~ムシュフシュへ~
ようやく食べ終わったのか背後からは咀嚼音が聞こえなくなり、一人で騒ぎ立てる女の子の声しか聞こえなくなった。
「ふう、お腹いっぱい」
「もう後ろ向いてもいいの?」
「ちょっと待って、血で汚れちゃっているから」
よいしょ、と言う可愛らしい声を上げながらごしごしと衣が擦れる音がする。拭った所で綺麗になるのだろうかと思いながらも待っていること数秒。
そもそも白いワンピースを身に着けている以上、汚れてしまえばどこかに色が付いたままになってしまうのではないのだろうかといらないことを考える。
結局キーアの抑制の言葉を最後まで守りきることは出来ずに背後を振り返ってしまったのだが。
「―――ッ!?」
その姿を見た瞬間、体中に怖気が走った。幸いキーアは僕自身が見たことを気が付いていなかったのでラッキーだったと思いたいのだが、色々と表現しても体現することができない。
一言で表すのだったら、気持ち悪かったというのが妥当だろう。
「待たせたわね。それじゃあ行きましょうか?」
キーアは僕が見た光景を知らないことを前提に話しかけてくるが、見てしまった僕からすると警鐘のように鳴り響いてくる心臓の音が、キーアに少しでも悟られてしまうと何をされてしまうのだろうかという恐怖でいっぱいだ。
小さな身体が蛇のように絡みついてきて、耳元で囁かれる声は優しいのにどこか不安を感じてしまう。
「見ちゃったんでしょ? いけない子ね?」
「………ごめんなさい」
「うん、素直でよろしい」
クスリと微笑を浮かべて軽く僕の頭を叩く。
「それじゃあ行きましょうか?」
「行くって何処に?」
「ナーガが居る場所よ?」
キョトンとした表情を浮かべながらも、さも同然のようにキーアは言う。つい先ほどまで路頭に迷っていた僕らだったのに、どうしていきなり居場所が分かったのだろう。
問いただそうとした矢先、キーアは僕が考えていることなんてお見通しだと言うように居場所の事に付いて説明を始めた。
「さっき食べた時に情報は得たの。まだ死んでから時間も経っていないしね、魂までしっかりと頂いたのよ」
「それで何が分かるの?」
「魂まで食べることで、生きていた時のその生物の生きてきた記録を知ることができるのよ。今食べたこの竜も、何らかの情報を持っていたことは明らかだったし、既に死に体だったからね。ちょうど、手間も省けて収集することもできるって言うわけ。
一応、私達は星の記録者だからね」
記録者とキーアは言う。竜人である自分に課せられた仕事なのだと誇らしげに笑顔を見せながら。
「それで、ナーガの居場所は?」
僕はいてもたってもいられずにキーアにナーガの居場所を問いかける。居場所が分かったのなら話が早いからだ。
しかし、キーアは少しだけ申し訳なさそうな表情を浮かべながらもナーガがそこに向かっているであろう場所を口指した。
「この陸竜もそんなには覚えていないわね、致命傷の傷を負った直後には逃げられているのよ。
でも、この方角は南東の極地ね。そこに向かっているのは分かるけれど、それ以降は分からないわ」
「そ、それじゃあナーガの居場所はまだ突き止められていないの?」
「この竜の記録だけではね?」
微笑を浮かべながらキーアはもう一つ重要なことを言い出す。
「あの竜もナーガに手傷を負わせていたのよ。それのおかげもあってかしらね、ナーガの記録を見ることも出来たわけ。と言っても、断片的なものだけれどね」
「なんで、部分的にしか見られないの?」
「えっとね、さっきも言ったけれど、生物の記録を見るためには、その生物がこれまで生きてきた肉体と、魂が必要なの。魂は生物の記録そのものであって、肉体とは、記録が書かれている本の外側、帯って考えてくれれば分かりやすいかしら?」
「ということは、肉だけを食っても、記録が残っていないということなんだね?」
「まあ、肉体にも魂が宿っているわけだから、例え肉一変だけでも少しだけの情報が得られるものなのよ」
小難しい話になりながらも、キーアは分かりやすい例えで話してくれるが、子供の僕にはあまり通じていないことなのは内緒だ。
「それでね、ナーガの向かった所なんだけど、また面倒な場所に向かったわね」
「面倒な場所?」
「多分、あなたも知っている場所よ?」
僕も知っている場所? 確かにナーガとは一緒に色々な場所に行ったことがあるけれど、ほとんど留まることなんてなかった場所が多い筈だ。
それでもキーアは僕も知っているはずだと言われる場所の名前を一つだけあげた。
―――ああ、確かにその場所は知っている。
二年前に僕達は運命の分岐点に立ち会った場所。僕自身が何をするか決めた場所でもある思い出深い場所だ。
まだ王宮にいた頃、大規模な討伐作戦を王宮で行ったのだが、三代目竜騎士総長ミド・アーランバは殉職し、一番隊隊長であったミリ・アーランバとも離別している年代。
「そこに行けば、ナーガが居るんだね?」
「そうね、大体竜は自分の死期が近くなると本能的に向かうらしいけれど、ナーガが思いつく場所はここしかなかったんじゃないのかな?」
「それが、竜の墓場と言われているムシュフシュだったの?」
キーアは頷いて肯定する。
しかしどうしたものか、この場所からムシュフシュまで行こうとなると大分日をまたぐ事になる。街に行けば馬を借りられるのだが、大きな街までも意外と遠い。
「考える時間を作るよりかは、実行したほうが良いんじゃないかな?」
促された言葉に僕は納得し、今一度順路を戻ってからムシュフシュに向かうことを決めた。




