所にアインがやってくるのは、アルマにとっても一つの賭けに近かった。だが、アルマはずっと信じていたのだ。この場所にアインがやってきて、自分の事を殺しにやってきてくれるという賭けに。
その賭けにアルマは勝ったのだ。命が尽きる前にやってくるか、それともここには来ないで世界が崩壊の道を辿るのか。
あとはこの場所にやってくる前に自分が死なないことを祈るばかりだ。
「………私、戦えるかな?」
「イイエ、アルマノカラダハモウゲンカイヲコエテイル、ウゴカナイホウガイイ」
限界が近いアルマを、誰がみすみすと戦いに行かせるような真似ができるだろうか。主はアインとの戦いを望んでいるが、一生の相棒として誓った主を死なせることはルナには出来なかった。
寄生竜が産み落とさてしまえば宿主であるアルマは死んでしまう。この答えはアルマと共に旅をしてきたことで見つかった答えだ。
「でも………」
駄々をこねる子供の用にアルマの指先がルナの頬を撫でる。
もしかしたら、この願いは主が最後に望でいる願いかもしれないということをルナは考えた。このまま、アインを主の元へ届けた方が良いのだろうか。
ルナもアインの事は知っている。初めて出会ったのはレーゲン湿原の大樹の下で、次にムシュフシュで、それ以降は顔を見合わせてはいなかったが、初めて見た時からアインには違和感があった。
その事に気が付いたのはムシュフシュで手合わせをした時に判明した。
纏っていた雰囲気が一時を過ごしたスーリヤと被ったこと、そして、その傍らにいた竜人だったソーマの気配と同調したのだ。
後々、アルマが嬉しそうにアインの事を話題に出していたことで合点がいった。
「アルマハ、アインニアイタイ?」
ルナの問いかけにアルマはにっこりと笑って頷いた。その笑顔に負けたルナはため息を吐くように鼻を大きく鳴らすと。
「ワカリマシタ、アルマノサイゴノネガイ、トドケヨウ」




