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アルタ・ダーナ ~巡る運命~  作者: 元帥
第六章~寄生竜~
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~出発~

「一体、どこから竜は襲ってくるのだ!?」

 激しい剣幕で玉座に座している男は、手に持っていた自前の杖を玉座の前で伏している男女の二人に投げつけた。

 頭に当たった杖は床に転がり、崩落した天井の瓦礫によって止まる。

「北の方角から来ているとは思われます、そこに派遣した竜騎士たちも数日立ちましたが、連絡が途切れたことを考えると全滅をしています」

「それならばお前たちが行けばよいのではないのか? ええ!? アクセス団長、フィン一番隊隊長」

 唾を吐きつけるように玉座の王は怒鳴り散らすだけだ。

 世界唯一の軍事国家に君臨する王。セトが作り出され、人間が王国を築き上げた創始者から続いて百代以上も王として君臨している純粋な王だ。

 しかし、長く続いていった王宮の制度もこの時代で潰えるかもしれないのだ。だから王は内心焦っている。このようなことで自分の命が消えるわけにはいかないと。

「それだと、王宮に向かってくる竜は誰も相手をする事が出来ません。ただでさえ竜を相手に他の竜騎士たちは疲弊しきっているのにここで私達が竜の巣へと向かった所で今の戦況が変わるとは思いません!」

 フィンは兵士を軽く感じている王にイラツキを覚える。自分ではなにも動こうとしない上役は大体決まって命令するだけの立場だ。

 戦場で血を流し、四肢を捥がれても家族のために戦っている竜騎士たちの思いを考えようともしない。エゴの塊でしかないこの男に忠義を示せといわれても無理な話だ。

 もし、この場にミリがいたらなにを言ったのだろうとフィンは考える。ミドさんはこの王様とずっと衝突を繰り返していたらしいが、そのミドさんも数年前にムシュフシュで殉職してしまい、ミリも脱退。王宮に残った私達はいつもどおりの王宮の任務をこなしていた。

 そんなある時、突如王宮に襲ってきた竜を相手に王宮の竜騎士は総動員でこれに迎撃を当たる。

 それでも、人と竜との戦力差には防戦一方であり、退けられた竜よりもこちらがやられた人間の数の方が圧倒的に多い。

 被害の事を考えるのならば、王の言ったとおり自分たち二人が元凶となる場所に向かえば早いのかもしれないが、そこに行けば間違いなく二人とも殺される。

 死ぬのが怖くないと言えば嘘になる。でも、このまま王宮で手をこまねいている時間も無いのが現状だ。

「ならば、総長は? 総長はどうなっているのだ? あやつはどうした?」

「総長なら、死にましたよ。派遣した隊の中で指揮を取っていたのは総長ですから」

 アクセスは顔を上げて王へと話す。すでに王宮の最高戦力は死に、二番手である自分とフィンの二人しかいないと諭す。

「っくそ、どいつもこいつも役立たずめ………」

 怒りを露にしている王の物言いに二人もいい加減に嫌になってきていた。口先だけの男なんて、二人が力を合わせれば殺せるのかもしれない。

 そんなことをすれば王宮から追われる身となるが、今の時代追われる立場となった所で困る事なんて無いだろう。

「役立たずって、高みの見物をしていて、戦況もわからないで指揮をしている王様自身のことを言っているのですか?」

 アクセスとフィンの後ろから声が聞こえる。広い玉座の間に通る声の主はカツカツと足音を立てて近づいてくる人間がいた。

 一代国家を代表する人間を罵倒して、本来は無事ではすまない。それでも自分たちが言おうとしていた事を代弁するように現れた少年は、二人が立っていた場所よりも少しだけ離れた場所で立ち止まる。

 振り返った二人は、ここに少年が帰ってくるとは思っても見なかった。ゆえに呆然と少年を見ることしか出来ない。

 しかし王は違う。訳も分からないような少年に自分のことを馬鹿にされたのかと分かった途端、思い出したようにいきり立つ。

「なんだ貴様! 突然入ってきおって。無礼な奴じゃな!!」

「無礼だとか、こんな状況で序列なんて気にしているのは貴方だけです。それと、僕の事忘れたんですか王様?」

「お前なぞ知らん! 丁度いい、そこの二人共、そこの無礼な奴を殺せ」

 二人は王様の言葉を聞いてはいたが、動く事はできなかった。このような所で再開を果たすとは思っていなかったが、駆け寄りたい気持ちでいっぱいだ。

 一歩アインが近寄ると王様は眉根を寄せる。

「どうした二人共! その無礼な奴を殺せ!」

「黙ってください王様。僕はこの二人に用があって来たんだ。貴方はお呼びではない」

 睨み付けるアインの瞳に射竦められる王様は玉座に深く座る。

「久しぶりだね二人とも」

「………アイン」

 なんでここに帰って来たのか、竜人を連れ去り王宮の反逆者となったアインは王宮にはもう帰ってこないと思っていた。しかし、何故アインは返ってきたのか、アインが言う自分たちに用があるというのはどういう事なのかを問いただそうとする。

 近寄ろうとしたフィンの前にアクセスが躍り出る。その表情は何かを試すようでいて鬼気迫っていた。

「アイン、色々と聞きたい事はあるが―――」

 ゆっくりとアクセスはアインに近づく。二人の距離は腕を伸ばせば届く距離だ。

「先ずは手合わせ?」

 にやりと微笑をしたアクセスの表情にアインも同じく笑みを浮かべる。互いに同じ武装を心得ているからか、挨拶を交わすのと同じ意味で拳が交差した。

 顔に叩き込まれるはずの拳は開いていた手で防御される。ほんの挨拶代わりの一撃だが、大人でも悶絶する物を二人は何も無いように受けとめている。

 動きを見せたのはアクセスからだ。受けとめられた手を開きアインの両手を拘束する。後ろに跳ばせないようにした所で、アインの身体を引き寄せ、膝蹴りが炸裂する。

「うっぷ」

 以前よりも威力が増した一撃にアインは嗚咽を漏らして耐える。二回三回と同じように繰り出されるが、流石に学習もする。

 同じく膝を合わせて防御すると、アインはアクセスに頭突きをかました。怯んだ隙に腕を交差させ身体を背中合わせにさせると、前方向へとアインは身体を倒した。

 アクセスの身体が宙を舞い、そのまま床へとその身体を叩きつけられるはずだったが、軽やかに着地する。

 手首を捻りアクセスの拘束から逃げたアインはアクセスの両腕を巻きつけるように小脇に抱えて距離を詰める。胸を貫くような掌打がアクセスを捕らえると後方へと吹き飛ばされた。

「むっ」

 アインが感じた違和感、繰り出したはずの一撃はアクセスが咄嗟に後ろへと跳んだ事によって威力が軽減されたのだ。

「やっぱ、強いな。どう頑張ってもお前に勝てるビジョンが浮かばねえもん」

「でも、今の技を避けるなんて、アクセスも強くなっている証だよ」

「ふん、褒められても嬉しくないっての」

 愚痴るようにアクセスは胸に付いた埃を払って初めて構えを見せた。

「でも、あれから俺も修行したんだぜ?」

 振り絞らせた手を勢いよく突き出す。その行動は単なる素振りのようにも見える動作だ。だが、アクセスの手から放たれた何かはアインの頬を掠る。

 鎌鼬のように鋭利な刃物が通り過ぎたような感覚。しかし、そこを通ったのは刃物でも何でもなく。

「………波動(チャクラ)?」

 アインは一度だけだが武術の鍛錬を受けていたとき、昔の人間だったが素手で竜を倒したという逸話がある人物を議題に挙げられた。素手で竜を倒したその人間は取り巻きの間では英雄扱いをされていたという。

 素手で竜を倒す事ができる人間がいれば、周りは間違いなくその人間を尊敬するだろう。

 その人間は敬意を込めて、武神と名乗る男だったが、この武神が竜を倒す時に用いた究極の技がこの波動というものだった。

 人間には魔力の他に気道というものが流れている。ごく少数の人間にしか取り扱える事ができない魔力というものは本来見つける事が出来ない困難な力なのだ。

 奇跡のような力を魔的な物に例えられている魔力は、人間の力を逸脱した物にしか取り扱えないと言われ、そのために竜人が魔法を使える怪物と上げられている。

 ただ、誰も気が付く事が出来なかっただけであって、元から無いというわけではない。見ている風景が違うだけだ。

 空を眺めると青空は見えるが地面は見えないだろう、これが常人の見える事ができる風景だが。魔力が扱える人間ならば、空を眺めているだけでも、地面下、地平線の彼方や、四方が見えているのだ。

 気道は魔力の一歩手前の技術だ。

 人間その気になれば普段出せないような力が出るときがある。自分の身に危機が陥りそうになった時、瞬間的だが脳のリミッターが外れて思いがけないような動きをする事ができるように、波動というものは、脳のスイッチを入れたり消したりする事が出来る技である。

 気が形となり闘気となって具現化された物をチャクラと呼ばれ、このチャクラを自在に扱った武神は今でも文献に残っているが。

 アクセスは自力でチャクラを扱う事ができるようになっていることにアインは驚くだけだ。

「波動を扱える人間がいるとは思っても見なかったな」

 弾むような声音で横合いからシュクラが出現する。アインしか聞こえていない幻聴だが、こういう戦闘になるとやけに出張り気味だ。

「あれを見たのは五人目の妹が使っていたな。魔法が使えなくて竜人の中では一番人間に近い奴だったが、あいつが持っていた能力はコレだったな」

 人が扱える程度のものなら、五人目の妹は一番弱い事にならないだろうかと、アインは見た事もない従姉妹の姉を心配する。

「おいおいアイン、それだけしか使えないってことは、他を極めなくていいってことと同じなんだ。極めた者と、始めた者の差は歴然としている」

 習得はじめのアクセスが扱える波動の力量が棒切れを振り回している物だとすると、武神は剣であり、蒼竜人カイナの波動は大砲だ。

 シュクラ曰く、アクセスと蒼竜人カイナとは掛け離れてはいるらしいが、常人とは一歩逸脱していることには間違いではないはずだ。

 距離が離れていてもアクセスのチャクラはアインの元にまで届く。だがそれはアインとて同じ条件でもあるが、アインの技は細剣を作り出して投げ放つ作業であり、この場に置いての戦闘には出す代物ではない。

 ならばアインが取るべき行動はただ一つだ。

「時間もないから手早く行くよ?」

「来い、一発入れてやるから」

 挑発をするように手のひらを動かしてアクセスも構える。波動の弾がアインの行く手を阻むほどの出力でないことはアクセスも承知の上だ。だとするとこの戦いにおいて、やはり勝ち星が上がるのはアインということになるが、勝機があるとなると一つだけある。アクセスが公言した一発がアインに当たりさえすれば逆転の可能性が無いこともない。

 動いたのはアインだ。陽炎のように揺れたと認識した時にはもう遅い。アインの姿はアクセスの懐へと瞬時に詰め寄っており、構えられた動作からは大蛇を連想させられる。

 あまりの速さに反応が遅れたアクセスだったが、放たれたアインの大蛇を交わすことに成功。技後硬直で動けないアインの腹部を目掛けアクセスの波動を纏った拳が突き刺さった。

 その程度の威力でアインの動きは止まらないと思っていたその時だ。

 アインの体を襲ったアクセスの波動が波紋のように広がっていく。これがチャクラのもう一つの技、波動の伝播である。

 繰り出された波動はアインの体内、言わば内臓にまで伝達したのだ。殴られても内臓まで致命傷になることはまずない。しかし、波動が使える者であればダメージは内部にまで浸透する。アインが吐血したのもこれが理由だ。

 やられた、波動の特徴はミーナが教えてくれたはずだったのに、受けてしまったことは失敗だった。

 立っている足が震え、自由が利かなくなる。波動のダメージは一見小さいような一撃でも、一太刀でも浴びると途端に致命傷になりやすくなる。

「おらあ!!」

 アクセスの拳がアインに命中し、アインの体は投げられたボールのように吹き飛んだ。

 数々の瓦礫にぶつかりながらようやく動きが止まると、二人は納得のいったように声をあげて笑い声を上げる。

 二人の挙動にただ疑問符を浮かべるしかないフィンと王様は呆けるだけだ。

「な、一体あの二人は何者なのじゃ? あれは人間か?」

 大人顔負けの強さに王様は軽く身震いをする。それはフィンも同じ意見だった。アインの強さは王宮に来た時、竜騎士の試験を受けに来た時から予感はあった。

 その予感が確信に変わったのはアインがアクセスとミリの二人を打ち負かしたときだ。この男の子は誰よりも強いと。

 それでいて、何かを背負いすぎているのではないのかと思ったのもあった。

 たった一人の肉親を追いかけて来たのに突き放され、それでもめげずにアインは姉を追いかけて来たのだろう。ムシュフシュからの一件以降のアインは決心が付いたように動いていた。

 竜人を庇い、自分の身が犯罪者になろうともその決意は揺らぐことなくずっと前を向いて進んできたのだろう。

 何かを成し遂げたいという気持ちがあるから人は強くなれると、その昔、冷酷非道と言われた四代目総長のアルマから他愛ない世間話の時に言われた言葉を思い出す。

 アクセスはミリやアインが王宮からいなくなってもずっと自分の鍛錬を続けていた。無駄なことだと、笑ってやった日もあった。

 一人だけ真剣に鍛錬をしている姿を誰もが笑っている最中で、なんでそこまでやるのかと問いただすと、いつもであれば笑いながら冗談交じりに理由を言うのだが、この時は冗談でもなく本気の理由を一言だけ喋った。

―――あいつらだけが強くなっている中で、自分だけが突き放されたら嫌だからな。

 その言葉に私は、アクセスを笑った自分が途端に恥ずかしくなった。

 もう会うことも出来ないかもしれない友人たちの背中をずっと追っているのだ。背中だけを見ているだけでなく、一緒に戦えるように隣でいることが出来るようにアクセスはずっと頑張っているのだと。

 成し遂げたいという気持ちが無かった私にも一つだけやり遂げたいという気持ちが芽生えた瞬間だった。

 瓦礫の中から立ち上がったアインは口から血を流してはいるものの、あまり効いていない様子だ。その姿にアクセスは少しだけ苛立ちを覚えるものの、アインである以上は仕方がないかと割り切っている部分もある。

「世界の崩壊ねぇ」

 信じられないといった風にアクセスは顔をしかめる。

「うん、それを止めるために二人の力を貸してほしいんだ」

 アインはアクセスとフィンを見やる。二人ということは無論フィンも入っているのだが、フィンは一体なんの話をしているのか見当がつかなかった。

 そもそも二人は殴り合っていただけの筈なのだが、会話をする瞬間があったとは思えない。

「アイン、なんの話をしているのよ?」

「あ、フィン久しぶり」

 にこやかにアインはフィンに挨拶を交わす。されたからにはやり返すのが常識なのでフィンも挨拶を返し、アクセスがアインの前に立つと説明を始めた。

「どうやら、王宮にやってくる竜たちは、始まりの樹という所からやってくるらしい」

「でも、それと世界の崩壊は関係あるの?」

「それはちょうど俺も聞こうと思っていたんだよ。教えてくれよアイン」

「始まりの樹に向かいながらそのことは話すよ。こんな所にいた所で何も始まらないから」

 アインの物言いに二人はなにか出し惜しむような雰囲気を出す。アインもその空気を読み取ると、玉座で座っている王様を見やる。

「ああ、そういえばあの人にも聞きたいことがあったんだった」

 二人を縛っているのは王宮とあの王様だとわかっている。王宮を脱退した身であるのを自覚しているアインは、この王様から二人を突き放さないといけないのだが、殺してしまえば縁は途切れるはずだ。

 だが、それ以上にアインは王様に聞きたいことがあった。

「王様、少しだけ聞きたいことがあるのですがよろしいですか?」

 アインは座っている王様の前に立って問いかける。だが、王様は自分より地位の低い、身分であるアインの言うことなどに耳を貸そうとはしない。

「貴様のような下民が、私のような王に質問など!」

「今更、そのような階級が通じる世界だと思っているんですか?」

 アインの手が王の胴体に突き刺さる。ナイフのような鋭利な物を魔法で作り出しているわけではなく、素手でその所業を行っている。

 アインの手のひらから流れていく血と激痛に声を上げる。

「あぎいいいぃぃぃぃぃぃぃ!!?」

「貴方は僕の聞きたいことを話してくれるだけでいいんですよ? 分かりますかこの意味が」

 アインの脅迫に王はただ頷くだけだ。どうせ聞きたいことなんてどうでもいいようなことだろう、事が終われば衛兵を呼び寄せて殺してしまえばいいと王は考える

「竜人を捕まえようと禁忌を犯して人竜を作ったのは本当ですか?」

「な、なぜそれを!?」

 王の言葉にアインは微笑を浮かべる。その笑顔は酷く冷酷な微笑であり、王は余計なことを口走ったことに後悔した。

「貴方はアルマにどれほどのことをしてきたんだ、竜人の力を手に入れたいというエゴで、アルマの人生をどれほど無茶苦茶にしてくれたんだ!」

 鈍い音が玉座の間に響き渡る。

「っぐおぉぉ!!?」

「お前が、僕たちの家族を無茶苦茶にしたんだ! お前が! お前が!! お前が!!!」

 何度も何度もアインは執拗に王の顔を殴る。呪うように、呪われた憑き物を取り払うように、狂うようにアインは殴り続ける。

 すべての元凶がこの男なのだと分かってしまったアインの手は止まらない。父や母を、そして姉を―――家族をバラバラにさせた元凶が自分の目の前にいては憎悪の感情が湧き出すばかりだ。

「返せ!! 返せよ!! 僕の………僕たちの幸せを返せよ!!」

「止めろアイン、もう聞いちゃいねえよ」

 殴り続けていたアインを止めてようやく我に返る。顔の造形が分からなくなるくらい晴れ上がった王がぐったりと横たわる。

「殺したの?」

 恐る恐るフィンが尋ねるが、アクセスがそっと王様の脈を図ると安堵したように息を漏らす。どうやらまだ生きているようだ。肩で息をするようにアインはまだ興奮状態が納まらず、アクセスが再び手を放せば王に殴りかかるかもしれない。

 それだけは避けるべく、二人はアインを見張る形で王様を隠すように立つ。

「ごめん、取り乱しちゃって」

「良いって別に。お前が来なかったら、俺たちもこういう風にしようとしていた所だったし」

 にこやかにアクセスは言うが、これは本当のことだ。常日頃から王宮のやり方に文句があり、それに耐えてきた二人だったが、今回集められた矢先に自分のことしか考えていない王に、手を上げようとしていたのだ。

 それがアインによって、こうなってしまっただけだ。

「ふう、それじゃあ行きますかねえ? 世界を救いに」

 アクセスはにこやかに笑いながら階段を下りていく。アインとフィンはアクセスが何を言い出したのか、気になったものの少し考えればその物事に行き着いた。

「これで、世界を救ったら俺も英雄の仲間入りになるんじゃね?」

「うん、多分英雄になれるんじゃないかな?」

「そうなればいいけどね」

「冗談キツイなぁフィンは」

「功績に伴って結果は付いてくるんだから当然のことでしょ?」

 またこうしてみんなで喋ることが出来るんだと少しだけ暖かい気持ちになった。ミリは今頃何をしているのだろうか? 世界が崩壊していく中で彼は今も修行を続けているのだろうか。

 いずれにせよ、ここにいない人間のことを考えてもしょうがない。

 三人は玉座の間から出ようとした時だった。

「ま、まて貴様ら! 許しはしないぞ、この下民が!!」

気絶していた筈の王様が意識を取り戻し、腫れあがった顔で言葉を発しているものの、三人にはあまり通じなかった。

震えている体を起こして騒ぎ立てる王様の頭上からガラガラと瓦礫の破片が落ちてきた。

外にいる竜との混戦が酷くなって王宮全体が揺れているのかと玉座にいる四人はそう思った。

しかし、大きく空いた天井から差し込まれていた太陽の光が雲に遮られた。唐突な暗転に太陽に雲が掛かったとは誰も思わず、全員が天井を見上げると。

そこにいたのは一匹の飛竜だった。玉座の間に下りてきた飛竜はこの場にいる全員をただの獲物だと思っているのだろう。

だらだらと涎を垂らしながら、さぞ腹を空かしているに違いない。飛竜がきょろきょろと周りを見渡す。

三人と飛竜の目が合ったが、それよりも弱っていそうだと思ったのだろうか、王様の方に向き直った飛竜に王様は目を見開く。

「まて! まてまてまて!!? わしはこの国の王じゃぞ!? 貴様のような低俗な竜に、わしを殺していい権利なんてない! こっちへくるな!」

 騒ぎ立てる王様だが、飛竜は言葉が分からないように大口を開けて近づいていく。

「おい! 下民! さっさと助けろ! わしはこんな所で死んではいけないというのが分からんのか!? おい! 止めろ! 止めろおおおおおおおおおおお!!」

 一口で丸呑みされた王様の断末魔が飛竜の口の中から聞こえてくる。咀嚼されている音が聞こえる中でも絶叫が折り重なって不協和音が響いていた。

三人は飛竜を見やり、誰がこの竜を倒そうか視線で言葉を交わす。その間にも飛竜は品定めをしており、結論が出たのだろうか大口を開けて三人がいる方向へ突進してきた。

一斉に散らばるが、飛竜と視線が合ったのはフィンだった。

「なに、私が一番弱そうって事かしら?」

竜を目前に、しかも自分が獲物の対象とされれば誰もが恐怖の念を抱くが、今まで経験してきた場数は、そこらにいる竜騎士よりも断然に多い。

鞘からレイピアを抜いて飛竜に刃先を向ける。

「フィン!」

 加勢した方が良いかというアインの問いかけにフィンは頭を振る。これくらいなら私だけで十分という意思表示を示し、もう一度飛竜に視線を戻す。

 そういえば、フィンの戦闘を見たことがなかったとアインは思う。アクセスは既に飛竜が自分から視線を逸らされたことにやる気が無くなった。

「良いの? アクセス」

「何が?」

「いや、フィンの加勢に行かなくても?」

「おいおい、この中では確かに一番弱いかもしれないけどな、フィンは一番隊隊長を任せられている奴だったんだ。それに、お前がまだ王宮に来る前から俺たちは任務で竜と戦闘を繰り返してきているからな?

 あの程度の飛竜に負けるなら、お前だって始まりの樹に連れて行かないだろう?」

 アクセスの物言いにアインは反論を返さずにフィンの戦いに加勢しようと両手に作り出していた細剣を消した。

 飛竜の攻撃を交わしながら着実にダメージを与えていく。フィンの武器は軍刀だ。長剣よりも細身で作られた剣であり、斬るといった動作よりも刺突というのが一番の武器と言ってもいい。

 交わして斬る、交わして斬る、その繰り返しに飛竜もイラつきを出せずにはいられなかった。刀傷が目立っていても死傷には至っておらず、こうして何度もフィンに向かって突進を繰り返すことが出来る。

 何度目かの攻防の際に、フィンは遂に違う動きを見せた。

「っっし!」

 頭から突進した飛竜の脇へと掻い潜りながらフィンの刺突が飛竜の眼球を抉る。絶叫する飛竜の怒りは頂点に達し、大きく翼を仰いで飛び上がる。その巨体を使い、地上へと突進しようとするものの、生憎とその選択肢は飛竜に許されていない。

 突如現れた光の剣により両翼を捥がれた飛竜は無様に床に叩き付けられた。自分の身に何が起こったのか、反撃する瞬間など無かった筈だったという考えを持っていた飛竜はただ恐怖に身を震わせるしかできなかった。

「それはフェアじゃないよ」

 ぼそりと呟かれた声に飛竜は頭だけを動かして声の主を見た。あれは本当に人間の子供なのか? 一目見ただけで他の人間とは全く違う別物に見えてしまった飛竜は、眉間に深々と突き刺されたレイピアによって絶命したのだった。

 フィンの体から緊張の波が去り、剣を元の鞘に納めて大きく息を吐き出した。その手は震えており、アクセスは軽く背中を叩いた。

「お疲れ、頑張ったな」

「あ、うん。何とかね」

 いくら何体もの竜を相手にしてきたといっても、それは大人数で相手をした時のことだ。今回のような単体だけで竜を相手にするのは初めてだったのだろう、いつも以上に緊張が体を強張らせたのかもしれない。

 それでも、始まりの樹に行けば一人だけで竜を相手にしなければならないのかと考えると、ここで負けてしまうようなら意味がない。

 意地でもここで飛竜に勝たなければ、二人の背中を眺めているだけの日々はもう嫌だった。

 これで自分も仲間に入れてもらえるのだろうか? 一抹の不安を感じながらちらりとアインを見つめると、にっこりと優しく微笑みを返したアインは、そっとフィンの手を握る。

「行こう、始まりの樹に」

 アインの言葉にフィンは安心したように笑顔を浮かべた。ようやく二人に認められたのだと。二人、いや、三人の背中を眺めているだけの自分は今ここで終え、新しい自分に生まれ変わったことで三人に追いついたことに。

「ああ! 竜退治だ!」

 いきり立つようにアクセスは拳を鳴らして気合を入れる。フィンも強い眼差しで遠くの地を眺めて決意をする。

 二人を縛り付けていた王も死に、ようやく自由の身となった二人の表情は決意を決めた戦士の顔となっていた。



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