~情報収集~
フォマルの泉から東へ向かうこと約一週間が経った。
ナーガが連れて行かれたと言うゴロツキが集まる町は点々と存在しており、盗賊団のアジトらしきものは今のところ有力な情報源は入ってきていない。
これで四個目の町だろうか。入り口に入る前から治安の悪そうな町だと感じさせられるような造形をしている家屋は所々穴が開いている。
「どうしたの? 怖いの?」
そういってキーアは僕の手を握る。キーアのその言葉に僕は自分が震えている事に気が付いたけれどそのの言葉を否定した。
「ううん、別にこの人たちが怖い訳じゃない」
「それは分かっているわよ?」
「えっ?」
「私が言っているのは、ナーガが見つからないことが怖いの? って言う意味」
キーアの核心の突いた言葉に僕はぎゅっとキーアの握っている手を強く握り返す。
その通りだ、ずっと一緒にいた筈のナーガと分かれて一週間も経っているのだ。短いようで長い時間は、少しずつ焦り始めていたのだろう。
竜は基本的には生まれた主が死ぬまでは崩れ竜とはならない。竜の寿命は人間よりもはるかに長いのだが、野生の竜よりも人間と一緒に生きてきた竜はどことなく心が弱いのだといわれている。
崩れかかった竜の心を狙って新しく飼い主となるのが人間のやり方だ。一見酷いようにも見えるけれど、人為的に育てられた竜にとっては野生に返る方が酷らしい。
「なるほど…確かにそうかもしれない」
「でしょ? あんまり強がらないことね、まだ若いんだから」
ニッコリとキーアは笑う。竜人である彼女の言い分は何処と無く説得力があった。
町に入り、通り行く通行人達に片端から盗賊団のアジトの居場所や連れて行かれたナーガの情報を集めてみるが、道行く人は全員が頭を横に振る。
しかし、その対応は嘘を付いているように何かを感じさせるような物言いでしか話をしてくれない。
金をもっとくれるのだったら思い出すかもしれないとか、身体で払ってくれるならなど、そういう内容ばかりだ。
ふざけたことを言う輩は全員無視をして、それでもしつこい輩は黙ってもらった。
通行人が駄目なら、一番人が集まる場所であり、尚且つ情報の出入りが多い場所といえば酒場だろうか。
ここに来る前も酒場を当たってはみたものの、どこもアジトの場所は分からないことだけが分かっているため、あまり入りたくないのも一つの要因だ。
聞いたところで誰も正直に話してはくれないから、いっそのこと強引にでも聞いてみようか?
僕らは両開きのドアを通ると、客が入ったことを知らせるためのベルが店内中に響き渡った。大人達はチラリとこちらを伺ったが、僕らが子供だという事が分かったのか興味が無いように大人達は会話を始める。
ガヤガヤと騒がしい店内に戻った所で、真っ直ぐカウンターの席に向かう。ちらほらと大人達の目がこちらを射竦めるように、中には殺気すら感じさせられる人も居る。
子供相手に何故殺気を晒すのかよく分からないけれど、この人たちにとって僕らは部外者、余所者の類だろう。
尚且つ、外から来た子供が、盗賊団のアジトを嗅ぎまわっているとなれば、その盗賊団の一員である人間は、少なからず反応はすると予測を立てる。
「いらっしゃい、子供にはお酒は差し出せないけれど、何か飲むのかい?」
「うん、ちょっと長旅で疲れているから、なるべく甘いものがいい、柑橘の類が希望かな」
店員は分かりましたと返事をすると手馴れた手付きでグラスに飲料水を注ぐ。
「お待たせしました、そちらのお嬢さんにはオレンジジュースで、君にはレモンの炭酸割りでいいかな?」
「はい、ありがとうございます」
僕は差し出された炭酸飲料に口をつけ、一口だけ飲み込む。弾けるような感覚が食道を通っていき、体中の疲労が泡沫のように消えていくような錯覚を覚える。
「それで、お客様はなぜこのような酒場に?」
「えっと、情報収集といった感じですかね?」
バーテンはピクリと眉根を吊り上げる。ポーカーフェイスを気取るならもう少ししっかりとしなければいけない。
今の反応でこの人は何かを知っている事に確信を持ちながら、適当にこちらの知っている単語を出して泳がしてみる。
「盗賊団が竜を捕まえたと言う情報は知らないですか?」
「ふむ、悪いけれど少年。情報と言うものはお金が最低限必要になるのですよ?」
「えっそうなんですか?」
「それは基本ですよお客様」
「でも、今までは何も取られなかったのですけど…」
「前の村のことじゃないですかね? ここに入ってくる前の風景を覚えているのならありがたいのですけれど、ここは辺境の村でしてね、少しでもお金を稼ぐのも大変なのですよ」
「う~ん、でもバーテンさん。 僕は思うのですけれど、お金を払ったとして得られるものが何も無かった時は、詐欺じゃないですか?」
「それはしょうがないことじゃないですかね?」
「ふ~む」
お金の有り無しでこの人が持っている情報を買うことでナーガについて知ることができるのならそれでよし、もし何も知らないのならただの無駄金を使用した事になる。
情報収集といった時は反応を見せたのだが、竜のことや盗賊団についての単語を出してもこの人はなんら素振りを見せなかった辺りは、流石プロだと言わざるを得ない。
「金額によって情報の内容が変わったりするのですか?」
「それは勿論」
「相場はいくらからですか?」
「500Mからです」
高いか高くないかといわれると安いほうだと思う。しかし、金額によって変わる内容なら500Mを支払った所では確信についた情報が手に入るとは考えにくい。
思考を張り巡らせている中でジュースを飲み終えたキーアがご馳走様と言ってグラスを返すと。
「お兄ちゃん、別にお金なんて渡す必要はないよ?」
「え?」
キーアの発した言葉に僕とバーテンは二人してキーアを見る。
「もう覗き見たからお金を払う必要なんてないから、さっさとこの町を出ようか。臭くてたまらない」
キーアは席を外して立ち上がる。僕達はただキーアを視線でしか追う事しかできない。
「この町から南に行ったところにナーガを連れ去った盗賊団のアジトはあるし、ちなみにこの町の全員、盗賊団のメンバーだしね」
「そうなの?」
「だって、そこのバーテンさん。盗賊団の右腕らしいし、いや、元右腕なのかな?」
「ふぅ…そこのお嬢さんは一体何者なのかねぇ?」
「別に? 死ぬことを許されないただの女の子だけど?」
バーテンはキーアの言った言葉を軽く受け流し、指を鳴らした。
波紋のように広がるパチンとした音は、酒場にいた大人たちへの合図だったのだろう。座っていたゴロツキどもは酒場の入り口を塞ぐ。ここから逃がさないと無言の圧力でゴロツキは臨戦態勢に入る。
「貴様らがあの竜の飼い主か。お前ら! 絶対にこのガキを逃がすなよ?」
「おうよっ!!」
「待ってください、僕らはあなた達と戦うつもりなんて」
「お前が無くてもこちらにはあるんだよ! 頭の敵討ちだ!」
「仇討ち? なんで?」
「お前の竜が俺たちの頭を殺したんだ! だったら、その責任もお前に取ってもらおうっていう事さ!」
「そっか…」
キーアのお陰で確信の付いた情報が手に入った。ありがたい事に全てを曝露してくれたこの大人たちには礼を言わないといけないし、お礼参りもしないといけない。
襲い掛かってくれたら防衛行動で全員殺してやろうと計画に立てていたのだけれど、ありがたい事に全員僕を殺しに掛かろうとしている所だ。
「人の竜をさらっておいて、無事に済むと思わないでね?」
「ガキが舐めたことを!!」
猿のように身軽な男がアインへと飛び掛り、それが酒場にいる男達への合図となった。
アイン一人になだれ込むように大人たちは、武器を片手に殺意を持って振り上げる。
「お兄ちゃん!!」
キーアが心配そうに声をかけてくるが、心配いらないと静止させる。
始めに飛び掛ってきた男の斧が振り下ろされるが、特に何か大きいことが始まった訳でもないといった表情で交わし、カウンターの上に置かれていた銀食器のナイフを男の手の甲に突き立てた。
悲鳴を上げた男を他所に雪崩のように飛びかかってくるゴロツキに殺気を込めた目つきで睨み上げる。
服の袖からするりと滑り出てくるように二本の剣を精製する。光り輝く黄金の剣は魔力の塊で作られた物だ。切れ味が落ちる心配は無いが、武器を精製しなくてもアインの実力ならば素手でゴロツキどもを全員戦闘不能にすることは簡単だ。
しかし、アインの心情は既に穏やかなモノではない。ナーガをさらった仲間なら遠慮する必要すらない、家族を手にかけたことを後悔させてやることで頭がいっぱいだ。
「一つ聞いていいかな?」
振り下ろされ、薙ぎ払われ、四方八方から交差するような凶器の数々を寸前の所で交わしながら、アインが持っている二刀の剣が風のようにゴロツキの間をすり抜けていく。
「このまま見逃してもらいたいか、殺されたいかどっちがいい?」
その場にいたゴロツキ達の殆どの膝元には深く切り込まれた傷痕が浮かび上がり、血しぶきが舞い散るのと同時に崩れ落ち、呻き声を上げる。
アインの身長を悠々と超える背丈をしていた大人達は無様な姿で酒場の床に突っ伏しながら自分たちをこうした子供を凝視しているが、その瞳には先程の覇気が無い。
子供相手だと油断していたのも理由の一つとしてあげたかっただろう、しかしゴロツキどもは油断の二文字すら反論の余地すらない圧倒的実力差を前にただ怯えるだけだ。
既にアインにはこの居場所に残る必要はない、ゴロツキどもに与えた二択の選択を実行するかどうかを考えているだけだ。
ゴロツキどもはただアインを恐怖の対象としか見ていない。そのゴロツキどもの反応が真逆を示すものだから、酷く滑稽にさえ思っている。
その昔、大人たちにされたことが、今では自分の方が有利になってしまい、この世界は結局のところ、力が全てなのだと再認識しながらアインは近くにいたゴロツキの一人の頭を掴む。
「ねえねえ、殴られるってどれくらい痛いって思ったことってある? 人に何年も騙されたことってある? ぐちゃぐちゃに身体と精神を犯されたことってある?」
アインは男の頬を舐め上げる。
周りのゴロツキもそれを見ていたキーアでさえもアインのその不可解な行動に唖然としていた。
慣れたような手つきでアインの両手が男の首周りにまわされる。決して綺麗な男ではないし、風呂にも入ってすらいないような不男を、艶かしい動きで誘っているようにも見えた。
耳元にアインの唇から囁かれる声に男の恐怖は何重にもなって襲い掛かる。
「男なんてさ、こうやってやるとすぐにその気になるんだよ? 僕もこんな容姿だからさ、女の子とよく間違われたんだけど、大人の男なんて簡単に手玉にとることさえもできるんだよ。だからさぁ………」
甘噛みをするように男の耳に口をつけたアインは、引き剥がすような力で男の耳を元からあるべき場所から引き千切ったのだ。
「うぎゃああああああああああああああああああああああああああ!!!!????」
汚いものを口に含んだように唾と一緒に引き千切った男の耳を吐き出す。
「ふふ、こんなことも簡単にできちゃう」
ジタバタと裏返しにされた虫が起き上がろうと必死にもがいている様子を、微笑を浮かべてみているだけのアインに、キーアも動揺を隠せなかった。
キーア自身も色々なことをされてきているからこそ分かる苦しさと痛みだ。狂うだけしか出来なかった日々の連続。
年月を数えてもアインよりもずっと長く人間達に強情された行為は一切消えるものではないのに、どこか人間達と一緒に過ごせる日が来るのだという淡い希望すらまだ願っているのだ。
妹が叶えてくれた人間との架け橋の結晶であるのにも関わらず、アインの瞳は憎悪しか纏っていない。
「うるさいなぁ」
転げまわっていた男を鬱陶しげに言い捨てると、手に持っていた一振りの細剣を男の身体に突き立てた。
絶叫を強いられるような痛みに男はただ受け入れるしかない。だがアインは男の口を手で覆い隠すと、男の近くに転がっていたナイフを腹部に突き立てたのだ。
「うるさいなぁ、うるさいなあ、うるさいなあ! うるさいなあ!!」
何度も何度も執拗に刺されるナイフは、舐めまわされる様に男の胴体を切り裂いては死ぬまで続けると、事切れた男から離れ、赤く染まった自分の手の平を見つめる。
「やっぱり許せないから殺そう」
ボソリと呟かれた言葉を、しっかりと聞いたごろつき達は誰もいなかっただろう。ゆっくりとアインの足が近くにいた男の傍まで近づくと、四つん這いになっていた男の格好が断頭を待っている受刑者と重なる。
通り過ぎるのと同時にアインの腕が男の首周りを通過する。ヒュッという風きり音のようなものが男の耳に届いた時には、景色がスローモーションのように下にスライドしたと思いきや、何の抵抗も出来ないまま景色が回る。
ゴロツキたちはこの少年から逃げられないことを悟った。この場にいる自分たちを逃がさずに皆殺しにするつもりなのだと誰もが思ったその時だった。
「キャッ!?」
小さな悲鳴が静まり返っていた酒場の店内に響き渡ると、ガタガタと物音を立てながらカウンターの席までキーアが人質に取られてしまうと、男はナイフをキーアの首筋に突き立ててはアインへと怒声を浴びせる。
「へっ、お前は頭が狂っていやがるぜ。だが、これを見れば流石に手も足も出まい?」
キーアの身体を羽交い絞めにしながら男はアインに交渉を始める。人質を取った酒場のマスターは、今の内に逃げるようにゴロツキどもへ合図を送るが、アインの返答はマスターの思い描いていた台詞とは真逆であった。
「やればいいよ、その手で出来ればの話だけど?」
アインの台詞に男はただ疑問符しか浮かばなかった。この少年は何を言っているのか? 脅し文句にしては冷め切った声であると。
思考を凝らしている最中、ズキリとナイフを持っていた腕に違和感を覚えたマスターは視線を腕に逸らせると、ナイフすら愚か、自分の腕が鋭利なもので切り落とされていたのだ。
「なあぁっっ!? 俺の!? 俺の腕が!!?」
腕を落とされた事に恐怖しか感情が湧き出ていない。よろめきながら後退している間に男から解放されたキーアはそそくさと逃げるように離れる。
男が呻いている所をアインは気にも留めない様子で逃げようとしていたゴロツキどもを一人、また一人と殺戮を開始していた。
男の意識が自分の腕からやっと周りの事に気が回ったときには全てが終わっていた。
呆然とする中で血の海に立っている少年の服には一滴たりとも返り血を浴びてはいない。剥き出しとなった手の平だけに滴る赤い血を、穢れた物でも触れたかのように、死体となったゴロツキたちの衣類で拭うと、冷たい眼差しでマスターを見つめる。
獲物を見定めているかのようなその視線に冷や汗が滝のように流れてくる。一歩一歩近づいてくる少年から逃げようとしても足がいうことを利いてくれないために身震いするしかない。
「おじさんだけは特別に、僕がされたことの一つだけやってあげる」
「へっ?」
アインの腕が頭を掴むと、カウンターに男の顔面を打ち付けるかのような強さで叩き付けた。
「ぶはっっ!!?」
形が変わった鼻からはだらだらと血が滝のように流れ出しても、構う事無く執拗に男の顔面をカウンター席に叩きつける。
木で作られていたカウンターが悲鳴をあげては耐え切れなくなり、男の身体ごと床に叩きつけられた。痛みで身体がいう事を利かない、文句を言おうとも顎が今の衝撃で砕けてしまい話すこともままならない。
ぼたぼたと頭に振りかけられた液体にハッと後ろを振り返ると、少年が無表情で酒瓶の蓋を開けて男へと垂れ流す。
アルコールの臭気で酔ってしまいそうな程になるその酒は、この店一番の度数が高い酒瓶だ。
アインはゴロツキから拝借したマッチに火を点火した瞬間にマスターは自分の身に起こる事がはっきりと分かると、逃げるように身体を捩じらせるが、アインの足が男の動きを止めて逃げられなくなった。
「た、たのむ。助けてくれぇ」
割れた顎で振り絞った言葉は懇願するだけしか出来なかった。しかし、アインは男のその言葉をうっすらと笑い、火が灯っているマッチを手放した。
「もう少し、善人だったら良かったのにね」
松明のように燃え上がるマスターの身体を手放し、後は放置した。転げまわっているマスターは悲鳴を上げながら着ていた衣服を脱ごうとするが、自分の腕は切り落とされている事に今更ながら気づくと、無理だと感じたのか、マスターはただ笑うことしか出来なかった。




